D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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人の振り見て・・・

 
ようやく本業のお葬式が一段落して
今日はお休みを決め込んでノンビリしております・・・(^^ゞ


・・・実は先日
ちょっと、いや相当に衝撃的な光景を目にしてしまったんです。
衝撃的というのはつまり
他社の施行しているお葬式の様子を目の当たりにしたということなんです。
その日私たちは午前中のお葬式を終えて
スタッフみんなで「メシ食うべ!」ということで、行きつけのお店に出向いたら
その向かい側の集合住宅で、お葬式(というか出棺)の場面に出くわしたんです。

そのお葬式の当事者であるご遺族様や故人様のため
その詳細は申しあげられないのですが
そこの葬儀屋さん
少なくとも、私が担当者なら「絶対に」やらないようなことをやっていたんです。
死者の尊厳を守っているとは到底思えない、私からすれば蛮行。
私を含めた3人のスタッフが一台の車に乗り合せて店の駐車場に入って
その光景を目にした途端「おい!何じゃありゃ!?」
と、しばし私たち全員が絶句したほどの行為です。
(具体的なことがお伝えできず申し訳ないのですが・・・)

とにかくヒドイ!
これだけ葬儀屋さん業界が注目される昨今に
あの行為を平気でやってのけられる、その担当者の気が知れない。
その集合住宅前の道
大通りではないのですが、そこそこ交通量もあるし歩行者も行き交うところです。
それらの方々はまず間違いなく「あの光景」に目を留められたはずです・・・

事の成り行きが一段落するまでを車内からこっそり見守り
私たちは店に入ってからも、ひとしきりさっき見た光景について話しました。
「あれは絶対ないな」
「さすがにありゃ亡くなった人が可哀想だわ」
「○○さん(=私たち共通の業界の先輩)があれを見たら
間違いなく『みぞおちパンチ』か『尻キック』だな」

そして
あの葬儀屋さんに欠けているものって何だろうかという話になって
やはり
「故人や遺族の立場に立っていない」
「心が無いからあのような行為ができる」
という結論に達したわけです・・・

            ♢

結局のところ
葬儀屋さんに最も必要不可欠なスキルって「心」なんですよね。
もちろん専門的な知識や経験値も必要でしょう。
でも、どれだけ知識と経験値があろうと
心が伴わないのなら、その葬儀屋さんは完全に「失格」なのです、絶対に。

「思い遣りや気遣いは全く無いが、ベテランの葬儀屋さん」
「まだまだ勉強不足だけれど、常に遺族の思いに寄り添おうとする葬儀屋さん」。
少なくとも私なら間違いなく、後者を選ぶでしょう。


・・・と
エラそうに他の葬儀屋さんを非難しておりますが
あの日は私たちも、本当に良い勉強をさせてもらいました。

「あんな葬儀屋にはなるまい」
それはつまり
『人のふり見て我が振り直せ』ということに他ならないのでありましょう。






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by dscorp-japan | 2018-08-28 23:05 | 葬儀 | Comments(4)

副葬品は誰の為

 
様々な考え方の方がいらっしゃいます。
私自身はカトリック信者ですが
ユダヤ教の方もイスラム教の方も
仏教の方も神道の方も
いわゆる新興宗教とされる宗教を信じる方の信仰も尊重しております。
そして
無宗教の方のことも、無神論者の方の考えも否定いたしません。
人の思いは自由なのですから。

            ♢

これを前提として
今回は「副葬品」のお話。

副葬品とは
簡単に申しますなら「柩のなかに一緒に入れてあげる物」のことを指します。
たとえば
昔の日本の風習のひとつに『冥銭(めいせん)』というのがあります。
一般にいわれるところの『六文銭(ろくもんせん)』というやつです。
よく
「三途の川の渡し賃」などと言われ、柩の中にお金を入れるという風習がありました。
ただ現在では
意図的に金銭を破損することは懲罰の対象になるとされるため『六文銭』を紙に印刷したもので代用するのが一般的です(キリスト教では入れません)。
今日では、故人様に縁のある品々
たとえば好きだった衣服、嗜好品(タバコやお菓子)
ご家族からご本人に宛てたお手紙などを入れられる方が多いのではないでしょうか。

しかしながら
こうした副葬品を柩の中に納めることが、無神論者の方々にとっては無意味な行為として映ることがあるようです。
もちろんそのようにお感じになられる方には
副葬品を入れて差し上げることを強要するものではありません。
実際、故人様のご遺体以外は何も納められない方もいらっしゃいます。
それはそれでいいのです。
故人様をお送りする皆様ご自身のお考えなのですから。


・・・ただ、私たち葬儀屋さんは心の中で思うのです。
(亡くなった人 “ だけ ” の為に納めるわけじゃないんだけどな)

故人様と一緒に副葬品を入れてあげる行為って
大切な方を悼むという「思い」をかたちにした行為でもあると思うんです。
つまりこれ
遺された方々のための「グリーフワーク」のひとつだと思うんですね。

神や仏が居ようと居まいと
「人間、死んだら『無』だ」と考えようと
私たちは亡くなった方のご遺体の前では、厳粛な思いにかられるものです。
亡くなられた方への尊厳の思い、愛情や感謝の思いを
私たちは何らかのかたちで表現することで、慰められることもあるということです。


・・・死者の為であると同時に
死者を弔う私たち自身の為の行為が「お葬式」なのだということなんです。
お葬式って、理屈だけじゃない。
一見、無意味な行為に思えることでも
それを実際に行ってみることで感じることがあったりするものなんですね。






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by dscorp-japan | 2018-08-25 17:37 | 葬儀 | Comments(4)

久々のクラス会 ♪

 
つい数日前まで本業のお葬式が多忙だったため
(ホントに参加できるのかしらん)と危惧していたのですが
有難いことに、無事高校時代のクラス会に出席することが出来ました ♪

普通、高校時代のクラス会というと高校三年生のクラス会となるのでしょうが
私たちの場合は高校二年生のクラスが大変に仲が良くて、このクラスが今尚定期的に集まってたりするわけです(幹事のN氏に多謝!)

