D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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2017年 12月 31日 ( 1 )

「裁くな、裁かれない為に」

 
・・・表題は
新約聖書『マタイによる福音書・7章1節』の言葉です。

現在の『新共同訳聖書』ですと
「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである」
という訳ですが
私個人的には、若い頃に読んだ聖書の訳(前田訳)にあった
「裁くな、裁かれない為に。」という表現がシンプルで好きです。

            ♢

・・・さて
一年を締めくくる記事に「聖書」ってのも私らしくないなァと思うのですが (^^ゞ


特にここ数年ネット上で
罪を犯した人に対して、或いは罪には問われなくとも倫理上よろしくないとされる言動をした人に対するバッシングというか、言葉による攻撃が凄まじくなった気がいたします。

「是は是、非は非」
「勧善懲悪」
もちろんその通りなのであって
悪い行いを見過ごすのは、それはそれで問題です。

でも
「新聞や週刊誌が誰かの悪事を記事にして
それがネット上でも拡散されて
ネットニュースを見た人々が一斉にバッシングを繰り広げる」

・・・私は、この構図に慄然としてしまうんです。
それはまるで、ポンティオ・ピラトの前でイエスを死刑にするよう声をあげた、かつての民衆たちのようではないでしょうか。


「エラそうなこと言いやがって!
そういうオマエこそ、上から目線でモノを言うな!」

・・・いや、むしろその逆なんです。
私は決して褒められた人生を送ってきたわけではありません。
ここでは明かしませんが
仮に私の行いのすべてがネット上で拡散されたなら、間違いなく私もまた、ネット上でバッシングの嵐に晒される側の人間なんです。


『マタイによる福音書』7章の続きは、こう書かれています。

「あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ
自分の量る秤で量り与えられる。」(2節)



どうか新しい年には
人々の思いが「怒り」にばかり支配されるのではなく
悪い行いをしてしまった人に対しても、ほんの少しの思いやりをもって
その人が更生する余地を残してくれるような
そんな社会になりますようにと願うばかりです。

「許さ」なくてもいい。
せめて「赦す」。

そして
少なくとも私自身、他者に対してそういう人間でありたいと思います。





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by dscorp-japan | 2017-12-31 00:00 | キリスト教 | Comments(4)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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