D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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久々のクラス会 ♪

 
つい数日前まで本業のお葬式が多忙だったため
(ホントに参加できるのかしらん)と危惧していたのですが
有難いことに、無事高校時代のクラス会に出席することが出来ました ♪

普通、高校時代のクラス会というと高校三年生のクラス会となるのでしょうが
私たちの場合は高校二年生のクラスが大変に仲が良くて、このクラスが今尚定期的に集まってたりするわけです(幹事のN氏に多謝!)

手前ミソかもしれませんが
このクラスの皆さん大変にお若いんです。
そりゃもちろん54歳になるわけですから、それ相応に年輪は重ねているわけですが
それでも皆さん、ちゃんと高校時代の面影を残してる ♪
(私だけ老け込んだかもしれん)


集まった皆さん、順番に近況報告をし合ったんですが
話題はいつしか「親の介護」と「自分の終活」に。
それぞれが今現在抱えている問題
近々真剣に向き合わなければならないであろう問題
それはとりもなおさず「介護」と「老後」なんですね・・・

「親が施設に入っているんだけど」
「親が認知症になっていて」
「お墓のことなんだけど」

介護の問題は専門ではないのですが
お葬式とかお墓とか
はからずも、葬儀屋さんである私への質問が次々と出てきたわけです。

・・・私たちも、そういう年代に差し掛かってきたということです。

            ♢

こういう話題になったとき
こと「お葬式」や「お墓」に関しては、当事者となる本人は異口同音に仰るんです。
「オレのことはどうでもいい」
「私は子どもたちに迷惑を掛けないようにしてくれればいい」
でも
「自分」のことはどうにでもしてちょうだいと仰るが
自分の大切な人、つまり「家族」のこととなると少し違ってきたりする。

「母は(自分の葬式は)簡単に済ませてくれればいいというけれど
簡単にとはいっても、それなりにはしてあげないと・・・」

これがお葬式に対する気持ちなんですよね。

たとえば親御さんが「簡単に」という言葉の裏には
「子供に余計な迷惑を掛けたくないから」というニュアンスが多少なりともあったりするかもしれないわけで
これを受けた子息である子どもの立場になれば
“ 親の気遣い ” と汲み取ったうえで、逆に出来るだけのことをしてあげようという思いに駆られるわけですよね。

いわゆる、お互いの「忖度」です。

だからクラス会の席で、私は言いました。
「親御さんやご家族のことはさておき
皆さん自身のことについては、はっきりと強い意志表示をするべきだよ」
と。
忖度の介入を許さない「本人の強い希望」として意思表示しましょうね、と。

            ♢

それはともかく
・・・やっぱり気の知れた仲間というのは良いものですよ ♪
年齢を重ねたおかげか
以前だったら恥ずかしくて言えなかったことも、すべては「時効」として正直に語り合える。
これが出来る仲間というのは本当に貴重だと思うわけです。
そして
そういう仲間がいるということに勇気付けられ、また自分たちの活力の源にもなるわけです。

あぁ~楽しかった ♪





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# by dscorp-japan | 2018-08-18 23:52 | おともだち | Comments(4)

『 The Wind Chimes 』 マイク・オールドフィールド

 
皆様
暑中お見舞い申し上げます。
もうあと数日で「残暑お見舞い」の時期になるというのに
この猛烈な暑さといったら・・・!

私は毎日、日中は犬のように呼吸してますよ。
口を開けて
舌を出して。
私は喫煙者ですが
この夏、屋外じゃタバコを吸う気にもならんのであります。
酸欠になりそうで・・・^^;

            ♢

というわけで
この酷暑を乗り切る音楽とは?と考えたりするわけです。
もちろん多数の候補が挙がるわけですよ。
たとえば
高中正義さんの『 渚・モデラート 』とか
ピンク・フロイドの『 Marooned 』とか
これら全部、個人的にお勧めなわけです(だからすでに記事になってるわけです)

では
こんな感じの曲で、我が敬愛するマイク・オールドフィールド氏はどんな曲を書いているかしら?と考えたら・・・

やっぱこのアルバムでしょ ♪

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アルバム 『Islands 』(1987年発表)


ジャケットからして、それっぽい感じでしょ ♪
(よく見りゃ少々気味が悪い感じもマイクらしい)

私はこのアルバム、当然LPレコードで持っているわけですが(CDも持ってますよ)
レコードのA面を占めるのが
今回ご紹介する『 The Wind Chimes( Part1 & Part2 ) 』なのであります。

