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先期の年貢納め、完了

 
さて。
6月末ということで
弊社先期(第14期)の決算書提出と、諸々の “ 年貢納め ” が終わりました。
(弊社の決算月は4月です)
決算書作成の殆どは、同級生であり弊社取締役の彼にやってもらってるわけですが
先期一年間の売上とか売掛金とか、取引業者さんへのお支払い状況とか、その他一般管理費がどれだけかかってるのかとか
デスクワークと数字の大キライな私が、ヒイコラ言いながら確認してきたわけです。

・・・毎年のことなのですが
この作業を終えると、何となくですがホッと一息つく気分にはなります (^^ゞ
でも7月からは早速
日ごろお世話になっている教会への、季節のご挨拶回り(お中元)があります。
これまた私を含めたスタッフ全員で
明日からそれぞれ分担して、各教会を訪問させていただくわけです。

・・・あまりノンビリ休んでいる時間は無いのであります (^^ゞ

でもね
各教会へのご挨拶回りって、けっこうキライじゃありません ♪
牧師先生や神父様方とお会いして
しばし、とりとめのないお話をさせていただけるのもまた一興なのであります。

ということで
日頃よりお世話になっております先生方や神父様方々
お忙しいなかかとは存じますが、ちょっとだけお邪魔させていただきますのでよろしくお願いいたします。






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by dscorp-japan | 2017-06-30 16:11 | あったこと | Comments(4)

「郷に入らば」の話

 
「現在は〇〇市に住んでいるが、元々の在所は他府県の△△市」
といった方が、おそらく全国各地にいらっしゃると思います。
かく言う私も
母方は元から愛知県なのですが、父方は隣の静岡県です。
父の大学が名古屋ということでこちらに来て
そのまま名古屋で仕事に就き、母と知り合ったということです。

こと名古屋エリアで申しますと
結構な割合で「今は名古屋だけれど元々は九州」という方が少なくないように感じます。
クリスチャンの方で申しますと
特にカトリック信者の方って、九州(特に長崎県)のご出身の方が少なくありません。
様々なご事情によって
九州から名古屋エリアに移住されてお仕事に就かれたという方が、結構いらっしゃるようにお見受けいたします。

そのような方からご葬儀のご依頼をいただきますと
元々の在所である、九州にいらっしゃるご親戚の方がご参列に来られるための時間的猶予のことを考えたりすることになります。
昨今ではそれほどでもないのですが
少し前ですと、はるばる九州からご親戚が大勢いらっっしゃるのが、半ば通例でした。
その数、40名や50名は当たり前。
昔私が担当させていただいたお客様で、約80名(!)のご親戚が集まられたというケースもありました。


さて、本題はここから。
九州、特に長崎といえば
キリスト教(特にカトリック教会)宣教の歴史をみても、日本における “ 元祖 ” 的な場所です。
そちらから参列に来られるご親戚の場合
私ども以上に、日々の生活が教会と密接なつながりを持った環境で過ごされてきたという方が少なくありません。
すると当然
キリスト教のお葬式の経験値も高かったりするわけです。

「ウチの教会(長崎エリア)じゃ
お葬式のときはこういう段取りをとるのですが?」
「こちらの教会では初七日はやらないのですか?」
「何か足りないと思ったら
十字架の位牌が見当たらないのですが?」

キリスト教に「初七日」?
キリスト教に「位牌」?

いずれも仏教の典礼であり葬具(仏具)なのですが・・・^^;


ご存知の方も少なくないと思いますが
キリスト教が様々な国や土地に根付いていった過程において、その土地に元々あった宗教や文化・習俗と融合してきたという経緯があることは、日本に限ったことではありません。
一見すると(そんなのキリスト教と関係ないだろう)と思われるようなことが
それぞれの土地に根付いたキリスト教の慣習として、当たり前のように行われていることは世界中に散見されるようです。
逆に申しますなら
そういう融合性(融和性)があったからこそ、キリスト教が世界中に広まったという背景もあるかもしれません。

