D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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捨てられなかった

 
葬儀屋さんをさせていただいておりますと
おそらくは他の職種の方々以上に、早くから自分の「死」とその後について考えを巡らせるものだと思います。
私もまたそのうちの一人でして
自分の記憶する限り、今から20以上前の30歳あたりから、ぼんやりとながらも自分の死について考えるようになったと記憶します。
(オレの寿命はどのくらいなんだろ?)
(まァその時はその時だな)

そして、私は独り身です。
(いまオレが死んだら、誰が後始末をしてくれるんだ?)
・・・つまり
私の心配事はこれに尽きるのです。


まァ、いざというときはおそらく
同じ県内に生活する妹の世話になるしかないのだと思います。
(弟もおりますが、彼は北海道なのでちょっと難しい)

妹は結婚しておりますが、DINKsです。
「だから甘えても良いのだ」などと開き直るつもりはありませんが
現実的には、そうせざるを得ないというのが実情かと (^^ゞ

私の場合、お葬式はいいんです。
ウチの会社の人間に、まァ適当にやってもらえば良い。
そのためのお金もすでにキープしてあって
「オレが死んだらこの金で、ちゃんと会社の売上としなさい」と伝えてあります。

問題は、それ以外のこと。
何かといろいろあるわけですが
いちばんの問題は、私の住まい(賃貸マンション)にある私の持ち物。
もちろんその時がきたら好き勝手にしてもらえば良いんですが
妹にしてみれば、どう処理して良いか分からないものがあると困るわけですよね。

家具?
全部処分で良いです。
欲しけりゃあげるけど、要らんでしょ。

オーディオ類?
欲しけりゃ妹夫婦にあげるし、要らなきゃ捨てて良い。

ギター?
さすがに妹は楽器をやらないからなぁ。
捨ててもらっても良いんだけど、結構良いギターもあるしなぁ。
誰かギター弾くヤツに譲ってもらうか。

私の絵と画材?
ンなもん、ポイですよポイ。


・・・問題はですね
手紙とか写真類なんですよ。
もちろん私は全部捨ててもらって良いんですけれど
妹にしてみれば、軽々に可燃物のごみ袋に入れるのを躊躇するかもしれません・・・


手紙とか写真って、なかなか捨てられないものですよね~
特に私の場合
ガッコのセンセ時代の手紙や写真が結構あったりするんですね。
生徒からもらった手紙とか
卒アルとか文集とか
顧問をしてた部活の写真とか。

私が捨てられないものを、妹が簡単に捨ててくれるだろうか・・・


ということで
実は昨日、久しぶりに現場のお仕事が一段落したので『断捨離』をやってみようと思い立ったんです。
手紙と写真の。

・・・出来なかった orz

捨てられなかった。
何か、申し訳なくて。
手紙にしろ写真にしろ
基本的にはどなたかから頂いたものばかりなんですよね。
(私は写真が大嫌いなので、自分で撮った写真など皆無ですから)


・・・そういえば
PCのなかに保存されているデータとか
携帯電話のなかにある各種情報とかも
持ち主が死んだ後って、その処理に困るんでしたよね~

・・・う~ん (><)







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by dscorp-japan | 2017-05-29 00:00 | 思うに・・・ | Comments(10)

サルヴェ・レジナ

 
他のカトリック教区のことは存じあげませんが
カトリック名古屋教区においては、聖職者(司祭、修道士など)が帰天された際
そのお葬式(葬儀ミサ・告別式)の最後(ご出棺の直前)に、参列した司祭団が柩を囲んで『サルヴェ・レジナ』を歌います。

今月はじめにあったアントニサーミ・サガヤラージ神父様のご葬儀でも
今日行われたペトロ・七種照夫神父様のご葬儀でも歌われました。


『サルヴェ・レジナ(Salve Regina)』。
一般的な和訳では『元后あわれみの御母』となります。
分かりやすく申しますなら『聖母マリア』を指します。
どのような祈りなのかをご説明するには
その祈りの言葉をお読みいただいた方が早いかと思います。

(文語体の祈り)
元后、憐れみ深き御母、われらの命、慰め、および望みなるマリア、
われらちくたくの身なるエワの子なれば、御身に向かいて呼ばわり、
この涙の谷に泣き叫びて、ひたすら仰ぎ望みたてまつる。
ああ、われらの代願者よ、
憐れみの御眼(おんまなこ)もてわれらを顧みたまえ。
またこのちくたくの終わらん後(のち)、
尊き御子(おんこ)イエズスをわれらに示したまえ。
寛容、仁慈、甘美にまします童貞マリア。


