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それもひとつの生き方

 
私は下戸なので分からないのですが・・・(^^ゞ


お酒のお好きな方って大勢いらっしゃいますよね。
よく
「あぁ、この一杯の為に生きてるんだなぁ~」
なぁんてセリフを聞くことがあります。
お好きな方々にとっては
生きていくうえで、なくてはならないものなのでしょうね・・・

            ♢

今担当させていただいているお客様のお話。
故人様は(ご家族が仰るには)お酒が元でお身体を悪くされ、お亡くなりになられたのだとのことでした。

「病気が発覚してからも
私たちの目を盗んででもお酒に手を伸ばしていたんです。
それこそ(亡くなる)直前までと言っていくらいに」

ご家族様にしてみれば、さぞやご心配な日々だったことでしょう。
おそらくご本人の闘病中の飲酒について
窘(たしな)められたこともしばしばだったかと思います。

しかし、ご家族はこうも仰いました。

「これが父の本望だったのでしょう」

そして
ご子息様のこの一言がご家族皆様の、何よりの慰めだと思うんですね。

「父は幸せ者だったと思います」

            ♢

私の悪友:牧政さんもまた、無類のお酒好きです。
もっとも彼の場合 “ 泡の出るお茶 ” 専門ですけど(笑汗)
その昔
牧政さんからお聞きしたセリフがあります。

「お酒で死ぬのは本望。
でも、タバコで死ぬのはイヤだなぁ」

聞きようによってはアホなセリフです ^^;
だったら
少なくともタバコは止めろよ!って話ですよね(オマエが言うな!)


それはともかくとして・・・

故人様の生き様をお聞きするに及び
私もまた、故人様はお幸せだったんじゃないかと思うんです。
大好きだったお酒を、生涯の最後まで口にし
その喜びをかみしめながら生涯を終えることが出来たのですから。
そしてそれ以上に
そういうお父様のことを「幸せ者」と仰って下さるご家族がいらっしゃったのですから。

いま、故人様の枕元に
コップ一杯のお酒が手向けられています。
最後の一杯、であります。





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by dscorp-japan | 2015-05-31 15:53 | 葬儀 | