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コスモス

 
先日お手伝いさせていただいたお葬式の生花飾りには
故人様がお好きだった、コスモスの花が散りばめられておりました。

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たまたま秋だからご用意できたのですが
とはいえ、葬祭生花業者さんで、すぐにコスモスの花を手配することってなかなか難しかったりするそうです。
(この時期、少し郊外に行けば普通に咲いているだろうになァ)
と思うところではありますが
商品としてのストックが常時有る、というわけでもないそうです。


再三申しておりますように
キリスト教のお葬式で個性を出せる部分があるとすれば、生花飾りなんですね。
ですから私どもは必ず
ご遺族様にはお好みの生花であるとか、生花飾り全体の色合いなどのご希望をお尋ねいたします。
季節によって用意できるものとそうでないものがありますが
出来るだけご希望に合った生花をご用意できるよう尽力させていただきます。


どうぞ何なりとお申し付けください m(_ _)m






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by dscorp-japan | 2015-10-31 00:00 | 葬儀 | Comments(0)

『 燃える秋 』 ハイ・ファイ・セット

 
この曲が同名タイトル映画の主題歌だということ
ご存知の方は、以外に少ないのではないでしょうか。

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1978年発表


(この曲と同名映画についてはウィキペディアさんにお尋ねください)


私自身
この同名タイトル映画を鑑賞したことがありません。
詳しい内容も分からないし
五木寛之さんの小説もあまり読んだことがないので何も言えないのですが・・・ (^^ゞ

・・・でも、この曲は好きでした ♪

ハイ・ファイ・セットといえば
あの名曲『翼をください』を生み出したフォークグループ『赤い鳥』の解散後
元メンバーが集まったコーラスグループですね(『紙ふうせん』もそうです)。
荒井(松任谷)由美さんの『卒業写真』などは
もしかするとハイ・ファイ・セットさんのカバー・バージョンの方が有名かもしれません。
彼らの代表曲といえば『フィーリング』なのでしょうが
私はこの曲の方が好き ♪



「この曲が好き」と言っておいて何ですけど・・・(^^ゞ
私は石川セリさんのバージョンの方が好きだったりします。



よりジャジーなアレンジで
フレンチポップのような雰囲気が何ともいえず好きなんですね~
石川セリさんの雰囲気にもよくマッチしてると思います。






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by dscorp-japan | 2015-10-29 15:39 | 音楽 | Comments(2)

泣き部屋

 
「泣き部屋」というのがあります。
「母子室」と呼称する場合もあります。

種々のイベントが行われる会場などで
乳幼児やまだ落ち着きのないお子様方が他に迷惑をかけないよう、メイン会場とは別に設置されたお部屋、ということです。

この「泣き部屋」、キリスト教会にもあるんです。
すべての教会に必ずある、というわけではありませんし
その造りも様々ではありますが、これがある教会が少なくありません。
多くの場合、礼拝堂や聖堂の一角や続き部屋のような場所にあって
ガラス張りなどになっていて本堂内をみることが出来るような造りが多いです。
場所によっては泣き部屋内にもモニタースピーカーが設置されていて
式場内の音声が聴けるような仕組みになっています。
つまり
泣き部屋にいながらにして、礼拝やミサに参列できるというわけです。


この「泣き部屋」ですが
お葬式の際には大変に重宝するんですね~

お亡くなりになられた方のご遺族ご親族には、小さなお子様がいらっしゃることが少なくありません。
通夜や葬儀の最中
お母様に抱かれたお子様がむずがって泣きだして、お母様が恐縮されるという場面を何度も拝見しております。
何とかすぐに泣きやんでくれれば一安心のですが
お母様が焦っていらっしゃるのがお子様に伝わるのか、こういうときに限ってさらに大声で泣き出されたりするものです。
或いは乳離れされて、走り回りたい盛りのお子様。
お葬式の間、ケラケラと笑いながら式場内を駆け回るなんてこともありますよね。
それはそれで微笑ましい、と言えなくもないんですが・・・

