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突発性難聴

 
・・・相変わらず忙しいのです。
葬儀屋さん的にはこの時期、比較的忙しくないはずなのですが
たまたまというか、お葬式の依頼が止まらない状況なのです。
正直、ホントに寝る間もないほどに忙しく動き回っております。


・・・で
実はこの忙しさの背景に、もうひとつ理由があるんです。

本人から承諾を得たので正直に申しますが
ウチのスタッフのひとりが、今月初めより現場から離れているんですね。
『突発性難聴』です。
今月の初頭のある朝、本人からメールで連絡があり
「ひどい眩暈で、起き上がることもままならない」とのこと。
すぐに病院に行って
脳のCT検査や聴力検査などした結果(おそらくは)突発性難聴との診断が。

・・・最近、よく耳にする病名ですよね。
芸能人の方のなかにも結構いらっしゃるようですし
知り合いの病院に訊くと、結構多くの方が突発性難聴に苦しんでいらっしゃるとのこと。

本人曰く
「最悪、耳が聞こえないとか耳の奥に違和感があるのは我慢する。
でもこの眩暈だけは何ともならん!」とのこと。

直立を保つのが難しい
車の運転が出来ない
継続的な眩暈と断続的な吐き気

・・・現場の仕事、無理ですよね・・・

            ♢

ウチは超零細企業です。
包み隠さず申しますと
葬儀担当の出来る人間は私を含めて4名です。
今月はじめより、その貴重な4名のうち1人が欠けた状態になったわけです。

正直、これはキツいですよね・・・

「そういうことがあっても仕事に支障が無いように体制を考えるのが経営者だろう」

全くその通りなのです。
私の、会社経営者としての能力不足が今回の事態を招いているのであります。
これには何の言い訳もできません。


「人材」という言葉を「人財」と置き換える表現があります。
まさに従業員は「人財」であります。
スタッフは皆、会社の貴重な「財産」に他なりません。
今回私は
この当たり前のことを、身に染みて実感しているところでございます。


有難いことに
当の本人も、症状が軽いときには会社に出てきてくれたりしております。
ちょっとしたお手伝いもしてくれています。
ただこの病気、一朝一夕で治るという類のものではありません。
可能な限り無理をさせずに仕事をこなす為には
現状、残りのスタッフで切り盛りしていくしかないというわけです。

I君の病状が少しでも早く良くなるよう
今は祈りつつ、会社としても出来るだけケアサポートをしていくばかりなのであります。







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by dscorp-japan | 2017-10-29 18:41 | あったこと | Comments(7)

忙しいのです

 
相変わらず、記事更新も滞りがちなのですが・・・


正直なところ
ここ約十日間、私の睡眠時間はずっと3~4時間といったところです。
文字通り「寝る間もないほど」忙しい状況なのであります・・・^^;
特に今週は、とある修道会の神父様が急逝されたご葬儀があったりして
私も葬儀の担当を掛け持ちしながら今日に至ります。
(今日も担当持ってます)

・・・身体、もつかしら・・・。

今年で私も53歳です。
若い頃はこんなのへっちゃらだったんですけど
さすがにこの歳にもなりますと、なかなかキツいものがあります ^^;

ということで
今日もあまり時間がありません。
敢えて、記事更新していない言い訳だけさせていただきました。






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by dscorp-japan | 2017-10-21 15:20 | 葬儀 | Comments(4)

『 夢を売る男 』 百田 尚樹

 
久々の「本ネタ」でございます。
本はずっと読んでるんですが
個人的な感想として、あらためて記事にするまでの作品と思われるものに出会えていないのでした。

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幻冬舎文庫(¥650+税)


輝かしい自分史を残したい団塊世代の男。
スティーブ・ジョブズに憧れるフリーター。
自慢の教育論を発表したい主婦。
本の出版を夢見る彼らに丸栄社の敏腕編集長・牛河原は「いつもの提案」を持ちかける。
「現代では、夢を見るには金がいるんだ」。
牛河原がそう嘯(うそぶ)くビジネスの中身とは。
現代人のいびつな欲望を抉(えぐ)り出す、笑いと涙の傑作長編。
(文庫本背表紙説明より)



