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D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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クリスマスのご挨拶。

 
皆様

主のご降誕、おめでとうございます!

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12月24日のカトリック布池教会


復活祭もそうなのですが
クリスマスのような(教会で言うところの)大祝日ともなると、普段はなかなか教会でお会いしない方と再会できたりしまして
クリスマスを祝う想いとは別に、何だか仏教でいうところの法事というか、旧交を温める機会になったりもするわけです。
私は基本的に人が大勢集まる場所が苦手でして(笑汗)
そういう場所ではあまり周りの方々の顔を見ていなかったりするんです。
ところが私が無駄に背が高くて目立つようでして
皆さんの方から次々とお声をかけて下さるわけです、有難いことに。

以前に関わっていた教会学校の “同僚” の皆さん
侍者会の後輩たち
元気な様子を確認できると、そりゃやっぱり嬉しいものです。

・・・こんなことを思うのも、私が歳をとったからでしょうかね~

            ♢

司教様司式によるミサの説教の場面で
司教様が、今世界で起きている戦闘状態にある国々について触れられました。

国家や民族の問題についてはそれぞれの考えや価値観があるので、私個人としてはここで深堀することは控えたいと思います。
ただ
「戦地において、老若男女を問わず多くの方々がその命を奪われている」
という、厳然たる事実があります。

「私たちはその事実から決して目を背けてはならない」
などと、エラそうなことを申し上げるつもりはありません。
ただ
救い主がお生まれになったことを記念し祝うという、今日この時こそ
彼の地で恐怖に怯え、苦しんでいらっしゃる皆様に思いを馳せるくらいのことはしましょうよと
ほんの一時でも良いから彼らのために祈りましょうよと
心の底から思うのです。

以前にもあげましたが
やっぱり今年もこの歌を聴いて、一日も早く争いが無くなりますようにと願いたいと思います。





# by dscorp-japan | 2023-12-25 03:07 | キリスト教 | Comments(3)

映画 『おじいちゃん、死んじゃったって。』を観て思ったこと

 
久々の映画ネタ。


・・・何故今、この映画?って自分でも思います。

巷じゃ『ゴジラ-1.0』が評判のようだし
個人的には『エクソシスト 信じる者』に興味が尽きないところではあります。
何たって今年は “元祖”『エクソシスト』公開50周年だし
・・・ってことは
私の愛して止まないマイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』が発表されて50周年というわけで
今回の『エクソシスト 信じる者』の予告にも、マイクのあのメロディが使われてたりしてて、否が応でも気になるところではあるんです。
でもまだ観に行ってない。
何故か分からないけど、映画館に足が向かない。

で、2017年公開のこの映画。
タイトルに惹かれたのは、葬儀屋さんのサガなんでしょうか・・・(笑)

映画内でお葬式に関する描写があると、どうしてもいちいち細かいところにツッコミを入れたくなるわけで、すると映画そのものを楽しめなかったりするわけですけれど
本作に関してはそういうことはありませんでした。
ちゃんと、普通に観ることができました ♪
まぁ基本的に淡々とした映画でして
何というか、結末に期待するというよりも物語のプロセスを楽しむ類の映画なんだと思います。

            ♢

本作の描写のなかで個人的に興味を持ったのが
いわゆる思春期世代にあたる親族(本作では「孫」の皆さん)の、お葬式に臨む思い、みたいなものでした。
本作に出てくる、亡くなったおじいちゃんにとっての孫の皆さん
どうやらおじいちゃんに対する思い入れがそれほど深くないような感じです。
・・・これ
私たち葬儀屋さんは散々見てきた光景だったりするんですね。
かなりあからさまに
“嫌々”
“面倒くさい”
という態度で来られる学生服の皆さん。
親御さんが先頭で、その後を俯き加減で式場に入ってこられる。
ポケットに手を突っ込んで
片手に持ったスマホから目を離すことなく
学生服の着こなしも(おそらくは)普段通り。
靴だって踵を踏んだスニーカーだったり。
もしかするとそれは彼らの本音なのかもしれないけれど
多少なりとも、思春期世代の照れくささみたいなものもあると思うんですね。