・・・つまり
キリスト教という宗教が「郷に入らば郷に従った結果」という言い方ができるのかもしれません。


お話を戻します。

ここ名古屋エリアのカトリック葬儀典礼としては
「初七日(法要)」を行うという慣習は、特にありません。
ご葬儀を終え
火葬を行った後に収骨をした時点で、基本的にカトリック葬儀の典礼は終了となります。
ただ
葬儀の司式司祭の判断によって「初七日(正確には『火葬後の祈り』)をする場合が無いわけでもない、ということです。

また、十字架の位牌については
少なくとも私の知る限りにおいて、九州の一部のエリアを除いては用意する習慣は無いものと理解しております。
(本来的な『位牌』の意味を知る私たちからすると
そもそも、キリスト教に位牌を用意することの方に違和感を感じるというのが個人的な本音です)


・・・いずれにしましても
同じキリスト教、同じカトリックであっても
その土地土地で育まれてきた文化や歴史が介在するものです。
当然それらすべて、大切な文化・慣習として扱われるべきものと思います。
しかし
であるならば、現在いらっしゃる場所のそれもまた尊重されるべきものとも言えるのではないかと思うところなんです。

「九州のキリスト教が正しい」
「名古屋のキリスト教はおかしい」
ではなくて
どちらも正しいのだということです。
何となれば
プロテスタントも聖公会も正教もカトリックもすべて
その典礼は大きく違えども『イエス』という神のひとり子を救い主として、同じく信じるのですから。


ならばやはり、最終的な結論としては
『郷に入らば郷に従え』ということになるのではないでしょうか。






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by dscorp-japan | 2017-06-24 18:20 | 葬儀 | Comments(4)

やること沢山、仕事もたくさん

 
ブログのサボり癖が板について久しいわけですが・・・ (^^ゞ


一般的に
六月というのは、葬儀屋さんにとって最も忙しくない月とされております。
これまでの統計的にも
月別死亡人数を調べますと、六月が最も死亡人数が少ない月のひとつなのです。
なのですが、今年の今月はなかなかに忙しい感じです。
無論、例年における繁忙期とされる冬場ほどの忙しさまでではないのですが・・・

一方で、弊社の決算月が4月ということで
今月末までに決算書の提出などがありまして、何かとドタバタしている状況です。

・・・ホントは
今月封切りされた映画『ローマ法王になる日まで』を観に行きたいのですが
全然時間が取れないや・・・(><)
名古屋だと今月いっぱいまでの上映らしいので
何とかしてどこかのタイミングで時間をとりたいところなんですが・・・





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by dscorp-japan | 2017-06-21 15:25 | あったこと | Comments(4)

『 礼拝所及び墳墓に関する罪 』

 
・・・恥ずかしながら
このような法律があるということを、私は存じ上げておりませんでした m(_ _)m
いや
この中に含まれる『死体損壊等罪』などは知っていたのですが
『 説教等妨害罪 』というのは全く知らなかったということです。

『 礼拝所及び墳墓に関する罪 』(Wikipedia)


昨日ぼんやりと、あるバラエティー番組を観ておりましたら
詳しくは覚えていなんですが「滅多に適用されたことがない罪状トップ10」みたいなのが発表されてたんです。
その中に『説教等妨害罪』というのがあったんですね。
きけば
「(宗教儀礼としての)礼拝やお葬式を妨害する罪」というのです。

・・・お葬式を妨害するのも罪!


葬儀屋さんのくせに
私、まったく知りませんでした・・・(大恥)
当然、それがいけないことという認識はあるわけですが
それがちゃんと法律で定められているということを、私ははじめて知りました。


無論「妨害する」とはいっても
どの程度の妨害をして罪と認識される(検挙される)のか、そのあたりのサジ加減は分かりません。
多分余程のことが無い限り、この罪状が適用されることは無いのでしょう。
テレビでも「滅多に適用されたことが無い罪状」のひとつとして挙げられていたわけですから。
一方で、おそらく日本人の美徳として
「人間を弔う儀式(=お葬式)は
その当事者が誰であれ、すべからく尊重されなければならない」
という “ 常識 ” が私たちに植えつけられている、ということなのかもしれません。