まずはパート1から。
これはいわゆる主題提示的な曲ですね。


そしてパート2。
これが当然ながらメインになるわけです。



マイク・オールドフィールドの個性のひとつに
「ワールドミュージック的エッセンス」というのがあります。
お聴きいただければ分かりますが
バリ島(インドネシア)の「ケチャ」みたいな音が入ってます。
少々サンプリングっぽい感じは、80年代後半の録音だから御愛嬌ということで(笑)

・・・えっと (^^ゞ
「この曲で涼しさを感じられるか?」ということでしたら
私は、暑い夏の季節に感じられる「爽やかさ」みたいなものが重要だと思ってるんです。






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# by dscorp-japan | 2018-08-03 00:30 | 音楽 | Comments(5)

映画 『 アマロ神父の罪 』

 
少し前、とある神父様からお借りしていたDVDなのですが
今日の夕刻にお返しすべきタイミングがきましたので、急いで鑑賞した次第。

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2002年公開・メキシコ映画


寡聞にして
私は本作のことを全く存じ上げませんでした。
(この類の映画は大好物のはずなのに!)


物語のあらすじはというと・・・

ヨハネ・パウロ二世時代のメキシコが舞台。
とある町の教会に
アマロという、若くてハンサムなカトリック司祭が赴任してきます。
そこには主任司祭であるベニト神父がいて、司教からも寵愛されているという、前途有望なアマロ神父を歓迎します。
しかし長年その教会にいるベニト神父は
地元の麻薬組織の長と繋がりがあって、町の料理屋の女将と男女の関係を続けていたりします。
一方、同じ教区内のナタリオ神父は
農園で働く住民たちと衣食を共にしていますが、この集落がゲリラ組織であるとの疑いがあり、ナタリオ神父はゲリラ組織の支援者ではないかと司教からも目を付けられています。
そんな環境に身を置いたアマロ神父は
とあるきっかけから、料理屋女将の娘・アメリアと男女の関係に陥ります。
清廉潔白なイメージだったはずのアマロ神父は
アメリアとの逢瀬の為に、巧みな嘘をつくようになります。
そしてある日
アメリアが妊娠したことを知ったアマロ神父は・・・


・・・あまり上手にあらすじが書けなくてすみません <(_ _)>

            ♢

本作を観てまず思い出したのは
同じくカトリック教会の暗部を描いたような作品『 バチカンの嵐 』でした。

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1982年公開。残念ながらDVDは未発売の模様 (-_-;)


どちらの映画も
司祭職にありながら罪に手を染め、しかしその罪はローマ・カトリック教会という「組織」に隠蔽されてしまうという図式が描かれた映画という感じ。


本作で描かれる「アマロ神父の罪」について考えるとき
彼の犯してしまった「罪」には二種類のそれがあったのではないかと思います。
ひとつが
司祭職でありながら、若くて美しいアメリアと一時的な恋に落ちてしまった罪。
もうひとつが
その罪を、アマロ神父の利己的な判断で処理してしまおうとした罪、です。
これを言い換えると
ひとつ目の罪は「聖職者としての罪」であり
ふたつ目の罪は「人間としての罪」ということになるでしょうか。

仮にこの考え方に沿って考えたとき
私は「聖職者としての罪」なら、全然赦せちゃうわけです。
個人的には、まったく「お咎めなし」であります。
でも、ふたつめの罪は少々いただけません。
自身の立場を守ることばかりを考えるが故に
相手を深く傷つけてしまうような仕打ちをしてしまうのですから。
(本作においてその罪は、さらに大きな悲劇を生んでしまうのです)


そして
本作ではもうひとつ、さらに大きな罪が描かれます。
それは
アマロ神父の犯してしまった「ふたつの罪」を隠匿した、カトリック教会という「組織」による罪。


・・・私はいつも思うのです。
聖職者たちの犯してしまった罪と
その罪を隠匿する、教会という「組織」の罪。
どちらが、より信仰の躓きになるだろうかと。


少なくとも私は、後者の方にガッカリさせられます。





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# by dscorp-japan | 2018-07-27 03:47 | 映画・テレビ | Comments(6)