・・・私が歳をとったからなのでしょうか
そういう光景を見るにつけ、私は微笑ましく思ったりするんです。
若い頃の私だったら
(お前ら、場をわきまえろ)
(引率する親たちももっとちゃんとさせろ)
とか思ったりしたものなんですけれど
今はもう、そこに腹を立てることはほぼ無くなっちゃいました(笑)

私自身の感情を自己分析するに
多分ですが、私の視点はもうすでに故人目線になってきているのかもしれません。

(そうかぁ、嫌々連れてこられたかぁ)
(そりゃ面倒くさいよなぁ)
(悪かったなぁ)

お葬式が始まってからも
多くの場合、彼ら彼女らはあまり集中してない感じが見て取れたりします。
多くのキリスト教葬儀の場合、式次第が配られたりするわけなのですが
彼ら彼女らが式次第に目を落としていることはあまり無いようにも思います。
孫たちにとっての祖父母との距離感。
もちろん一概には言えませんが
そんなことを思わされたりします。

・・・でも
お葬式の典礼が終わって、親族が故人の柩を囲んでお別れをする際に至って
やっぱり彼ら彼女らの目には涙が浮かんでいたりするんです。
もしかすると
あの瞬間になってはじめて、彼ら彼女らは本当の意味で親族の「死」を実感するのかもしれません。
祖父母との距離感が一気に縮まるのが、あの瞬間なのかもしれません。
それが証拠に、というわけでもないのでしょうけれど
お葬式を終えて出棺、となった際
彼ら彼女らの背筋の伸び方が違って見えたりするんですよね・・・

(よしよし)

ご遺族を案内しながら
私はそんなふうに見てたりします
・・・ってなことを
本作を観ながら思い返しておりました、というお話でした。

            ♢

もうすぐクリスマスですね。
これも歳のせいなのか
カトリック信者でありながら、私は年々クリスマスへの意識が希薄になってきた気もするのですが(汗)
どうぞ皆様
良いクリスマスをお迎え下さいませ m(_ _)m






# by dscorp-japan | 2023-12-22 14:33 | 映画・テレビ | Comments(2)

今さらの

 
コロナ禍が始まって三年以上。
何となく世間では落ち着いたんじゃないかという認識があるなか
先日、この期に及んで私(多分)コロナにかかっちゃいました。
「多分」というのはどういうことかと申しますと
先だっての連休、実家で母と暮らす伯母が高熱を出したという知らせを受けて、食事のことなどがあるので私が見舞いかたがた実家へ向かったのが原因でした。
私が実家へ向かった翌々日、伯母が病院に行って検査したところ陽性反応が出たということでした。
ちょうどその知らせを受けた日
私は私で気管支の違和感と咳、倦怠感が出てきたということで(こりゃオレももらっちまったか?)ということで自主的に5日間、自宅謹慎したという次第です。
・・・あ、検査はしてません。ビビりなので(笑)

・・・寒がりの後期高齢者二人が暮らす家だからなのか
全く換気がされてなかったんですよね・・・
もちろん実家へ着いた私はすぐに部屋中の窓を開けて換気したんですよ。
・・・でももらってしまった、ということのようです。

私たちのお仕事の性質上
コロナ禍発生以降、かなり感染対策はしていたんです。
お陰様でと申しますか、その甲斐あってコロナ禍の3年間はほぼ全く風邪の症状さえ出ることは無かったんです。
とはいえ
具体的な症状は無いままだったとしても、知らないうちにどこかでもらっていた可能性はありますし、業界仲間の間でもそんな話はしていたんですね。
「俺たち、絶対知らんうちに感染してるって!」
みたいに。

