D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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私の、生涯の憧れの人

 
誰にも「憧れの人」っていると思います。

その人の人間性に憧れたり
生きざまに憧れたり
外見に憧れる場合もあるでしょう。
その対象も
実在の人間の場合もあれば、架空の人物の場合もあるでしょうね。


私の場合はこの人(或いは妖精?)
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スナフキン。

多分私の
これまでもこれからもずっと、生涯の憧れの人。

幼少時、かなり臆病で人見知りだった私にとって
スナフキンは、それこそ神様の似姿となって現れた存在のように思えたものです。
カトリック信者である私が正直に申しますと
聖書にあるイエス・キリストよりも、スナフキンの方が信頼できるくらい(笑)

私は、テレビアニメの『ムーミン』に出てくるスナフキンしか知りません。
でもテレビのなかのスナフキンは
そこにいてくれるだけで安心できたし、信頼できた。
言葉少なに朴訥と話す彼をみて
(あぁ、何てスゴイ人なんだろう)と、子どもながらに感銘を受けたこともあります。
こんな人が世のなかにいたら周りの人はどんなに幸せだろうと、憧れました。

(自分もこんな人になれたら)
正直、思ったこともあります。
・・・でも無理無理!

私にとってスナフキンは
あまりにも崇高な存在過ぎて、到底マネできるものではありません m(_ _)m
でも
だからこそ憧れるのだと思います・・・








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by dscorp-japan | 2015-09-27 00:00 | 思うに・・・ | Comments(6)

無理が利かなくなってきた

 
あくまでも過去の統計上からの判断なのですが
一年のうちで死亡者数の少ない月はというと、6月と9月なんですね。
(葬祭関係の展示会とかイベントが6月に開催されるのは、それが理由のはずです)
だから私たちは
(9月になったら少しノンビリしよう)などと考えるのですが・・・

今年の9月に限って申しますと
ウチはず~っと走り回っておりました ^^;
もっとも、特にウチのような “ 分母の小さい(キリスト教葬儀に特化)” 葬儀屋さんの場合
全体としての死亡者数がそのまま施行件数に反映するとは限らないのですが
それにしても忙しい一ヶ月ではありました・・・(まだ数日ありますけど)


おかげで
独り身の私、家のこと何にもできないままでした。
部屋のなか、ぐちゃぐちゃ。
洗濯もままならず。
外食率、ほぼ100%(これはいつものことか (^^ゞ)

ついでに
まァ何となく予測できたことですけど、風邪ひいちゃった。


・・・まァ~歳ですわ ^^;

ここいらで少々身体を休めさせていただきます。
ブログ、サボり気味でごめんなさい m(_ _)m






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by dscorp-japan | 2015-09-25 16:41 | あったこと | Comments(2)

天使のお葬式

 
さすがにもう(医療の)現場からは離れているようですが
私の父は精神科の医者であります。
彼の専門は『重症心身障害福祉』ということで
私もまた物心ついた頃から何度も父の職場に連れられたりして、様々な障害を持っていらっしゃる方々と触れ合う機会が少なくありませんでした。

だからといって、障害をお持ちの方々の思いが分かるなどとは申しません。
ただ、障害者の方々やそのご家族の生活については、他の方々よりほんの少しだけ、たくさん見てきた人間だと思います。

障害を持ってこの世に生を受けた方々。
或いは、生まれもって重篤な病を伴った方々。
こんな私でも、幼少の頃から疑問に感じてはおりました。

子供の頃、何度か父に尋ねたことがあります。
「世の中にはどうしてそういう人がいるの?」と。
すると父は決まって「分からない」と答えました。
私は
(お医者さんなのにどうして分からないんだろう?)と、医師としての父に少々幻滅したこともありました。
しかし、今なら分かります。
薄っぺらな美辞麗句で子供を納得させるより、ずっと正直で真摯な回答だったのだなと理解できます。
実際のところ
医者であろうと「分からない」ものは「分からない」のですから。