文庫本の初版は二年前。
たしか私は本作を、そのときすぐ購入していたんです。
でもずっと読まないで、他の本にばかり手を出しておりました。

なぜかと申しますと
あの頃の百田さんに対する個人的な印象が芳しくなかったからでありました ^^;
『永遠の0』はもちろんのこと
『風の中のマリア』
『モンスター』
『輝く夜』
『プリズム』
『幸福な生活』
彼の作品自体は大好きなのですが
彼のメディアにおける(特に政治に関係する)様々な発言(というかスタンス)に、個人的に少々違和感を覚えていたということです。

本好きには「あるある」なことだと思うんですが・・・
読もうと思って本を買っておいても、ずっと後回しにされてる作品が山積みになってたりするものです。
私もまたそうでありまして (^^ゞ
先日、それこそ部屋の片隅に平積みされた未読作品の数々の中から(これでも読んでみるかァ)ということで手にしたのが本作でありました。

            ♢

・・・ところで。
皆様は(いっちょ小説でも書いてみるか?)とか思ったこと、ありませんか?

恥を忍んで申し上げます。
・・・私、ございますデス。

学生の頃
あの当時はパソコンなんて普及してませんでしたからワープロなんですけれど
3.5インチのフロッピーディスク(古ッ)に、結構なデータ量がありました。
とは申しましても
どれも皆、書きかけのものばかり(恥)
大した計画もないまま書きなぐる感じでしたから、すぐに行き詰ったり飽きちゃったりするという (^^ゞ

もちろん今はそんなデータ、どっかに行っちゃいましたけどね。

            ♢

・・・という恥さらしなエピソードを踏まえて、本作です。

上の写真にはありませんが
文庫本の帯広告にはこう書かれています。

「一度でも本を出したいと思ったことがある人は読んではいけない!」


誰にも言わなかったけど
本作を手に取ったとき(それってオレのことじゃん!)と思ったのは事実デス。



あらためて読んでみての感想。

私は出版業界のことはまったく存じ上げないのですが
本作は、いわゆる素人作家たちに出版を勧める出版社(丸栄社)の編集長である牛河原という男を中心に、出版業界の現状というか、ある種の “ 闇 ” を詳(つまび)らかにした作品、といえましょうか。
どうやら出版業界には「ジョイント・プレス方式」なるものがあるらしく
これは、出版社と作者の双方が、出版にかかる費用を負担するというものだそうです。
牛河原を中心とした丸栄社はこれを巧みに利用して
潜在的に出版意欲を持つであろう素人作家を発掘してはこのジョイント・プレス方式を勧め(或いは出版費用の全額を素人作家に負担させて)、高額な出版費用を提示したうえでその利ザヤを得ているわけです。
問題は
(少なくとも出版業界に身を置く牛河原たちの目には)到底出版するに値しない凡百な作品たちを、その作者である素人作家をおだてたりして、半ば強引に出版にこぎ着けるという商法です。
「この作品は稀代の名作です」
「間違いなく売れると思います」
などとおだてられながら
いざ出版されるとまったく以て売れない、という状況を生み出すわけです。
でも牛河原たちは涼しい顔。
売れようが売れまいが関係ない。
高額の出版費用に含まれる利ザヤが入れば良い、というわけです。

一方で百田氏は本作のなかで
特に文芸作品や娯楽小説の販売低迷状況や、現代人の活字離れの構造に対して、牛河原の口を介して鋭いメスを入れます。
本作で語られる通り
たしかに人間は様々な「物語」を欲する生き物です。
でも、今はテレビをつければ原作のドラマ化された作品がタダで観られるし
ひとたびインターネットを開けば
動画サイトなどで様々なコンテンツが無料で提供されています。

牛河原はこう言い放ちます。

「そんな時代に高い金出して
映像も音楽もない『字』しか書いていない本を誰が買う?」

・・・私は買いますけど (^^ゞ
でも、新刊の単行本はたしかに買わないですね。

牛河原はこうも言います。

「世界中のインターネットのブログで、一番多く使われている言語は日本語なんだぜ」
「本当ですか?」
「2006年に、英語を抜いて世界一になったんだ」
「70億人中、1億人ちょっとしか使わない言語なのに?」
「日本人は世界で一番自己表現したい民族だということだ」

・・・その真偽は存じ上げませんが
少なくともブログをやっている私は、何ら反論できるものではありません。
とにかく
日本には(いつかは自分の本を出版したい)と考える人間が大勢いるということでしょう。


