D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

dscorp.exblog.jp Top

カテゴリ:ニュース( 31 )

不要な土地なのに手放せない

 
今回取り上げますニュース記事が下のリンクです。

近隣襲う竹林…管理限界 相続の80代、資金が底 放棄は法で認められず


「手放したくても手放せない」
「あの土地にいくら使ったか。もう、お金はないです」
「事故が起きたら誰かを殺してしまうかもしれない」
「もう諦めました。事故があったら刑務所にでも入れてください」

・・・もう本当に
何ともやりきれないお話であります。
土地所有者のお婆様には、かける言葉も見つかりません。


使い道の無い土地を所有している場合
普通は考えますよね。
「お国(或いは地方自治体)に寄付すればいい」
ところが、記事にもありますように
>管理に負担がかかる土地の放棄は一般的には認められない
ようなのです。
国や自治体がその土地の寄付を受け付けることで、その管理に(余分な)費用がかかる場合は、その寄付は受け付けないということです。
はっきり言えば
「国や自治体が『欲しい』土地の寄付は受け付けるが『いらない』土地は受け付けない」ということ。

「なんて身勝手な話だ」と思いますよね。
しかし国や自治体側にすれば、管理にかかる費用は「税金」なわけです。
このような案件をすべて引き受けていたら大変なことになるというのも、むべなるかな、なのです。

            ♢

私事ではありますが
実は私も、記事と似たような案件を抱えております。

今から約40年前
当時は(私と同じ)名古屋で生活しておりました父が「魔が差した」とでも申しましょうか、とある山あいにある土地を購入したんです。
不動産屋さんからは
「これからこのエリアを別荘地として開拓します」との話に乗せられて。
購入した費用は大したことないんです。
しかしながら
売買契約を交わして土地の費用を支払った翌月、その不動産屋さんは倒産してしまいました。
購入した土地近辺の開発は頓挫。
そして、あれから約40年。
その土地は今もありますが、ただの森林です。
その土地へ向かうための道はかろうじてありますが
ガスはもちろんのこと、水道も電気も、下水管も通じておりません。

・・・そして。
先頃、遠方で暮らす父より連絡がありまして
「あの土地を手放したい」
との打診がありました。
「お前たち(私たち子供)に相続しても、使い道もないだろう。
だったら私が死ぬ前に処分しておきたいから頼む」

はい。もちろん要りません。
というか、はっきりいって負担です。
とはいえ、土地の権利を放棄したいのはやまやまなのですが
ニュース記事の案件と同様、国も自治体も有難迷惑なだけの土地です。
放棄しようにも、出来ないのであります。

ではどうするのか。
不動産屋さんに相談して「売りに出す」しかないのであります。
買い手がつくはずもないだろうけれど
それでも、いつの日かどなたかが「欲しい」と手を挙げて下さるのを待つしかないのであります。
そして近い将来に父が亡くなった際には
相続権のある母か私たち子供の誰かが相続して、使いもしない土地のために毎年固定資産税を払い続けるしかない、という・・・

・・・それでも
ニュース記事にある案件のように
現状「有事の際には他者に被害が及ぶ可能性がある」というような土地ではないと思われますので、我が家のケースはまだマシなのかもしれませんが・・・

            ♢

おそらく
私と同じような案件を抱える方が、相当数いらっしゃるのでしょう。
何とかならないものなのでしょうかね。
せめて記事にあるような方だけでも
どうにかして助けてあげられないものなのでしょうか・・・






[PR]
by dscorp-japan | 2018-05-09 17:30 | ニュース | Comments(2)

大掃除が「義務」とは存じ上げませんでした

 
大した知識も無いまま、見切り発車で会社を立ち上げて15年。
会社の大掃除が「義務」とは、ついぞ存じ上げませんでした・・・

「会社は半年に1度、大掃除をしなければならない」 実は風物詩じゃなく、法的な義務


・・・皆様、それぞれのご家庭で大掃除に汗を流していらっしゃる方も少なくないかと存じます。
私は決して潔癖症ではありませんが
周りの人に言わせると「綺麗好き」という認識で一致しているようです。
どの程度を「綺麗好き」というのか分かりませんけれど
掃除はキライじゃありません。
部屋の床にモノが散らかっているとかは別にいいんです。
ただ、単純に「不潔」なのがイヤなタイプです。
だから(毎日ではありませんが)定期的に自宅のお掃除はします。


