愛知県内、とある街。
ある日、カトリック信者であるひとりの老齢の女性が天に召されました。
その方は生涯独身で、直接の家族がいらっしゃいませんでした。
ただその方には、遠く九州のとある街に
とても優しい、若いお二人の姪御さん姉妹がいらっしゃいました。
お二人の姪御さんは
伯母様が重篤な状態に陥ったときより、はるばる九州から何度かやってきては世話をされたり、もしもの時の為に地元のNPO法人をあたって、いろいろと準備をされていらっしゃいました。
実はこのお二人の姉妹
約一か月前に、お母様を亡くされたばかりだったのです。
お母様を喪った悲しみの中にありながら
気持ちと身体を奮い立たせ、お母様のお姉様でいらっしゃる伯母様のため、ご自分たちの為すべきことに必死に取り組んでいらっしゃったのでした。
その準備のさ中
残念なことに、その伯母様はお亡くなりになられました。
そのときお二人の姪御さんは九州にいらっしゃったのですが
カトリック信者である伯母様の為、彼女のお葬式を依頼すべく、電話で伯母様の街近辺の教会を片っ端からあたりました。
伯母様は間違いなくカトリック信者ではあったのですが、所属教会など全く分からなかったからでした。
なんせ、伯母様の洗礼名さえはっきりしなかったのです。
そして唯一の頼みの綱であったお母様は、すでに天国に旅立っていらっしゃったので、調べる伝手さえもなかったのです。
いくつかの教会をあたるなか
最終的に、伯母様の住む街の隣の市にあるカトリック教会にお葬式をお願いすることが出来ました。
とはいえ、姪御さんたちはまだ九州です。
そこで事前に相談していたNPO法人の方に、依頼した教会へ伯母様を搬送する際の付き添いをお願いしました。
と同時に、姪御さんたちは急いで身支度をして
伯母様の搬送される教会を目指して九州を出発されました。
約半日を要して、姪御さんたちは夜遅くに伯母様の元へ駆けつけられたのでした。
さて。
ご葬儀の依頼を受けた教会の神父様
実はすでに一件のお葬式を抱えていらっしゃいました。
そのお葬式もまた
その教会で昔から長きに亘って奉仕して下さった信者さんを送る、大切なお葬式でした。
しかし神父様は
このお葬式のご遺族に「伯母様を亡くされて困っている方がいるから、どうか助けてあげたいので協力してほしい」とお願いされ、ご遺族もまたこれを快く了承して下さったのでした。
「是非連れてきてあげて下さい。
母(故人様)なら間違いなくそうするだろうから」
伯母様のお葬式は
先に入っていたお葬式の終わったあとの日程で行うことになりました。
神父様が
一件目のお葬式を終えた足で、石川県の教会に出張する予定が入っていたからでした。
「日程が延びてしまって申し訳ないけれど
石川県の教会の信者さんたちとの約束も守らなければならないので」
お二人の姪御さんは
神父様が出張から帰ってくるまでの間、伯母様の自宅を整理する時間に充て
伯母様の遺影写真の元となる写真を探したり、伯母様のお棺に入れてあげるものを探したりしました。
そして通夜の日。
冷たい雨の降る日でした。
神父様は、それこそ通夜の開式予定時刻の10分前に教会に帰ってこられました。
「お待たせして申し訳ない。
すぐに着替えてお祈りをするので待っていて下さい」
通夜・葬儀は、お二人の姪御さんだけが参列する予定でした。
しかし
その教会の信者さんたち数名が「私たちでよければ」と、一緒に参列してお祈りしてくださることになりました。
姪御さんから依頼されたNPO法人の方も参列して下さいました。
そしてその信者さんたちは
お二人の姪御さんの為にお料理を作って、その日の夕食の準備まで整えて下さったのです。
通夜のあと
お二人の姪御さんは、神父様やお料理を作って下さった信者さんと一緒に食卓を囲み、温かいひと時を過ごされたのでした。
そして葬儀の日。
その日は前日とうって変わって、冬空の晴れ渡った日でした。
お二人の姪御さんは
お葬式を終えて火葬場に行った後、伯母様のご遺骨を抱いてそのまま九州に帰ることになりました。
「僕はお葬式のあとの予定を空けたから
火葬場でお骨揚げまで同席して、お二人を新幹線の駅まで送ってあげるよ」
神父様はそう言って、姪御さんたちの乗る霊柩車のあとを追って行かれました。
・・・これが
今日あったこと、です。
「全員、良き人」でした。
天国の門は
このような人たちの為に開かれているのに違いありません。
※ 実は同時進行で
神言修道会のシューベルト神父様のお葬式もあったのですが
私はこれらの方々のお葬式の為、一切顔を出すことが出来ませんでした。
でもきっと
シューベルト神父様なら赦してくださるはずです。