であるのなら
このような法律は私たち日本人には不要ではないか、ということにもなるのですが・・・

・・・私は
今更ながらにこの法律の存在を知って、正直(良かった・・・)と思いました。

おそらくこの法律は
これまでも、これからも限りなく「無用の長物」に近いものなのだろうと思います。
でも、無いに越したことはないなァ、と。
実際のところ
日頃私たちがお葬式の現場でお手伝いさせていただいている際
極々稀に、ではありますが(いまはお葬式の最中なんだからもう少し控えてちょうだいよ)と思うようなことって、無いわけじゃないんですよね・・・
無論、それらの迷惑行為がこの『 説教等妨害罪』にあたるほどまでのことではないのだろうとは思います。
迷惑はかけてるけど妨害まではしてないよ、みたいな。
しかし万が一にでも
余りにも目に余る行為があった際などの、一種の抑止力にはなるのかなァと。


良いお勉強をさせてもらいました m(_ _)m





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by dscorp-japan | 2017-06-15 16:15 | 葬儀 | Comments(2)

『 A change Of Seasons 』 ドリーム・シアター

 
久々のドリーム・シアター(以下:DT)。

とは申しましても
ここでこのバンドの作品を紹介するのは、これが最後になるかもしれません。
大好きなドラマー:マイク・ポートノイが脱退した以降のDTの作品は、どうにも私にはしっくりこないんです。
しっくりこないと思いながらも
新作がリリースされるたびにアルバムは購入するんですが・・・^^;

ということで
今回は、私が個人的にDTの最高傑作だと思っている曲をご紹介します。
この先、本作を超える作品を出してくれるといいんですがネ~

a0153243_23233518.jpg
1995年発表の企画アルバム『 A change Of Seasons 』


このアルバムが「企画モノ」であるというのは
今回取り上げるタイトル曲以外すべて、他の名立たるバンドの名曲をカヴァーしたものばかりだからだということです。

で、ここで取り上げるのは当然タイトル・チューン。
一曲で、約23分。

・・・プログレッシヴ・ヘヴィメタルの曲として
個人的には超名作だと思っております。
多くのDTファンの方々は
『Metropolis Part2 : Scenes From A Memory 』を彼らの最高傑作に挙げられるようですが、個人的には今回ご紹介する曲の方が好き。
本作リリース以降、私はこの曲をもう何百回も聴いてきております。
でも、全然飽きません。




曲の展開や緩急
変拍子のつなげ方
それぞれの楽器(ドラムを含めた)のアレンジと個性
そしてもちろん、メロディも
すべてが高次元で融合していると、個人的には思っております。

            ♢

・・・20代の頃から聴いてきたバンドですから
そりゃ今でも思い入れが無いわけじゃないんです。
だから今でも新作が出るたびに買ってる。
そしてそのたび、ちょっとガッカリする ^^;

やっぱり
このバンドはマイキーがいないとダメなのかなぁ・・・





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by dscorp-japan | 2017-06-12 00:06 | 音楽 | Comments(2)

先輩:Kさんが亡くなられた

 
それだけ私も歳を重ねたということなのでしょうか・・・
一昨日
私の大切な先輩がまたおひとり、浄土へと旅立たれました。


その先輩:Kさんは
私が以前在籍していた葬儀社の先輩であります。

その会社はすでに他社に吸収され、会社としての実態は無いに等しいのですが
今はそれぞれ離れ離れとなった仲間たち皆、現在でもそれなりに連絡を取り合ったり、時には集まって食事を共にしたりしております。
先輩後輩を問わず
「同じ釜の飯を食った仲間」という意識が今も続いております。
ですからKさんの訃報も
お亡くなりになられてすぐ、私どもにも連絡が入りました。


・・・私はKさんとの関わりについて
いま、非常に後悔していることがあるんです・・・

Kさんと最後にお会いしたのは昨年の10月。
やはり同じ仲間だったMさんがお亡くなりになられ、その通夜の席でした。
通夜に参列した後
皆で喫茶店に場所を変えて、Mさんの思い出話をしたんです。
そこにKさんも同席されておられました。

