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訃報

 
REQUIEM AETERNAM DONA EI,DOMINE

カトリック名古屋教区司祭、ヨハネ・ボスコ 由井滋神父様は
10月30日午前5時45分、肺炎で入院先の名古屋医療センターにおいて心不全のためご帰天されました。
(中略)
由井神父様は、その全生涯を弱い立場の方々のためにささげ尽くされました。
神様に召される直前まで、ご自分がかかわっていた方々のことを気遣っておられました。
享年74歳でした。
由井神父様の永遠の安息のためにお祈りください。

 なお、通夜・葬儀は以下の通り執り行われます。
 また、ご香典、ご供花などは固くご辞退申し上げます。



   通 夜         10月31日(月)午後7時30分より
   葬儀ミサ・告別式    11月 1日(火)午前11時~午後1時
   式 場         カトリック布池教会 大聖堂
               名古屋市東区葵1-12-23

(以上、カトリック名古屋教区公式広報より抜粋)




まさに青天の霹靂、でした。
大変にショックを受けております。
未明の第一報からずっと、泣きそうなのを堪えるのが大変です。

もう30年以上のお付き合いですが
ただの一度だって、由井神父様が怒ったり顔をしかめたりするのを見たことがありません。
皆さんが「あの神父様は天使だ」と評されます。
まったくその通りだと思います。

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きょう、ひとりの偉大な天使が天国に帰られました。
心よりお願いいたします。
ヨハネ・ボスコ 由井 滋神父様のためにお祈りください。







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by dscorp-japan | 2016-10-30 14:28 | キリスト教 | Comments(10)

再度『いのりフェスティバル名古屋2016』の告知です

 
開催日まで、あと一週間となりました!
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 ※ 『いのりフェスティバル名古屋2016(以下:いのフェス名古屋)』
   に関する詳細情報は公式HPをご覧ください。


2011年より東京や大阪などで毎年開催されてきた『いのフェス』。
数年前より「是非名古屋での開催を」という声が上がっていたとお聞きします。
そしてこのたび、満を持して!
はじめて、ここ名古屋での開催の運びとなったということであります。
私どもも開催初年度より(ひっそりと)参加させていただいておりまして
今回は私どものホームグラウンドであるこの地での開催に際しまして
「名古屋での開催にウチが出展しないわけにはいかないでしょ!」
ということで、憚りながら(笑)出展させていただく運びとなりました。

当日は
弊社の提供するキリスト教葬儀の模擬祭壇(略式)の展示と
お葬式や終活に関する様々なご質問にお答えするブースを設けまして、皆様をお出迎えさせていただきます。
もちろん相談料は無料ですし
こちらからご相談者の個人情報などをお尋ねすることもございません。
お気軽にお声をかけていただければと存じます m(_ _)m


「キリスト教のイベントだからクリスチャンでなければ入場できない」
なんてことはもちろんございません!
そして
妙な宗教勧誘みたいなアホなこともありませんのでご安心を(そういうの、私自身が大ッキライですので)


行楽の時季ですから、皆様それぞれご予定がおありかとは存じます。
でももしお時間がよろしければ、是非足をお運びいただければと存じます。


   『いのりフェスティバル名古屋2016』

     開催日   2016年11月5日(土)午前11時~午後4時半
     場 所  『ウィンクあいち』10階・大会議室
           愛知県名古屋市中村区名駅4丁目4-38
     入場料   無 料

      ※ 駐車場は近隣のコインパーキングをご利用ください






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by dscorp-japan | 2016-10-29 00:00 | キリスト教 | Comments(3)

『隣人愛』

 
今更ながら『隣人愛』。

この言葉を額面通りに理解すると
「身近な人に対する愛情(とその行い)」といった意味かと思います。
「あなたの身近な人には優しく愛情を持って接しましょうね~」ということですね。

