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D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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思い出の場としての教会

 
クリスチャンにとって、のみならず
宗教施設としての「教会」はしばしば “思い出の場所” として記憶されていることが少なくありません。
「小さい頃、教会に遊びに行ったことがある」
「いつも教会の鐘の音を聞いていた」
「塔の先にある十字架がちょっと怖かった」

そんななか
お葬式のご依頼をいただいたお客様からよくお聞きするのが
「以前、私たち夫婦はこの教会で結婚式を挙げたんです」
というもの。
人生の一大イベントである結婚式の式場として選ばれた「教会」は
クリスチャンでない方であっても、ご夫妻にとっては大切な思い出の場所であるはずです。

ですから時折、あるんです
「私たちはキリスト教じゃないんですが、結婚式を挙げたこの教会でお葬式をしたいと思いまして」
という方が。

因みに
このような意向で教会でのお葬式をご希望される方はほぼ間違いなく
ご夫妻双方が、長きに亘ってお互いへの愛情を持ち続けて生活されて来られた方ということで間違いないと思います。
それだけ、思いを持ってお葬式を捉えていらっしゃるということだと思います。

基本的に教会でのお葬式は
「その教会に所属する信徒」が対象、というのがガイドラインになっているようではあります。
しかし昨今ではクリスチャンでない方でも
たとえば上記のような理由で教会でのお葬式を希望される方に対して、以前以上に柔軟に対応して下さる教会がかなり増えてきているように思います。


・・・それって
とっても素晴らしいことだと思いませんか?
『結婚式(或いはそれ以外であっても)』という、ひとつのきっかけを通して
そのご夫妻はキリスト教と出合ったわけです。
「ご縁をいただいた」わけです。
たとえそれが単なる憧れだったとしても
その出合いの背景に、神様の意志が働いたのかもしれないのですから。
そして長い年月を経て
この世での生を全うせんとするときに「私たちのお葬式はあの教会で」と思い至ったのだとしたら・・・

少なくとも私は
そういう方々の思いを、出来る限り尊重したいと考える立場です。
もちろん現実的にはクリアしなければならないこともあるでしょう。
今後の菩提寺とのお付き合いとか
ご家族の同意が得られるかとか。

でも
もしもそのように思われる方がいらっしゃるのでしたら
ちょっとだけ勇気を出して、お考えの教会に連絡してみてはいかがかと思います。
そして
牧師先生や神父様のアドバイスをお聞きいただいたうえで
様々なケースの解決策については、お考えの葬儀屋さんにお尋ねいただくとよろしいかと思います。





# by dscorp-japan | 2020-10-28 23:33 | キリスト教 | Comments(2)

弔い方に思うこと

 
先日の記事に関連して・・・

ここ数年で
私の大好きなミュージシャンが何名も天国に召されてしまいました。

プログレ畑だけでも


特に今年早々の
ニール・パートの訃報は本当にショックでした・・・

プログレ畑に拘らないなら、今年だけでも

そして先日亡くなられた

神の摂理とはいえ
やっぱり思い入れのある方が亡くなられれば、ショックは受けますよね・・・


こうした方々のご訃報を知るたび
ご多分に漏れず、私もまた亡くなられた方の遺された音楽を聴きます。
聴きたい!と思っちゃいます。
そのように思うことが
きっと私たちのようなファンの弔い方なのだろうと思います。

当たり前のことですが
彼らご自身は、私のような存在など知る由もありません。
私の思い入れなど、一方通行みたいなものです。
でも
たとえ私の身勝手な一方通行であっても
大切な存在を喪ってしまったという思いは、決して偽物じゃない。
身を引き裂かれるような思いにまでは至らないとしても
(悲しい)(残念)という思いは本物だと思います。


そして、つくづく思うのです。
葬儀屋さんとして。
自分にとって大切な存在が、その魂が天に召されたとき
残された私たちの思いは、何らかの方法で慰められたいと思うものなのだと。
何らかのグリーフケア、グリーフサポートが必要なのだと。

お葬式が、その手段のひとつであって欲しいと。
そして
グリーフケアの一助としてのお葬式の価値を
皆さんにはどうか忘れないでいただきたいと。







# by dscorp-japan | 2020-10-16 16:07 | 葬儀 | Comments(2)

“ 現人神 ” エドワード・ヴァン・ヘイレン

 
・・・拙ブログ
約一ヶ月半も放ったらかし!
これだけ放置してるわけですから
もはやこのブログにご来訪いただける方などいらっしゃらないのでしょうが・・・

皆様、申し訳ございません m(_ _)m

私は元気に、と申しますか
それなりに相変わらずの日常を過ごさせていただいております。
記事更新が滞っておりましたのは
身内の問題でドタバタしていた、というのが本当のところです。
それでも決して時間が無かったわけではありませんが
ブログと向き合おうという気持ちが湧かなかったんです・・・
家族内のことなので詳細をお伝えすることは差し控えますが
簡潔に申しますなら「後期高齢者の親が居る」ということであります。