            ♢

さて。
現在の私は葬儀屋さんです。
二十年以上このお仕事に携わらせていただいておりますと
生まれもって障害を持った方や重篤な病を持った方のお葬式を、何度もお手伝いさせていただきます。
大切な息子さんや娘さんに先立たれた親御さんの
「どうして私じゃなくて貴方なの」と慟哭されるお姿に、私はただ黙するばかりです。

しかし
私は心のなかで確信します。
(この人は “ 天使 ” なのだ)
と。
(天使だからこのような障害(或いは病)を背負って生まれてこられたのだ)
と。
(この人は身をもって「愛」を伝えるために生まれてきたに違いないのだ)
と。
そして
(この人は救われたのではない。生まれた時点ですでに神様に救われているのだ)
と。


・・・これもまた
“ 薄っぺらな美辞麗句 ” なのかもしれません。
ご遺族様には慰めの言葉にもならないかもしれません。

しかし、私は強く確信します。


この連休中
私は「天使」のお葬式をお手伝いさせていただきます。






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by dscorp-japan | 2015-09-20 01:05 | 葬儀 | Comments(2)

アルバム『 Be 』 ペイン・オヴ・サルヴェイション

 
これまでにも何度か取り上げております。
北欧メタル界における鬼才:ダニエル・ギルデンロウ率いる
プログレッシヴ・へヴィメタルバンド:ペイン・オヴ・サルヴェイション(以下:PoS)。

北欧系のへヴィメタルはイマイチな私ですが、このバンドだけは別。
素晴らしい音楽性と知性が随所に感じられます。
その類稀なる音楽性と知性はダニエル・ギルデンロウによるものと思われますが
バンドのメンバーもまた、彼の才能に応えるに足る演奏力を有しています。


ところで。
いわゆるプログレッシヴ・ロックのバンドって
ライヴ演奏になると、結構オリジナルとかけ離れた演奏になることってあるんですよ ^^;
というか
スタジオ録音が凝りに凝っているため、ライヴで再現することが難しいことが少なくないんですね。
SEなどを使用することは良しとしても
複雑な演奏をライヴで再現するには、バンドメンバー全員が相当の演奏力を持っていないといけません。

過去に私が観たライヴで申しますと
たとえばトレヴァー・ラビン在籍時のイエスを例にとると
あの、凄腕マルチミュージシャンであるトレヴァーでさえ、高速変拍子のキーボードではリズムキープ出来てなかった ^^;
超絶技巧派集団であるドリーム・シアターでさえ
私が観たライヴでは、ギターのジョン・ペトルーシは時折ミスしてた ^^;

・・・決して粗探ししてるわけじゃないんですよ (^^ゞ
それだけ難しいってことです。

で、PoS。
これから紹介する動画は、ライヴDVDとして発売されているもの。
そういうソースをここでご紹介するのって少々気が咎めるんですが・・・




彼らの5枚目のコンセプトアルバム『Be』を
アルバムまるごとライヴで再現したというものです。

オリジナルのアルバムを聴いた人間なら分かるんですが
そりゃ~もう、ほぼ「完璧」と言っていいくらいの完成度であります!
バンドメンバー各々の演奏も
ダニエル氏によるヴォーカルも、素晴らしいの一言!
もちろん随所にSEは入ります(これは仕方ない)。
ギターソロとか、ほんの少しだけアルバムと異なりますが
それが却ってライヴとしてのリアリティを感じさせます。

ただただ「上手い」「素晴らしい」!