「ふむ、そりゃそうだ。
そうあるべきだし、そうありたいものだ」

・・・そう考えはしても
それで終わり、といえば終わり。

でも
その本質的な理解って、なかなか出来てなかったりします。
いや、もちろん私だってそんなもんですけどね・・・ (^^ゞ

            ♢

これは、とあるカトリック司祭のお話です。

その神父様は以前
名古屋の、とある地域のご老人たちを集めて聖書のお勉強会を開いていらっしゃいました。
これはその神父様の完全なプライベートな取り組みでありました。
参加者のご老人は年を追うごとに増え続け
最終的には50名を超えるほどのご老人が、その神父様のお話を聞くのを楽しみに集まっていらっしゃいました。
そしてそのご老人たちのなかには
貯蓄もなく収入もないことから、生活保護を受給しながら細々と暮らしていらっしゃる方もありました。
神父様はそれら生活保護受給者であるご老人たちに
ご自身のお金で安い食材を買い込んでは渡していらっしゃったんです。
何年もの間、ずっと。
私は、何度もその買い物に付き合ったことがありました。
時には私もカンパしようとしたのですが
彼は頑なにそれを拒否しました。

「これはオレの気持ちなんだ。
お前はお前の方法で考えろ」

ある日、その神父様が私に言いました。
「ご同業(つまり神父様)から
『そんな風に周りに施していても際限がないでしょう。
すべての人を助けることなんて出来やしないのに』って言われちゃったよ」

たしかに
ひとりの人間が他者に「奉仕する」「施す」ことには限界がありますよね。
同業者の神父様が仰ることも一理あります。

「でもな
オレはオレの目に触れる、オレの周りにいる人を助けるのみなんだ。
『際限がない』からといって諦めたら、誰も何もしないじゃないか。
それが『隣人愛』ってもんだろ」

そのときはじめて
私は『隣人愛』という言葉の本質を、少しだけ理解できたような気がしたのでした。
それまでの私は
「自分の周りの人には優しく愛情を持て」などと言われても
(じゃ~自分の周りの人以外の人はどうなんだ?不公平じゃねェか)
などと考えたものです。

・・・でも、そうじゃないんですね。
私たちひとりひとりが
私たちの周りにいる人たちに対してだけでもいいから
困っている人に、私たちそれぞれのやり方で手を差しのべればいいんですよね。
そしてその輪が広がることで
最終的に「誰もが助け合い、助けられる」世界が生まれるということなんですね。

1人の人間に出来ることの限界を考える必要などない。
私たち皆が、1人の人間として出来ることをすればいい。

            ♢

何故このようなお話をするかと申しますと
昨日私がお手伝いさせていただいたご葬儀で、ご遺族代表の方によるご会葬御礼のお話がこれに似たお話だったのでした。

その故人様は児童養護施設『麦の穂学園』の会長・横川満雄様でした。
横川様は若かりし頃、カトリック司祭になる希望をお持ちだったとのことです。
しかしながら健康上の理由でそれが叶わず
ならばということで、行き届いた環境にない子どもたちの支援に乗り出されたということです。

ご挨拶されたのは
満雄様のご長男であり『麦の穂学園』の園長でいらっしゃる横川 聖様でした。

「父が常に大切にしていたことは『隣人愛』でありました」

親に見捨てられたお子さんや
親との関係が芳しくない環境にあるお子さんはたくさんいます。
そのすべてのお子さんを助けることが出来れば良いのですが
児童養護施設とは申しましても、その支援に限界はあります。
すべての子どもたちが充分な支援を受けることが難しい状況もあるでしょう。

支援を受けられる子と、そうでない子。
そこに不公平は生まれる。
では、支援を諦めるのか。

・・・そうじゃないんですね。

横川満雄先生は
ご自分の出来る限りのことを、ただ精一杯なさったのです。
それがご自分の役割だと、固く信じて邁進なさってこられたのです。
『隣人愛』の輪が広がることに希望を持って
その(敢えて申しますが)小さな担い手のひとりとして
目の前にいる子どもたちひとりひとりに手を差しのべ続けられたのです・・・


横川満雄先生のお柩には
小さな園児たちがクレヨンで書いた、拙い、しかしとても尊いお手紙が入れられました。

それはまぎれもなく
「お父さん」「おじいちゃん」へのお手紙だったのでした。






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by dscorp-japan | 2016-10-26 00:00 | キリスト教 | Comments(8)

映画 『殿、利息でござる!』

 
本作に関する情報は何も知らないまま
ふらりと立ち寄ったレンタル屋さんで、ジャケ買いならぬ “ ジャケ借り ” した次第であります (^^ゞ

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阿部サダヲさんのこの顔見たら、借りるでしょそりゃ(笑)


前情報ナシに借りたんで
また例のごとく「クドカン&阿部サダヲ」ラインのお笑い映画かと思ってたんですが・・・
(映画の詳細は公式HPをご参照ください)


