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D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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カテゴリ:思うに・・・( 190 )

長らく私は間違っていたらしい

 
・・・齢50も半ばに差し掛からんとする私ですが
この歳になって、自分が間違えていたことを知らされた次第であります <(_ _)>



以前、ガッコのセンセをしていたとき
私は自分のハンコを押す時、常にまっすぐになるように押していたんです。
その方がキレイだと思っていたから。
ところが教職を辞して一年後
葬儀屋さんに就職したとき、職場の先輩からふたつのことを教えられたんです。

①「お前の印鑑は必ず左側に傾けろ」
②「手を前で組むときは、必ず左手で右手を覆うようにしろ」

①の理由は
上記ニュース記事にあるのとほぼ同じ理由でした。
「お客様にお渡しする見積書や領収書に押す、オマエの印鑑を左に傾けることで
お客様に対して頭を垂れたかたちになるから」と。
②の理由は
「効き手である右手を左手で覆うことで、相手に対して敵意が無い(抜刀の意志が無い)ことの意思表示になるから」と。

ですから私
ずっとその先輩の教えを守って「印鑑は左に傾けて」「手を組む際は左手が前になるように」を守ってきたんです。
25年以上にも亘って。

・・・でも①は間違っていたんですね・・・

昨日の日中
現場のお仕事が無かったので、いろいろと調べておりました。
そしたら『印鑑.COM』というサイトに書かれてました。

>社外では斜めにせず、まっすぐにビシッと押すように心がけましょう
>斜めに押すのはあくまで慣習です


・・・あぁ、知らなんだ・・・(><)

やっぱり
この歳になっても、日々お勉強なのですね。
以後、気をつけますッ






by dscorp-japan | 2019-02-25 01:39 | 思うに・・・ | Comments(6)

逃げない心

 
また記事更新をサボってました・・・
ただ、ここ二週間は
結構へヴィな時間を過ごしておりましたので(勝手に)「致し方なし」ということで
ご容赦いただければ、と m(_ _)m

            ♢

さて。
今日は本当に久しぶりに、のんびり過ごさせていただいております。
そんななか
朝のテレビ番組『ワイドナショー』のなかで、コメンテーターのモーリー・ロバートソンさんが仰っていたコメントが(なるほど)と思ったので取り上げます。

おそらく皆様すでにご存じの
とある芸能人さんの、飲酒運転による交通事故から芸能界引退に至った、あの件を取り上げていた際のコメントで仰っていたことです。

(事故を起こした瞬間、加害者がそのまま逃げてしまったことに関して)
「日頃から小さなリスクにちゃんと向き合っておくという
ある種の『基礎体力』を作っておく」

・・・おそらくこれ
誰にも当てはまることなのではないかと思うんですよ・・・

誰だって
(やっちまった!)(ヤバいどうしよう!)
と思うようなことをやってしまったこと、一度や二度ならずともあると思います。
やらかしてしまったことを激しく悔いつつ
叶うものなら、無かったことにならないものかと天を仰ぐようなこと。
でもそんな都合のいい奇跡など起こるはずもなく
最終的には、失態を自ら解決させる(或いは収束させる)しかないわけです。

問題はこの、解決(或いは収束)の「手段」なわけです。
何とかして、うやむやのうちに済ませてしまうのか。
それとも、起こしてしまった問題に真正面から向き合って対峙するか。
この選択もまた、当事者である自分に課せられるわけですが・・・
こうしたことに対して、暗にモーリーさんは
「(逃げずに)向き合って対処するという経験を積み重ねておくことで
不慮の事態が起こった際の『精神的な体力』が培われる」
と仰っているわけです。

・・・なるほど、ですよね。
もちろんそれを実践することって
すごくイヤだし逃げたいし、勇気のいることだと思います。
でも、モーリーさんの仰る通り
普段の小さなトラブルや失態から逃げずに、真正面から(とまではいかなくとも)向き合って対峙するという経験値が重要になるというのは、全く以てその通りだなぁと思うわけです。

            ♢

これは比較するにはあまりにも小さな話かもしれませんが・・・

以前在籍していた葬儀社で、いわゆる中間管理職に就いていたとき
私は部下から “ 爆弾処理班 ” などと呼ばれておりました ^^;
要は「クレーム処理係」という意味です。