私もこのライヴを生で観たかったなァ・・・





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by dscorp-japan | 2015-09-19 01:31 | 音楽 | Comments(2)

司祭職のお葬式

 
ウチみたいなちっぽけな葬儀屋さんは
ちょっと現場が重なったりした途端にヒイコラ言うわけなんですが・・・

昨日までの4日間で
カトリック司祭のお葬式と、聖公会司祭のお葬式が続いたんです。

カトリック司祭の訃報
聖公会司祭の葬儀の模様

私は
御二方それぞれにお世話になった経緯がございます。
お身体のお加減が芳しくないという情報は入っていたのですが
それにしても、こんなに早く神様の御許に召されるとは考えてもおりませんでした。

特に日本聖公会司祭・テモテ野村潔先生の突然の帰天の報せには、少なからずショックを受けました。
野村先生には
私を含めたウチのスタッフ全員、大変に可愛がっていただきました。

聖公会信徒の方々のお葬式について、野村先生はいつも真剣に考えておられ
もっと良いお葬式にするにはどうしたらいいのか、何度も御高見を賜りました。


ご存じの方もいらっしゃるかと存じます。
聖公会とカトリックは、いわば「兄弟」のような宗教であります。
実際に聖公会とカトリックとの交流は盛んでして
双方の司祭職同士での個人的な交流もあります。

もしかすると今頃天国では
野村先生と濱口神父様が、お顔を合わせていらっしゃるかもしれません。
お互いに「お疲れさまでした」とねぎらい合っていらっしゃるかもしれません。

お二人の生前のご功績に経緯を表するとともに
お二人の魂の安息を、心よりお祈り申し上げます。

                          R.I.P






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by dscorp-japan | 2015-09-15 22:38 | 葬儀 | Comments(2)

『 おみおくりの作法 』 追記

 
昨日の記事に引き続き、思うところを述べさせていただきます。


先日の記事『 生者は死者のために煩わさるべからず 』で申し上げました。
「死者が生者をまったく煩わせないことは無理だと思いますよ」と。
死にゆく人間が(迷惑をかけたくない)と考えるのは当然のことなのでしょうが
実のところ(それが迷惑かどうかはさておき)何らかの形で、生きている誰かのお世話にならざるを得ないというのが実情であります。

そしてこの実情が
映画『 おみおくりの作法 』のなかで詳らかに描かれています。
死後のお世話をしてくれる人がいない死者のため
行政が遺族に代わって、これ(火葬・埋葬等)を遂行するわけです。
その担当者が、映画の主人公であるジョン・メイであるということです。

・・・私たちは
死して尚、誰かのお世話にならざるを得ないというのが実際のところだということです。
これはもう、何人も避けて通ることができないことだということ。


問題は
この「死者のお世話をする誰か」が、能動的に携わってくれるかということですよね。

少なくとも本作では
お役人であるジョン・メイが、まるで死者のひとりひとりを慈しむかのように、自身に出来ることは積極的に遂行します。
家族がいなかったり、家族がいても見捨てられてしまった死者たちを
ジョン・メイは “ お役所仕事 ” 的な対応にとどまることなく
(それこそ私たちなら「煩わしい」と感じてしまうようなことも!)
面倒くさがらずに携わろうとします。

亡くなったご本人にしてみれば
これはまさに「生者を煩わせる」ことに他ならないと感じることでしょう。
(役所がやってくれるのだから当然だ)
などという考えでは済まされないほどに、ジョン・メイのお世話になるのです。
しかしおそらくジョン・メイは
「死者に煩わされている」などという意識は無いのだと思います・・・

            ♢

本作を観て
以前私が担当した、ある生活保護受給者のお葬式に携わっていただいた、ある福祉課の方のことを思い出しました。

お亡くなりになられた方は、在日外国籍の女性。
異国の地である日本で
小さなコーポで、たったひとりで慎ましく暮らしていた方でした。
訃報の第一報は、あるカトリック女子修道会のシスターからでした。
「生活保護を受けていた〇〇さんという方が亡くなられて
いま、名古屋市〇〇区役所の担当の方が付き添ってくださっています」