(口語体の祈り)

元后、あわれみの母、われらのいのち、喜び、希望。
旅路からあなたに叫ぶエバの子、
なげきながら、泣きながらも涙の谷にあなたを慕う。
われらのためにとりなすかた、あわれみの目をわれらに注ぎ、
とうといあなたの子イエズスを、旅路の果てに示してください。
おお、いつくしみ、恵みあふれる 喜びのおとめマリア



これを
ご葬儀の際には、司祭団がラテン語で歌うんですね。

Salve Regína, Máter misericórdiæ,
Víta, dulcédo et spes nóstra, sálve.
Ad te clamámus éxsules fílii Hévæ.
Ad te suspirámus geméntes et fléntes
in hac lacrimárum válle.
Eia ergo, advocáta nóstra,
íllos túos misericórdes óculos ad nos convérte.
Et Jésum, benedíctum frúctum véntris túi,
nobis, post hoc exsílium osténde.
O clémens: O pía: O dúlcis Vírgo María.


・・・これが美しいんですよ、本当に。

司祭団が歌いますから、男性合唱です。
しんと静まり返った聖堂に響く、伴奏なしのアカペラで歌われるサルヴェ・レジナは、本当に心が洗われるように感じます。




わずか2分ほどの祈りの歌声に包まれ
私たちは、聖母マリアの御取り次ぎを切に祈るのであります。






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by dscorp-japan | 2017-05-26 21:37 | キリスト教 | Comments(6)

訃報

 
カトリック神言修道会司祭
ペトロ・七種 照夫神父様が、5月23日午後3時52分に帰天されました。

通夜ならびに葬儀ミサ・告別式は下記の通り執り行われます。




    通夜・・・・・・・・・・5月25日(木)午後7時より
    葬儀ミサ・告別式・・・・5月26日(金)午前10時より12時
    式場・・・・・・・・・・カトリック五反城教会
                名古屋市中村区二瀬町27
                ℡ 052-412-3456


(教会へのアクセスについては上記リンク先をご参照ください)

※ 香典・供花・供物等、固くご辞退申し上げます。


どうぞ皆様、七種神父様の魂の安息をお祈りください。





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by dscorp-japan | 2017-05-23 23:22 | キリスト教 | Comments(2)

お葬式で使われる生花は「使い回し」されるのか

 
・・・最近では減ったんですけれど
それでも今も時折訊かれるんですよ、これ。


おそらくは「古今東西」と申し上げていいでしょう。
お葬式に生花は「マストアイテム」と言って差し支えないと思います。
太古より私たち人間は
亡くなった大切な人を弔う際に、その亡骸の傍らに花を手向けてきたといわれます。
( → 過去記事
多分この先も
たとえお葬式の小規模化が進もうとも
葬送の典礼が簡素化されようとも
そのボリュームの多寡は別として「死者に花を手向ける」という行為は継続されていくのではないかと思います。


・・・で、生花の「使い回し」について。

今から約20年近く前
以前私が在籍していた葬儀社では、たしかにやってました ^^;
もちろんすべての生花を使い回したわけではありませんが
いわゆる仏教葬儀で葬儀社が用意する段飾りの祭壇の横に添えられる、白菊を使った祭壇脇の生花(当時の私たちは「ガンヅケ」と呼んでおりました)は正直、2~3回の葬儀にわたって使い回しておりました・・・
これは言い訳にもなりませんが
私の知る限りにおいてあの当時、少なくとも私たちのエリアにおいては、それが半ば当たり前だったように記憶します。

・・・時は移って現在。
「使い回し」をしていないことを特段に誇るわけではありませんが
少なくともウチの場合、まったくやっておりません。
皆無です。
おそらく他の多くの葬儀社さんも、今はやっていないと思いますよ。

たとえばウチの場合で申しますと
まず、絶対的な生花の量がそれほど多くありません。
ウチの一般的な生花飾りは、お柩の周りに洋花をあしらった生花飾りで囲む程度でして
ここに飾られる生花のほぼすべては、最後のお別れの際にお柩のなかに手向けられるからです。
仮にその生花が余った場合も
(ご遺族様のご意向にもよりますが)その多くは、葬儀を行った教会に寄贈されたり、参列者の皆様に摘み取ってお持ち帰りいただきます。
そして何より大前提として
ウチの場合すべて洋花を使用しますので、使い回しが難しい(というか出来ない)んですね・・・

・・・なんか妙に言い訳がましいなァ ^^;


