D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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葬儀屋さんが「当事者」になるとき

 
相変わらず、久々の投稿でございます m(_ _)m

まず
先日の豪雨により被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
そして、かけがえのない命を落とされた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに
大切な方を喪われた方々に、心よりお悔やみを申し上げます。

            ♢

さて。
西日本を中心に甚大な被害をもたらした豪雨のなか
相変わらず、私はお葬式の担当で現場に出ている次第であります。

そんななか
一昨日、以前私どもと一緒にお葬式のお仕事に携わっていた仲間のお母様がお亡くなりになり
担当の合間を縫って、昨晩のお通夜に参列してまいりました。

・・・葬儀屋さんといえども
大切な家族を喪った当事者ともなれば、ひとりの「遺族」であります。
当たり前のことなのですが、葬儀屋さんにだって家族はいるわけです。
その大切な家族を喪えば
お葬式をお手伝いする側から、葬儀屋さんからのお手伝いを受ける側に回るわけです。

・・・こういうとき
葬儀屋さんが「当事者」の立場にたつと、なかなか難しいものがあるんですね。
お葬式の何もかもを分かっているうえで
当事者である遺族として、お葬式を遂行していくわけです。
(自分はプロなんだから、ちゃんと滞りなく進めなくては)という
他の方々にはない、余計なプレッシャーみたいなものがのしかかってくるんですよね・・・

たとえば喪主としての挨拶。
あまりにもスラスラと淀みなく話せば “ 葬儀屋候 ” になってしまうし
かといって、たどたどしい雰囲気を演技するのもおかしいわけで・・・
そのサジ加減が分からなくなることがあったりするわけです。
・・・正直なところ、やりたくないというのが本音なのではないでしょうか。


昨日の通夜後
彼はとても良い挨拶の言葉を述べられました。
私たち参列者に対する謝意を述べられ
最愛のお母様の、人となりを分かりやすくご紹介いただき
お母様ご本人に対する感謝の気持ちが溢れるような、素敵な挨拶でした。

大変なご病気に立ち向かってこられたお母様のご冥福をお祈りしますとともに
S君のご家族皆様の上に、神様の慈しみと慰めが豊かに注がれますよう
心よりお祈り申し上げます。






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# by dscorp-japan | 2018-07-09 21:10 | 葬儀 | Comments(2)

とうとう借金したぁ

 
・・・何があったというわけでもないのですが
知らぬうちに、というのはまったくのウソで
ただ面倒臭いという理由で約一ヶ月間、記事更新をサボっておりました m(_ _)m

この一ヵ月、何をしていたかと申しますと・・・
ひとつは今月末に提出する決算書作成のための事務仕事と
もうひとつは、弊社営業所の土地・建物の購入にあたっての、金融機関への融資願いのための打ち合わせでした・・・


今回の会社営業所の土地・建物購入の話は、突然に降ってきたお話です。
ウチの事務所は名古屋市名東区の住宅街にある、普通の一軒家です。
こちらの大家さんのご厚意で、このエリアとしてはかなりお値打ちな家賃で長年にわたってお世話になっておりました。
ところがこのたび、大家さんが当該物件の販売を決断され
ウチとしては、ここを退去するか物件を買い取るかという選択に迫られたわけです。

とはいえ
新たな物件を探すという選択は、殆どありませんでした。
はっきりいえば「引っ越すの面倒くさいから」に他なりません (^^ゞ
・新たな物件を探す
・引越しをする
・関係各位へ事務所移転のお知らせをする

・・・イヤだ。面倒臭ェ。

それに
ウチの事務所のある場所、名古屋市内外を走る高速道路のインターチェンジにとても近いんです。
「東名高速道路」なら名古屋インター
「名古屋第二環状自動車道」なら上社インター&植田インター
「名古屋高速道路」なら高針インター
ウチの営業エリアはかなり広いので
高速道路のアクセスが良いという条件は必須なのです。

そんなこともあって
実は二か月ほど前から土地建物の売買に関する様々なことを進めていた、と。
そんなわけで
当然、金融機関からの融資をお願いすることになった次第であります。