赤ちゃんならまだいいんです。
親御さんが抱いて、一時式場を外されればいいのですから。
落ち着きのないお子様は、なかなか手強いものです ^^;

そんなときのために「泣き部屋」です。
すべての泣き部屋に防音措置がとられているわけでもありませんが
少なくとも壁一枚、ガラス一枚の隔たりがあるだけでも大きく違います。
何より、親御さんが安心できるんですよね。


再度申しますが
泣き部屋がすべての教会にあるとは限りません。
しかし
小さなお子様をお持ちの親御さんがお葬式に参列される際は、是非一度ダメ元でお尋ねになられてはいかがでしょうか。

「子どもがいるのですが、どこか別室はありますか」







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by dscorp-japan | 2015-10-28 00:27 | キリスト教 | Comments(0)

お行儀

 
本来お葬式とは
亡くなられた方と関わりのあった、すべての方のための儀式です。
老若男女にかかわらず
故人の死を悼み、その魂の安息を願う為に集います。
よって当然
小さなお子様方が参列されること当たり前、なのであります。


さて。
お葬式の打ち合わせの際
私は必ず、遺族親族としての参列予定者が何名ほどいらっしゃるのかお尋ねします。
どのくらいの遺族席を用意した方がいいのか
また、火葬場へ行かれるご遺族の人数を把握するためです。

少し前に私が担当させていただいたお葬式の打ち合わせで
ご親族としての凡その参列者数をお尋ねすると
ご遺族代表者である故人様のご主人が、こんなことを仰いました。

「参列する親族といっても
孫たちには来させないつもりです」

何故かとお尋ねすると

「孫たちはまだまだ小さいので
式中に落ち着いて席についていられないだろうから」

お爺ちゃまなりの、孫たちに対する気遣いだったのかもしれません。
しかし
お子様方の親御さんでいらっしゃる故人様ご夫妻のお嬢様方は、ご自分のお子様(お爺ちゃまにとってのお孫さん)も是非参列させたいとのご意向でした。

「子供たちには是非、バアバとのお別れをさせてあげたい。
通夜にもお葬式にも、火葬場にも同行させて
人の死をしっかりと目に焼き付けさせてやりたい」

とのことでした。
最終的には
やや “ なし崩し的 ” ではありましたが、お孫さん達も参列することになりました。

で、いざ式を迎えてみると・・・

お孫さんの皆様、驚くほどにお行儀がよかったんですよ。
私もそこそこ長い間このお仕事をさせていただいておりますが
その私が驚くほどに、それはそれは素晴らしい参列の態度でした。
お父様やお母様の横で、背筋を伸ばして両手を膝の上に置いて
皆一様に、真剣なまなざしで神父様のお話に注目していらっしゃいました。
正直(何もそこまでかしこまらなくても・・・)と思うほどに。

これは推測ですが
最初にお爺ちゃまが「孫たちは落ち着きがない」と懸念されたことを受けて
親御さんたちが子どもさんたちにお行儀を教えられたのだと思います。
そして
お葬式に参列するにあたっての心構えやお行儀を学ばせたかったのではないかと。

            ♢

『行儀』という言葉ですが
「礼儀作法やその所作」という意味の他に
「(仏教用語で)行事の儀式やそのやり方」という意味があります。

さて。
では、私たち大人はどれだけ『行儀』が出来ているでしょう。

これはこれまでにも再三申しておりますが
参列者としてのマナーが成っていらっしゃらない大人たちの、何と多いことか。
先日の記事などで
少々重箱の隅をつつくようなことを申しました。
しかし実際的なマナーという点での重要度でいえば、それらは些細なことなのです。
手を合わせるべきか一礼すべきかとか
焼香の回数は何回が正解だとか
仮にそれらが間違っていたとしても、それは大それほどきな問題ではない。
それ以上に、基本的なマナーこそが大切だと思うのです。