・・・いやはや、参りました <(_ _)>
今年観た邦画のなかでは
『あん』と並んで、個人的には現時点でツートップであります ♪

簡単に申しますなら
江戸時代、ある東北の村が財政難に陥っていて
これを打開すべく、無い金をかき集めて「お上」にその金を貸して、貸した利息で財政を立て直そうとしたという実話(!)を元にしたお話。


本作を観て
私は今更ながらに「お金」の大切さを痛感させられたものでした。

本作に出てくるオカネには皆、村人たちの汗が染みついています。
日々の労働で得た、なけなしの貯蓄を吐き出し
大切な家財道具さえも売り払って
とにかく「村の存続の為」という一念のもと「お上」に貸し出す原資を集める為に奔走します。
それこそ
今で言うところの「1円玉」のひとつも、決して無駄にしない。

この「お上への金貸しプロジェクト」
映画によれば、結果的に10年近くもの期間を要したものだったようです。

たとえばね
マイホームを買うための節約なら分かるんですよ。
でもこの村人たちは
自分や自分の家族の為ではなく、自分の暮らす村の存続の為に私財を投げ打つのです。
それを、約10年近くもの長きにわたって継続したというのです。

本作の原作は『無私の日本人』という作品だそうですが
まさに『無私』の精神がそこにあります。

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映画の原作本『無私の日本人』



「果たして金貸しが『無私』なのか」

お上に金を貸した利子は、たしかにお上から得ました。
しかしその原資は返却されないままなのです。
ただ毎年、その利子のみが村に支払われ
その利子を村人たちで分配したというのです・・・


エンターテインメントとしても、とても面白い映画でした。
そして私は是非
この原作本も読んでみたいと思った次第であります。







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by dscorp-japan | 2016-10-25 00:00 | 映画・テレビ | Comments(4)

流石、というか何というか・・・

 
私がLINEを使う相手は限られております。
会社のスタッフ間での連絡と、ごく少数の友人・知人。
友人が少ないというのもあるんですけど ^^;
私の年代ともなると、LINEを使っている人自体がそれほど多くなかったりするんですね(私も使いこなせておりませんけど)。

その割に、と申しますか
時折、やにわに『ピコン!』とか鳴って「○○さんがお友だちになりました」とかお知らせしてきたりします。
でもその相手さん
結構心当たりのない方だったりもするんですよね~
私としては相手さんの特定が出来ない以上、スルーするしかないわけなんですが・・・

            ♢

一昨日の晩こと。
また例によってLINEが『ピコン!』と鳴ったわけです。
(何だろなァ、またスタッフの業務連絡かなぁ)と思って開いてみると・・・

「西 経一さんが電話番号でお友だちになりました」

・・・おや!
あの “ 彼 ” がLINEを使いだしたとは・・・(笑)

早速、一言送ってやりましたよ。
「キミもとうとうLINEを導入したのだね」と。

それからしばらく様子を見ていたのですが
「既読」にはなるものの、まったく返信がありません ^^;

だから再度、打ってやりました。
「そういうのを『既読無視』というのだぞ」と。
しかし、これまた「既読」にはなるくせに、返信はナシ。

まぁよい。
あの男は元々そういう男なのだ。


・・・それから二時間ほど経ったでしょうか。
夜も11時過ぎになって、いきなり着信が。

「おぉ~モリオぉ(=私)
あのさァ、このLINEってマークのところに赤い数字が出るのって異常なの?」

・・・それはア~タ
キミがLINEを始めたことで、相手が「ようこそ」「よろしく」みたいなご挨拶が来てるってことだわさ。

「だァって数字がどんどん増えてるよぉ」

そりゃア~タ
(ほぼ)その数字の人数からのご挨拶が来てるってことよ。

「なぁ~モリオぉ~
この数字が140くらいになってるよぉ(←すげェなオイ!)
今もどんどん数字が上がってるんだよぉ~
オレ、なんか怖いんだよォ、なんでこうなるんだよぉ~」


・・・一般的に
こういう物言いをする人間を「嫌味な奴」と解釈します ^^;
「オレ様はこんなに知り合いがいるんだぞ~」的な。

しかしながら “ 彼 ” の場合
このシステム自体、その時点ではまだ理解できていないわけであります。
何故に突然いろんな人から連絡が入るのかが全く分かっておりません ^^;
「人気のバロメーター」とは申しませんが
それだけ彼と「繋がれた」ことを喜ぶ人が大勢いらっしゃるということを、彼はとんと理解できていないのであります。
でなけりゃ
日付が変わろうかという深夜に、怯えた声で電話などかけてこないはずなのであります。