ということで(笑汗)
おそらく今日の多くの葬儀屋さんは、生花の使い回しはそれほどやってないと思いますけどね~
(他社さんの実態はそれほど知りませんけど)






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by dscorp-japan | 2017-05-17 15:35 | 葬儀 | Comments(2)

ファティマの聖母出現・100周年

 
陰謀論や都市伝説系のお話が大好きな私でありますが
ことファティマにおける聖母出現の話については、個人的に真摯にとらえたいと考えるものであります。


ちょうど100年前、1917年の今日は
ポルトガルの小さな町・ファティマにおいて「三人の牧童の前にはじめて聖母マリアが出現された」といわれる日であります。
今日、ヴァチカンはこの聖母出現を公に認めているとされ
毎年の5月13日は『ファティマの聖母』の記念日と定められております。
そして今日
今は巡礼地となっているファティマにおいて、三人の牧童のうちの二人であるフランシスコとヤシンタ(ジャシンタ)の列聖式が、教皇フランシスコによって行われるとのことです。



ファティマの聖母出現に関する詳細は
恐れ入りますが、皆様それぞれでネットなどでお調べください。
そのうえで何が真実で何が偽りの情報なのか、各自でご判断いただければと思います。
何故なら、私などが「実はこういうことなのですよ」などと申し上げたところで、それを信じるか否か、或いはその真偽を判断するのは皆様個々人に委ねられるべきだと思うからです。



・・・私のスタンスは以下の通りです。

個人的に、聖母マリアの存在はもちろん信じております。
そして、ファティマの聖母出現も信じております。
そこでマリア様が語ったとされるメッセージ(敢えて『予言』という表現は差し控えさせていただきます)についても、私なりに真摯に受け止めたいと考えます。

何故信じるのか。
聖母マリアによる具体的なメッセージの真偽を議論する前に
私はただ「祈りなさい」「回心しなさい」「罪を遠ざけなさい」といった、カトリック信徒にとって最も基本的な啓示に、真理を感じるからであります。
聖母マリアのメッセージについて
巷では「○○年に世界が滅びる」などといった推測が後を絶ちません。
(一説には、その日はまさに「今日」であるという説もあります)
しかし私は
世の終わりがいつであるかを論じる前に
聖母マリアのメッセージは、常に「今」の自分に向けられたものであると理解したうえで、ただ謙虚に受け止めたいと考えます。

『祈りと犠牲』。

とは申しましても
きっと私は、今日も明日も明後日も
変わらず罪を犯し続けることでしょう。
「犠牲を払え」といわれても
意志の弱い私は、これからも楽な道を選び続けることでしょう。

ならばせめて
ファティマの聖母が勧められた「ロザリオの祈り」を唱えることだけでも続けたいと思います。


最後に
『ファティマの祈り』を記します。

(私が学生時代に覚えたのが、以下のような文語体の祈りです)

ああ我がイエズスよ、我らの罪を赦し給え。
我らを地獄の火より護り給え。
また煉獄のすべての霊魂、ことに主の御慈悲を最も必要とする霊魂をして天国へ至らしめ給え。


(以下、今日の一般的な口語体の祈りです)

主イエス・キリスト
わたしたちの罪をゆるしてください。
私たちを滅びから救い、全ての人々、
ことにおんあわれみをもっとも必要としている人々を
天国に導いてください。







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by dscorp-japan | 2017-05-13 00:00 | キリスト教 | Comments(4)

お葬式の個性

 
ここでいうところの「個性」とは
(お亡くなりになられた)「ご本人らしさ」という意味です。


たとえば
先日私がお手伝いさせていただいたお客様のケース。
必要最低限のご用意で臨んだお葬式で
もちろん参列者は直近のご遺族様に限るという、本来的な意味合いの「家族葬」でした。
葬儀の典礼を終えて、ご出棺前に故人様の柩にお花を手向けられる場面で
ご遺族様方々は、めいめいに故人様との思い出の写真を入れられたんですね。
・・・その枚数は、ゆうに100枚を超えるものでした。
「私たちとの思い出を天国まで持って行って欲しいので」
お柩のなかは
お顔周りからお足元まで、一面思い出の写真で埋め尽くされました。
それこそ、柩のなかに手向けられたお花が隠れてしまうくらいに。
おそらく
お写真の一枚一枚に、ご遺族に皆様の思いがしっかりと込められていたのでしょう。
その思いが、とてもいい形で表現されていたと感じました。
お傍から拝見していて
(こういうのも良いよなァ)と思わされるものでした。