管理職に登用されて間もなく
こんな事案が立て続けに起こったんですね。
(そんな葬儀屋さんもどうかと思うんですが)
もちろん第一段階では、直接関わった担当者が対処するわけですが
それで解決しない場合は当然、上司である私が出向くことになるわけです。
・・・イヤでしたよね~
自分の失態でもないのに
部下のやらかしてしまったことに頭を下げるのって、やっぱキツいですよ。
逃げたくて仕方なかったけれど、逃げようがない。

でも今となっては
あのときの経験がものすごく貴重なものだったと実感できるんです。
「逃げない」「うやむやにしない」「放置しない」という
「心の基礎体力」を鍛えてもらえたように思うんです。
この経験値が培われることで
「逃げずに」「迅速に」「誠意を持って」対処することがいかに大切かを学ばせていただいたと思っております。
そしてその経験は
いまこうして小さな葬儀屋さんを営む責任者として、仄かな心の支えにもなっているのではないかと。


・・・なァんてエラそうなことを申しておりますが
私だって、いつ交通事故を起こしてしまう加害者になるやもしれません。
そのとき私ははたして
ちゃんと「逃げずに」「誠意を持って」対処できるのか。
もちろん私にはまったく自信がありません。

でも最終的に
たとえ適切な対処は出来なくとも、逃げさえしなければ最悪の事態だけは免れることができるのではないかと。
せめて「逃げない心」だけは忘れないようにしたいものだと思う次第です。







by dscorp-japan | 2018-09-30 14:34 | 思うに・・・ | Comments(6)

お仕事のデキる人間

 
どんな仕事においてもそうだと思っているのですが
私たち人間が携わるお仕事において最も大切なものって「コミュニケーション能力」なのだと考えております。

文章でのコミュニケーション
電話でのコミュニケーション
直接会った際のコミュニケーション

上に挙げたいずれの場合においても
「どれだけ正確な情報を相手に伝えられるか」
そこに携わる当事者として
「どれだけの『思い』を伝えられるか」
そしてその結果として
「どれだけの『信頼』を得ることが出来るか」
これこそが
あらゆるお仕事において私たちが最も求められている能力なのだと、私は確信しております。


「コミュニケーション能力など必要としない仕事もある」

・・・そうなのかもしれません。
しかし、仮にそのお仕事がその通りならば
そのお仕事は遠くない将来、人間の手を離れていく可能性があるということですよね。
いわゆる『A.I(Artificial Intelligence)』なるものに、そのお仕事は一任されてしまうかもしれないということです。

だからつまり
そのお仕事がコミュニケーション能力を必要としないものなのだとしたら、もしかするといつの日か、そのお仕事はあなたの手から離れてしまうかもしれないということです。


・・・でも多分
そんなお仕事ってそんなにないはずだと、私なんかは思っちゃいます。

お仕事の実務は人工知能サンが行うような業種だとしても
それを依頼する側にも、サービスを提供する側にも、最終的には双方に「人間」がいるはずですよね。
そこに何らの人間の意思も介在しないなんてこと、私には想像出来かねるんですけどネ。
仮にそんな世界になっちゃったら
「社会」という概念が大きく変わってしまうってことですよね。
「人間社会」から「A.I 社会」に、ですか?

・・・そんな社会、ワシゃイヤだ。


となると、です。
どんなお仕事であれ、そこに携わる人間に求められるものって、やっぱり「コミュニケーション能力」なのだと思うわけなんです。

少なくとも私の知る限りにおいて
この能力に長けた方って、まず間違いなくお仕事がデキる方です。
コミュニケーション能力に長けた方って
正確な情報を、相手に分かりやすく伝達することができますよね。
相手の立場に立って考えることができますよね。
その場の空気を読み取って、適切な対応ができますよね。

情報の、適切な伝達方法の選択。
言葉遣い。
会話の抑揚。
顔の表情や態度から醸し出す雰囲気。
そして特に日本人の場合「尊敬語・丁寧語・謙譲語」の使い方。

仕事がデキる人って
これらの使い方が絶妙だと思うわけです。
この能力に長けている方であれば
仮に仕事上のミスがあっても、おそらく相手はそれを強くは咎めないのではないでしょうか。
何故なら
そこにはすでに「信頼関係」が構築されているから。