            ♢

・・・エドワード・ヴァン・ヘイレンが天国に召されました。
彼のバンド『ヴァン・ヘイレン』は
『ジャンプ』や『パナマ』といった曲で有名ですが
私は、中学三年生だったときに出合った
『 Somebody Get Me The Doctor 』がいちばん好きな曲です。
当時同じクラスに、ものすごくギターの上手い友人がいましてネ
彼の家に遊びに行ったときに、この曲を完コピして弾いて聴かせられたんです。
当時アコースティックギターしか持っていなかった私が
心底から(エレキギターを弾きたい!)と思ったきっかけが、何を隠そうヴァン・ヘイレンのこの曲でした・・・
いまだに全く弾けませんけど。

・・・私のような初老のオッサン世代ともなりますと
彼らの衝撃的なデビューを目の当たりにしたわけですから、思い入れもひとしおなのであります。
彼らの音楽が好きか嫌いか以前に
当時のエレキギターを手にする少年たちは全員、エディのギターを無視できなかったものなんです。
クラプトンもページもべックもいらっしゃるけど
私の世代にとってエディは、同じ時間軸に存在した現人神、なのであります。


屈託のない、少年のようなあの笑顔で
今頃は天国でフランケン・ストラトキャスターを弾いてるのかな・・・

R.I.P






# by dscorp-japan | 2020-10-07 22:06 | 音楽 | Comments(6)

ケレハ神父様 帰天に伴う訃報の事後報告

 
過日 8月16日未明
神言修道会司祭 ブレンダン・アンソニー・ケレハ神父様が急逝されました。

ケレハ神父様の葬儀ミサ・告別式につきましては
本日 8月19日、神言修道会々員のみの参列というかたちで執り行われました。
特に今回の葬儀ミサは
イギリス・アイルランドにお住まいで葬儀に参列できないご家族・ご親族のため
YouTubeでライブ配信されました。


ケレハ神父様は
2002年から2012年まで、南山国際高等・中学校で教鞭をとられており
生徒たちからも非常に人気のあった「先生」であったとお聞きしております。
(我が畏友・西 経一神父様の同僚でいらっしゃったということですね)
私たち葬儀屋がカトリック南山教会などにお邪魔しますと
いつも気軽にお声を掛けてくださったものでした・・・

どうか皆様
ケレハ神父様の永遠の安息をお祈りください。


ケレハ神父様 帰天に伴う訃報の事後報告_a0153243_15190710.jpg

R.I.P Fr. Brendan Anthony Kelleher SVD ( 1950 12.17~2020 8.16)








# by dscorp-japan | 2020-08-19 15:52 | キリスト教 | Comments(4)

実体験者の言葉の重み

 
少なくとも今年はイースター(復活祭)の頃から今に至るまで
コロナのせいで時間が停滞したままのような感覚があります。
季節の移り変わりのなかで
(そろそろ○○の時期だなぁ)などと、いろんなことを思い浮かべる心のゆとりみたいなものが欠如しているような気がします。

だから、今日が8月6日だということも
今日という日がどんな日なのかということも
今年の私は、そこまで思いを巡らせる余裕がなかったのかもしれません。

            ♢

毎週放送されているテレビ番組で、欠かさず録画して観ている番組があります。
それは『NNNドキュメント』。
そして先日、8月2日に放送されたのが

(あぁそうか、もうそんな時期なんだ・・・)
失念していた自分を恥じつつ再生ボタンを押したのですが・・・

※ ここで番組の詳細に触れることは省きます。
 再放送があるようなので、興味のお有りの方はそちらをご覧ください。

・・・番組のなかで
15歳で被爆し、今年の11月で91歳になられる方が語られた言葉に
大袈裟な表現かもしれませんが、私は大きな衝撃を受けました。

「加害を抜きにして被害だけ伝えるというのは違うと思う。
軍都だった広島の歴史も、ともどもに語らないと
本質を語ったことにはならない」

・・・被爆者、当事者が語られた言葉です。
凄い方だと思いました。
戦争体験者として
原爆の被爆者として
しっかりと戦争の背景を理解した方だけが語ることのできる、大変に貴重なお言葉だと思います。

もちろん本意ではなかったのでしょうが
学徒動員によって軍需産業に駆り出されたという背景を
この方は被爆者であるにもかかわらず「加害」の片棒を担いでいたという意識も併せ持っていらっしゃるのかもしれません。

そしてこの方は、こうも語られます。

「平和は、待っていたらあっちからやってくる
そういうものではない。
必死でたぐり寄せて、握りしめて
離さないように必死で守っていかないと
どこかへ飛んでいってしまう
これが平和だと思う」

・・・カトリック信者としてこんな言い方はどうかとも思いますが
私のなかでは
昨年、教皇フランシスコが来日して語られたメッセージ以上に心に響きました。

強烈な実体験を持つ方の言葉の持つ重みが
ずっしりと、私の腹の底に落ちてきた思いがしました。
そして
戦争の生き証人として静かに語られるそのご尊顔は、どこかマザー・テレサを彷彿させる気がしたのでした・・・






# by dscorp-japan | 2020-08-06 12:30 | 映画・テレビ | Comments(4)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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