「式中(特に焼香時など)隣同士で無駄話をしない」
「上着を着ているのにボタンを留めない」
「式場内で携帯電話が鳴ると話し出す」

ああいった方々に
先日のお孫さん方の『お行儀』をみせてやりたいものです・・・


あのお葬式での故人様は
さぞやご自分のお孫さんのことがご自慢だったことでしょう。
そしてきっと
バアバは天国からにっこりと微笑んで、あの場面を見降ろしていらっしゃったのではないでしょうか。






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by dscorp-japan | 2015-10-27 23:50 | 葬儀 | Comments(0)

一礼する対象

 
記事更新のサボり癖が常習化しつつある拙ブログでありますが
この一週間は本業のお葬式が忙しく、記事を書く余裕がありませんでした m(_ _)m

            ♢

さて
前回の記事に対するご質問をいただきましたので
私なりの解釈としてお答えさせていただきます。

まず
「遺影写真に一礼をしなければならない」というのは、やはり違うということです。
少なくともマスト(must)ではないということ。


いちばん分かりやすく、というか
日本でいちばん多いであろう仏式葬儀を例にとって考えてみます。

たしかに仏式葬儀の焼香時って、正面を向いて一礼したりしますよね。
では、あの一礼は何を対象としてされるのか、ということです。

多くの一般的な仏式葬儀の場合
祭壇には、その宗派のご本尊が祀られるのが本来的であります。
地域性などもありましょうし、最近では生花祭壇も増えてきておりますので
ご本尊の無い祭壇も見受けられることもあるようなのですが
たとえば、昔ながらの輿(こし)と段飾りで構成される葬儀祭壇ですと、輿の中央あたりにご本尊が祀られているはずなんですね。
遺影写真の上あたりと考えていただければと思います。

※「輿」とは
  葬儀祭壇の上の部分、屋根付きのお宮のような形をしたところをいいます。

多くの仏式葬儀の場合
私たちが焼香する際には、このご本尊に一礼するというのが本来的な意味であると思います。
故人様の魂が
迷うことなく(その宗教の提唱する)安息の地へ導かれますようにと「ご本尊に祈願する」という意味です。

つまり
手を合わせること(仏教の場合は合掌)も、一礼することも
遺影写真に対してされるのではなく、ご本尊に対してされるのが本来的であるというわけです。

仮に故人様を対象として手を合わせたり頭を下げるのであれば
やはり遺影写真に対してというより、故人様のご遺体に対してという方が、より意味があるというのはお分かりいただけると思います。
(ご遺体に対してのそれも良しとしない宗教もあります)

実際にご焼香などで祭壇前へとお進みいただいた際
手を合わせた状態で遺影写真を見上げたりしますよね。
一連の所作の流れですから、その行為自体はそれほど問題はないでしょう。
しかしそのときも、手を合わせる対象は遺影写真に対してではなく
あくまでも、故人様の魂をすくい上げて下さる神仏に対して、であるべきだということです。
焼香時の一礼も
ご遺族様に対する一礼は、礼節ということです。
祭壇正面への一礼は、そこに祀られる神仏に対して、ということです。
「遺影写真に対して」ではない、ということです。

つまり
「何に対して」手を合わせたり一礼するのかということです。
要は、その対象なんですね。


繰り返しますが
「遺影写真に一礼をしなければならない
ということは間違いである、ということであります。
一概に「してはいけない」ということではありませんが
「しないほうがいい」宗教も実際にある、ということであります。







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by dscorp-japan | 2015-10-26 00:14 | 葬儀 | Comments(2)

間違った情報

 
先日、あるクリスチャンの知人から葬儀に関する問い合わせをいただきました。

曰く
「この間のテレビ番組でお葬式のクイズみたいなのがやってたんだけど
そこで言われていたことを確認したいと思って」

どんな番組でどんなクイズだったのかをお聞きすると
芸能人格付けチェック』なる番組だったとのこと。

確認したいクイズ内容というのが
「焼香の際には必ず遺影(写真)に一礼をしなくてはいけない」
という部分に関して、ということでした。

・・・何それ???
本当にそんなことを言っていたのかと確認すると「間違いない」とのこと。
特に相談者の彼女はクリスチャンであるため
「焼香」の経験値が浅かったのかもしれず、余計に気になったということでしょう。