・・・思うままにつらつら書いておりますが
私は、そういう人間になりたいなぁと思うわけなんです。






by dscorp-japan | 2018-07-20 00:47 | 思うに・・・ | Comments(4)

老いを感じるこの頃

 
ブログの記事更新をサボる癖がついて久しいわけですが
さすがに約半月もサボるというのはイカンですよね・・・^^;

先日も、隣県にあるはじめてお葬式をお手伝いする教会へお邪魔した際
その教会の信者さんから言われてしまいました。

「あなたがオカダさんですか?
ようやくお会いすることができました。
私はオカダさんのブログをずっと拝見していたんですよ」

恥ずかしくも、有難いお言葉ではあります。

「でも最近は記事更新がありませんよね」

・・・も、申し訳ございませんッ m(_ _)m


毎度の言い訳ですけれど
この時期、ムチャクチャ忙しいのであります。
記事更新する時間が無い、といえばウソになりますが
連日お葬式の現場に赴き、私なりに気合を入れてお手伝いさせていただく日々が続きますと、自宅に帰ってきたときはもう精魂尽き果ててたりするんです。
連日コンビニ弁当で夕食を済ませ
タバコをくわえながらぼんやりとテレビを観ているうちに
怒涛の睡魔が襲ってきて、もうあとは風呂に入って寝るだけなのであります。

さすがに歳なのです、きっと。
以前ならクタクタになっても
(ブログ記事書かなきゃ)って思えたものです。
でも今じゃ
布団の中で本を読む習慣さえ、何気にもどかしくなってきたくらいです。


一週間前
以前の葬儀社時代の仲間が心筋梗塞で入院しました。
私より2~3歳上の人ですけれど
私と違ってお酒をたしなむ人ですけれど・・・
もう私も、そういうお年頃なのであります。


・・・って
やっぱり言い訳がましいですかね (^^ゞ



明日は灰の水曜日だ。





by dscorp-japan | 2018-02-13 22:31 | 思うに・・・ | Comments(4)

鼻濁音の話

 
・・・最近はあまり耳にしなくなりましたよね~

 ※『鼻濁音とは』→ Wikipedia


ウィキペディアさんによると
五十音の「な行」や「ま行」もこれにあたるとのことですが
私が取り上げたいのは「が行」の鼻濁音です。
活字では正確に表現出来きれないのですが
近い表現で書くなら「ンが」「ンぎ」「ンぐ」「ンげ」「ンご」という表記になるでしょうか。

この「が行」の鼻濁音
以前なら、たとえばテレビ局のアナウンサーがキレイに使いこなしていたものです。
でも今のアナウンサーとかのニュース読み上げなどでも、殆ど聞かれなくなったような気がします。

幼少の頃に鼻濁音について教わったのは
「接続語としての『~が』のときは鼻濁音を使いなさい」
「単語の途中の『が行』では鼻濁音を使いなさい」
「単語の最初の一音にくる『が行』のときは鼻濁音を使わない」
という感じだったでしょうか。

つまりたとえば
「学校が」と発音する際、「学校」の最初の一音である「が」は鼻濁音を使わず
接続語の「が」は鼻濁音を使う、と。
読み仮名を振るとすれば
「がっこう ンが」みたいな感じ。
たとえば
「探す」と発音する際は「さンがす」となる、と。


だから、というわけでもありませんが
そしてもちろん使いこなせているとも申しませんが
私は出来るだけ、鼻濁音を使うようにしているんです。
普段のプライベートでの会話では使いませんが
お仕事モードに入ったときには、この鼻濁音を意識して話すようにしております。
電話応対の際とか
お客様との打ち合わせのときとか。


私が古い人間だからなのでしょうけれど
鼻濁音を使いこなせる方とお話しすると、言葉がとても美しく清楚に聞こえる気がするんですね。
実際のところ
(これは決して差別などではなくて)
生活レベルが高いと思われる方とか、お家柄がよろしい方などとお話させていただくと、キレイな鼻濁音を使いこなされていらっしゃるなぁと感じることがあります。

・・・何と申しましょう
こう、言葉がサラサラと水のように流れて聞こえるというか
会話全体に柔らかさがあるというか、トゲが感じられないというか・・・


これは決して自慢などではないのですが
以前、とあるご立派なお家柄と思しきお客様のお宅で打ち合わせをさせていただいた際
打ち合わせ相手の老婦人から言われたことがあるんですね。
「とてもきれいな言葉を使われますね」って。
もちろんその老婦人は
とてもキレイな鼻濁音を使っていらっしゃいました。

