実家にいた犬『コロ』
私が幼少の頃、父方の実家にいた犬が。
父方の実家は、静岡市内の沓谷というところでした(今はもう誰も住んでいませんが)。
田んぼに囲まれた小さな木造の一軒家で、隣に小さな“離れ”がありました。
二つの建物の間にはちょうど一間ほどの幅の通路があって
そこにいたのが『コロ』でした。
今では写真も残っていないのですが
記憶を頼りに説明しますと、多分チャウチャウ犬と何かの雑種だったと思います。
小さかった私にとって、コロはとても大きかったし、怖かった。
地響きのような低い声で「ウォン!」と吠えたし
いつも「伏せ」の姿勢のままで、滅多なことでは起き上がらなかったのが、かえって不気味でした・・・
犬が苦手ではなかったのですが、コロは苦手でした。
というか
コロと仲良くなるきっかけがなかったんです。
何より、祖父から「コロには近付くな」と言われていたので。
今考えると、決して病気だったわけでもなければ、人を襲うような子でもなかったのに。
何故祖父が私とコロを近づけようとしなかったのか、今だにわからないのですがね・・・
で
そのコロが夢に出てきたんです、昨晩突然に。
コロが現れた経緯は覚えていませんが、でも間違いなく、その“舞台”は静岡の実家の周りだったと思います。
田んぼ
消防団のリヤカー倉庫
近所の釣り堀
そんなのが脈絡もなく出てきましたから。
夢のなかのコロは、何のわだかまりもなく私と仲良くしてくれました。
私は私で、それが当たり前であるかのようにコロと戯れていました。
彼は普通に私の顔じゅうを舐め回し
私は彼を腹這いにして、もしゃもしゃの身体を掻いてやってました。
ただ
夢の中の私、無性に嬉しかったんです。
この上なく、幸せな気持ちだったんです。
何もかもを認められるような
すべてを赦せるような
(コロと仲良くできれば、それだけでいい)
そんな気分だったような気がします。
・・・ま、それだけのことなんですけどね・・・(汗)
自分なりに思うのは
やっぱりコロと仲良く出来なかったことが、小さなわだかまりというかトラウマというか、自分のなかにずっと残っていたのかなァ、と。
カトリックは関係ないけれど
お彼岸も近いということで、コロが出てきてくれたのかな~なんて、ネ♪
皆を見守っていたのでしょうね。。。
何やら、ワンコと人の話とは思えなかったわぁ。
黙想できるねぇ。。。
このような無意識の混沌とした世界、好きですよ。
自分もよく子供の頃の夢を見ます。
舞台は全て、13歳まで住んでいたボロ屋です…。
幼少の頃の記憶は、自分の人生の中で核となっているんだなとつくづく感じます…。
ただこれだけの感想ですが…
ごめんなさい、しょうもないコメントで…
「空想する」
「妄想する」
現実の世界から心を“避難”させて漂うことは、自分のバランスを保つためにも大切な行為だと思っています。
そんなわけで
“漂うロック” の記事を書いてみましたよ~ん♪
・・・ワンちゃんって、いつも周りに気を遣ってるんですよね・・・
仰る通り、きっと亡くなられたワンちゃんは
今ルビーさんの傍にいらっしゃるワンちゃんにも気を遣ってるんでしょう。
間違いない!