では、ウチの会社はどうなのか。

以前にも申しましたが
年末に「大掃除」と称するお掃除をすることはありません。
私どものお仕事って
大体年末は現場のお葬式に忙殺されるので、大掃除などしている暇が無いのであります。
ですからウチの会社の場合
決算期の棚卸しの際に、併せて大掃除する感じでやってきました。

・・・はい。
「大掃除」と呼べるお掃除は、年一回に留めていたというのが正直なところです。
法令を守っていなかった、ということになります m(_ _)m


・・・ただね
どの程度のお掃除を以て「大掃除」と呼べるのかという問題もありますよね。

「これで大掃除って呼べるの?」
というレベルで終わらせる方もあれば
「お前、毎回大掃除するつもりか?」
という綺麗好きの方もいらっしゃるでしょうし。

そこら辺は少々曖昧な感じもします ^^;

でも、知った以上はやらなければ!

            ♢

・・・でも、一応申し上げておきますが
お葬式の際に使用する道具のすべては、お葬式が終わったたびに必ずお掃除してるんですよ。
傷が付いたり、ちょっとしたガタがあれば必ず修繕しますし
修繕が無理なら、その道具はすぐに廃棄します。
もちろん、消耗品の使いまわしもしません。

っていうか
ちゃんとした葬儀屋さんは皆、当たり前のようにそうしています、間違いなく。
以前私が在籍していた葬儀社には、それ専門の社員(嘱託)がいましたから。

道具を綺麗にするとね
ひとつひとつの道具を丁寧に扱うようになるし、お仕事全般も美しく仕上げようとするものなんです。
これだけは間違いない。

            ♢

さて。
決算期の大掃除の他に、もう一度大掃除をするならいつか。
単純に考えれば、半期決算の時期ということになります。
・・・うん。
ウチの場合、比較的現場が忙しくない時期にはなりますネ。
時期が近付いたら
ウチのスタッフに通達して、大掃除やります!

・・・良いこと聞いたなァ ♪





[PR]
by dscorp-japan | 2017-12-27 00:00 | ニュース | Comments(4)

引き取り手の無い遺骨の行方

 
→ ネタ元のニュース記事はコチラ


発覚したことの概要はニュース記事の通りです。
私たち葬儀屋さん目線から考えても
まず事件性は無いものと考えていいと思います。
身寄りのない方
或いは、家族や親戚がいらっしゃっても遺骨の引き取りを拒否された方の遺骨を埋葬しないまま、老齢女性の自宅で保管し続けていたということなのでしょう。

記事にもある通り
人骨は、その遺骨が誰のものかを証明する「火(埋)葬許可証」と一緒に保管されていれば、いついつまでに納骨しなければならないということはありません。
5年だろうと10年だろうと
自宅に保管すること自体は罪に問われることはない、ということです。


記事にある
「女性の夫はかつて葬儀関連の仕事をしていたとする情報があり」
というところから考えられるのは
これらの遺骨を預かったのは老齢女性のご主人であり
引き取り手のいない遺骨を預かることで、どこかから、幾ばくかのお金をもらっていたのではないかということです(あくまでも可能性としての推測ですが)。
或いは一切の預かり料など受け取らず
(ご本人の考える)善意のもとに預かっていただけ、ということかもしれません。

記事から推測する限り
当事者である「女性の夫」はすでに他界されているか、女性と離婚されて、今はいらっしゃらないということのようです。
よって、残された女性は遺骨の処遇に苦慮されて、業者に連絡されたということなのでしょう。
少なくともこの女性は
これら遺骨をぞんざいに扱って遺棄するという選択はされませんでした。
業者に連絡して引き取りを依頼したということはつまり
引き取ってもらうための費用を負担する意思があったということなのですから。
他人の遺骨であっても
その、最低限の「尊厳」は遵守しようとされたということではないでしょうか。


・・・私は
このニュースが発表されたのが「今」ということの意味を考えたいです。
「今」とはつまり『お彼岸』ということです。

私は、このニュースの当事者を責める気持ちにはなれません。
また、遺骨の引き取りを拒否されたご家族やご親戚がいらっしゃったとしても
それらの方を責めるつもりもありません。
家族の関係性などは、当事者にしか分からない事情があるでしょうから。

ただ、今思うことは
家族でも親族でもない他人の家で預かられていた遺骨が、丁寧に供養されることを祈るばかりです。






[PR]
by dscorp-japan | 2017-09-25 00:00 | ニュース | Comments(2)