尊敬語や丁寧語、謙譲語のことかと思ったのですが
(それとて使いこなせているわけではありませんが)
どうやら「鼻濁音」の使い方だったようなんです。

・・・あのときはとても嬉しかったなぁ ♪


とはいえ
今じゃ鼻濁音も化石化してるのかもしれません。
テレビのアナウンサーが使わないくらいですから
今や、鼻濁音も「丁寧な言葉遣いのデフォルト」というわけでもないのでしょう。

・・・でもね
たまにキレイな鼻濁音を使われる方とお話させていただくと(あぁ~良いなァ)って思うんですよね~






by dscorp-japan | 2017-10-11 17:30 | 思うに・・・ | Comments(2)

短距離走

 
いきなりですが
私は、葬儀屋さんのお仕事を「短距離走」だと思っているんです。

・・・いや
最終的にはどんなお仕事も「長く続ける」という意味においては、どれもマラソンだったりするんでしょうけれど。


世の中には様々なお仕事があって
じっくり時間をかけてひとつの物事を成し遂げる形のお仕事もあれば
限られた時間のなかで、集中してひとつの目的を達成する形のお仕事もあるわけですよね。
その意味で
葬儀屋さんってのは、やはり短距離走なんだと思うわけです。
もちろん一概にはいえませんが
ご依頼の電話があった日から、まぁ大体2~3日でひとつのお仕事が終わるわけです。

ご依頼をいただいて
打ち合わせをして準備をして
お通夜とお葬式の現場に立ち会ってお手伝いして、一応の一区切りがつきます。


で、私は思うんですよね。
このお仕事って
「短距離走」だからこそ出来るお仕事なんだと言える面がある気がするんです。
私たちはよく「ご遺族の思いに寄り添って」などと申しますが
たとえばこれを数週間の間ずっと続けろなどと言われたら、正直こっちの精神も参ってしまうような気がするんですね。
集中力が切れてしまうというか、心が持続しないというか。

お仕事の「連チャン」はいいんです。
気持ちを切り替えることが出来るし
そもそも、お客様が変わるわけですから。

とにかく
「短距離走」だから全速力で走り抜けることが出来る、と。


・・・ただ、このお仕事の特徴のひとつとして
いつ何時「よ~いドン!」の号砲が鳴るのか分からないというところ。
自宅でヨダレ垂らして寝ていても
どっかでご飯を食べてても
或いは少々体調が思わしくなくてゲンナリしてるときでも
ひとたびご依頼の電話(これが号砲ですね)が鳴ったら、とにかく走らなきゃいけないということです。

今だって時折思いますよ。
正直(このタイミングでマジかよ!)って。
でも
他に誰もいなければ “ 棄権 ” するわけにもいかないんですよね ^^;

号砲を聞いて一旦走り出したら、もうあとはゴール目指して走り抜けるのみ、です。
有難いことに、ゴールは数日後にあるわけですから
そこを目指して集中すればいいわけです。


・・・きっと
そういうお仕事だからこそ、私は葬儀屋さんを続けていられるのだと思います。





by dscorp-japan | 2017-10-08 16:50 | 思うに・・・ | Comments(6)

まぁいっか

 
ずっと記事更新もサボっておりました ^^;
お葬式の担当もさることながら
夏バテ & 親の面倒見などで(まぁいっか)と、ブログのことを頭から追い出しておりました。
ようやくお葬式のご依頼が止まった感じなので
久しぶりに自分のブログサイトを開いてみた次第であります。
(コメントへの返信が遅れまして申し訳ありません m(_ _)m )


どこかで読んだんですけれど
血液型がO型の人間の口ぐせが「まぁいっか」なんだそうです。
私は血液型診断みたいなの、全く信用していないんですけれど
たしかに私はO型で、考え方には常に「まぁいっか」があるのはたしかです。
でも
同じO型の父や弟は「まぁいっか」な人じゃないんですけどね~


自分で自分のことを考えてみても
私という人間の根本にあるのは「なるようになる」とか「まぁいっか」とか
基本的にダラァ~ッとした考え方があるんだと思います。
キライは言葉は「努力」と「頑張る」だし
人との付き合い方も「来る者は拒まず、去る者は追わず」だし
以前の記事でも書きましたが
「無いなら無いなりに」何とかなるわサ、というスタンスです。

つまり
基本はダメ人間だということですわ ♪
・・・って
記事更新をサボった言い訳にもならないんですけどね~


まぁいっか。
マイペースで、細々とやるようにしますわ。





by dscorp-japan | 2017-09-06 17:27 | 思うに・・・ | Comments(6)

私は葬儀屋さんに飽きた、のか?