・・・とうとう多額の借金をすることになってしまった・・・

個人的に「借金」がキライな性格なので
これまで殆どお金を借りることから避けてきたのですが、背に腹は代えられません。
でもま、いざとなったら
私の給料を下げるだけだから良いんです。
大した物欲もないし
独り者だし。


・・・さてと。
借金抱えたし、もう一度初心に戻って精進いたします m(_ _)m






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# by dscorp-japan | 2018-06-13 17:40 | あったこと | Comments(6)

『カトリック名古屋教区・富山地区 葬儀勉強会』

 
私の畏友:片岡神父様からいただいたご縁で
私は一昨日(5月13日)、富山県魚津市にある『カトリック魚津教会』にお邪魔して、お葬式のお勉強会をさせていただきました。

・・・私はやってないんですが
facebookなるものに、その様子が掲載されているようです (^^ゞ



・・・しかし
写真を見ると私、やっぱ老けたし太ったよなァ・・・
何だか、場末の流しの演歌歌手みたい(笑)


当日は5月13日ということで
「マリア様の月」であり
「母の日」であり
「ファティマの聖母の祝日」でもあり
つまりは「母の日のなかの母の日」であったわけですね。

このような大切な日に
富山エリアにある、四つのカトリック教会の信徒の皆様がお集まりいただき、多くの方にご参加いただいたわけです。
この場をお借りして
富山地区の皆様には深く感謝申し上げます m(_ _)m


さすがに日帰りというのは厳しかったので
この日の前日から富山に「前乗り」したわけですが・・・
実は富山の隣県である石川県・金沢市に、私の友人が単身赴任しておりまして
前日は彼と時間を過ごしました。

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約30年ぶりに訪れた『カトリック金沢教会』


せっかくの金沢なんだから
本当はもっといろんなところに行きたかったんですが
この日の午前中、私は岐阜県の各務原でお葬式の担当がありまして ^^;
金沢に着いたら早々に夕食を共にして
その後は独り、富山へ向かったという強行スケジュールだったのでした。

でも。
その友人が予約してくれた小料理屋さんで食べた食事は美味かったァ~♪

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「ホタルイカの酢味噌和え」と「山菜の煮物」

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金沢の郷土料理である『治部煮』(これが美味いッ)


他にも
新鮮な『カレイの煮付』とか『ノドグロの焼き物』とか
魚好きの私にはたまらないものがありましたよ ♪
(あまりに美味しそうだったので写真撮るの忘れた)

本当は魚津市でもお魚とか食べたかったんですが
当日の夕刻、ウチの会社としても大変にお世話になった日本聖公会の引退司祭のお通夜がありまして、講演を終えたらすぐにトンボ帰りしなければならなかったんです。


・・・正直、この歳ともなると
片道約400キロを運転するのは少々キツかったんですけど
でもまた、機会があれば行ってみたいなァ。






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# by dscorp-japan | 2018-05-14 23:10 | 葬儀 | Comments(6)

不要な土地なのに手放せない

 
今回取り上げますニュース記事が下のリンクです。

近隣襲う竹林…管理限界 相続の80代、資金が底 放棄は法で認められず


「手放したくても手放せない」
「あの土地にいくら使ったか。もう、お金はないです」
「事故が起きたら誰かを殺してしまうかもしれない」
「もう諦めました。事故があったら刑務所にでも入れてください」

・・・もう本当に
何ともやりきれないお話であります。
土地所有者のお婆様には、かける言葉も見つかりません。


使い道の無い土地を所有している場合
普通は考えますよね。
「お国(或いは地方自治体)に寄付すればいい」
ところが、記事にもありますように
>管理に負担がかかる土地の放棄は一般的には認められない
ようなのです。
国や自治体がその土地の寄付を受け付けることで、その管理に(余分な)費用がかかる場合は、その寄付は受け付けないということです。
はっきり言えば
「国や自治体が『欲しい』土地の寄付は受け付けるが『いらない』土地は受け付けない」ということ。

「なんて身勝手な話だ」と思いますよね。
しかし国や自治体側にすれば、管理にかかる費用は「税金」なわけです。
このような案件をすべて引き受けていたら大変なことになるというのも、むべなるかな、なのです。