「なァモリオぉ~
オレやっぱりこれ、もう止めたいんデスけどぉ~」

もちろん彼の場合、自分でダウンロードなど出来るはずもありません。
どなたかが彼のスマホを操作して、入れて下さったのであります。
そしてその意図は
必ずや、何らかの必要性にかられてのことだったに違いないのであります・・・


・・・一応、教えておきました。
「連絡があった方には、一言で良いから必ずお返事を打ちなさい!」と。
おそらく
今頃彼は、連絡をいただいた方々に必死こいて一言ずつ(つれない)返事を打つのに忙しいことでしょう。
というか
これからしばらく、彼にはLINEと格闘する日々が待ち受けているということなのでしょう ^^;





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by dscorp-japan | 2016-10-21 00:00 | おともだち | Comments(6)

葬儀研修会 『 死を迎える準備 』

 
少々現場が多忙でしたので、記事のアップが遅れました m(_ _)m

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主催教会に掲示されていたポスター


えっと
このテーマを決めたのは私ではありません。
・・・ただ、ちょっとだけストレート過ぎる表現、ではあるかと ^^;

とはいえ
お話させていただいた内容は、まさにこのテーマ通りでなのであります。

お葬式に対する関心度が高まった当初
皆様の関心は、その多くが「お葬式の費用」でありました。
具体的に申しますと
「お葬式の総額平均はどれくらいなのか」
「お葬式費用の内訳はどうなっているのか」
「互助会の会員価格のしくみが分からない」
といったものだったかと。

それが最近になって、関心のベクトルが変わってきたようなんですね。

「高齢の家族がいるのだが “ その時 ” のために何を準備すればいいのか」
「私自身のお葬式に対する希望を叶えてもらいたいのだが」

お葬式の「費用」に関する不安よりも
具体的な「準備」に対する関心が増してきた、ということのようです。

「送る側」の準備。
そして
「送られる側」としての準備。

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研修会の様子です


そして今回、特に関心が高かったと思われるのが
「お墓」や「納骨堂」といった、葬儀後の問題でありました。

研修会してはそれほど深くはご説明しなかったのですが
質疑応答の時間では、このあたりに関するご質問が相次いで出されました。

個人的には「お墓推奨派」なのですが (^^ゞ
とはいえ「遺された家族に余計な負担をかけたくない」「お墓を継承する子どもがいない」などというご事情もよく分かるところであります。
やはり今後は
「個人のお墓」から「納骨堂」或いは「散骨」や「樹木葬」といった埋葬方法に移行していくのかもしれませんね・・・

            ♢

因みに私
この研修会を終えた後、急いで担当するお通夜の準備に取り掛かるという、なかなかにへヴィ―な一日ではありました ^^;






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by dscorp-japan | 2016-10-20 00:05 | 葬儀 | Comments(4)

『 I Will Protect You 』 Korn

 
この記事で、今回取り上げる曲のMV動画を貼りつけますけど
少々ホラーチックなものですので、閲覧の際にはご注意ください m(_ _)m


私はこの『 Korn 』というバンドの作品は殆ど聴きません。
バンドのフロントマンである
ジョナサン・デイヴィス氏の様々な異常行動とか、ちょっとついていけない感じもあるんですが
最終的には、その音楽性が私の好みではないからということになります (^^ゞ

では何故今回取り上げるのかと申しますと
今回の曲が収録されるアルバム『 Untitled(無題)』で、私の好きなドラマーであるテリー・ボジオさんが参加しているからです ♪

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『 Untitled 』(2007年発表)


ということで
バンドとしてのKornには殆ど触れません。
私はテリー・ボジオ氏が参加してる曲だから取り上げるだけ (^^ゞ



・・・怖ッ


曲の中盤において
テリーさんの超絶ドラムロールが聴けます。

その録音風景として上がっている動画がこれ。




メチャクチャ叩いているように見えますけど ^^;
それでもテリーさんのドラミングをご存じの方なら、そこにはちゃんと “ テリー節 ” みたいなフィルが散りばめられているんですよね~