またも教会で爆発が (><)

 
(→ ニュース記事はコチラ

今回の事件が「爆破テロ」であると確証があるわけではありませんが
人々が集う祈りの場での爆発ということですから、おそらくはそういうことなのでしょう・・・


「テロにルールなどない」

それでも敢えて申しますなら
たとえば先の大戦時のルールというかモラルとして
「赤十字を掲げた施設などは攻撃しない」
みたいなのってあったじゃないですか。
あとは「民間人は攻撃しない」とか。


私はカトリック信者ですが
仏教徒の方の信仰心も
神道の方のそれも
ヒンズー教の方のそれも
そして
イスラム教の方のそれも
私なりの考え方で最大限に尊重するようにしているつもりです。
以前にも申しましたが
私はひとりの人間として、またひとりの葬儀屋さんとして、マザー・テレサからそれを教わりました・・・


宗教施設を狙うのは卑劣極まりない。
お寺も神社も
教会もモスクも
そこにだけは、絶対に手を出してはいけない。
もしもあなたが
あなた自身の信じる神の声を聞こうとするのならなおさらに。

なぜなら
そこを侵してしまった時点で
逆にあなたの神が否定されることになるのだから。





[PR]
by dscorp-japan | 2016-12-12 00:00 | ニュース | Comments(2)

水泳の飛び込み、ダメですかね ^^;

 
ネタ元のニュース記事はコチラ→  

要は
小・中学校と同じく、高校での水泳授業においても「飛び込み」の指導は廃止すべきではないか、というものです。


私は50を超えたオッサンなのですが
私が小・中学生だった頃、水泳の授業では当たり前のように「飛び込み」アリ、でした。
でもって
小学生時代は水泳部にいたこともあって、当然のように「飛び込み」をしたうえでタイムを測っていたものです。

これは個人的な好みなんですけれど
私はプールサイドからの「飛び込み」が大好きなんです。
何といっても、気持ちが良いんですよ ♪
ほんの一瞬ですけれど、自分の身体が宙に浮いて
その後瞬時に水中の世界に移って、慣性の勢いに乗って身体が水中を進む感じが何とも気持ちいいんです。

そりゃ初めて飛び込むときは怖かったかもしれませんけれど(覚えてませんけど)
一度要領を掴めば、水底に身体や頭をぶつけることなんて絶対ないし
よく言われる「腹打ち」にもなりません。


・・・でも、ダメですかぁ・・・

もちろん
水泳の飛び込みによる重大事故が多発しているということですから、そこは看過できないところではあるのでしょうね。

・・・う~ん ^^;

でも「飛び込み」が危険だというのなら
体育の授業って、他にも危険といえば危険なものってあるような気がするんですけど。
たとえば「跳び箱」。
あれ、要領を得ないと結構危険じゃないですか?
たとえば「鉄棒」。
単純に鉄棒から「落ちる」ことは想定できるわけですし。

これは私見ですけれど
水泳の「飛び込み」って、小学生とかのうちに教えた方が良いんじゃないかと思ってます。
身体が成長するにしたがって
逆に「飛び込み」を習得するのが難しくなるんじゃないの?って思ったりしります。

「水深が浅いから」ということですけれど
私が子どもの頃は普通にそこで「飛び込み」やってたんですけどね。
あの頃の小・中学校プールの水深って、大体1.0~1.2mくらいだったかと思います。
高校だと1.3~1.5mくらいでしたっけ?

水泳の専門家さんが「私でも浅いプールでの飛び込みは怖い」と仰っているとか。

でも、私がガッコのセンセだったとき
1.2mの深さのプールに、平気で教師として飛び込んでたけどなぁ。


いろんな問題があるんでしょうけれどね~

結論的な私見として申しますと
私は水泳の「飛び込み」もまた「泳ぐ」ことを学ぶ一環として外さない方が良いのになァと思う次第であります。


素人がエラそうなこと言ってスミマセン <(_ _)>






[PR]
by dscorp-japan | 2016-11-18 00:00 | ニュース | Comments(2)

人として最低限の尊厳を

 
一昨日のニュースになりますが
いち葬儀屋さんとして、どうしても看過できないものでした。

『イエメン空爆「現場は血の海」サウジ介入後最大の被害』



私は、日本や世界の歴史にあまり明るくありません。
でもたしか、先の大戦中においても
「赤十字のマークを付けた車両や施設は攻撃しない」といった
「苦しむ人や傷ついた人に対する最低限の人道的モラルは遵守すべし」とする流れはあったと教えられた記憶があります。

たとえ争い合う関係にあっても
お互いが「同じ人間として(心や身体が)傷ついている人、苦しんでいる人は守り合いましょう」ということだと思うのですが・・・


大切な人を弔うお葬式の式場を狙っての空爆とは・・・(怒)

イデオロギーの違いとか
宗教やら民族やらの違いとか
ンなことは知らん。
そのまえに
「お前たちに人の心はあるのか?」
「お前の大切な人のお葬式にそれをされたら、お前は一体どう思うんだ?」

            ♢

ずっと以前のことですが
以前お世話になっていた葬儀社時代、あるご自宅でのご葬儀を担当させていただいていたときのことです。
そのご自宅は、そこそこ交通量のある通り沿いにありまして
お葬式の最中も自動車や歩行者の往来が絶えないところでした。

お葬式が終わり、ご出棺の段になった頃
彼方からひときわ大音量の音声が聞こえてきたんですね。
街宣車、でした。
内容は覚えておりませんが
いわゆるイデオロギーらしき主張を声高に訴えるものだったのでしょう。

霊柩車の周りに集った参列者が顔をしかめ始めたとき・・・
その街宣車は、スピーカーの音を切ったんです。
霊柩車の前を通り過ぎ
かなり向こうまで走ってから、あらためて音を流しはじめたんですね。


・・・つまり、そういうことです。

人として
最低限の他者に対する尊厳だけは、本当に守って欲しい。
心の底から思います。

それでも分からないというなら
「お前はゾウさん以下だ!」と言ってやりたい。

→ 過去記事 『ゾウさんでさえ・・・』






[PR]
by dscorp-japan | 2016-10-11 00:00 | ニュース | Comments(2)

就活にマージャン ♪

 
→ ネタ元のニュース記事はコチラ


たとえば幼少の頃の私の家族で申しますと
(上手いか下手かは別として)マージャンが出来たのは、私だけ。
親からは「マージャンなんて不良の遊びッ」とか言って嫌われていたと記憶します ^^;
たしかに昔のマージャンのイメージって
タバコの煙がもうもうとするなか、シャツの襟を開けたヤンチャなオジサンたちが片足を上げてポンだのロンだのと言っている感じではありました。

それが今じゃ女流プロ麻雀師とかいらっしゃいますし
ボケ防止にマージャンが良いと推奨されてるようですし
そのイメージは大きく変わったような気がします。

・・・しかし「就活」にマージャンとは・・・!


ニュース記事にもありますように
たしかにマージャンって、そこそこ頭を使います。

自分の手牌を作りつつ
対戦相手の捨て牌から相手の手の内を予測する。
捨て牌の状況から
残りの牌に何がどれだけ残っているかも予測して
どうすれば自分が上がりやすいかを考える。

・・・まァ私、それが非常に下手くそではあるんですけど ^^;

その場その場の状況判断とか
状況に応じた決断力とか
たしかに、マージャンが強い方って賢いなァと思わされるところがあります。

「賢い」というのは「お勉強がお出来になる」という意味ではないのであって
そういう点では、学歴などが大きな意味をもつということでもないわけです。

・・・でも私の高校(そこそこ進学校)の同級生は皆強かったけど。
因みに
ウチの会社の税務をやってくれてる同級生も滅法強い <(_ _)>


いずれにしても
企業が新規採用する人材を選ぶ際にマージャンを採用したというのは、分かるような気がします。
物事を見定める広い視野。
状況に応じた臨機応変な機転。
瞬時に判断して実行に移す決断力。
そういうものがマージャンを通して垣間見えるというのは、あながち間違っていないかと。


・・・なるほど。
ウチも新規採用するときには取り入れてみるか?