            ♢

私事ではありますが
実は私も、記事と似たような案件を抱えております。

今から約40年前
当時は(私と同じ)名古屋で生活しておりました父が「魔が差した」とでも申しましょうか、とある山あいにある土地を購入したんです。
不動産屋さんからは
「これからこのエリアを別荘地として開拓します」との話に乗せられて。
購入した費用は大したことないんです。
しかしながら
売買契約を交わして土地の費用を支払った翌月、その不動産屋さんは倒産してしまいました。
購入した土地近辺の開発は頓挫。
そして、あれから約40年。
その土地は今もありますが、ただの森林です。
その土地へ向かうための道はかろうじてありますが
ガスはもちろんのこと、水道も電気も、下水管も通じておりません。

・・・そして。
先頃、遠方で暮らす父より連絡がありまして
「あの土地を手放したい」
との打診がありました。
「お前たち(私たち子供)に相続しても、使い道もないだろう。
だったら私が死ぬ前に処分しておきたいから頼む」

はい。もちろん要りません。
というか、はっきりいって負担です。
とはいえ、土地の権利を放棄したいのはやまやまなのですが
ニュース記事の案件と同様、国も自治体も有難迷惑なだけの土地です。
放棄しようにも、出来ないのであります。

ではどうするのか。
不動産屋さんに相談して「売りに出す」しかないのであります。
買い手がつくはずもないだろうけれど
それでも、いつの日かどなたかが「欲しい」と手を挙げて下さるのを待つしかないのであります。
そして近い将来に父が亡くなった際には
相続権のある母か私たち子供の誰かが相続して、使いもしない土地のために毎年固定資産税を払い続けるしかない、という・・・

・・・それでも
ニュース記事にある案件のように
現状「有事の際には他者に被害が及ぶ可能性がある」というような土地ではないと思われますので、我が家のケースはまだマシなのかもしれませんが・・・

            ♢

おそらく
私と同じような案件を抱える方が、相当数いらっしゃるのでしょう。
何とかならないものなのでしょうかね。
せめて記事にあるような方だけでも
どうにかして助けてあげられないものなのでしょうか・・・






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# by dscorp-japan | 2018-05-09 17:30 | ニュース | Comments(2)

新聞の訃報広告

 
→ ニュース記事はコチラ


最近はめっきり減りましたが
私どもがお手伝いさせていただくお葬式でも、稀に「新聞の訃報広告を出したい」というご依頼をいただくことはあります。
いわゆる『おくやみ欄』への訃報掲載です。


・・・一応ここで豆知識を。

葬儀屋さんなら誰でも知っていることですが
「訃報広告」と「訃報記事」は大きく異なるんですね。
訃報広告とは
ご遺族からの依頼によって
新聞の訃報欄(おくやみ欄)に「亡くなられた方・喪主様の氏名」「通夜・掃除の日時」「葬儀式場の案内」などが掲載されるものです。
これはご遺族からの依頼によって掲載されるもので、その掲載料はご遺族負担となります。
対して訃報記事とは
新聞社サイドの判断によって「記事」として掲載されるものです。
ですから当然、無料となります。


さて。
私どもが訃報広告の掲載を依頼された際には
必ずそのリスクと、対処法についてご説明させていただいております。
つまり
「不特定多数の方に今回の葬儀が知れ渡ることで、通夜・葬儀の時間はご自宅が留守になることが予測され、防犯上のリスクが高まること」
「その対処法として、ご自宅には必ず留守番を置いていただくこと」

・・・昔から
泥棒サンが、訃報広告や(昔よく貼られていた)自宅前の訃報用紙を情報源として空き巣狙いをすることは、葬儀屋さんの間では “ 常識 ” であります。
ですから
葬儀屋さんからのアドバイスとして、上記のような案内をさせていただき、そこをご理解いただいたうえで「訃報広告の掲載」を承るわけなのですが・・・


新聞屋さんや、そこに関連する広告代理店さんには申し訳ないのですが
私個人としましては、特段の事情が無い限りにおいては、新聞の訃報広告掲載はあまりお勧めしておりません。
何より
お亡くなりになられた方やご家族には何ら関係のない「不特定多数の人間」に、その訃報を知らせることになるリスクは小さくないと思うからです。