・・・私はその番組を観ていなかったし知らなかったのですが
知っていたら是非観たかったところではあります・・・
しかし
どうしてこんないい加減な情報を流したんだろ。

上にリンクを貼りました番組HPには
「お悔やみの言葉の語尾は濁す(ハッキリとは言わない)」
などと、わけの分からんことが書いてあります・・・(+o+)
そんなルールは聞いたことが無いし
そうしなければならない根拠も分からん。
殊更に「悲嘆の情を演技せよ」ということなのでしょうか・・・?


個人的な解釈かもしれませんが
(宗旨宗派を問わず)お葬式の祭壇にある遺影写真とは、亡くなられた方の在りし日のお姿を偲ぶためのものであると考えます。
やや乱暴な言い方かもしれませんが、遺影写真とはそのためのツールである、と。
遺影写真こそが故人様であるはずなどないのであって
そこに故人様の魂が宿っているということでもありません。
仮に遺影に対して敬意を払うというのであれば
それ以上に、そこに安置されている故人様のご遺体(遺骨葬の場合は遺骨)こそが優先されるべきでしょう。

「遺影写真に一礼せよ」と言っておいて
では、遺影のそばに安置されている故人様のご遺体に対しては・・・?
何だか本末転倒な情報が流されていたようです・・・(><)


さらに申します。
ここでキリスト教葬儀に照らし合わせてみますと
特にプロテスタント諸教派のなかには、むやみに「一礼」することさえ良しとしない教派もあるんです。


もう、ここははっきり申し上げておく必要があります。
「遺影写真に一礼すべき」というのは間違いです。
むしろ宗教によっては「すべきではない」宗派もあるということです。
だったら敢えて申しますが
「遺影に一礼」はしないほうが無難です。

敬意を払うべき対象はもっと他にあるでしょう、ということです。






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by dscorp-japan | 2015-10-19 17:00 | 葬儀 | Comments(4)

『 The Man 』 ポール・マッカートニー fear.マイケル・ジャクソン

 
個人的には
ビートルズ解散後の(Wings時代も含めた)ポールによるソロ活動で
いちばん好きなアルバムが『 Pipes Of Peace 』であります。

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1983年発表


以前も一度、このアルバムのタイトル曲をご紹介させていただきました。
個人的な感想としては、このアルバム収録曲は全部イイ!
「捨て曲ナシ!」と思っております。
以前の記事でも書きましたが
アルバムの成り立ちとしては、前作の続編というか、前作に入りきらなかった楽曲を集めて(新曲も足して)アルバムにした、というものらしいです。
しかし私的には前作『 Tug Of War 』よりずっと良いでしょう、と。

このアルバムの目玉は何と言っても
スーパースター:マイケル・ジャクソンとのデュエット曲が収録されていること。
あの時代を過ごされた方ならどなたもご存じの『 Say Say Say 』。
大ヒットしたと記憶します。

もちろんこの曲もとっても良いんですよ。
しかし私は
もうひとつのマイケルとのコラボ曲の方が、更に好きなのであります。
それが今回取り上げる『 The Man 』。





実は先日ふと思い立って
モーレツに(この曲が聴きたい!)と思い立ちまして、このアルバムの限定版CDを購入したので、今回の記事を書いた次第であります(友人にダビングさせてもらったカセットがあるはずなんだけど、どっか行っちゃったので)

・・・あらためて聴いて
やっぱり素晴らしい曲だと思います。
ポールとマイコーによる共作とのことですが
たしかにお二人の良いところがウマくミックスされた曲だなぁと。

そして余談ですけど
この頃のマイコーが、いちばん良かったんじゃないかなぁ~と。
(ご尊顔も含めて!)