その席で、Kさんは仰ったんです。

「ねェオカダちゃん(=私)
また今度、あらためてみんなで集まろうよ。
みんなの元気な顔が見たいじゃん」

皆、口々に「いいね」「是非やろう」と話し合ったんですが
同じ業界にいる人間たちとして、どうしても冬場は時間が取りづらいことが分かっています。

「そうですね~
冬を越して、暖かくなって現場仕事が落ち着く時期がいいですね~」

そこでKさんが仰ったんです。

「でも出来るだけ早くが良いんだけどなァ・・・」


そのお言葉の意味が何を表しているのか、正確には分かりません。
・・・でも
もしかするとご自分に残された時間をご存知だったとしたら・・・

現在分かる限りで申しますと
あの時点ではまだ、ご自分がガンに侵されていらっしゃることが判明していたわけでもないそうです。
実際、あのときのKさんはいつも通りだった。
でも、タバコは止めていたんですよね・・・

・・・すべて、私の杞憂かもしれません。
でも、私はどうしても思ってしまう。
(もっと早く、Kさんがお元気なうちに企画すべきだった・・・)


優しかったKさんことだから
きっと彼は「そんなこと気にせんで良いよォ」と仰って下さることでしょう。
でも
私としては申し訳ない思いが拭い去れないんです・・・


『 孝行の したい時分に 親は無し 』


お柩のなかに眠るKさんは
ほんのり照れ笑いを浮かべているような、穏やかな表情でした。





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by dscorp-japan | 2017-06-06 00:00 | 葬儀 | Comments(6)

夢を見た。

 
普段の私、夢を見ません。
というか
夢自体は見ているのでしょうけれど、目を覚ますと何一つ記憶に残っておりません ^^;
そんな私ですが
今朝方見た夢のことを珍しく覚えていたので、今回はその夢の顛末を。

・・・何たって「夢」ですから
お話に脈略など一切ございません。
そして、大したオチもございませんので悪しからず m(_ _)m

            ♢

夢の中の私、いきなりどこかの火葬場の従業員でした。
次から次へと入ってくる霊柩車を火葬炉の前に誘導して
何故か、私が霊柩車の運転手のところへ行って火葬の受付をしておりました。

そんなところへ
一台、やたらと派手な霊柩車が入ってきたんです。
今となっては少数派の
仏教葬儀で使用されていた、金襴飾りの豪勢な「宮型霊柩車」。
その金襴飾りがあまりにも豪勢過ぎて
その車高は5メートルにも届かんという高さ(夢ですから)。

その霊柩車
火葬場に入ってきたときから、頭でっかちのせいでフラフラしてたんです。
夢の中で私、思ってました。

(どこの業者だァ?あんな飾り付けて、アホちゃうか)

目を凝らしてみてみると
その霊柩車のベース車両は4WDの車。
多分、ハイラックス・サーフとかだったと思います。

(いくら四駆のRVベースでも、ありゃやり過ぎだろ)

敷地内に入ったその霊柩車
載せているお柩を降ろすスペースに近づいて行ったんですが・・・
突風に煽られて、横倒しに転倒してしまったんですね(夢の中じゃ予想通りの展開)。

(・・・やりおった!)

急いで転倒した霊柩車に駆け寄ると
運転手さんが降りてきて、参ったなァといった表情で頭を掻くばかり。

するとそこへ
(何故か)私が以前在籍していた葬儀社時代の上司が私の傍に駆け寄ってきて
「オカダさん!すぐに『アレ』を持ってこい!」

・・・この上司
緊急時に何か持ってこいと命令するときは、いつも「アレ」という ^^;
私たち部下は、彼のいう「アレ」が何であるかを即座に判断しなければなりません。
この場合の「アレ」とはつまり
「ご遺体を移し替えるための新しい棺」であります。

私は急いで、新しい棺を取りに行きます。
その先というのが、何故か体育館 ^^;

(このあたりが元ガッコのセンセらしい夢の展開デス)

・・・体育館には大抵、倉庫が併設されています。
各種運動器具とか、体育大会の備品とかが収納されていたりします。
夢の中の私は
そこに新しい棺がストックされていると思ったのでしょうね~