 
昨日朝、テレビの報道バラエティ番組で
とあるプロ・テニスプレイヤーの「テニスに飽きた」という発言を受けて
「自分の仕事に飽きるか」という話題で盛り上げってました。
そのなかでMCのダウンタウン・松本さんが
「(自分の仕事に)飽きてからが本番」ということを仰っていて、なるほどなぁと思って観ていたんですね。

・・・で、当然私も自問するわけです。
(自分は葬儀屋さんに飽きたのだろうか?)


元来の私、非常に飽きっぽい人間だと思っております。
よく「熱しやすく冷めやすい」といいますが
私の場合は「熱することなく、ただ冷めやすい」という、どうしようもない性格です ^^;
つまり
飽きっぽいという以上に、何事にも冷めた人間だということになるでしょうか。

正直に申しますと
私は(葬儀屋さんになろう!)と思って葬儀屋さんになったわけではありません。
はっきり言って “ 成り行き ” です。
ガッコのセンセを辞めて
呑気に絵を描いて過ごしながら、結婚式披露宴の司会のバイトなんかして過ごしていたら、とある葬儀屋さんから誘われただけです。
それも「パートで」という約束だったのに、初日に行ってみたら正社員にさせられていたという・・・^^;
その後、約四半世紀にわたって葬祭業界に身を置いているわけですが
正直(これが自分の天職だ!)などと思ったことは、一度たりとてございません。
今のお仕事が自分に合っていると思えることがあるとすれば
お葬式の依頼が無い限り、いつだって半ば「お休み」状態だということ。

・・・ある意味において
50歳を過ぎた今も、私はただフラフラ生きているだけなんです・・・


私は、今の自分のお仕事に飽きているのか。

はっきり申し上げまして
ウンザリすることは日常茶飯事です。
肉体的にも(状況によっては)精神的にも、キツいことがたくさんあります。
(もうイヤだ!)と、逃げ出したくなることもあります。
つまり
おそらく「飽きる」以上のことを何度も考えたということです。

では何故、辞めないのか。
教育関係からのお誘いも
医療関係や福祉関係からのお誘いも断って
何故、葬儀屋さんを続けているのか。

・・・多分、キライじゃないんだと思います。
自分の生業を、尊いお仕事だという矜持もあるんだと思います。
神様が私を
「葬儀屋さんとして世の中に仕えなさい」と言っているのだと、勝手に思っているところもあるんだと思います。


恥ずかしながら私
シスター渡辺の著書『置かれた場所で咲きなさい』を読んだことはありません (^^ゞ
ただ、この著書のタイトルには個人的に大きな意味を感じます。
積極的に選んだ道ではありませんが
葬儀屋さんという立ち位置に身を置いて、そこで出来ることを精一杯実践することが『置かれた場所で咲く』ということなのかな、と。

・・・ま
決して「咲いて」はいないんですけど ^^;







by dscorp-japan | 2017-07-17 15:26 | 思うに・・・ | Comments(4)

被災者方々の暑さ対策を思う

 
ここ名古屋エリアは、一気に夏全開の気候です。
この猛暑の中
連日のようにお葬式がありまして(毎度のごとく)ブログもサボりがちの日々です m(_ _)m

常々申しておりますように、私は寒さ以上に暑さに弱い人間です。
頭のてっぺんから落ちてくる汗は、さながらドリフのコントのよう ^^;

・・・いや、大袈裟じゃなくてホントに凄いんです、恥ずかしいくらいに・・・


とはいえ
先の九州地方を襲った大豪雨に見舞われ、避難されていらっしゃる方々のことを思うと
私などが軽々に「暑い!」などと愚痴を言うことさえ憚られます。
学校の体育館などに避難されていらっしゃる方々は
空調設備もない施設で、さぞやお辛いことと拝察いたします。
元ガッコのセンセだった私ですから
エアコンのない体育館が如何に暑いか、よく存じ上げております。