因みにテリー氏は日本人とご結婚されていて
そのお嬢さんは現在、日本のガールズメタルバンド『 Aldious 』のドラマーとしてご活躍されております。

・・・結局
Kornについては一切触れないという、下らない記事でした <(_ _)>





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by dscorp-japan | 2016-10-14 00:00 | 音楽 | Comments(2)

人として最低限の尊厳を

 
一昨日のニュースになりますが
いち葬儀屋さんとして、どうしても看過できないものでした。

『イエメン空爆「現場は血の海」サウジ介入後最大の被害』



私は、日本や世界の歴史にあまり明るくありません。
でもたしか、先の大戦中においても
「赤十字のマークを付けた車両や施設は攻撃しない」といった
「苦しむ人や傷ついた人に対する最低限の人道的モラルは遵守すべし」とする流れはあったと教えられた記憶があります。

たとえ争い合う関係にあっても
お互いが「同じ人間として(心や身体が)傷ついている人、苦しんでいる人は守り合いましょう」ということだと思うのですが・・・


大切な人を弔うお葬式の式場を狙っての空爆とは・・・(怒)

イデオロギーの違いとか
宗教やら民族やらの違いとか
ンなことは知らん。
そのまえに
「お前たちに人の心はあるのか?」
「お前の大切な人のお葬式にそれをされたら、お前は一体どう思うんだ?」

            ♢

ずっと以前のことですが
以前お世話になっていた葬儀社時代、あるご自宅でのご葬儀を担当させていただいていたときのことです。
そのご自宅は、そこそこ交通量のある通り沿いにありまして
お葬式の最中も自動車や歩行者の往来が絶えないところでした。

お葬式が終わり、ご出棺の段になった頃
彼方からひときわ大音量の音声が聞こえてきたんですね。
街宣車、でした。
内容は覚えておりませんが
いわゆるイデオロギーらしき主張を声高に訴えるものだったのでしょう。

霊柩車の周りに集った参列者が顔をしかめ始めたとき・・・
その街宣車は、スピーカーの音を切ったんです。
霊柩車の前を通り過ぎ
かなり向こうまで走ってから、あらためて音を流しはじめたんですね。


・・・つまり、そういうことです。

人として
最低限の他者に対する尊厳だけは、本当に守って欲しい。
心の底から思います。

それでも分からないというなら
「お前はゾウさん以下だ!」と言ってやりたい。

→ 過去記事 『ゾウさんでさえ・・・』






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by dscorp-japan | 2016-10-11 00:00 | ニュース | Comments(2)

先輩・Mさん

 
私が葬儀屋さんだから、なのかもしれませんが
久しくご無沙汰していた人から電話があると、ちょっとした不安がよぎるものです・・・


先日
以前お世話になっていた葬儀社時代の知人から連絡がありました。

「いまさっき、Mさんが亡くなったぞ」

・・・私はまったく知りませんでした。
Mさんが全身転移のガンにかかって闘病中だったことなんて・・・


私が以前の葬儀社に入って一年後
お葬式の打ち合わせを専門とする『受注課』という部署に転属されたとき、Mさんは受注課の係長でした。
小柄でしたがハンサムで
物腰が柔らかくて、誰に対しても優しくて
だから、お客様からのウケがとっても良い先輩でした。
私のことも、下の名前で「モリオちゃん」と呼んでくださり
分からないことがあったりすると、それこそ頭を突き合わせるようにして懇切丁寧に教えて下さったものです。

ではMさんが聖人君子のような人だったのか。
・・・そういうわけでもなかったようです・・・

Mさんのすべてを知るわけではありませんが
それなりに、葬儀屋さんとしての「ワルサ」にも一通り手を染めてはいらっしゃったようです ^^;

・・・でもね
私にとっては、それでも「良い人」だったんです。
心根のある方だったから。


20年以上前の葬儀屋さんって
(もちろん全員ではありませんけれど)
誰しもが何らかの “ 脛に傷を持つ ” 方だったりしたんですね。
以前はまったく別の職種に就いていた「転職組」が多かったし
その前職も、なかなかのお仕事(笑汗)に就いていらっしゃったりしたものです。
先輩方のプライベートもまた、エキセントリックな過去をお持ちの方が少なくなかったりして・・・ ^^;

・・・でも皆さん、お互いの過去を言及することなく
純粋な「仲間」として、和気あいあいとした雰囲気でお仕事してたんです。

「過去は過去。大切なのは今」

葬儀屋さんになる以前の私に
「他人を色眼鏡で見る」という偏見が無かったとは言い切れないと思います。
でもあの会社に入って
本当の意味で「偏見」がいかに愚かしいことなのかを学んだと思っております。