関係各位に広く訃報を知らせたいのであれば
たとえば、故人様と関わりの深かった方などに訃報連絡をご依頼される方が良いのではないかと思いますし
電話やファクスなどに頼らずとも、電子メールやSNSなどを利用するという手がありますから。
実際
私どものお客様の多くは、訃報用紙を携帯電話やスマートフォンで写真を撮って
これをメール送信されていらっしゃいます。


「ご不幸があった家に空き巣に入るなんてとんでもない!」

もちろんその通りなのです。
でも
空き巣を狙う輩にとっては、不幸があろうとなかろうと関係ないのです、きっと。


皆様も、くれぐれもお気お付け下さい。





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# by dscorp-japan | 2018-05-04 17:30 | 葬儀 | Comments(4)

サガヤラジ神父様の追悼ミサ

 
皆様
“ 待ちに待った ” ゴールデンウィーク、ですよね?(笑)
皆様にとって
この一週間が素晴らしい日々となりますように m(_ _)m


さて。
ゴールデンウィーク初日であった昨日(4月28日)
ちょうど一年前の今日、天国に召されたサガヤラジ神父様の追悼ミサが
岐阜県多治見市にある、カトリック多治見教会・多治見修道院にて執り行われました。

( → 過去記事

日本の仏教風な表現をすれば
昨日がサガ神父様の『一周忌』の日にあたるわけです。
今回の “ 一周忌 ” 追悼ミサは
サガ神父様と同じ、インド出身の神言修道会司祭である、スサイ神父様の呼びかけによるものでした。
有難いことに、私たちスタッフもお声をかけていただき
追悼ミサのための祭壇をお手伝いさせていただき、一緒にお祈りさせていただきました。

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カトリック多治見教会・聖堂にて


・・・嘘偽りなく申しますと
正直なところ、最近はサガ神父様のことをあまり考えておりませんでした。
「忙しさにかまけて」というのは全くの言い訳でしかなく
ただただ、私が薄情者であったということなのでしょう・・・<(_ _)>

でも
午後からの追悼ミサの準備の為、多治見教会の聖堂で作業を進めるうちに
サガ神父様との思い出などが次々と思い出され
(薄情者のくせに)目頭が熱くなって仕方がありませんでした・・・

追悼ミサは
生前のサガ神父様と仲が良かった、同じ神言会司祭でドイツ人のプルム神父様を筆頭に、今回の企画立案者であるスサイ神父様、そしてサガ神父様の同郷司祭であるアルバート神父様による共同司式で執り行われました。

ミサ中の説教はスサイ神父様がお話し下さいました。

「私たちのお友だちであり、先生であり、神父様であるサガ神父様の為に集まって下さり、本当にありがとうございます」
「サガ神父様は
出会った全ての人との関わりを大切にされた方でした。だからこうして、多くの方々にお集まりいただけたのだと思います」
「朝から晩まで、サガ神父様は常に忙しそうに働いていました。
きっとサガ神父様は、私たちが70年80年という一生の時間をかけて成し遂げることを
たったの50年で成し遂げられたのだと思います。
だから神様が、サガ神父様のこの世での働きに満足されて
『サガ、もう充分だよ』と、この世での務めに終止符を打たせ、天国へ連れていかれたのではないでしょうか」

・・・とても良いお話でした。
スサイ神父様のお話をお聞きしながら
偽善者の私は、何度も涙が溢れてきて仕方ありませんでした・・・

            ♢

・・・あらためて思いました。

追悼ミサとか
追悼礼拝とか
年忌法要とか
正直(面倒臭ェなァ~)とか思うかもしれません。

でも
大切な人の為に集まり祈る機会って、とっても大切!
私のような人間でも
そういう機会に参加することで、あらためて亡くなった方のことを思い出し
その方の魂の安息を祈る想いを新たにすることができるんです。

そうです。
私のような薄情者だからこそ
「追悼ミサ」や「年忌法要」には積極的に参加すべきなのだと。

私のような人間が申し上げるのは恐縮なのですが
大切な方のことを思い出さなくなってしまったことを恥じる必要はないのだと。
(面倒臭い)と思ったままでもいいから
とにかく、その機会を逃してはいけないのだと。

その場所に身を置けば分かります。
そのとききっと
あらためて大切な方のことを思い出し、自然に祈ることでしょう。

そして
それは間違いなく、亡くなられた方にとっての喜びとなるのだと。






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# by dscorp-japan | 2018-04-29 00:25 | おともだち | Comments(4)