本作を読んでいて
特に牛河原の言葉ひとつひとつに、私は痛いところを突かれたような気分になりました。

そして、そのうえで思ったこと。
若気の至りではありましたが
私ごときが(小説書くぜ)なんて、もう考えませんッ m(_ _)m
いや
本作を読んでもなお「オレは小説書くぜ!」という方は、きっと “ 本物 ” なのでしょう。


・・・つまりですね
帯宣伝にあった、あの強烈な一言は
「そんな人こそ是非読みなさい!」ってことなんでしょうね。







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by dscorp-japan | 2017-10-13 21:14 | | Comments(4)

鼻濁音の話

 
・・・最近はあまり耳にしなくなりましたよね~

 ※『鼻濁音とは』→ Wikipedia


ウィキペディアさんによると
五十音の「な行」や「ま行」もこれにあたるとのことですが
私が取り上げたいのは「が行」の鼻濁音です。
活字では正確に表現出来きれないのですが
近い表現で書くなら「ンが」「ンぎ」「ンぐ」「ンげ」「ンご」という表記になるでしょうか。

この「が行」の鼻濁音
以前なら、たとえばテレビ局のアナウンサーがキレイに使いこなしていたものです。
でも今のアナウンサーとかのニュース読み上げなどでも、殆ど聞かれなくなったような気がします。

幼少の頃に鼻濁音について教わったのは
「接続語としての『~が』のときは鼻濁音を使いなさい」
「単語の途中の『が行』では鼻濁音を使いなさい」
「単語の最初の一音にくる『が行』のときは鼻濁音を使わない」
という感じだったでしょうか。

つまりたとえば
「学校が」と発音する際、「学校」の最初の一音である「が」は鼻濁音を使わず
接続語の「が」は鼻濁音を使う、と。
読み仮名を振るとすれば
「がっこう ンが」みたいな感じ。
たとえば
「探す」と発音する際は「さンがす」となる、と。


だから、というわけでもありませんが
そしてもちろん使いこなせているとも申しませんが
私は出来るだけ、鼻濁音を使うようにしているんです。
普段のプライベートでの会話では使いませんが
お仕事モードに入ったときには、この鼻濁音を意識して話すようにしております。
電話応対の際とか
お客様との打ち合わせのときとか。


私が古い人間だからなのでしょうけれど
鼻濁音を使いこなせる方とお話しすると、言葉がとても美しく清楚に聞こえる気がするんですね。
実際のところ
(これは決して差別などではなくて)
生活レベルが高いと思われる方とか、お家柄がよろしい方などとお話させていただくと、キレイな鼻濁音を使いこなされていらっしゃるなぁと感じることがあります。

・・・何と申しましょう
こう、言葉がサラサラと水のように流れて聞こえるというか
会話全体に柔らかさがあるというか、トゲが感じられないというか・・・


これは決して自慢などではないのですが
以前、とあるご立派なお家柄と思しきお客様のお宅で打ち合わせをさせていただいた際
打ち合わせ相手の老婦人から言われたことがあるんですね。
「とてもきれいな言葉を使われますね」って。
もちろんその老婦人は
とてもキレイな鼻濁音を使っていらっしゃいました。

尊敬語や丁寧語、謙譲語のことかと思ったのですが
(それとて使いこなせているわけではありませんが)
どうやら「鼻濁音」の使い方だったようなんです。

・・・あのときはとても嬉しかったなぁ ♪


とはいえ
今じゃ鼻濁音も化石化してるのかもしれません。
テレビのアナウンサーが使わないくらいですから
今や、鼻濁音も「丁寧な言葉遣いのデフォルト」というわけでもないのでしょう。

・・・でもね
たまにキレイな鼻濁音を使われる方とお話させていただくと(あぁ~良いなァ)って思うんですよね~






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by dscorp-japan | 2017-10-11 17:30 | 思うに・・・ | Comments(2)

短距離走

 
いきなりですが
私は、葬儀屋さんのお仕事を「短距離走」だと思っているんです。

・・・いや
最終的にはどんなお仕事も「長く続ける」という意味においては、どれもマラソンだったりするんでしょうけれど。


世の中には様々なお仕事があって
じっくり時間をかけてひとつの物事を成し遂げる形のお仕事もあれば
限られた時間のなかで、集中してひとつの目的を達成する形のお仕事もあるわけですよね。
その意味で
葬儀屋さんってのは、やはり短距離走なんだと思うわけです。
もちろん一概にはいえませんが
ご依頼の電話があった日から、まぁ大体2~3日でひとつのお仕事が終わるわけです。