お仕事のデキる人間

 
どんな仕事においてもそうだと思っているのですが
私たち人間が携わるお仕事において最も大切なものって「コミュニケーション能力」なのだと考えております。

文章でのコミュニケーション
電話でのコミュニケーション
直接会った際のコミュニケーション

上に挙げたいずれの場合においても
「どれだけ正確な情報を相手に伝えられるか」
そこに携わる当事者として
「どれだけの『思い』を伝えられるか」
そしてその結果として
「どれだけの『信頼』を得ることが出来るか」
これこそが
あらゆるお仕事において私たちが最も求められている能力なのだと、私は確信しております。


「コミュニケーション能力など必要としない仕事もある」

・・・そうなのかもしれません。
しかし、仮にそのお仕事がその通りならば
そのお仕事は遠くない将来、人間の手を離れていく可能性があるということですよね。
いわゆる『A.I(Artificial Intelligence)』なるものに、そのお仕事は一任されてしまうかもしれないということです。

だからつまり
そのお仕事がコミュニケーション能力を必要としないものなのだとしたら、もしかするといつの日か、そのお仕事はあなたの手から離れてしまうかもしれないということです。


・・・でも多分
そんなお仕事ってそんなにないはずだと、私なんかは思っちゃいます。

お仕事の実務は人工知能サンが行うような業種だとしても
それを依頼する側にも、サービスを提供する側にも、最終的には双方に「人間」がいるはずですよね。
そこに何らの人間の意思も介在しないなんてこと、私には想像出来かねるんですけどネ。
仮にそんな世界になっちゃったら
「社会」という概念が大きく変わってしまうってことですよね。
「人間社会」から「A.I 社会」に、ですか?

・・・そんな社会、ワシゃイヤだ。


となると、です。
どんなお仕事であれ、そこに携わる人間に求められるものって、やっぱり「コミュニケーション能力」なのだと思うわけなんです。

少なくとも私の知る限りにおいて
この能力に長けた方って、まず間違いなくお仕事がデキる方です。
コミュニケーション能力に長けた方って
正確な情報を、相手に分かりやすく伝達することができますよね。
相手の立場に立って考えることができますよね。
その場の空気を読み取って、適切な対応ができますよね。

情報の、適切な伝達方法の選択。
言葉遣い。
会話の抑揚。
顔の表情や態度から醸し出す雰囲気。
そして特に日本人の場合「尊敬語・丁寧語・謙譲語」の使い方。

仕事がデキる人って
これらの使い方が絶妙だと思うわけです。
この能力に長けている方であれば
仮に仕事上のミスがあっても、おそらく相手はそれを強くは咎めないのではないでしょうか。
何故なら
そこにはすでに「信頼関係」が構築されているから。


・・・思うままにつらつら書いておりますが
私は、そういう人間になりたいなぁと思うわけなんです。






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# by dscorp-japan | 2018-07-20 00:47 | 思うに・・・ | Comments(4)

今年も供給不足が・・・

 
今年もニュースが出てしまいました・・・


私、二年前にもこんな記事を書いております。



・・・先日ご依頼をいただいたご葬儀の際
御遺体保全のためのドライアイスを手配しようと取引業者さんのところへ出向いたら
『本日、ドライアイスは完売いたしました』の看板が (><)
手配したのが夜だったこともあるのでしょうが・・・

正直、焦りましたよ。
最終的には様々なルートを辿って、何とか手配出来たわけなんですが・・・

ウチがお取引させていただいているドライアイスの業者さんは
私が以前在籍していた葬儀社時代から取引のあったところです。
少なくとも四半世紀以上にわたって
名古屋エリアの多くの葬儀屋さんが頼りにしてきた『老舗』といっていいでしょう。
昔だったら昼夜問わず、常に数百キロ単位でストックがあったんです。
それこそ工場が操業停止する年末年始だろうと、です。
それが『売り切れ』・・・

「何故?」とゴネても仕方ありません。
原料である二酸化炭素の供給が減ってきているというのですから。
ただそれにしても
大切な御遺体の保全措置としては、今なおドライアイスが最も有効な手段だと思うわけなんです。
これは、これまでの経験則として断言できると思います。

エンバーミングという手段もあるにはありますが
かなり高額な処理料がかかってしまうんです。
それこそ、ドライアイスとは費用の桁が変わってしまうくらいに。


とはいえ、背に腹は代えられないということで
ウチも二年前から、ドライアイスの代用品としての保冷剤を導入させていただいております。
それでももちろん、可能な限りドライアイスの使用を優先します。
大切な方の御遺体なのですから。






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# by dscorp-japan | 2018-07-13 03:28 | 葬儀 | Comments(2)