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by dscorp-japan | 2015-10-18 19:44 | 音楽 | Comments(0)

“ 手間 ”

 
ネットのニュースで
「全自動洗濯物折り畳み機」なるものが開発されたと知りました。

→ ニュース記事はコチラ

記事にはこうあります。
>人が一生のうち洗濯に費やす時間は1万8000時間。
>そのうち9000時間は洗濯物を畳み、仕分けし、仕舞うために使うという。
>9000時間は375日。
>つまり一生のうち実に1年以上を、洗濯物を畳むという行為に費やしているというのだ。

・・・ふぅん。
そりゃ積算すれば大層な時間ではありますね~

便利になること自体は歓迎すべきことですし
特にこれからの超高齢化社会を考えると、ご高齢者の生活における様々な負担を軽減するという点でも非常に意味のあることだと思います。

・・・でもね。
これは個人的な考えですけど
日常生活のいろんな “ 手間 ” って、結構大切なんじゃないかなァと思うんです。

たとえば洗濯でいえば
洗濯物を洗濯機から出して「パンパン」して干す。
・・・気持ちいいじゃないですか。
天日に干された洗濯物を取り入れて
パンツだのシャツだの分けて畳むのって、結構「癒し」の時間だと思うんですけど。

お部屋のお掃除もそう。
今じゃ自動お掃除機なんてものがありますけど(もちろん私は持ってません)
自分で掃除機を引っ張ってお掃除するのって、キライじゃありません。
自分が身体を動かして部屋がきれいになるのって、良いじゃないですか。
鼻歌歌ったり、BGMで音楽を流しながらお掃除するのって楽しくないですか?

そういう “ 手間 ” に時間を費やすこと
私は「時間がもったいない」とは思わないんですよね。
時間がもったいないという以上に意味があるような気がします。
洗いざらしの洗濯物を畳むときに感じる幸福感とか
ちょっと汗ばみながらも掃除機を引っ張りまわして、部屋がきれいになる充実感とか
そういう日常の小さな喜びが「生きている」ってことのような気もします。

いや
私は自動折り畳み機を否定してるんじゃありません ^^;
必要な場面はあるだろうし
それを求めていらっしゃる方もあるのでしょう。
でも
「自分で出来るけど便利だから何でも使う」というのは
ちょっと違うような気がするんだけどなァ~







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by dscorp-japan | 2015-10-15 00:00 | 思うに・・・ | Comments(0)

映画 『 くちびるに歌を 』

 
さすがに10月ということで
本業であるご葬儀の依頼はやや落ち着いた模様です (^^)
ということで
以前から少し興味のあった、本作を借りて観ました。

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→ 映画のあらすじなどは公式HPをご覧ください


「長崎県・五島列島のとある島が舞台」というのに、まず惹かれたんです。
私は五島列島に行ったことは無いのですが、とても素敵な場所だとききます。
そんな五島の情景が見られれば、というのがひとつ。
そしてもうひとつ。
五島列島といえば、カトリック信徒の割合が多い地域として有名です。
(といっても人口の10%以上、という程度らしいですが)
五島列島の風景の一部には、必ず教会堂が溶け込んでいる。

・・・教会の点在する
のどかな風景を堪能できればなァということで。


で、観終わっての感想。

いきなり出来てきました、教会の場面が ♪
主要人物のひとりである中学生のナズナ(恒松祐里さん)が教会へお祈りに行きます。
それはおそらく
何か特別な行為ではなく「教会へ行くこと」が生活の一部になっているような描写です。
・・・さすが五島!
祖父母と暮らすナズナは
あたりまえのように食前の祈りも唱えます。
・・・コテコテのカトリックやん ♪

その他にもいろんな場面でちょくちょく教会が出てくるんですが
やたらとミサの場面があるとか神父様が登場して説教をタレるとか(笑汗)そういうのは無くて
あくまでも五島の生活に溶け込んだ情景として描かれているのに好感が持てました。

