D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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長らく私は間違っていたらしい

 
・・・齢50も半ばに差し掛からんとする私ですが
この歳になって、自分が間違えていたことを知らされた次第であります <(_ _)>



以前、ガッコのセンセをしていたとき
私は自分のハンコを押す時、常にまっすぐになるように押していたんです。
その方がキレイだと思っていたから。
ところが教職を辞して一年後
葬儀屋さんに就職したとき、職場の先輩からふたつのことを教えられたんです。

①「お前の印鑑は必ず左側に傾けろ」
②「手を前で組むときは、必ず左手で右手を覆うようにしろ」

①の理由は
上記ニュース記事にあるのとほぼ同じ理由でした。
「お客様にお渡しする見積書や領収書に押す、オマエの印鑑を左に傾けることで
お客様に対して頭を垂れたかたちになるから」と。
②の理由は
「効き手である右手を左手で覆うことで、相手に対して敵意が無い(抜刀の意志が無い)ことの意思表示になるから」と。

ですから私
ずっとその先輩の教えを守って「印鑑は左に傾けて」「手を組む際は左手が前になるように」を守ってきたんです。
25年以上にも亘って。

・・・でも①は間違っていたんですね・・・

昨日の日中
現場のお仕事が無かったので、いろいろと調べておりました。
そしたら『印鑑.COM』というサイトに書かれてました。

>社外では斜めにせず、まっすぐにビシッと押すように心がけましょう
>斜めに押すのはあくまで慣習です


・・・あぁ、知らなんだ・・・(><)

やっぱり
この歳になっても、日々お勉強なのですね。
以後、気をつけますッ






by dscorp-japan | 2019-02-25 01:39 | 思うに・・・ | Comments(6)

最高は(おそらく)5個

 
・・・男って、見栄を張る生き物だったりしますよね。
実際の自分よりも自分を大きく見せるとか
昔の武勇伝を誇大化して自慢するとか。

いや、私もまたそういう人間でしたよ。

いちばん古い記憶で申しますなら
小学一年生になって(親から言われて)書き始めた絵日記。
幼少期の私がそこに書いたのは
弟とかけっこをして「弟は時速50キロで走って、自分は時速80キロで勝った」などという嘘。
ガキですから見栄を張るサジ加減が分からなかっただけなんですが
ランドセル背負った鼻たれ小僧でさえ、こういう見栄を張るもんなんです(笑汗)

男とは、そういう愚かな生き物なのであります。


さて
これを踏まえて、バレンタインデーのチョコです。

男は誰でも「バレンタインにもらったチョコレートの数を競い合う」という
しょうもない見栄の張り合いを、おそらく一度はやったことがあるはずです。

・・・もちろん私もやったことがあります。
いつだったかは忘れてしまいましたが
多分高校時代だったかなぁ、意気揚々と大ウソをぶちかましたような気がします。
さすがに「トラック一台分」とまでは言わなかったと思いますが
「段ボール一箱分」くらいの嘘は言ったような気がします (^^ゞ
・・・それでも嘘丸出しなんですけどネ。

つまり、私もそういう愚かな男のひとりだということです。

でもさすがにこの歳ともなると
そういう見栄みたいなものから解放されるわけで、ようやく正直に言えるようになるんですよね。
私の同級生たちもそうです。
昔、デッカイことを言っていた奴らに訊くと
「あ~あれ?ウソウソ!そんなことあるわけねぇよ」
と、皆一様にしれっとした表情で白状します(笑)

・・・そうなんですよ。
歳をとると分かってくるんですよ、見栄を張ることの愚かさというか滑稽さが。
そして皆、過去にやらかしてきた見栄の張り合いを「若気の至り」として許し合えるようになるんですよ。


ということで、私も白状します。
これまでにいただいたバレンタインチョコの最高記録。
それがこの記事のタイトルであります。
それも「義理」込みで(笑)


・・・え?今年ですか?

見事に「0」ですよ(笑)


・・・神様
ようやく私も、こういうことを正直に言えるようになりました m(_ _)m






by dscorp-japan | 2019-02-15 01:00 | あったこと | Comments(6)

神を確信する人たち

 
かなり前のことになりますが
南米のとある国の方が、交通事故でお亡くなりになり
その方のお葬式を担当させていただいたことがあります。
ここで事故の詳細を明らかにすることは控えさせていただきますが
自動車対歩行者という事故でした。
お亡くなりになられた方に何らの非はなく、完全に被害者でありました。

憔悴されるご家族の皆様との打ち合わせは
それはそれは大変なものでした。

それでも何とかお通夜を迎えることになったのですが
そのお通夜が始まるかなり前の時間に、加害者の関係者が参列に訪れました。
(おそらく加害者本人は警察に拘束されていたものと思われます)
実際には「参列」というよりも「謝罪」の意味で来られたのでしょう。

私は当事者ではありませんので
加害者の関係者の方と被害者のご遺族とのやり取りには加わっておりません。
ただそれでも
ご遺族の前で加害者の関係者が土下座してお詫びする姿が
そこで交わされた会話などが目と耳に入りました。

・・・そこで、ご遺族が通訳を通して語られた言葉に
私は大いに驚かされたのでした・・・

「運転手さんは、やろうと思ってやったのではないですよね?」
「運転手さんは反省しているんですよね?」
「ならばどうか、一生懸命神様にお祈りしてください」

そして最後に、たしかにこう仰ったのです。

「神様が(運転手さんを)許すのなら、私たちも許します」


・・・私には到底言えない言葉だと思いました。
正直(そんなんでいいの!?)と思いました。

私もまた一応、カトリック信者ではあります。
ご遺族の仰ることも分からなくはありません。
でもそれって、あくまでもキリスト教的な “ 理屈 ” なのであって
大切な家族を突然喪ってしまったご遺族の思いは、そんなもんじゃ癒されないでしょうに、と。

なのに、亡くなられた方のお母様は
土下座する加害者の関係者の肩を手でさするんです。

凄いなァと思いました・・・

私たちは
自分を赦すことはたやすくできます。
でも
他者を赦すことが、どれだけ難しいことか。
「たとえ神が赦そうとも私は決して赦さない」
というのが、私たちの本音なのではないでしょうか。


あのとき私は思ったんです。
きっと、あのお母様は
神を信じるのみならず、神を「確信」していらっしゃるのだなぁ、と・・・







by dscorp-japan | 2019-02-10 18:25 | キリスト教 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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