指定された現場に伺うと
その担当者さん(女性)は、目を真っ赤にしてご遺体のそばにいらっしゃいました。
私は最初、ご遺族がいらっしゃったのかと思ったくらいです。

「お待ちしてました。
私にできることなら何でも仰ってください。
何でもやりますから」

事実その方は
死体検案書の受け取りと警察署への提出
死亡届と生活保護証明書の発行手続き
さらには祖国にいらっしゃるご遺族への連絡
すべてやっていただけました。
役所には私も同行させていただいたのですが
その際、役所の他の係員の対応が芳しくないとみるや、まるで遺族であるかのように窓口でやり合って下さったくらいです。
さらにその担当者さんは
故人様のご納棺にもお立ち合いいただき、自ら手を差しのべて下さいました。
(通夜は省略でしたので)簡単な葬儀へもご参列いただけました。
出棺の際は霊柩車に向かって手を合わせ、深々と頭を垂れていらっしゃったのでした。

(何という心根の優しい方なんだろう)
あのとき私は、大いに心を動かされたと同時に
自分の仕事の持つ重みを、あらためて深く認識したものでした。

今思い返してみると
彼女もまた、ジョン・メイだったように思えてならないのであります・・・







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by dscorp-japan | 2015-09-11 00:00 | 葬儀 | Comments(7)

映画 『 おみおくりの作法 』

 
少し前
私の大学時代の畏友:友人Mさんから勧められ、以降ずっと観ようと思っていた映画。
ところが先日まで本業のお葬式がムチャクチャ立て込んでおりまして
ようやく一昨日、レンタルして観ることができた次第であります。

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映画のあらすじなどは公式HPをご覧ください m(_ _)m


映画の序盤では
主人公:ジョン・メイの具体的な仕事の内容と、ジョン・メイという人間の人となりが描かれます。

(舞台である)ケニントン地区の民生係は、どうやら彼一人のようです。
書類に囲まれた狭い部屋にデスクがひとつ。
そこでジョンはただ一人
孤独死の連絡を受けるたびに、その人の葬儀(というか本来は火葬・埋葬)を手配します。
本来は最低限の遺族探しと火・埋葬の手配だけで良いのでしょうが
彼は死者の人となりを調査し
彼が死者に相応しいと考える弔辞(メッセージ)を書き上げます。
死者に相応しいと考える音楽(葬儀用BGM)も用意します。
そして彼は死者の宗教も調べ上げて
死者の宗教でのお葬式を手配し、誰も参列しないお葬式に彼一人で参列します。
そこで司式者は、彼の用意した弔辞(メッセージ)を読み上げるのです。

ジョンはとても几帳面です。
デスクの上は常に整理整頓されています。
独りで(彼は独身のようです)食べる食事もいつも同じ。
トーストと魚(ツナ?)の缶詰、紅茶にリンゴ。
車道を横断する時も
左・右・左と、必ず目視してから渡ります(笑)
・・・きっと定規で測ったような生活をしているのでしょう。
このあたりの描写に、ユーモアとペーソスがあります。

ケニントン地区の民生係ということはつまり
ジョンはお役人さんということになります。
孤独死したひとりひとりに多大な時間を費やすからなのか
役所の上司は人員整理という名分で、彼に解雇通告を言い渡します。
これと前後して
ジョンの元に、彼の住むアパートの隣の棟に暮らしていた独居老人死亡という案件が舞い込みます。
ジョンは隣人であった独居老人の案件を最後の仕事と捉え、精一杯の調査を開始します。
亡くなった老人と関わりのあった人を尋ね
死者の生前の様子を取材し、彼らには老人の葬儀への参列を説得します。
ようやく老人の一人娘から「参列する」という連絡を受けたところで、彼は・・・

            ♢

・・・いろいろと書きたいことが沢山あります。
沢山あり過ぎて、どうにも頭の整理がつきません (><)
ですから
思いついたことを出来るだけ整理しつつ、列挙してみます。