・・・ところがここにきて、です。
よもや後期高齢者である伯母からもらうことになるとは・・・

お陰様で、今はもう完全復活してます ♪
なんらの後遺症的な症状もありません。
ただ思い知らされたのは
「まだ終わってないみたいよ」ってことです。

ここで経験則に基づく教訓。
「高齢者の住まいは換気が不十分だから気を付けましょう」
高齢者の皆様に限らずですが
せめて一日一回は換気しましょうね。






# by dscorp-japan | 2023-12-06 22:28 | あったこと | Comments(6)

お寺も大変なんだとは思うけど

 
・・・少し前から相談は受けていたのですが
過日、私の旧知の友人の御母堂様がお亡くなりになられたのでした。
友人の家庭は一般的な仏教だったのと、友人のお兄様がすでに地元の大手葬儀社会館に依頼することを決めていらっしゃったので私の会社の出番は無かったのですが
その友人からの依頼で、いわゆるセカンドオピニオン的な立場でお葬式の打ち合わせの場に同席させていただきました。

・・・同業他社さんに依頼された葬儀の打ち合わせにこっそり同席すること
実はこれまでにも何度もありました (^^ゞ
もちろん当事者であるご家族のどなたかからの依頼があってのことなのですが
私としては結構気を使うところではあるんですよね。
そりゃだって
私が依頼を受けた葬儀社の担当者さんだったら、同業他社のプロが打ち合わせの場所に居たとしたらですよ、やりにくいことこの上ないですもの (-_-;)
だから私の場合
同業者であるということを伏せるのはもちろんのこと、発言するのも必要最低限のことに留めるようには努めてるんですよね。
でも多分、担当者さんも何となく気付かれてるとは思うんですけどね~

それはともかくとして
仏式葬儀の場合、日頃よりお世話になっている菩提寺があればそのお寺に連絡をして、お葬式の依頼をするわけであります(これはキリスト教葬儀の場合も同様です)。
特に仏式葬儀の場合、ご住職の都合がつき次第、故人の枕元にお越しいただき『枕経』というお経をあげていただくことになります。
そして一般的には、その場面でお葬式の日程や時間帯、式場、お越しいただく僧侶の人数や戒名について打ち合わせや確認をするのが通常かと思います。

・・・ところが。
約束の時間よりほんの少しだけ遅れて来られたご住職は、至極丁寧に枕経を挙げてはくださったのですが、お葬式の日程や時間について「今はまだ即答できない」と仰るんです。
・・・え?
遺族サイドの希望日程はお伝えしてその希望日についてはご了承いただいたのに?
具体的な葬儀の時間についてもご住職の都合に合わせるという意思表示もしたのに?

依頼を受けた葬儀社の担当者さんも同席されていたんですが
ちょっと驚かれ、また困った様子ではありました。
「では、何時ごろまで待てば分かりますでしょうか」
「今日はちょっと無理です、明朝まで待って下さい」

一般的なお葬式(火葬を伴うお葬式)の場合
お葬式の後(地方によってはお葬式の前)に火葬があるわけでして、当然のことながら火葬を行うためには火葬場の予約が必須なわけです。
そして火葬場の予約というのは「先着順」というのが一般的なんですね。
ですから多くの葬儀社は
可及的速やかに、ご遺族の希望に沿った日程の火葬場を仮予約するんです。
のんびり構えていると、希望日程の火葬場予約が埋まってしまうかもしれないので。
その友人のお母様の場合も、担当者さんに火葬場の仮予約と式場予約を押さえてもらったんですよね。
なのに肝心のお寺サイドが「明日まで待て」と・・・

これは後から判明したことなのですが
友人のご実家の菩提寺は数年前にご住職がお亡くなりになられていて、以降は「ご住職不在」のお寺となっていたそうなんです。
お寺の跡継ぎがいらっしゃらないということだったんですね。
ということはつまり
枕経にお越しいただいたご住職は、菩提寺からの要請を受けて来られた、他の同門のお寺のご住職だったということなんですね。
枕経にお越しになったご住職がお葬式の読経をしていただけるか分からないけれど
「とにかく枕経だけでも早く」という感じで来られたということのようだったのでした・・・

            ♢

私、つくづく思いました。
宗教者の人手不足って、キリスト教だけじゃないんだなぁと。
数多ある仏教のお寺においてもまた、後継者不在という問題があるのだなぁと。
思い返してみれば
私の母方の実家のお寺でもやはり数年前にご住職が急逝されて、以降はそのお寺の跡継ぎが不在のままだと聞いていました。
実家を守る伯母はかなり熱心な仏教徒でして
ご住職が不在のままであることを大いに嘆いていたものです。

