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D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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行水

 
先月は比較的に暇だったのですが
今月に入った途端に忙しくなってきました。
そして
忙しくなった途端に猛暑が・・・(汗)
毎日滝のように汗をかき
作業着もワイシャツも、もちろん下着も汗でベタベタです(><)
マスクなんて日に4~5枚使います。
感染対策ももちろんですが
それ以上に、マスクが汗で濡れて呼吸困難になるんですよ・・・
とにかく
冬生まれの私は(というわけでもないのでしょうが)
暑さにめっぽう弱い。
だから
この季節はキライ。

夜もなかなか寝付けないですよね~
寝る前に冷水シャワーを浴びたりもするんですが
一時的には涼しくなっても、まだ熱が体内に残ってる感覚があったりします。


・・・そこで、というか
数年前から私、古き良き日本人の知恵である、行水をやってるんです。


いわゆる昔ながらの「行水」とは少々異なりますが
風呂の湯船に水を張って、そこに浸かって体を冷やすんですね~
サウナの水風呂ほど冷たい水ではなくて(あれはあれで大好きなんだけど)
簡単にいえばプールの水温、くらいでしょうか。

入る前にざっと体を流して、おもむろに湯船に。
思わず声が出ますよ。
「へぇぇ~~」って。
それから10分くらい浸かるんです。
するとね~
体だけじゃなくて、気持ちもフラットな感じになるんですよ ♪
これをやると
「体に熱がこもって眠れない」みたいなことも軽減できたりするんですね。


ということで
今日も私、帰宅したら行水します。

ていうか
独り身なのに、ほぼ毎日洗濯。
面倒くせぇ。







# by dscorp-japan | 2021-07-21 17:16 | あったこと | Comments(1)

『ヤマトサウルス・イザナギイ』のCG画像

 
生まれてこの方
常にラクな道ばかりを選択し、努力も苦労もせずにやってきた私でございます。
ですから
私には誇ることのできるような能力も業績も、過去の栄光なるものもございません。
自慢するネタが皆無なのであります。
そんな私のような人間が自慢できることといえば
「俺の友人にさぁ」
「オレの知り合いってさぁ」
という類のお話になるわけです。

今回はそんな私の友人のひとりについて、大いに自慢しようかと(笑)

            ♢

先日(半月ほど前)
入った喫茶店で数冊手にした雑誌のなかに
私が中坊の頃からお世話になってた(笑)『週刊プレイボーイ』もありまして
その記事のなかのひとつに目が留まったんです。
その記事は
あるアマチュア化石ハンターさんが、新種の恐竜『ヤマトサウルス・イザナギイ』を発掘されたというトピックだったのですが・・・
私が目を奪われたのは
その記事に載っていた、恐竜の画像なんですね。

(・・・んん? この絵って・・・)


・・・実は私の大学時代の友人のひとりに
恐竜の絵を描き続けているのがおりましてね。
彼は私なんかとは比較にならないくらい絵が上手い男なんですが
若かりし頃は、一緒に「二人展」なんかもやった仲なんです。
絵だけじゃなくて
彼は大学時代に独学でピアノを勉強して、ショパンとかをマスターした男です。
(ついでに彼も、大のマイク・オールドフィールド好き♪)

そんな友人がいるものですから
恐竜の絵が目に留まるたびに(アイツの絵じゃねぇの?)と、無意識のようにチェックする癖がついてるんです。


・・・はい、そうなんです!
その恐竜記事の端っこに
『画像提供/ 服部雅人 (CG画像)』の一文が!


服部君は今
長年勤めていたガッコのセンセを辞して、恐竜をはじめとした古生物復元画制作に軸足を置いています。
その世界ではかなり名をあげているようで
今や日本はおろか、世界中の博物館に彼の復元画が提供されております。
そんな彼ですから
今回の「ヤマトサウルス・イザナギイ」発掘にあたっての復元画を依頼されたのは、必然だったのかもしれません。
すんげェなぁ~


・・・しかし、思うわけですよ。
大学じゃ同じ学部の同じ科なのに
なァんでこうも差が出ちゃうんだろ。

・・・やァっぱ、若い頃の努力って
後々に大きな差として現れるもんなんだなぁ~と。

服部氏による『ヤマトサウルス・イザナギイ』の復元画は
彼の公式HPのトップに掲載されております ♪









# by dscorp-japan | 2021-06-21 20:49 | おともだち | Comments(4)

毎度の言い訳デス

 
・・・前回の記事更新から一か月以上。

まぁ~サボってますよね・・・ (^^;
会社の決算処理があったとか
スタッフのひとりが腰をやってしまって戦線離脱したとか
私の親の介護関係で時間を取られてたとか

結局のところ
それら全部、言い訳に他ならないのであります <(_ _)>

とりあえず私、特に大病などはしておりません。
巷を騒がせているウィルスに感染した、というのも(幸運ながら)ございません。
心臓に爆弾抱えてるとか
椎間板ヘルニア持ちだとか
高脂血症だとか
そういうのは年相応にありますけど。

葬儀屋さん業界では周知のことですが
六月というのは、一年でもっとも死亡人数の少ない月のひとつとされております。
だから比較的、時間は取れるはずなんです。
暇はあるはずなんです。
でも、床屋にさえ行けていないのも事実だったりする(髪、もはやライオン丸)