まずは本筋と直接関係ないことなんですけど (^^ゞ
・・・この主人公を演じるエディ・サーマンさんの演技がとっても素晴らしいのですが
映画で観ていて、私は橋爪功さんを連想してしまいました(笑)
そして
まるで隠遁者であるがごとく静かに行動する主人公の様子から
かなり前に読んだ小説『悼む人』のことを思い起こしました。


・・・ここから本題。

映画の最初で映し出される、司式者とジョンだけのお葬式の場面。
私たち葬儀屋さんは、こんなお葬式を何十回も(或いは何百回も)経験しております。
身寄りのない方のお葬式。
或いはご遺族がいらっしゃっても、参列を拒否された方のお葬式。

・・・ご批判を承知で申し上げます。
もちろん(可哀想に)(寂しいだろうなァ)と思わないわけではありません。
しかし
このようなお葬式を何度も経験するうち、心が慣れてしまうことも事実なのです。
これではいけないと、もちろん頭では分かっているのです。
しかし・・・

おそらくこの「慣れ」
亡くなられたご本人に関する情報が全く無いことに起因するような気がします。
これは言い訳のように聞こえるかもしれないのですが
私たち葬儀屋さんは、亡くなられた方のご遺族からご本人に関する様々な情報を得ることで、ご本人とご遺族に、少しずつ心を寄せられるのだと思います。
少なくとも私はそう思っておりますし、そうしているつもりです。
お葬式の最初の打ち合わせの際
私たち葬儀屋さんはお葬式のプランを組み立てるための根拠として、故人様やご家族、交友関係などの情報を少しずつ聞き出します。
その過程を通して
私たちは(或いは無意識のうちに)故人様の人物像やご遺族様の想いを解釈して、そこに少しずつ心を寄せるのだと思います。

・・・しかし
故人様を知る人のいないお葬式ともなると、心の寄せようが分からない。
どうして独りで亡くなったのか。
どうして家族は参列しないのか。
可哀想だけれど、その理由が分からない。
心を寄せるべきなのだろうけれど、その手立てが分からない。
ご遺体は目の前に現実として横たわっているけれど
その方の「死」は、新聞の訃報欄に載る他人のそれと変わらない・・・


・・・で、この映画です。

もしかするとジョンは
その「分からない」を自分なりに解決することで、心を寄せる手立てを探していたのかな、と。
おそらく民生係であるジョンにとって
市民の孤独死は “ 日常 ” のはずです(私たち葬儀屋さんと同じように!)。
“ 日常 ” の業務に追われるなか
彼は「自分の日常は当事者にとっての日常ではない」という真理を忘れない為に、死者やその家族を調べたのではないかと思うのです。
その調査の過程で
ジョンは自然に死者に寄り添うことで
それぞれに相応しい弔辞を書き
それぞれに相応しい音楽を探し
それぞれの宗教葬を用意できたのではないかと。


そして本作の最も重要な箇所。
つまり、映画のラスト1分で映し出される映像のこと。
(このラストは是非ご自分でご覧ください)

・・・正直、私は予想できてしまいました (^^ゞ
というか
(自分が監督ならこうするだろうな)と思いつつ観ていたら、ほぼその通りの映像が映し出されたというのが本当のところです。

なぜ予想できたか。

何より
このラストこそが「最も相応しい着地の仕方(終わり方)」だと思ったから。
最も相応しい終わり方とはつまり
このラストこそがジョン・メイへの「救い」であり「慰め」であり「賛美」だからです。


陰徳の人であるジョン・メイについて考えていたら
私は、有名な聖書の言葉を思い起こしました。

施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。
あなたの施しを人目につかせないためである。
そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。
祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。
偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。
はっきり言っておく。
彼らは既に報いを受けている。
だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。
そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

(マタイによる福音書6章3-6節・新共同訳)


・・・おそらくジョン・メイは
上に記した聖書の言葉など全く意識していないのでしょう。
彼はただ、自分の信念と、死者に寄り添う想いに従っただけなのだと思います。
しかし
だからこそ彼は陰徳の人なのであります。

彼は(役人としてのサラリーは得ていますが)何の報いも見返りも望まず
ただ死者のために自分が出来ることを、愚直なまでに完遂しました。
そんな彼に救いと慰めを与えられるのは誰なのか・・・


余談ですけど
実は先日の記事、この映画のための前フリだったのでした (^^ゞ








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by dscorp-japan | 2015-09-10 00:00 | 映画・テレビ | Comments(0)

『 生者は死者のために煩わさるべからず 』

 
表題の言葉は

日本の著名な洋画家・梅原龍三郎氏によるものと記憶します。



・・・この言葉を聞けば
おそらく多くの方が(なるほどその通りだ)と頷かれるのではないでしょうか。

たしかに
私が “ 先立つ人間 ” の立場になっても、おそらく同じように考えることでしょう。
特に私の場合は独り身ですので
私が死ぬときに私の兄弟や友人・知人に過分な迷惑をかけることは出来るだけ避けたいと、たしかに思います。


・・・しかし。
葬儀屋さんをさせていただいておりますと、つくづく思います。
現実的に
まったく“ 煩わせない ”というのは無理、だと思うんですよね。
梅原氏が仰った(とされる)ところの
「煩わせる」という言葉がどの程度までのことを指しているのかは分かりません。
でも少なくとも
人が亡くなったとき、その亡骸は間違いなくこの世に残ります。
亡くなられた方のご遺体を死者ご自身で処理できればいいのですが
残念ながらそんなことは出来ないのであります。

そしてもうひとつ。
死者を見送る立場となる方々の思いです。
生前関わりのあった方々の、死者に対する思い。
仮に『煩わさるべからず』という表現が
“ 私の死などで心を煩わせるな ” という意味だとしたら、それもまた無理なことなのかもしれません。

大切な人を亡くせば、人は嘆き悲しみます。
大いに心をかき乱され、悲嘆の淵に突き落とされもします。
死者が何を言い残そうと、私たちはそうなってしまうのです。

悲嘆に暮れながらも
私たちは死者を弔う行為を通して、大切な人の死を受け入れようとします。
そのプロセスこそがグリーフワークであり、お葬式であります。
もちろん、その弔い方は自由です。
しかしどのような弔い方であれ
遺された人間は、亡くなった人の為に心と時間を割くのです。


再度申しますが
『煩わさるべからず』という言葉の指す程度は分かりません。
しかし
私の考えで申しますなら
人は誰でも、死ねば大なり小なり “ 煩わせてしまう ” のです。
そして
私たちはそれを殊更に(申し訳ない)と考える必要はないのだと思います。

弔いとは人間の営みであり、愛の行為なのだと思うからであります。






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by dscorp-japan | 2015-09-08 16:27 | 葬儀 | Comments(2)

『 十字架 』 重松 清

 
先日、いただいたコメントの返信に
「今、読んでいます」とお答えいたしましたので・・・m(_ _)m

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講談社文庫(¥648+税)

いじめを苦に自殺したあいつの遺書には、僕の名前が書かれていた。
あいつは僕のことを「親友」と呼んでくれた。
でも僕は、クラスのいじめをただ黙って見ていただけだったのだ。
あいつはどんな思いで命を絶ったのだろう。
そして、のこされた家族は、僕のことをゆるしてくれるだろうか。
吉川英治文学賞受賞作。
(文庫本背表紙説明より)



・・・「いじめ」を扱った小説です。
「娯楽小説」と呼ぶには、あまりにも重たいテーマの小説です。
こんな私でも
最初こそベッドに寝そべって呑気に読んでいたのですが、いつしか半身を起こして、襟を正すような思いでページをめくっておりました。

