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サガヤラジ神父様の追悼ミサ

 
皆様
“ 待ちに待った ” ゴールデンウィーク、ですよね?(笑)
皆様にとって
この一週間が素晴らしい日々となりますように m(_ _)m


さて。
ゴールデンウィーク初日であった昨日(4月28日)
ちょうど一年前の今日、天国に召されたサガヤラジ神父様の追悼ミサが
岐阜県多治見市にある、カトリック多治見教会・多治見修道院にて執り行われました。

( → 過去記事

日本の仏教風な表現をすれば
昨日がサガ神父様の『一周忌』の日にあたるわけです。
今回の “ 一周忌 ” 追悼ミサは
サガ神父様と同じ、インド出身の神言修道会司祭である、スサイ神父様の呼びかけによるものでした。
有難いことに、私たちスタッフもお声をかけていただき
追悼ミサのための祭壇をお手伝いさせていただき、一緒にお祈りさせていただきました。

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カトリック多治見教会・聖堂にて


・・・嘘偽りなく申しますと
正直なところ、最近はサガ神父様のことをあまり考えておりませんでした。
「忙しさにかまけて」というのは全くの言い訳でしかなく
ただただ、私が薄情者であったということなのでしょう・・・<(_ _)>

でも
午後からの追悼ミサの準備の為、多治見教会の聖堂で作業を進めるうちに
サガ神父様との思い出などが次々と思い出され
(薄情者のくせに)目頭が熱くなって仕方がありませんでした・・・

追悼ミサは
生前のサガ神父様と仲が良かった、同じ神言会司祭でドイツ人のプルム神父様を筆頭に、今回の企画立案者であるスサイ神父様、そしてサガ神父様の同郷司祭であるアルバート神父様による共同司式で執り行われました。

ミサ中の説教はスサイ神父様がお話し下さいました。

「私たちのお友だちであり、先生であり、神父様であるサガ神父様の為に集まって下さり、本当にありがとうございます」
「サガ神父様は
出会った全ての人との関わりを大切にされた方でした。だからこうして、多くの方々にお集まりいただけたのだと思います」
「朝から晩まで、サガ神父様は常に忙しそうに働いていました。
きっとサガ神父様は、私たちが70年80年という一生の時間をかけて成し遂げることを
たったの50年で成し遂げられたのだと思います。
だから神様が、サガ神父様のこの世での働きに満足されて
『サガ、もう充分だよ』と、この世での務めに終止符を打たせ、天国へ連れていかれたのではないでしょうか」

・・・とても良いお話でした。
スサイ神父様のお話をお聞きしながら
偽善者の私は、何度も涙が溢れてきて仕方ありませんでした・・・

            ♢

・・・あらためて思いました。

追悼ミサとか
追悼礼拝とか
年忌法要とか
正直(面倒臭ェなァ~)とか思うかもしれません。

でも
大切な人の為に集まり祈る機会って、とっても大切!
私のような人間でも
そういう機会に参加することで、あらためて亡くなった方のことを思い出し
その方の魂の安息を祈る想いを新たにすることができるんです。

そうです。
私のような薄情者だからこそ
「追悼ミサ」や「年忌法要」には積極的に参加すべきなのだと。

私のような人間が申し上げるのは恐縮なのですが
大切な方のことを思い出さなくなってしまったことを恥じる必要はないのだと。
(面倒臭い)と思ったままでもいいから
とにかく、その機会を逃してはいけないのだと。

その場所に身を置けば分かります。
そのとききっと
あらためて大切な方のことを思い出し、自然に祈ることでしょう。

そして
それは間違いなく、亡くなられた方にとっての喜びとなるのだと。






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by dscorp-japan | 2018-04-29 00:25 | おともだち | Comments(4)

クイーン『ALL DEAD, ALL DEAD』の別バージョン

 
・・・やっぱりクイーンは良いのです。
もう何百回、もしかすると千回以上聴いてる曲もあるはずなのに
全く飽きないのであります。

私の家にはクイーンのアルバム(LP)がほぼ揃っております。
今でも思い出したように、レコードプレーヤーで回します。
たとえば部屋の掃除をしながらかけると
いつのまにか、掃除の手を止めてスピーカーの前に座ってしまいます。

・・・きっと私は
彼らの音楽を死ぬまで聴き続けることでしょう・・・


で、今回ご紹介する曲ですが
実はすでに以前、この曲はここで取り上げているんです( → 過去記事
ところが
最近知ったのですが、私の大好きなこの曲の別バージョンが公開されていたんですね。

で、早速聴いてみたのですが
これはまたこれで素晴らしいのであります・・・!

以前ここでご紹介したのは
クイーンファンなら誰もが聴いたことのあるアルバム・バージョンです。
ギタリストであるブライアン・メイが作曲し
アルバムバージョンではブライアン自身がヴォーカルもとっています。
フレディ・マーキュリーはバックコーラス(&おそらくピアノ)のみです。

対して
今回ご紹介するアナザー・バージョンでは、フレディがメインボーカルをとっているんですね~
(過去記事にあるアルバム・バージョンと聴き比べてみて下さい)






アルバム・バージョンと異なるのは
イントロ部分で歌詞が追加されていること。
そして
最初の1ヴァース目の歌詞も書き換えられていること。

・・・何と申しましょうか
基本的には同じ曲なのですが
フレディが歌うと、途端に「フレディの曲」になってしまったかのような印象です。
私は、ブライアンの少々弱々しいボーカルも好きなんです。
声量があるわけではないけれど、決して上手くないわけじゃない。
ブライアンの性格を表すような、優しげな雰囲気が大好きです。
しかし、どうでしょう。
フレディが歌うこの曲は
まるでフレディ自身の哀しみを詩にしたかのように聴こえます・・・

そしてもうひとつついでに
この動画(オフィシャル)のアニメがまた素晴らしい!
ネコ好きだったフレディにピッタリの映像だと思います。






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by dscorp-japan | 2018-04-17 22:28 | 音楽 | Comments(2)

宗教離れ

 
→ ネタ元のニュース記事はコチラ

・・・ニュース記事を読む限りで思いますのは
どうやら人々の「宗教離れ」は、日本の仏教離れに限ったことではないということなのでしょうか・・・

            ♢

さて。
カトリック信者でありながら言うのも何ですけれど
日々、それなりに何とか生活するなかで
(宗教とか信仰心って、本当に必要か?)って思うことは、正直時々あります。
だって
宗教なんて無くても(基本的に)働けさえすればメシは食えるし雨風もしのげる。
経済的にどうにもならなくなっても
最終的には「お国」が何とかしてくれることを期待できないわけでもない。
叶わぬ思いに悩むときでさえ
「神様助けて!」と天を仰ぐことが、はたしてどれだけあるでしょう。
(私はしょっちゅうあるんですけどネ)

・・・これは私見ですけれど
ニュース記事にある「欧州でのキリスト教離れ」って「先進国だから」というのが一因にあると思うんです。
特に先進諸国における「人口の減少」「高齢化」という問題も勿論ですが
先進国ゆえの経済的・物質的な「豊かさ」が、人々の目を宗教から遠ざけているということなのではないかと。

特に先進諸国に暮らす人々の意識が
どうやら「神」という概念を必要としなくなってきたという。

記事にある「イスラム教の台頭」というのも
元々からイスラム教の家系の人口比率が増加傾向にある、という意味なのではないでしょうか。
つまり「イスラム教を信仰する人が増えた」というのではなく
キリスト教の人口が減少したことで、相対的にイスラム教信者の割合が増えたということかと。

つまりこの問題の根本は
「キリスト教離れ」ということではなく「宗教離れ」ということでしょう。
(アジア圏を除いて)多くの先進諸国がキリスト教圏にあるので
それら先進諸国のデフォルト宗教がキリスト教なのであって、そこに暮らす人々の意識が「宗教から離れる」つまり「キリスト教から離れる」という現象として表れたということ。

・・・そりゃね
キリスト教、特にローマ・カトリックほど血生臭い歴史を辿ってきた宗教もないわけで(笑汗)
「そんな宗教はまっぴら御免だ」という意見も分かるのですが・・・

            ♢

ここで私は敢えて
葬儀屋さんという立場で申し上げたいと思います。

「あなたの大切な人を亡くしたとき
大切な人の魂を、誰に(或いは何に)委ねるのですか」

なにもキリスト教である必要はありません。
イスラム教でもユダヤ教でも仏教でも神道でも、何でもいいんです。
「そのとき」がきたとき
あなたの拠り所となる「何か」くらいは持っておいて損は無いんじゃないの?と思うわけなのです。






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by dscorp-japan | 2018-04-06 17:57 | 宗教 | Comments(8)

遅まきながら

 
タイトルにありますように
キリスト教における最大の祝日である復活祭(イースター)は
今年4月1日に迎えました。

ということで
皆さま、主のご復活おめでとうございます ♪

よく
キリスト教は「愛の宗教」といわれます。
と同時に
キリスト教は「復活の宗教」でもあります。
「救い主イエス・キリストの復活」はキリスト教の根源的な教義であり
イエス・キリストの復活なくして、キリスト教は成立しないのであります。
これが
復活祭(イースター)が、キリスト教最大の祝日である所以であります。

私たちの罪を、イエス・キリストが私たちに代わって贖(あがな)って下さったことによる救いの御業
つまり「イエス・キリストの、十字架上での死と復活」があったからこそ、イエス・キリストは私たち人類の「救い主」であると信じられているわけです。


・・・私なんぞはド不良信者なわけですが (^^ゞ
それこそ、毎日を神への感謝のうちに過ごされていらっしゃる方々は
この復活祭(イースター)を迎えるまでの約40日間(厳密には46日間)である四旬節(受難節)を、イエス・キリストの受難に思いを馳せながら慎ましく生活されていらっしゃったに違いないのであります。
そのような方々にとって復活祭(イースター)を迎えることは
本当に、心の底からの大きな喜びなのです。

・・・オマエがエラそうなこと言うな!って話ですが・・・<(_ _)>


それでも
ダメダメ信者であるこんな私でも
(あぁ、今年も何とかこの日を迎えられたのだなァ)と、感慨にふけるものではあります。

毎年、桜の季節を迎えられる喜びと同じように
キリスト教を信じる私たちにとって
復活祭(イースター)とは、救い主イエス・キリストの救いの御業に賛美と感謝する日であるとともに、教会典礼の最大の祝日を「今年もまた迎えることができた」という喜びを味わう日でもあるのです・・・





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by dscorp-japan | 2018-04-02 18:22 | キリスト教 | Comments(6)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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