「その前にオマエが下手くそ過ぎるじゃねぇか!」

だから
対戦のときは、ウチの同級生に戦ってもらう、と ^^;






[PR]
by dscorp-japan | 2016-08-24 00:00 | ニュース | Comments(6)

鶴舞公園が全国区に(汗)

 
ネタ元のニュースはコチラ

ウチのスタッフのひとりが
この鶴舞公園にほど近いところに住んでおりまして・・・

「連日エラいことになってるよ。
公園周辺は路駐の嵐だし、夜中でも人だかりが凄い」

名古屋市昭和区にあるこの公園は
名古屋市がはじめて整備したとされる、歴史ある公園です。
公園近隣には名古屋大学医学部や名古屋大学付属病院があって
私の父がそこの出身であることもあって、幼少の頃は何度か連れて行ってもらったものです。
昔は園内に「ベビーゴルフ」みたいなものがありまして
そこで遊ばせてもらった記憶があります。
また公園内には名古屋市公会堂があって
私が学生の頃は、来日したロックバンドのコンサートにも行ったものです。
さらには
以前は公園に隣接した場所に愛知県勤労会館があって
私の通っていた名古屋市立向陽高校の校舎建て替え時期には、学園祭をここで開催したものです。

・・・それがいまや『ポケモンGO』の “ 聖地 ” のひとつだとか ^^;


ゲーム門外漢の私ですから
この件に関して、殊更にあ~だこ~だ言うつもりはございません。
ただやはり、ここ数日の現状を考えると
少なくとも近隣にお住まいの方々に迷惑をかけるような行為は謹んでいただきたいなァと(近隣住民であるスタッフの声デス)。

余談ですが
すでに息子さんと『ポケモンGO』をやったスタッフの話。

「何がオモロいのかサッパリですわ。
オレなんかは、川にザリガニ釣りに行ったり、早朝にカブトムシを探しに行ったときの方が全然楽しかったと思いますけどね~」

※ 『ポケモンGO』を否定するものではありません。
  あくまでもスタッフの個人的な意見です m(_ _)m




[PR]
by dscorp-japan | 2016-07-25 16:32 | ニュース | Comments(2)

出来ることなら「事前相談」を

 
おそらく多くの葬儀屋さんブロガーが取り上げられるでしょうから
あらためて私などがこの記事について言及するのも憚られるのですが・・・

葬儀料金のトラブル700件超(NHKニュースWEB)


私の知る限り
昔よりも “ ぼったくり葬儀屋さん ” は減少傾向にあると思ってたんですけどね・・・


こうしたトラブルを回避するには
やはり可能な限り、事前に各葬儀屋さんの情報を入手することですよね。
そしてその最も有効な手段は、お葬式の「事前相談」でしょう。

現在ではネット上でも
各葬儀屋さんのHPで、価格体系などを確認することが出来ると思います。
でも実際のところ
様々な費目やその価格が表記されていても、はたしてそれが自分の考えるお葬式に必要なのか否かが分かりづらいのではないでしょうか。
その点、葬儀屋さんと直接会ってご自分の希望するお葬式をお伝えするなどして、そこから具体的なお見積りを出してもらうことで、よりご自分の考えるお葬式の総額予測がたちやすいと思います。
また、そこで出来るだけ疑問を解消することです。
「見積もりにある○○というのは何ですか?」
「○○は私の考えるお葬式に必要なものなんですか?」
何でもお尋ねいただくのがよろしいかと。
そして
事前相談の打ち合わせを通して、その葬儀屋さんの印象を肌で感じ取ることも出来るのではないでしょうか。


そして、事前相談のメリットがもうひとつ。

葬儀屋さんにとっての「事前相談」とは
相談者が、将来的に自社の顧客となり得るか否かの “ 営業の場 ” だったりします。
言い方をかえれば、将来的な顧客の「囲い込み施策」でもあったりします。

(わが社に好印象を持ってもらいたい)
(「もしものときはおたくにお願いします」と言ってもらいたい)

当然、同業他社との相見積もりも想定しているはずなので
基本的に “ ぼったくり見積もり ” は出しづらいはずなんです。
より明瞭な価格提示がされるはず、なんですね。


さて、ここでご留意いただきたいこと。
お葬式の費用のなかには数量の増減に伴う、小計価格の変動というのがあります。
たとえば参列者にお渡しする供養品。
或いはお料理。
これらは実際にお葬式の場にならないと、その数が分かりません。
お葬式を終えて火葬場に向かう段になって、急遽タクシーの追加ご用命をいただくこともあります。
これらすべて、費用に加算されてしまいますよね。
この点はお客様にも充分にご理解いただく必要があるかと思います。


・・・私の考える(少なくとも価格面において)良心的な葬儀屋さんは
上記に挙げた変動料金も含めた「総額提示」をしてくれるところだと思っております。

「明確な総額はお葬式を終えてみないと分かりませんが
たとえばこちらのプランですと、会葬者を○○名と想定し、お料理が〇〇名分ご依頼いただいたと仮定した場合、消費税込みで総額○○円になります。
但しこれには火葬料○○円と
宗教者への謝礼(いわゆる「お布施」)は含まれておりません」