今日の棺って
その多くが、折り畳み式で納品されて、使用時にこれを組み立てるタイプのものです。
体育館倉庫には、いくつかの種類の棺があったのですが
私はその中でもいちばん豪華な棺をチョイスします。
何故なら、私には命令した上司の考え方が分かるから。
すなわち
「アクシデント発生時の対応は、やり過ぎくらいで丁度いい」。

ホントはこれ
火葬場側に責任があるわけでもないんです。
完全に業者さん(葬儀屋さん or 霊柩会社さん)の責任です。
しかしながら、上司の考え方に照らし合わせれば
「可能な限り最上のサービスをせよ。後のことは後で考えればいい」
ということになるわけです。

・・・しかし私
夢の中でこんなこと考えてるんですね・・・

それはともかくとして
私は一刻を争う感じで、組み立て前の棺を梱包されたまま抱えて走りました。
必死こいて転倒した霊柩車のそばまで走り寄って
いざ梱包を開けてみると・・・何と空っぽ!(何度も言いますが、夢ですから)

・・・私、冷や汗ダラダラ。
・・・私の上司、大激怒!

「何やっとるんだオカダさん!
何で中身を確かめないんだ!」

・・・と、そこで目が覚めましたよ、と ^^;

            ♢

至極下らん夢です。
夢のない夢、です。

せっかく
珍しく覚えていた夢が、こんなんです。

どなたかに夢診断してもらおっかなぁ・・・





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by dscorp-japan | 2017-06-03 17:20 | あったこと | Comments(2)

葬儀屋さんの「忖度」

 
少し前のニュース記事になるんですが
私はこの記事を読んでからずっと、これに触れようか触れまいかと迷っておりました。

『葬式にサプライズ的演出 「太陽にほえろ!」生演奏など』
 (早晩、リンク先の記事が削除されるかもしれませんが悪しからず)

このニュース記事にあるエピソードが事実かどうか分かりません。
きっかけがあの、宗教学者:島田裕巳氏ですし ^^;
それはともかく
仮にこのニュース記事で書かれている通りなら、これは葬儀屋さんサイドによる「感動するお葬式を演出しよう」という、甚だひとりよがりなサービスの失敗例だったということになります。


すでにここでも何度か申し上げておりますように
私は、葬祭業界の一部企業などが声高に謳う『感動葬儀』という表現と方針に、懐疑的な立場をとる者です。
はっきり申しますなら、大反対です。

→ 過去記事①『「おくりびと」は誰か』
  過去記事②『私の葬儀の先生が・・・』 
  過去記事③『ありがたいこと』
  過去記事④『やっぱり葬儀屋さんは「黒子」であるべし

もちろん、葬儀屋さんはお葬式をお手伝いする「プロ」です。
「少しでも良いお葬式にしよう」
「お客様により喜んでいただけるようにしよう」
そう考え、取り組むこと自体は全く間違っていないでしょう。
但しそこには
可能な限りご遺族とのコミュニケーションをとって、お亡くなりになられた方やご遺族が何をお望みなのかを推量することが不可欠要因としてあります。
これを葬儀屋さんたちは、よく「寄り添う」という表現をします。

・・・最近注目される表現を使うなら
「忖度」ということになるでしょうか・・・


葬儀不要論者の皆様が「お葬式なんて要らない」と仰る理由を考えるとき
その大きな要因のひとつに、私は、葬儀屋さんによる「忖度」が間違っていたことがあると思っております。
それはもちろん、ごく一部の葬儀屋さんによるものだとは思いますが
「忖度」の出来ない葬儀屋さんが「忖度出来ている」と勘違いすると「感動葬儀」も押し売りになるし「サプライズ演出」も大きなお世話でしかない。

もちろん
ニュース記事にある葬儀屋さんに悪意などないはずなのです。
ただ
葬儀屋さんの考える「良かれと思って」が、ときとして間違っていることがあるのだということです。

「忖度」の間違いです。


私の考える、最も大切な葬儀屋さんの「忖度」とは
「葬儀屋ごときがヘタに出しゃばらないこと」
「故人様とご遺族のことを知ったようなフリをしないこと」
そしてやはり
「葬儀屋は黒子に徹するべし」
ということになるのであります。





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by dscorp-japan | 2017-06-02 16:28 | 葬儀 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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