ニュースによれば
避難先で熱中症になられた方もいらっしゃるとか・・・

こういうとき
一体私たちに何ができるのでしょうか。
避難されていらっしゃる方々が涼をとるために、何ができるんでしょうか・・・
義援金をお送りすればエアコンが付くという話でもないでしょうし。

・・・私自身が避難者の皆様の立場になったとき、何を望むだろう。
もちろん
実際に避難者になってみないことには分からないことも多いんだろうけれど
でも、私と同じように暑さに弱い方も、間違いなくいらっしゃるはず。
せめて扇風機とか、団扇とか
そんなものでも、あるだけで違うような気もします。

何か妙案があったらご指導ください。
私なりに出来る限りのことをさせていただきたいと思います。





by dscorp-japan | 2017-07-11 13:35 | 思うに・・・ | Comments(5)

捨てられなかった

 
葬儀屋さんをさせていただいておりますと
おそらくは他の職種の方々以上に、早くから自分の「死」とその後について考えを巡らせるものだと思います。
私もまたそのうちの一人でして
自分の記憶する限り、今から20以上前の30歳あたりから、ぼんやりとながらも自分の死について考えるようになったと記憶します。
(オレの寿命はどのくらいなんだろ?)
(まァその時はその時だな)

そして、私は独り身です。
(いまオレが死んだら、誰が後始末をしてくれるんだ?)
・・・つまり
私の心配事はこれに尽きるのです。


まァ、いざというときはおそらく
同じ県内に生活する妹の世話になるしかないのだと思います。
(弟もおりますが、彼は北海道なのでちょっと難しい)

妹は結婚しておりますが、DINKsです。
「だから甘えても良いのだ」などと開き直るつもりはありませんが
現実的には、そうせざるを得ないというのが実情かと (^^ゞ

私の場合、お葬式はいいんです。
ウチの会社の人間に、まァ適当にやってもらえば良い。
そのためのお金もすでにキープしてあって
「オレが死んだらこの金で、ちゃんと会社の売上としなさい」と伝えてあります。

問題は、それ以外のこと。
何かといろいろあるわけですが
いちばんの問題は、私の住まい(賃貸マンション)にある私の持ち物。
もちろんその時がきたら好き勝手にしてもらえば良いんですが
妹にしてみれば、どう処理して良いか分からないものがあると困るわけですよね。

家具?
全部処分で良いです。
欲しけりゃあげるけど、要らんでしょ。

オーディオ類?
欲しけりゃ妹夫婦にあげるし、要らなきゃ捨てて良い。

ギター?
さすがに妹は楽器をやらないからなぁ。
捨ててもらっても良いんだけど、結構良いギターもあるしなぁ。
誰かギター弾くヤツに譲ってもらうか。

私の絵と画材?
ンなもん、ポイですよポイ。


・・・問題はですね
手紙とか写真類なんですよ。
もちろん私は全部捨ててもらって良いんですけれど
妹にしてみれば、軽々に可燃物のごみ袋に入れるのを躊躇するかもしれません・・・


手紙とか写真って、なかなか捨てられないものですよね~
特に私の場合
ガッコのセンセ時代の手紙や写真が結構あったりするんですね。
生徒からもらった手紙とか
卒アルとか文集とか
顧問をしてた部活の写真とか。

私が捨てられないものを、妹が簡単に捨ててくれるだろうか・・・


ということで
実は昨日、久しぶりに現場のお仕事が一段落したので『断捨離』をやってみようと思い立ったんです。
手紙と写真の。

・・・出来なかった orz

捨てられなかった。
何か、申し訳なくて。
手紙にしろ写真にしろ
基本的にはどなたかから頂いたものばかりなんですよね。
(私は写真が大嫌いなので、自分で撮った写真など皆無ですから)


・・・そういえば
PCのなかに保存されているデータとか
携帯電話のなかにある各種情報とかも
持ち主が死んだ後って、その処理に困るんでしたよね~

・・・う~ん (><)







by dscorp-japan | 2017-05-29 00:00 | 思うに・・・ | Comments(10)
line

これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
line
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