葬儀屋さんが「当事者」になるとき

 
相変わらず、久々の投稿でございます m(_ _)m

まず
先日の豪雨により被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
そして、かけがえのない命を落とされた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに
大切な方を喪われた方々に、心よりお悔やみを申し上げます。

            ♢

さて。
西日本を中心に甚大な被害をもたらした豪雨のなか
相変わらず、私はお葬式の担当で現場に出ている次第であります。

そんななか
一昨日、以前私どもと一緒にお葬式のお仕事に携わっていた仲間のお母様がお亡くなりになり
担当の合間を縫って、昨晩のお通夜に参列してまいりました。

・・・葬儀屋さんといえども
大切な家族を喪った当事者ともなれば、ひとりの「遺族」であります。
当たり前のことなのですが、葬儀屋さんにだって家族はいるわけです。
その大切な家族を喪えば
お葬式をお手伝いする側から、葬儀屋さんからのお手伝いを受ける側に回るわけです。

・・・こういうとき
葬儀屋さんが「当事者」の立場にたつと、なかなか難しいものがあるんですね。
お葬式の何もかもを分かっているうえで
当事者である遺族として、お葬式を遂行していくわけです。
(自分はプロなんだから、ちゃんと滞りなく進めなくては)という
他の方々にはない、余計なプレッシャーみたいなものがのしかかってくるんですよね・・・

たとえば喪主としての挨拶。
あまりにもスラスラと淀みなく話せば “ 葬儀屋候 ” になってしまうし
かといって、たどたどしい雰囲気を演技するのもおかしいわけで・・・
そのサジ加減が分からなくなることがあったりするわけです。
・・・正直なところ、やりたくないというのが本音なのではないでしょうか。


昨日の通夜後
彼はとても良い挨拶の言葉を述べられました。
私たち参列者に対する謝意を述べられ
最愛のお母様の、人となりを分かりやすくご紹介いただき
お母様ご本人に対する感謝の気持ちが溢れるような、素敵な挨拶でした。

大変なご病気に立ち向かってこられたお母様のご冥福をお祈りしますとともに
S君のご家族皆様の上に、神様の慈しみと慰めが豊かに注がれますよう
心よりお祈り申し上げます。






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# by dscorp-japan | 2018-07-09 21:10 | 葬儀 | Comments(2)

とうとう借金したぁ

 
・・・何があったというわけでもないのですが
知らぬうちに、というのはまったくのウソで
ただ面倒臭いという理由で約一ヶ月間、記事更新をサボっておりました m(_ _)m

この一ヵ月、何をしていたかと申しますと・・・
ひとつは今月末に提出する決算書作成のための事務仕事と
もうひとつは、弊社営業所の土地・建物の購入にあたっての、金融機関への融資願いのための打ち合わせでした・・・


今回の会社営業所の土地・建物購入の話は、突然に降ってきたお話です。
ウチの事務所は名古屋市名東区の住宅街にある、普通の一軒家です。
こちらの大家さんのご厚意で、このエリアとしてはかなりお値打ちな家賃で長年にわたってお世話になっておりました。
ところがこのたび、大家さんが当該物件の販売を決断され
ウチとしては、ここを退去するか物件を買い取るかという選択に迫られたわけです。

とはいえ
新たな物件を探すという選択は、殆どありませんでした。
はっきりいえば「引っ越すの面倒くさいから」に他なりません (^^ゞ
・新たな物件を探す
・引越しをする
・関係各位へ事務所移転のお知らせをする

・・・イヤだ。面倒臭ェ。

それに
ウチの事務所のある場所、名古屋市内外を走る高速道路のインターチェンジにとても近いんです。
「東名高速道路」なら名古屋インター
「名古屋第二環状自動車道」なら上社インター&植田インター
「名古屋高速道路」なら高針インター
ウチの営業エリアはかなり広いので
高速道路のアクセスが良いという条件は必須なのです。

そんなこともあって
実は二か月ほど前から土地建物の売買に関する様々なことを進めていた、と。
そんなわけで
当然、金融機関からの融資をお願いすることになった次第であります。

・・・とうとう多額の借金をすることになってしまった・・・

個人的に「借金」がキライな性格なので
これまで殆どお金を借りることから避けてきたのですが、背に腹は代えられません。
でもま、いざとなったら
私の給料を下げるだけだから良いんです。
大した物欲もないし
独り者だし。