クイーン『ALL DEAD, ALL DEAD』の別バージョン

 
・・・やっぱりクイーンは良いのです。
もう何百回、もしかすると千回以上聴いてる曲もあるはずなのに
全く飽きないのであります。

私の家にはクイーンのアルバム(LP)がほぼ揃っております。
今でも思い出したように、レコードプレーヤーで回します。
たとえば部屋の掃除をしながらかけると
いつのまにか、掃除の手を止めてスピーカーの前に座ってしまいます。

・・・きっと私は
彼らの音楽を死ぬまで聴き続けることでしょう・・・


で、今回ご紹介する曲ですが
実はすでに以前、この曲はここで取り上げているんです( → 過去記事
ところが
最近知ったのですが、私の大好きなこの曲の別バージョンが公開されていたんですね。

で、早速聴いてみたのですが
これはまたこれで素晴らしいのであります・・・!

以前ここでご紹介したのは
クイーンファンなら誰もが聴いたことのあるアルバム・バージョンです。
ギタリストであるブライアン・メイが作曲し
アルバムバージョンではブライアン自身がヴォーカルもとっています。
フレディ・マーキュリーはバックコーラス(&おそらくピアノ)のみです。

対して
今回ご紹介するアナザー・バージョンでは、フレディがメインボーカルをとっているんですね~
(過去記事にあるアルバム・バージョンと聴き比べてみて下さい)






アルバム・バージョンと異なるのは
イントロ部分で歌詞が追加されていること。
そして
最初の1ヴァース目の歌詞も書き換えられていること。

・・・何と申しましょうか
基本的には同じ曲なのですが
フレディが歌うと、途端に「フレディの曲」になってしまったかのような印象です。
私は、ブライアンの少々弱々しいボーカルも好きなんです。
声量があるわけではないけれど、決して上手くないわけじゃない。
ブライアンの性格を表すような、優しげな雰囲気が大好きです。
しかし、どうでしょう。
フレディが歌うこの曲は
まるでフレディ自身の哀しみを詩にしたかのように聴こえます・・・

そしてもうひとつついでに
この動画(オフィシャル)のアニメがまた素晴らしい!
ネコ好きだったフレディにピッタリの映像だと思います。






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# by dscorp-japan | 2018-04-17 22:28 | 音楽 | Comments(2)

宗教離れ

 
→ ネタ元のニュース記事はコチラ

・・・ニュース記事を読む限りで思いますのは
どうやら人々の「宗教離れ」は、日本の仏教離れに限ったことではないということなのでしょうか・・・

            ♢

さて。
カトリック信者でありながら言うのも何ですけれど
日々、それなりに何とか生活するなかで
(宗教とか信仰心って、本当に必要か?)って思うことは、正直時々あります。
だって
宗教なんて無くても(基本的に)働けさえすればメシは食えるし雨風もしのげる。
経済的にどうにもならなくなっても
最終的には「お国」が何とかしてくれることを期待できないわけでもない。
叶わぬ思いに悩むときでさえ
「神様助けて!」と天を仰ぐことが、はたしてどれだけあるでしょう。
(私はしょっちゅうあるんですけどネ)

・・・これは私見ですけれど
ニュース記事にある「欧州でのキリスト教離れ」って「先進国だから」というのが一因にあると思うんです。
特に先進諸国における「人口の減少」「高齢化」という問題も勿論ですが
先進国ゆえの経済的・物質的な「豊かさ」が、人々の目を宗教から遠ざけているということなのではないかと。

特に先進諸国に暮らす人々の意識が
どうやら「神」という概念を必要としなくなってきたという。

記事にある「イスラム教の台頭」というのも
元々からイスラム教の家系の人口比率が増加傾向にある、という意味なのではないでしょうか。
つまり「イスラム教を信仰する人が増えた」というのではなく
キリスト教の人口が減少したことで、相対的にイスラム教信者の割合が増えたということかと。

つまりこの問題の根本は
「キリスト教離れ」ということではなく「宗教離れ」ということでしょう。
(アジア圏を除いて)多くの先進諸国がキリスト教圏にあるので
それら先進諸国のデフォルト宗教がキリスト教なのであって、そこに暮らす人々の意識が「宗教から離れる」つまり「キリスト教から離れる」という現象として表れたということ。