たとえば
先日ウチのスタッフが担当させていただいたお客様のケース。
ご生前、故人様が所属されていらっしゃったハーモニカ演奏のグループの方々が
ご出棺の際、ハーモニカで「ふるさと」を演奏されたんです。
グループの皆様は十数名くらいいらっしゃったでしょうか
皆様それなりにご高齢の方々です。
そのグループの皆様が
教会からお柩が運び出される横に一列に整列され、あの懐かしいメロディを奏でられてんですね。

・・・ベタな選曲といえば、そうかもしれません。
失礼を承知で申し上げますと
その演奏はほんの少しだけ、たどたとしさを伴うものでもありました。

でもね
実際に故人様のお仲間十数名で一斉に奏でられた「ふるさと」は、とても心を打つものだったんですね・・・


私が申しあげたいのは
お葬式の「個性」つまり「その人らしさ」というのは
葬儀屋さんの用意する祭壇や商品で表現されるものではない、ということなんです。
ご本人の死を心から悼む、ご遺族様やご友人の方々が
思いのたけを何らかの形で表現されることが、結果的にいちばん「その人らしいお葬式」になるのではないでしょうか、ということなんです。

そもそも
その人のお葬式は、その人「だけ」のお葬式なのであって
すでに他と同じお葬式ではないのです。
余分なお金などかけなくても
当事者の皆様の「思い」が、そのお葬式を「その人らしく」していくものなんですね。







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by dscorp-japan | 2017-05-10 00:00 | 葬儀 | Comments(5)

あらためてアルバム 『 Gaia 』 ヴァレンシア

 
このブログを始めた一年目
早々にヴァレンシアというアーティストを取り上げています(→過去記事
しかし
肝心の具体的な曲についてはほとんど触れておりませんでしたので、今回あらためて取り上げてみましょうということで。

7年前に書いた記事を再読してみると恥ずかしいばかりなのですが
この当時はやや上から目線な感じで取り上げてマス (^^ゞ
でも実のところ
個人的な感想として、このアルバムはハードポップ(或いは産業ロック)として非常に高い水準の作品だと思ってるんです。
だからこそ
普段はこういうジャンルのアルバムにあまり手を出さない私が、このアルバムを購入しているんですから。

あらためて申しますが
本作はハードポップアルバムとして、ほぼ「捨て曲ナシ」の作品といって良いと思っています。
メロディはしっかりしているし
アレンジも何気に豪華絢爛。
ご本人のヴォーカルも
ケイト・ブッシュ的でもありフレディー・マーキュリー的でもあり
はたまたマイケル・ジャクソン的でもあり(つまり上手いということです)

たとえば
個人的に好きな曲がこれ。


この曲なんか
フレディーのソロアルバムに入っていてもおかしくない感じがしませんか?
ヴォーカルスタイルも、もろフレディー節が全開。
あいの手の入れ方まで、まんまフレディーじゃありませんか(笑)

逆にマイケルっぽいのはこの曲。


バラードなんですけれど
全盛期のマイケルあたりが歌っていてもおかしくない感じでしょ ♪
でも、ギターのトーンはやっぱりブライアン・メイ(笑)


そしてやっぱり
このアルバムの白眉はタイトルチューンのこの曲ですね。

(最後にアルバム最初の曲がちょっとだけ入っちゃってマス)

・・・この曲はほんの一時
日本でもそこそこヒットしたんじゃなかったでしょうか。

それにしてもこの曲
複雑且つ壮大なアレンジといい
メロディアスで劇的な展開といい
なかなかにプログレしてると思うんですよね~
ビートルズ(或いはティアーズ・フォー・フィアーズ)的エッセンスもあり
ご本人仰るところのルーツである
ケイト・ブッシュやクイーンの影響を上手く昇華してる気がします。

妙な先入観を持たなければ
このアルバムは佳作と言って良いと思いますし
ヴァレンシアさんご自身も非常に才能のある方だと思っております。






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by dscorp-japan | 2017-05-08 00:16 | 音楽 | Comments(0)

15期目

 
私の大切な指導者であり、友人でもある方のお葬式をお手伝いするなか
ウチの会社も、どうにかこうにか15期目を迎えることが出来ました。

「これもひとえに」という表現は月並みですが
ウチほど、多くの方々からのご支援で成り立っている会社も少ないと思います。
何と申しましても
会社設立時より現在に至るまで『広告宣伝費ほぼゼロ』で営業させていただいているのですから。

私は常々思っております。
ウチの会社が立ち行かなくなったとしたら
それは、ウチの会社が誰からも必要とされなくなったときなのだろうと。
逆に申しますなら
たったおひとりの方でも、ウチを必要としてくださる方がいらっしゃる限りは
何としてでも存続し続ける責任があるのだろうと。