・・・さてと。
借金抱えたし、もう一度初心に戻って精進いたします m(_ _)m






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# by dscorp-japan | 2018-06-13 17:40 | あったこと | Comments(6)

『カトリック名古屋教区・富山地区 葬儀勉強会』

 
私の畏友:片岡神父様からいただいたご縁で
私は一昨日(5月13日)、富山県魚津市にある『カトリック魚津教会』にお邪魔して、お葬式のお勉強会をさせていただきました。

・・・私はやってないんですが
facebookなるものに、その様子が掲載されているようです (^^ゞ



・・・しかし
写真を見ると私、やっぱ老けたし太ったよなァ・・・
何だか、場末の流しの演歌歌手みたい(笑)


当日は5月13日ということで
「マリア様の月」であり
「母の日」であり
「ファティマの聖母の祝日」でもあり
つまりは「母の日のなかの母の日」であったわけですね。

このような大切な日に
富山エリアにある、四つのカトリック教会の信徒の皆様がお集まりいただき、多くの方にご参加いただいたわけです。
この場をお借りして
富山地区の皆様には深く感謝申し上げます m(_ _)m


さすがに日帰りというのは厳しかったので
この日の前日から富山に「前乗り」したわけですが・・・
実は富山の隣県である石川県・金沢市に、私の友人が単身赴任しておりまして
前日は彼と時間を過ごしました。

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約30年ぶりに訪れた『カトリック金沢教会』


せっかくの金沢なんだから
本当はもっといろんなところに行きたかったんですが
この日の午前中、私は岐阜県の各務原でお葬式の担当がありまして ^^;
金沢に着いたら早々に夕食を共にして
その後は独り、富山へ向かったという強行スケジュールだったのでした。

でも。
その友人が予約してくれた小料理屋さんで食べた食事は美味かったァ~♪

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「ホタルイカの酢味噌和え」と「山菜の煮物」

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金沢の郷土料理である『治部煮』(これが美味いッ)


他にも
新鮮な『カレイの煮付』とか『ノドグロの焼き物』とか
魚好きの私にはたまらないものがありましたよ ♪
(あまりに美味しそうだったので写真撮るの忘れた)

本当は魚津市でもお魚とか食べたかったんですが
当日の夕刻、ウチの会社としても大変にお世話になった日本聖公会の引退司祭のお通夜がありまして、講演を終えたらすぐにトンボ帰りしなければならなかったんです。


・・・正直、この歳ともなると
片道約400キロを運転するのは少々キツかったんですけど
でもまた、機会があれば行ってみたいなァ。






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# by dscorp-japan | 2018-05-14 23:10 | 葬儀 | Comments(6)

不要な土地なのに手放せない

 
今回取り上げますニュース記事が下のリンクです。

近隣襲う竹林…管理限界 相続の80代、資金が底 放棄は法で認められず


「手放したくても手放せない」
「あの土地にいくら使ったか。もう、お金はないです」
「事故が起きたら誰かを殺してしまうかもしれない」
「もう諦めました。事故があったら刑務所にでも入れてください」

・・・もう本当に
何ともやりきれないお話であります。
土地所有者のお婆様には、かける言葉も見つかりません。


使い道の無い土地を所有している場合
普通は考えますよね。
「お国(或いは地方自治体)に寄付すればいい」
ところが、記事にもありますように
>管理に負担がかかる土地の放棄は一般的には認められない
ようなのです。
国や自治体がその土地の寄付を受け付けることで、その管理に(余分な)費用がかかる場合は、その寄付は受け付けないということです。
はっきり言えば
「国や自治体が『欲しい』土地の寄付は受け付けるが『いらない』土地は受け付けない」ということ。

「なんて身勝手な話だ」と思いますよね。
しかし国や自治体側にすれば、管理にかかる費用は「税金」なわけです。
このような案件をすべて引き受けていたら大変なことになるというのも、むべなるかな、なのです。

            ♢

私事ではありますが
実は私も、記事と似たような案件を抱えております。

今から約40年前
当時は(私と同じ)名古屋で生活しておりました父が「魔が差した」とでも申しましょうか、とある山あいにある土地を購入したんです。
不動産屋さんからは
「これからこのエリアを別荘地として開拓します」との話に乗せられて。
購入した費用は大したことないんです。
しかしながら
売買契約を交わして土地の費用を支払った翌月、その不動産屋さんは倒産してしまいました。
購入した土地近辺の開発は頓挫。
そして、あれから約40年。
その土地は今もありますが、ただの森林です。
その土地へ向かうための道はかろうじてありますが
ガスはもちろんのこと、水道も電気も、下水管も通じておりません。