・・・こんな感じで総額提示してくれる葬儀屋さんがよろしいのではないでしょうか。


お葬式の「事前相談」は無料です(少なくとも私の知る限り)
「どうぞお気軽に」というわけにはいかないかもしれませんが
ご遠慮なさらず、何なりとお尋ねになられることをお勧めいたします。







[PR]
by dscorp-japan | 2015-12-19 00:00 | ニュース | Comments(2)

宮型霊柩車の需要減に思う

 
昨日、ネットのニュースでこんな記事がありました。

『 霊きゅう車をネット競売 京都・与謝野町、「宮型」需要減り 』


まず
実際に使用されていた霊柩車の売却自体は、これまでにもあったことと認識しております。
ただ「自治体の所有する霊柩車の払下げをネットオークションで」というケースは、少々珍しいのかもしれませんね・・・


ところで宮型霊柩車について。

リンク記事にもありますように
『宮型』とは、霊柩車の上に三角屋根が施されているアレです。
私たち業界の人間も “ 宮型 ”と呼んだり “ 屋根付き ” などと呼ぶこともあります。

私たちの幼少時は
宮型霊柩車を見かけると、慌てて親指を握って隠したものです(笑)
「親指隠さないと親が死ぬ」
「親指隠さないと親の死に目に会えない」
・・・まァこれは俗信なんですけど。

おそらく、約20年ほど前までは
『 霊柩車 ≒ 宮型 』 という認識が当たり前だったようにも思います。
キリスト教葬儀の場合は異なりますが。

しかし、特に21世紀に入って以降
宮型霊柩車の需要が一気に減少したというのは間違いないところだと思います。
記事にある「宮型が(死を意識させるので)忌避される」というのもあるかもしれませんし、地域によっては出入りを禁止するところもあるというのも事実です。
もちろん葬儀形態の多様化(家族葬や直葬)ことや、無宗派葬が増えてきていることも一因でしょう。

しかし実際に葬儀の打ち合わせをしてきている立場の印象で申しますと
お客様のニーズはもっとシンプルなもののように感じます。
「スマートだから」
「カッコいいから」
という印象でしょうか。
対して宮型霊柩車はというと・・・
「なァんかガチャガチャしてるし」
「あれ(装飾)って必要なんですか?」
みたいな。

私の記憶する限りにおいては
1997年にご逝去された、ダイアナ妃のお葬式の影響が大きかったように思います。
あの当時
テレビで放映されたダイアナ妃のお葬式で映された霊柩車の映像が、お客様方々の印象に強く残っていたことをよく覚えております。
「ダイアナさんと同じ感じがいい」
「ああいう霊柩車って日本にもありますか?」

・・・あれ以降、洋型霊柩車の需要が少しずつ増えてきたように思います。


いずれにせよ
宮型霊柩車の需要が減ってきていることは間違いないところだと思います。
私どもの場合はキリスト教葬儀に特化した葬儀屋さんですから、元より宮型霊柩車を使用することはほぼ皆無なんですけれど
仏式葬儀や神式葬儀においても、洋型霊柩車を選ばれるお客様が増えてきていることは確かなようですね。

・・・個人的な嗜好で申しますと
実は私、宮型霊柩車って結構キライじゃないです (^^ゞ
そりゃ~冷静に考えれば
元々のクルマに、半ば強引に(笑汗)お宮のような屋根を付けて、満艦飾よろしく飾りを施している霊柩車って、違和感があるといえば、あります。
でもね~
様々な多くの霊柩車を見ているうちに
(あぁ~この宮型の飾りは荘厳だなァ)とか
(この柩車の色遣いは上品だなァ)とか
何となく見えてくるものなんですよ。


現代霊柩車の歴史は20世紀以降のもののようですけれど
いまの日本の、お葬式の風景のひとつとして定着しているものではあると思います。
これもまたひとつの、葬送文化といえるのではないかと。
そういう意味では
減少することは致し方ないとしても、細々とでも後世に残って欲しいなァとは思うのです。


・・・まァこれもね
老齢葬儀屋さんの、単なるノスタルジーなのかもしれませんけれどネ (^^ゞ






[PR]
by dscorp-japan | 2015-12-02 00:00 | ニュース | Comments(2)
line

これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
line
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30