手前ミソかもしれませんが
このクラスの皆さん大変にお若いんです。
そりゃもちろん54歳になるわけですから、それ相応に年輪は重ねているわけですが
それでも皆さん、ちゃんと高校時代の面影を残してる ♪
(私だけ老け込んだかもしれん)


集まった皆さん、順番に近況報告をし合ったんですが
話題はいつしか「親の介護」と「自分の終活」に。
それぞれが今現在抱えている問題
近々真剣に向き合わなければならないであろう問題
それはとりもなおさず「介護」と「老後」なんですね・・・

「親が施設に入っているんだけど」
「親が認知症になっていて」
「お墓のことなんだけど」

介護の問題は専門ではないのですが
お葬式とかお墓とか
はからずも、葬儀屋さんである私への質問が次々と出てきたわけです。

・・・私たちも、そういう年代に差し掛かってきたということです。

            ♢

こういう話題になったとき
こと「お葬式」や「お墓」に関しては、当事者となる本人は異口同音に仰るんです。
「オレのことはどうでもいい」
「私は子どもたちに迷惑を掛けないようにしてくれればいい」
でも
「自分」のことはどうにでもしてちょうだいと仰るが
自分の大切な人、つまり「家族」のこととなると少し違ってきたりする。

「母は(自分の葬式は)簡単に済ませてくれればいいというけれど
簡単にとはいっても、それなりにはしてあげないと・・・」

これがお葬式に対する気持ちなんですよね。

たとえば親御さんが「簡単に」という言葉の裏には
「子供に余計な迷惑を掛けたくないから」というニュアンスが多少なりともあったりするかもしれないわけで
これを受けた子息である子どもの立場になれば
“ 親の気遣い ” と汲み取ったうえで、逆に出来るだけのことをしてあげようという思いに駆られるわけですよね。

いわゆる、お互いの「忖度」です。

だからクラス会の席で、私は言いました。
「親御さんやご家族のことはさておき
皆さん自身のことについては、はっきりと強い意志表示をするべきだよ」
と。
忖度の介入を許さない「本人の強い希望」として意思表示しましょうね、と。

            ♢

それはともかく
・・・やっぱり気の知れた仲間というのは良いものですよ ♪
年齢を重ねたおかげか
以前だったら恥ずかしくて言えなかったことも、すべては「時効」として正直に語り合える。
これが出来る仲間というのは本当に貴重だと思うわけです。
そして
そういう仲間がいるということに勇気付けられ、また自分たちの活力の源にもなるわけです。

あぁ~楽しかった ♪





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by dscorp-japan | 2018-08-18 23:52 | おともだち | Comments(4)

『 The Wind Chimes 』 マイク・オールドフィールド

 
皆様
暑中お見舞い申し上げます。
もうあと数日で「残暑お見舞い」の時期になるというのに
この猛烈な暑さといったら・・・!

私は毎日、日中は犬のように呼吸してますよ。
口を開けて
舌を出して。
私は喫煙者ですが
この夏、屋外じゃタバコを吸う気にもならんのであります。
酸欠になりそうで・・・^^;

            ♢

というわけで
この酷暑を乗り切る音楽とは?と考えたりするわけです。
もちろん多数の候補が挙がるわけですよ。
たとえば
高中正義さんの『 渚・モデラート 』とか
ピンク・フロイドの『 Marooned 』とか
これら全部、個人的にお勧めなわけです(だからすでに記事になってるわけです)

では
こんな感じの曲で、我が敬愛するマイク・オールドフィールド氏はどんな曲を書いているかしら?と考えたら・・・

やっぱこのアルバムでしょ ♪

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アルバム 『Islands 』(1987年発表)


ジャケットからして、それっぽい感じでしょ ♪
(よく見りゃ少々気味が悪い感じもマイクらしい)

私はこのアルバム、当然LPレコードで持っているわけですが(CDも持ってますよ)
レコードのA面を占めるのが
今回ご紹介する『 The Wind Chimes( Part1 & Part2 ) 』なのであります。

まずはパート1から。
これはいわゆる主題提示的な曲ですね。


そしてパート2。
これが当然ながらメインになるわけです。



マイク・オールドフィールドの個性のひとつに
「ワールドミュージック的エッセンス」というのがあります。
お聴きいただければ分かりますが
バリ島(インドネシア)の「ケチャ」みたいな音が入ってます。
少々サンプリングっぽい感じは、80年代後半の録音だから御愛嬌ということで(笑)

・・・えっと (^^ゞ
「この曲で涼しさを感じられるか?」ということでしたら
私は、暑い夏の季節に感じられる「爽やかさ」みたいなものが重要だと思ってるんです。






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by dscorp-japan | 2018-08-03 00:30 | 音楽 | Comments(5)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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