・・・そして。
先頃、遠方で暮らす父より連絡がありまして
「あの土地を手放したい」
との打診がありました。
「お前たち(私たち子供)に相続しても、使い道もないだろう。
だったら私が死ぬ前に処分しておきたいから頼む」

はい。もちろん要りません。
というか、はっきりいって負担です。
とはいえ、土地の権利を放棄したいのはやまやまなのですが
ニュース記事の案件と同様、国も自治体も有難迷惑なだけの土地です。
放棄しようにも、出来ないのであります。

ではどうするのか。
不動産屋さんに相談して「売りに出す」しかないのであります。
買い手がつくはずもないだろうけれど
それでも、いつの日かどなたかが「欲しい」と手を挙げて下さるのを待つしかないのであります。
そして近い将来に父が亡くなった際には
相続権のある母か私たち子供の誰かが相続して、使いもしない土地のために毎年固定資産税を払い続けるしかない、という・・・

・・・それでも
ニュース記事にある案件のように
現状「有事の際には他者に被害が及ぶ可能性がある」というような土地ではないと思われますので、我が家のケースはまだマシなのかもしれませんが・・・

            ♢

おそらく
私と同じような案件を抱える方が、相当数いらっしゃるのでしょう。
何とかならないものなのでしょうかね。
せめて記事にあるような方だけでも
どうにかして助けてあげられないものなのでしょうか・・・






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# by dscorp-japan | 2018-05-09 17:30 | ニュース | Comments(2)

新聞の訃報広告

 
→ ニュース記事はコチラ


最近はめっきり減りましたが
私どもがお手伝いさせていただくお葬式でも、稀に「新聞の訃報広告を出したい」というご依頼をいただくことはあります。
いわゆる『おくやみ欄』への訃報掲載です。


・・・一応ここで豆知識を。

葬儀屋さんなら誰でも知っていることですが
「訃報広告」と「訃報記事」は大きく異なるんですね。
訃報広告とは
ご遺族からの依頼によって
新聞の訃報欄(おくやみ欄)に「亡くなられた方・喪主様の氏名」「通夜・掃除の日時」「葬儀式場の案内」などが掲載されるものです。
これはご遺族からの依頼によって掲載されるもので、その掲載料はご遺族負担となります。
対して訃報記事とは
新聞社サイドの判断によって「記事」として掲載されるものです。
ですから当然、無料となります。


さて。
私どもが訃報広告の掲載を依頼された際には
必ずそのリスクと、対処法についてご説明させていただいております。
つまり
「不特定多数の方に今回の葬儀が知れ渡ることで、通夜・葬儀の時間はご自宅が留守になることが予測され、防犯上のリスクが高まること」
「その対処法として、ご自宅には必ず留守番を置いていただくこと」

・・・昔から
泥棒サンが、訃報広告や(昔よく貼られていた)自宅前の訃報用紙を情報源として空き巣狙いをすることは、葬儀屋さんの間では “ 常識 ” であります。
ですから
葬儀屋さんからのアドバイスとして、上記のような案内をさせていただき、そこをご理解いただいたうえで「訃報広告の掲載」を承るわけなのですが・・・


新聞屋さんや、そこに関連する広告代理店さんには申し訳ないのですが
私個人としましては、特段の事情が無い限りにおいては、新聞の訃報広告掲載はあまりお勧めしておりません。
何より
お亡くなりになられた方やご家族には何ら関係のない「不特定多数の人間」に、その訃報を知らせることになるリスクは小さくないと思うからです。

関係各位に広く訃報を知らせたいのであれば
たとえば、故人様と関わりの深かった方などに訃報連絡をご依頼される方が良いのではないかと思いますし
電話やファクスなどに頼らずとも、電子メールやSNSなどを利用するという手がありますから。
実際
私どものお客様の多くは、訃報用紙を携帯電話やスマートフォンで写真を撮って
これをメール送信されていらっしゃいます。


「ご不幸があった家に空き巣に入るなんてとんでもない!」

もちろんその通りなのです。
でも
空き巣を狙う輩にとっては、不幸があろうとなかろうと関係ないのです、きっと。


皆様も、くれぐれもお気お付け下さい。





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# by dscorp-japan | 2018-05-04 17:30 | 葬儀 | Comments(4)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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