・・・そりゃね
キリスト教、特にローマ・カトリックほど血生臭い歴史を辿ってきた宗教もないわけで(笑汗)
「そんな宗教はまっぴら御免だ」という意見も分かるのですが・・・

            ♢

ここで私は敢えて
葬儀屋さんという立場で申し上げたいと思います。

「あなたの大切な人を亡くしたとき
大切な人の魂を、誰に(或いは何に)委ねるのですか」

なにもキリスト教である必要はありません。
イスラム教でもユダヤ教でも仏教でも神道でも、何でもいいんです。
「そのとき」がきたとき
あなたの拠り所となる「何か」くらいは持っておいて損は無いんじゃないの?と思うわけなのです。






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# by dscorp-japan | 2018-04-06 17:57 | 宗教 | Comments(8)

遅まきながら

 
タイトルにありますように
キリスト教における最大の祝日である復活祭(イースター)は
今年4月1日に迎えました。

ということで
皆さま、主のご復活おめでとうございます ♪

よく
キリスト教は「愛の宗教」といわれます。
と同時に
キリスト教は「復活の宗教」でもあります。
「救い主イエス・キリストの復活」はキリスト教の根源的な教義であり
イエス・キリストの復活なくして、キリスト教は成立しないのであります。
これが
復活祭(イースター)が、キリスト教最大の祝日である所以であります。

私たちの罪を、イエス・キリストが私たちに代わって贖(あがな)って下さったことによる救いの御業
つまり「イエス・キリストの、十字架上での死と復活」があったからこそ、イエス・キリストは私たち人類の「救い主」であると信じられているわけです。


・・・私なんぞはド不良信者なわけですが (^^ゞ
それこそ、毎日を神への感謝のうちに過ごされていらっしゃる方々は
この復活祭(イースター)を迎えるまでの約40日間(厳密には46日間)である四旬節(受難節)を、イエス・キリストの受難に思いを馳せながら慎ましく生活されていらっしゃったに違いないのであります。
そのような方々にとって復活祭(イースター)を迎えることは
本当に、心の底からの大きな喜びなのです。

・・・オマエがエラそうなこと言うな!って話ですが・・・<(_ _)>


それでも
ダメダメ信者であるこんな私でも
(あぁ、今年も何とかこの日を迎えられたのだなァ)と、感慨にふけるものではあります。

毎年、桜の季節を迎えられる喜びと同じように
キリスト教を信じる私たちにとって
復活祭(イースター)とは、救い主イエス・キリストの救いの御業に賛美と感謝する日であるとともに、教会典礼の最大の祝日を「今年もまた迎えることができた」という喜びを味わう日でもあるのです・・・





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# by dscorp-japan | 2018-04-02 18:22 | キリスト教 | Comments(6)

やっぱりお葬式はあるわけで・・・

 
キリスト教専門葬儀屋さんとしては
復活祭(イースター)までの一週間(聖週間・受難週・聖週)、なんとかお葬式がありませんようにと祈るわけなのですが・・・

やっぱりお葬式のご依頼がありまして・・・

教会サイドと協議の上
聖週間典礼の合間をかいくぐるような日程で、何とかお葬式をお手伝いさせていただいている状況であります。
ご遺族様方々には、多大なご迷惑をおかけしておりますが
教会典礼の事情をご理解いただきご協力を仰ぎつつ、本日通夜式を挙行させていただきました。


そんななか救われるのが
まずはお天気が崩れていないということと
現在、名古屋エリアの桜が満開であるということでしょうか。

「満開の桜に送られるのだから幸せです」

そう仰っていただけると
私どもとしましても、ほんの少しだけ気持ちが軽くなります m(_ _)m


a0153243_18413591.jpg
今日の、私の自宅近くの桜並木デス


皆さま
どうぞ良き復活祭をお迎えください。
そして
今、様々な悩みや苦しみ、病との闘いのなかにあるすべての方の上に
主イエスの受難の先にある、ご復活の恵みと慰めが豊かに注がれますように。





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# by dscorp-japan | 2018-03-30 19:32 | 葬儀 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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