ご依頼をいただいて
打ち合わせをして準備をして
お通夜とお葬式の現場に立ち会ってお手伝いして、一応の一区切りがつきます。


で、私は思うんですよね。
このお仕事って
「短距離走」だからこそ出来るお仕事なんだと言える面がある気がするんです。
私たちはよく「ご遺族の思いに寄り添って」などと申しますが
たとえばこれを数週間の間ずっと続けろなどと言われたら、正直こっちの精神も参ってしまうような気がするんですね。
集中力が切れてしまうというか、心が持続しないというか。

お仕事の「連チャン」はいいんです。
気持ちを切り替えることが出来るし
そもそも、お客様が変わるわけですから。

とにかく
「短距離走」だから全速力で走り抜けることが出来る、と。


・・・ただ、このお仕事の特徴のひとつとして
いつ何時「よ~いドン!」の号砲が鳴るのか分からないというところ。
自宅でヨダレ垂らして寝ていても
どっかでご飯を食べてても
或いは少々体調が思わしくなくてゲンナリしてるときでも
ひとたびご依頼の電話(これが号砲ですね)が鳴ったら、とにかく走らなきゃいけないということです。

今だって時折思いますよ。
正直(このタイミングでマジかよ!)って。
でも
他に誰もいなければ “ 棄権 ” するわけにもいかないんですよね ^^;

号砲を聞いて一旦走り出したら、もうあとはゴール目指して走り抜けるのみ、です。
有難いことに、ゴールは数日後にあるわけですから
そこを目指して集中すればいいわけです。


・・・きっと
そういうお仕事だからこそ、私は葬儀屋さんを続けていられるのだと思います。





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by dscorp-japan | 2017-10-08 16:50 | 思うに・・・ | Comments(6)

心からの言葉

 
相変わらず、記事更新も放ったらかしだなぁ・・・ (^^ゞ

・・・とはいえ
やっぱり忙しかったってのもあるんですけれどね。

            ♢

今日、お手伝いを終えたお葬式は
同じクリスチャンとして、私が長きにわたって交わりをいただいていた方でした。
少し前までお元気だったのに
病が発覚してから、ほんの数か月で天国に召されました。
ご依頼のお電話をいただいたとき
私たちスタッフ全員(〇〇さんって、あの〇〇さんじゃないよね?)と、半信半疑でした。
ウチのスタッフがご指定いただいた病院に伺って
故人様と対面してはじめて、私たちのよく知る方がお亡くなりになったという現実を受け入れざるを得なかったという・・・

とはいえ
あとは、私たちが葬儀屋さんに徹してお手伝いをするのみです。
私は他のご葬儀のお手伝い担当でしたので
ウチのスタッフが、彼なりの精一杯のお手伝いをさせていただいたのでした。
もちろん私も、自分のお仕事の合間を縫って弔問に伺わせていただき
今日は身体が空きましたので、この方のご葬儀お手伝いのサブとして現場に入らせていただいた次第です。


ご葬儀の終わり、ご子息様がご挨拶をされました。
ご挨拶の具体的な内容については控えさせていただきますが
そこで語られたお話は、亡くなられた方を知る人間にとっては、本当に心の揺さぶられるものでした・・・

そのとき、つくづく思ったこと。
会葬御礼の挨拶って、何もかしこまる必要なんて無くて
いわゆる「忌み言葉は使ってはいけない」とか、そんなルールなんてどうでもよくって
ただ、故人を偲ぶ思いを、ありのままにお話すればいいんだよなぁ、と。

重ね言葉が使われたって構やしない。
笑いがあったっていい。

亡くなられた方を知る私たちには
ご家族が、亡くなられた方のことを心から愛していらっしゃったことが分かるから。
ご家族の思いに耳を傾けて
大切な方を喪った想いを共有できたなら
私たちにとっても、それが何よりの慰めになるんですよね・・・


〇〇さん。
今まで、本当にお世話になりました。
先に天国で待っていらっしゃる由井神父様にも、よろしくお伝えください。





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by dscorp-japan | 2017-10-05 16:05 | 葬儀 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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