というわけで(どういうわけだ?)
サボっててすみません。
多分、ズボラな私は今後もこんな感じです。





# by dscorp-japan | 2021-06-17 18:24 | Comments(4)

「右の手のすることを左の手に知らせてはならない」

 
日々、お葬式に携わる私どもですから
様々な故人様の人生を知ることとなります。
ご遺族様との打ち合わせで
或いはお葬式をお手伝いする過程で
お亡くなりになられた方のことを、多少なりとも私どもは知らされるわけです。
実はこの
それぞれの人生を知ることができるのもまた、職業としての葬儀屋さんの魅力といえると思います。
亡くなられた方それぞれの人生を知ることで
私どもは自分自身の生き方と照らし合わせて、ときには反省し、ときには参考にさせていただけるわけです。

そんな日々のお仕事のなかで
私が個人的に大いに心を動かされることがあります。
それは
生前の故人様の行いが、広く世間に評価されることのない素晴らしい善行に満ち溢れているときです。

それはたとえば
「何十年間、毎日ご近所のお掃除を欠かさなかった」
「毎日必ず教会に足を運んで、ひとりで祈っていた」
といったものから
「若いころから(ユニセフなどに)寄付を続けていた」
「長きにわたって独居のご高齢者への訪問を継続していた」
といったものまで。

もちろん
ごく近しいご家族などはこれらの善行をご存じだったりするのですが
世間から賛辞を贈られることなどはなく
かといって、殊更にご本人がそれを誇示することもない。
ただ「正しい」と信じる行いを粛々と継続されてきたという。


クリスチャンの方ならご存じかと思います。
聖書にイエス様のこんな言葉が記されています。

            ↓

『見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。
さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。
だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。
はっきりあなたがたに言っておく。
彼らは既に報いを受けている。
施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。
あなたの施しを人目につかせないためである。
そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。』
(マタイによる福音書 第6章1節~4節・『新共同訳聖書』)


これは聖書の有名な『山上の垂訓』というエピソードの一部です。

すでにここで何度も申しておりますように
私は聖書を読むのが大変に億劫な人間です。
私にとって聖書なんてものは、眠れないときの睡眠薬でしかない (^^;
でも
さすがに不勉強な私でも『山上の垂訓』くらいは知ってます。
そのなかでも特に
『右の手のすることを左の手に知らせてはならない』
という一言は、若いころから心に残っている言葉であります。

(オレにゃ無理だな)
特に若かりし頃の私は、自己顕示欲の塊のような人間でしたから
「褒めてもらえない」
「評価されない」
ことを敢えて実践することなど、考えられなかったんですね・・・
なんとなれば
(オレは褒められて伸びるタイプだから)
などと、自分に言い訳してきたような人種ですから (^^;


・・・ところが、このお仕事をさせていただくようになってから
イエス様の教えを実践されてきた方が本当にいらっしゃるということを知るようになりました。
それも、かなり多くの方が。
「クリスチャンだから」というわけでもありません。
おそらくは聖書も、山上の垂訓も知らない方も、です。
宗教など関係なく
ただご自身の思いに従って、ご自身の信じることを行動に移す方が大勢いらっしゃるんですね・・・


葬儀屋さんである私は本来
受け持ったお客様に優劣などつけることがあってはならない立場です。
しかしながら
こうした故人様の生前の人となりを知り及ぶにつけ
(こんな素晴らしい方のお葬式だ、いつも以上に気合を入れよう)
などと思ってしまうのもまた事実ではあるのです。
そして
普段は滅多に祈ることなどない私でも
(神様、どうかこの方のことを宜しくお願いします)
と、祈らずにはいられないのです。








# by dscorp-japan | 2021-05-11 15:42 | キリスト教 | Comments(4)

教皇フランシスコの思い

 
→ ネタ元の記事はコチラ

ドタバタしている間に5月に入りました。
ウチの会社は4月決算なので
毎年GW前後は、棚卸やら帳簿の整理やらで忙しかったりします。
と同時に
お葬式のお手伝いもあるわけで、今日現在も落ち着きません。

            ♢

それはそれとして
教皇フランシスコによる「コロナ禍の早期終息を願う祈り月間」の呼びかけについて。

私も “一応” カトリック信者であります(ド不良信者だけど)。
だからパパ様がそのように仰るのなら
私も私なりに(かなりいい加減だけど)お祈りはしようと思います、もちろん。
でも
「祈る」だけじゃ不十分なはずなんですよね、当然のことながら。

少なくとも、私の信じる神様は
「為すべきことを精いっぱい実践している私たちを常に見守っている」
という前提があって
そのうえで神様は
「私たちの思いと行いに報いてくださる」
という存在なのだと考えております。
・・・とは言いつつ
果たして私の思いと行いが神様の目にかなうものかどうかは分かりませんけど。


いま私たちは
ゴールの見えないマラソンに強制参加させられているようなものだと思います。
(もういい加減ウンザリじゃ)
なんてことは世界中の人全員が思ってるわけで
それでも今の状況から脱却するためにはゴールを目指すしかないなら
見えないゴールに向かって進む他ないわけです。
イヤんなっちゃうけど。

でも
そのイヤんなっちゃう気持ちを奮い立たせてくれるのもまた「祈り」だったりすると思うんですよね。
だとするなら
パパ様の呼びかけは、とりもなおさず「私たち自身のため」のものなのかもしれません。






# by dscorp-japan | 2021-05-03 15:42 | キリスト教 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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