本作の大きな特徴のひとつとして
「いじめ」を、直接的な加害者や被害者以上に「いじめの傍観者」となった人物に焦点をあてているというところだと思います。

主人公は、自殺した少年に「親友」と名指しされた少年。
かつてはお互いによく遊んでいた仲だったのが
中学にあがって以降、なんとなく疎遠になってしまった。
中学二年になり、同じクラスの “ かつての友人 ” がいじめに遭うのを知りながら
主人公は他のクラスメイトと同様、傍観者となった。
ある日突然、かつての友人は自ら命を絶った。
そして
彼の遺書に主人公は「親友」として、その名が記されていた。
かくして
主人公の少年は「傍観者の代表」にさせられてしまった・・・


本作を読み進めるなか、何度も思ったことがあります。
(本作執筆の過程で、重松さんはさぞや苦しまれたことだろうな)
物語の原作者である以上
登場人物それぞれの思いに心を重ねなければ、こんなに深く心情をあぶり出すことなど出来るわけないのであります。
こと本作において
「登場人物の思いに心を重ねる」という行為が、いかに苦痛を伴うものかは想像に難くないのであります。

文庫本の最後に
『文庫本のためのあとがき』として、作者ご自身が本作執筆の経緯を記されています。
そのなかに、こんな一節があります。

(以下抜粋)
秋の二週間、集中して書いた。
頭から川に跳び込んで、潜ったまま対岸まで向かうように
このお話のことだけを考え、すべての時間を執筆に費やして、途中の息継ぎなしに書き上げた。
そんなやり方でお話を書いたのは初めてだったし、今後もないだろう。
(後略)


・・・本作は、そうして書かれた作品だということです・・・


タイトルの『十字架』とは、誰にとってのそれなのでしょう?

いじめに遭い、自ら命を絶った少年。
いじめを行った加害者の少年たち。
いじめを見ていながら何もしなかった、主人公を含めたすべての傍観者たち。
担任の教師と学校。
加害者と被害者それぞれの家族たち。

・・・おそらく、これらすべての人の十字架なのでしょう。

たったひとつのいじめが
これほどまでに多くの人に十字架を背負わせてしまうということなのでしょう。


しかし一方で
タイトルの『十字架』は最後の最後、ほんのりと優しい表情も見せてくれます。
それが救いなのかどうか、私には分かりません。
ただ私には
「それでも生きろ!」と十字架が語りかけているような気がしたのでした。


来年、本作が映画化されるそうです → 公式HP






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by dscorp-japan | 2015-09-03 00:00 | | Comments(0)

『 To France 』 ブラインド・ガーディアン

 
ここで再三申しておりますように
私はハードロックやへヴィメタルを聴きますが、ジャーマンメタルや北欧メタルはちょっと苦手なんですね。
インギー様(イングヴェイ・マルムスティーン)とか
かぼちゃ(ハロウィン)とか電磁波(ガンマ・レイ)とか
イマイチ私の好みには合いません ^^;
サソリ団(スコーピオンズ)だけは好きなんですけど。

だから
ドイツや北欧のメタル系はあまり聴きませんし、知識もありません。

したがって今回の記事は
「ジャーマンメタルがこんなんやってまっせ!」
という、ただの小ネタなのであります (^^ゞ

            ♢

マイク・オールドフィールドが好きな方ならきっと
多くの方々が大好きなはずの名曲『 To France 』。

牧歌的でアイリッシュの香り漂うイントロ。
マギー・ライリーの透き通ったヴォーカル。
印象的なアコギソロと、マイク独特のエレキギターソロ。
個人的には

ヨーロッパ各国で大ヒットした『 Moonlight Shadow 』以上の名曲だと思っております。

それがこちら。


この上なく美しいこの曲を
ジャーマンメタルバンドのブラインド・ガーディアンが演奏すると・・・



何となくですけど
ほんの少し、映画『ブレイブ・ハート』みたいな世界観を醸し出してる感じがします。

・・・まァ
「こんなのもありまっせ」ってなお話でしたッ m(_ _)m






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by dscorp-japan | 2015-09-01 01:25 | 音楽 | Comments(7)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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