「必要とされる有難み」。

これを肝に銘じて
私どもなりに、細々とながらこのお仕事を続けさせていただければと思います。

私どもを必要としてくださる、すべての方に感謝。
様々なかたちでご支援をいただいている、すべての方に感謝。
そして
この役割を与えて下さった、神に感謝。







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by dscorp-japan | 2017-05-04 00:00 | あったこと | Comments(2)

サガ神父様のこと

 
アントニサーミ・サガヤラージ(Antonysamy Sagayaraj)神父様のお葬式
一昨日、無事に終えることが出来ました。
サガ神父様のお人柄を表すように
ゴールデンウィーク中のお葬式であったにもかかわらず、両日ともに大変多くの方々が参列に来られました。
はるばるインドから来られたご家族からも
つたない日本語で「本当にありがとう」「あなたで良かった」と仰っていただけました。


・・・さて。
このところ再三ここで書いてきた記事にある「大切な友人に関する心配事」とは
他ならぬ、サガ神父様のことでありました。

→ 『相反する思い』
  『あらためてマルティン・ルターの名言を思う』
  『今年の聖週間』
  『よろしくお願いします』


サガ神父様とのご縁をいただいたのは
(最近ここでは登場しませんが)畏友:西経一神父様からのご紹介でした。
西神父様は、サガ神父様が神学生だった頃の指導司祭であったということです。

私の認識する限り
サガ神父様は、インド人として日本に来られた人カトリック司祭の一人目だったと聞いております(葬儀ミサの説教でもそのように紹介されていました)。
今では神言修道会・日本管区には多くのインド人司祭がいらっしゃいますが
サガ神父様は、その先駆者であったということです。

「サガはな
オレの教え子のなかでもトップクラスの人材だァ。
モリオ(=私)
サガからいっぱい学べよ!」

その後サガ神父様とは
何度も家庭ミサに与り、何度も一緒に食事をして、インドのお話をたくさんお聞きしました。
おそろしいまでに日本語が堪能で
(ことによると私たち以上にキレイな日本語で)
しかも、非常にウィットに富んだジョークが好きで
いっつも満面の笑顔で
本当にサガ神父様とのご縁をいただけたことは、私の宝物でした。

彼のガンが再発して余命宣告を受けたときから
私のなかでは常にサガ神父様のことがありました。
ここ一ヶ月は
仕事の合間を縫って、ほぼ一日おきに病室へ伺いました。

・・・西神父様から言われたんです。

「見届けろ」

聖週間を迎えたある日は
サガ神父様と手を握り合い、ふたりだけで涙しました。
「サガさん、大好きだよ」と言いました。
サガ神父様は、握った私の手の甲にキスしてくれました・・・


サガ神父様の葬儀ミサの説教で
同じ神言修道会々員であり、サガ神父様の後輩であるマリス神父様が話された言葉をご紹介します。

「(前略)
サガ神父様は、人と人とを結びつける宣教師でした。
日本ではじめてのインド人宣教師として
後輩である私たちを、いつもいろいろなところへ連れ出してくださり
たくさんの人たちに紹介してくださいました。
南山大学では、日本とインドを結びつけるための様々な取り組みをされました。
その過程で、彼の学生同士が結婚された方もあります。
いま、天国に旅立ったサガ神父様は
これからは、私たちと神様とを結びつけるためにお祈りして下さるに違いないのです」


通夜当日の午前中
出張の合間に、サガ神父様の「先生」である西神父様がサガ神父様の元に駆けつけられました。
たった約10分間
西神父様はサガ神父様の枕元で、ふたりきりで過ごされました。
その間おふたりがどんなお話をされたのかは、おふたりだけの秘密なのでしょう。
そしてその後、西神父様は
急いで長崎に帰って行かれました。
・・・あの、超多忙な西経一に
たった10分のためにわざわざ名古屋まで足を運ばせるほどの方だということです。


私の祈りは
半分だけ聞き入れられて、半分は御心に適わなかったようです。

(どうか私たちからサガさんを取り上げないでください)
(どうか私にサガさんのお葬式をさせないでください)

(どうしてもサガさんを連れて行かれるというのなら
どうかそのときは、すべての苦しみから解放してあげてください)

最期の最期
サガ神父様は、それまで何日も閉じていた目を大きく開いて
一回、深く呼吸をして、静かに息を引き取られたということです。


サガさん、ありがとう。
僕は絶対にサガさんのことを忘れない。






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by dscorp-japan | 2017-05-03 00:00 | おともだち | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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