とはいえ
僧侶という役割は誰でも出来るようなものでなく、たとえば会社の後継者なんかとは全く意味合いが違うわけです。
そう簡単に後を引き継ぐ方が見つかるものでもないし、その役を担う方は相応の覚悟と責任が求められるわけですものね。
・・・お寺も大変なんだなぁ、と。


・・・ただね
それでも敢えて意見させていただくとするなら
枕経にお越しになられたご住職から、せめてその実情を正直にご説明いただければよかったんじゃないかと。
その理由や事情の説明もないまま「明朝まで待て」と言われても
大切な家族を亡くしたご家族にしてみれば不安なことこの上ないわけですから。






# by dscorp-japan | 2023-11-14 23:30 | 葬儀 | Comments(2)

はじめて人前で演奏した曲

 
私がはじめてギターを手にしたのは、中学三年生の時のことです。

当時の友人のひとりにI君というのがいまして
中3の二学期に入った頃だったでしょうか、I君が突然「一緒に学芸会の舞台に出るぞ!」と言い出したわけです。
舞台で何するんだ?と尋ねたら「フォークグループを組んで歌うんだ!」と言う。
・・・いやいやフォークも何も
当時の私はロクにギターも弾けなかったし、そもそもギターを持ってなかったんです。
するとI君
「俺も持ってない!だから一緒に買いに行く!」
と、私の他にもうひとりF君という友人も引っ張って、名古屋の中心部にある老舗の楽器屋さんに連れていかれたんですね(笑)
お年玉を貯めていた、なけなしの現金を持って。
店員さんに勧められたのがモーリスのギターとヤマハのそれでした。
結果的に三人とも同じヤマハのギター(FG-201)とピックとカポタストを購入。
多分ですが、ブリッジコードが押さえられない当時の僕たちにとっては、何となくヤマハの方が押さえやすかったのではないかと(笑汗)

それからI君主導で、演奏する曲を2曲決めました。
当時の私とF君はアパート住まいだったため
学校が終わった後に三人で練習する場所がなかったんです。
だから夜も更けてから、近くの公園に行って三人してガチャガチャとかき鳴らしてましたわ~

そして学芸会の当日。
たった二曲を演奏するだけだったわけですが、三人ともえらく緊張してましてね~
一曲目の途中で、言い出しっぺのI君がつっかえちゃいましてね
やにわに演奏を途中で止めて「ゴメン!もう一回!」と、最初から歌い直すという大失態(恥)
当然、聴衆のみなさん(同級生&下級生)からは失笑&嘲笑が。
もう恥ずかしいやら逃げ出したいやら・・・
私、はじめて「穴があったら入りたい」の意味を、身をもって理解したのでした・・・


実はこのときに演奏した曲が
小椋佳さんの『さらば青春』と、アリスの『チャンピオン』だったんです。
(どちらもコードがとても簡単!)
私のなかの谷村新司さんは、今もなお “アリスのリーダー” なんです。
『いい日旅立ち』も『昴』もとっても良い曲だし大好きですけれど
私のなかで谷村新司さんの曲と言えば、アリスの曲なんですね。
『帰らざる日々』
『涙の誓い』
そして『チャンピオン』

もちろん堀内孝雄さんによる名曲もたくさんありますが
私のなかではアリス=谷村新司さんなんです・・・

            ♢

こんなしょうもない私の思い出なんて箸にも棒にもかかりませんでしょうが
でも、私なりの谷村さんへ向けた弔意でございます。
『チャンピオン』のサビの部分
結構目まぐるしくコードが変わるところを、当時の私は必死こいて練習したものでございます。
谷村さんの曲のおかげで私、ギターの初歩を学ばせていただきました。
だから
あれから約50年近く経った今でも私、『チャンピオン』のコードは覚えてます。


谷村新司さん、お疲れ様でございました。
本音を言えば、あまりに早すぎるじゃないかとも思います。
でも
谷村さんの遺された曲の数々は間違いなく、ずっと歌い継がれていくことと思います。






# by dscorp-japan | 2023-10-16 23:35 | 音楽 | Comments(4)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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