D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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すでに遅いのでありますが

 
・・・遅まきながら、でございます。

皆様
主の御降誕、おめでとうございます♪


このブログもサボり癖がついて久しいわけですが
今月に限って申しますと
本当に多忙な日々の為、ゆっくりとパソコンを開いてる時間も惜しいほどだったのであります。
今日こうして久々に自分のブログサイトを開いている今も
ウチの社員はお葬式の現場でお手伝いをさせていただいている最中であります。
そこにきて
私自身も風邪をこじらせておりまして、やや意識朦朧といった感じです (^^ゞ

そんなわけで今日は
以前、私の畏友であるK神父様が司祭叙階された際、叙階記念カードの製作を依頼された際に描いた絵を載せて、お茶を濁させていただきマス(笑)


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・・・世界を見渡すと
なにやら不穏な空気感が漂う今日この頃ではありますが・・・

「国家」や「イデオロギー」
「宗教」や「人種」
様々な対立構造に与する前に
今こそ、私たちは「神の前では同じ人間なのだ」という真理をもう一度思い出したいと思います。

どうぞ皆様
良いお年をお迎えください。







by dscorp-japan | 2018-12-26 17:42 | キリスト教 | Comments(4)

ダイナマイト・キッドさんが・・・

 
→ ニュース記事はコチラ


・・・私の、個人的なプロレスのアイドルだったんです。
初代タイガーマスクとの数々の試合が有名でしたが
とにかく全盛期のキッドさんの、身体のキレといったら!

彼の放つ
目にもとまらぬ速さのブレーンバスター
身体を密着させて受け身を取らせないツームストン・パイルドライバー
そして何より
リング上での、彼の一挙手一投足のキレ!
・・・そうなんですよ
とにかくキレッキレのレスラーだったんです。
“ カミソリ・ファイター ” という異名は、まさに言い得て妙なり。

今更「興業」としてのプロレスに対して、どうのこうの言うつもりはありません。
ただ、これはよく言われることですが
キッドがいたからこそ、タイガーマスク(初代:佐山聡氏)の存在が活きたに違いないのです。
タイガーマスクの “ 空中殺法 ” は
他ならぬキッドがその技を受けることで、より華麗に映えたのであります。
対戦相手の技を、より美しく見せる為の受け身。
間違いなく
誰よりもタイガーマスクご自身が、そのことをよく分かっていらっしゃったはずなのです。

晩年の彼は、ステロイドの過剰摂取などの影響で車椅子生活を余儀なくされていらっしゃいましたが
それもすべては「見せるプロレス」の為の行為だったのでしょう。
彼の死因は明らかになっていないようですが
彼は「プロレスの為に生き、プロレスの為に死んだ」とさえ思えるのです。

・・・あぁ
キッドへの思いが強すぎて、文章が支離滅裂です・・・


還暦を迎えられた、まさにその日に天国へ旅立たれたダイナマイト・キッドさん。
本当にありがとうございます。
そしてどうか神様
Mr.Thomas BIllington a.k.a “ The Dynamite Kid ” に
永遠の安息を与えてくださいますように。

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RIP(1958年12月5日~2018年12月5日)






by dscorp-japan | 2018-12-05 22:23 | 格闘技 | Comments(4)

お葬式の原風景

 
12月ですね。
教会の暦は『アドベント(待降節・降臨節・待誕節)』に入りました・・・

            ♢

・・・さて。
先ほどテレビのニュースで
女優・赤木春恵さんの通夜の模様が取り上げられていました。
( ネットニュースはコチラ

(私は初老のオッサンですのでこういう言い方になりますが)
「昔は」芸能人などの有名人のお葬式って
「何百名もの参列者が一斉に参列して焼香をする」という風景が当たり前でした。
報道関係者による
(やはり著名な)参列者から、故人を偲ぶコメントをインタビューするというのもまた、お葬式報道のデフォルトだったように思います。
それが昨今では
著名人たちのお葬式の多くが「葬儀は近親者で済ませて、後日お別れ会を」という形式を選択されるようになりました。
お葬式のかたちが変わってきたということなのでしょう。

今回の赤木春恵さんのお通夜の模様は
以前、私たちがよく目にしたお通夜の風景そのものでした。
様々な花で彩られた祭壇の中心には、戒名の記された位牌が置かれ
経机(司式する住職が読経する為の机)の向こうには柩が安置された
私などからすると「これぞ仏式葬儀」というものでした。
参列された何名かの著名人たちが赤木さんの柩を覗きこみ
「フェイス・トゥ・フェイス」でお別れをされていらっしゃる場面もありました。

・・・今のお葬式の潮流がダメだというつもりは一切ございません。
お別れのかたちはそれぞれであって良いし
特にそれが、生前のご本人のご意向であったのなら遵守されて然るべきかと思います。
ただそれでも、今回の赤木さんのお通夜の風景をみて
私は、お葬式の原風景を見たような気がいたしました。
ご本人の亡き骸が納められた柩を前に
故人の死を悼み、偲び、祈る。
(お葬式って、こうだよなぁ)と、しみじみと思ったのでした。

参列者の皆さんの、故人を想ってのコメントひとつひとつが
私には、赤木さんやそのご遺族への、この上ない慰めと感謝の言葉と感じました。
もちろん “ 今風の ” 近親者のみで葬儀を済ませるやり方であっても
故人との交わりのあった方々の想いに変わりなないでしょう。
でも、赤木さんのお通夜を見ていて
コメントを求められた参列者の皆さんの言葉は「赤木さんの柩を前にしたお通夜だからこそ」「赤木さんのそばに駆けつけたからこそ」その想いが一層リアルな言葉となったような気がするのです。

「死んでしまったら、その肉体は魂の抜け殻でしかない」

それはそうかもしれません。
でも、亡くなられた人と関わりのあった人たちにとって
死者の亡き骸は、単なる「抜け殻」ではないのではないでしょうか。
柩のなかに眠るその面影を見て
人は自然に感謝の言葉を口にし、自然に涙が流れるものなのではないでしょうか。
それは理屈などではなく
人の「想い」そのものなのではないでしょうか。

・・・私の勝手な思い入れでしかないのかもしれませんが
きっと赤木さんは、このお通夜を心から喜んでいらっしゃるような気がするのです・・・






by dscorp-japan | 2018-12-04 00:24 | 葬儀 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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