・・・少々話がそれました m(_ _)m

そんな「仲間」だったMさんが、お浄土に旅立たれました。
柩のなかで眠るMさんは
お元気なころと同じく、とってもダンディでした。
きっと今頃は
すでに先に旅立たれた、Mさんのご友人と再会されていらっしゃることでしょう。

そしてあの時代
あの会社で同じ釜の飯を共にした、先に鬼籍に入る諸先輩方とも。


Mさん。
今はIさんとかTさんたちと再会されているんでしょうね。
いつか私も行きます。
そのときはMさん独特の「スススッ」って笑い方で、私もまた仲間に入れて下さい。





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by dscorp-japan | 2016-10-10 15:23 | おともだち | Comments(2)

火葬場への出棺連絡

 
他のエリアの実情は存じ上げないのですが・・・


・・・ここ4~5年でしょうか。
中部地区の各エリアにある火葬場から葬祭業者に対して
「霊柩車が式場を出発(=出棺)したら必ず火葬場まで一報を入れること」という通達が増えてきました。
昔からこれを求めてくる火葬場もあるにはあったのですが
とにかくここ数年で「連絡くださいな」というルールを設けるところが増えましたね~
今では、名古屋内外の各火葬場の殆どがこれに倣った形です。

葬儀屋さん以外の方は分からないことでしょうけれど
各火葬場によって、予約の時間設定が違ったりするんです。
大きく分けて
「火葬時刻(=火葬場への到着時刻)での予約」と「式場を出発する時間(出棺時刻)での予約」の二種類があるんですね。
「出棺時刻」での予約の場合は簡単なんですね。
こちらサイドで決定した葬儀の時間でおのずと出棺時刻も決まりますから、この時間で予約を入れればいい。
対して「火葬時刻」での予約の場合
出棺時刻から火葬場までの凡その所要時間を考えて、到着時刻を算出して予約を入れるわけです。

で、いずれの場合にも
葬儀屋さんは可能な限りこの時間を遵守するよう尽力するわけなんです。
よく葬儀屋さんが
「出棺時刻は厳守となりますのでご協力ください」
といった案内するのは、このためなんですね。

・・・しかしながら
予め設定した時間を、結果として守れないということがまま生じるんですね。
もちろんその多くは、誰が悪いということではありません。
「予測していた参列者が思いの外多かった」
とか
「ご遺族の故人様とのお別れの時間が押してしまった」
とか。
たまに司式者の典礼が長引いてしまったというケースもありますが・・・^^;

このようなケースで出棺時刻が遅れる場合
私たち葬儀屋さんは、特に火葬場から言われなくとも「ゴメンナサイ、出棺が○○分ほど遅れます」みたいな一報は入れるんですね。

しかし
定刻通りに出棺した場合も「必ず一報を入れよ」というルールが増えてきている、と・・・ ^^;


結局、ですね
どこの火葬場も火葬件数が増加傾向にあって、火葬場の現場サイドも「時間との勝負」みたいな状況が深刻化してきていることが原因なんだと思います。
各火葬場さんも大変なのでしょうね~

ただ
霊柩車が出発したのを確認したら「すぐに」火葬場に一報を入れるってのも、状況によってはなかなか難しかったりするものなんですよね・・・
いわゆる葬儀会館からの出棺なら比較的簡単でしょう。
担当者でなくとも
会館の事務員さんが電話すれば良いことですから。
でも
特にウチのように式場(≒教会)に出向いてお葬式をする場合
現場にいる私たちが、霊柩車を見送ってすぐに電話を入れなければならないということなんですね。
「携帯電話くらい持ってるだろ」
もちろんそうなんですけれど
出棺直後って、それはそれで結構忙しかったりするもんなんですよぉ。

せめて
定刻通り出棺できたときくらい免除していただけたらなァというのがホンネ (^^ゞ


・・・まァ愚痴を言っていてもしょうがないわけです。
そんなわけで
出棺直後、私たちが慌ただしく携帯電話を取り出すのを見かけられたら
それはほぼ間違いなく「火葬場への出棺報告」だとご容赦いただければと m(_ _)m







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by dscorp-japan | 2016-10-06 17:52 | 葬儀 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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