そしてもうひとつ興味深かったこと。
主要人物である中学生のお兄さんに知的障碍者(渡辺大知さん)が登場するんですが
彼の演技と、その描かれ方がとっても良かったということです。
知的障碍者の役を演じるって、すごく難しいと思うんです。
どうしても “ 腫れ物に触る感 ” が無意識のうちに滲み出たりして
かえってその演技が白々しくなったりすることが少なくないと思います。
そういう胡散臭さみたいなものが全く無かった。
渡辺大知さん、素晴らしい!
『ギルバート・グレイプ』のレオナルド・ディカプリオさんにも対抗できると思う。


肝心の映画本編についてですが
・・・うん。なかなか良かったと思います。
「ものすごく感動した!」とまではいきませんでしたが
良いお話だったと思います。


・・・ところで私
本作の原作本を読んだことがありません。

映画を観た後、あらためて原作本のことを調べてみると・・・
『原作者:中田永一』

・・・ふぅん。
知らないなァ。
と思って検索してみたら・・・

なぁんだ!
あの、乙一さんの別名義だというではありませんか!
こりゃ~是非原作も読んでみなければ ♪






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by dscorp-japan | 2015-10-14 15:17 | 映画・テレビ | Comments(6)

キリスト教葬儀で『直葬』はあるのか

 
先日こっそりと行われました
CCFIの一部メンバーによるネット会議で、ほんの少しだけ『直葬』の話題になりました。
それは何かというと
「クリスチャンのお葬式で直葬はあるのか」
というお話だったんですね・・・


一応、おさらいの意味も含めて『直葬』について。

直葬(ちょくそう)とは
いわゆる一切の宗教的儀礼(通夜や葬儀など)を行わない、火葬のみを前提とした葬儀形態であります。
現実的なプロセスをご説明しますと
「死亡→死後処置・納棺→(火葬可能な時刻を待って)火葬」
というのが一般的な流れかと思われます。

直葬を行う上でのルールは、原則としてただひとつです。

「埋葬又は火葬は、他の法令に別段の定があるものを除く外、死亡又は死産後二十四時間を経過した後でなければ、これを行つてはならない。
但し、妊娠七箇月に満たない死産のときは、この限りでない。」
(『墓地・埋葬等に関する法律』第三条)

・・・よく言われるところの
「亡くなってから24時間は火葬してはならない」というルールです。
あとは現実的なことで申しますと
「納棺の為の棺は必要」ということくらいでしょうか。
私の知る限りにおいて
納棺されていないご遺体を火葬することは、火葬場に断られますので。

この点を遵守さえすれば
たとえば
「通夜や葬儀を行わない」
「宗教者による儀礼を行わない」
というのは、全然アリということです。


・・・お話を戻して
「クリスチャンの直葬」について。

亡くなられた方がクリスチャンだからといって
直葬が出来ないということはありません。
宗教に関係なく、火葬のみを前提としたお葬式を行うことは可能です。
たとえば自宅で納棺し、時間が来たらそのまま火葬場へ搬送して火葬する。
病院サイドの了承があれば
「病院で安置してそのまま火葬場へ」というケースもあります。

・・・さて。
ここで直葬の定義をもう一度。
つまり「一切の宗教儀礼を行わない」という点です。
私の経験則で申しますと
クリスチャンの方の『直葬』は殆どのケースで、牧師先生や司祭による何らかのお祈りがあるというのが実態なんです。
ご遺体の安置されているのがご自宅であれ病院であれ
殆どのケースで、牧師や司祭はどこかのタイミングで安置場所までいらっしゃり、お祈りをされます。

さらに現実的には
「直葬でも構わないから教会へ連れていらっしゃい」というケースが多いんです。
となると
やはり教会へ搬送した以上、牧師や司祭による一切のお祈りなど無しで火葬場へお連れするということは、まずない。

・・・ということなんですね。

直葬が「宗教的儀礼を伴うお葬式であってはいけない」というルールはありませんので。






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by dscorp-japan | 2015-10-10 18:52 | 葬儀 | Comments(0)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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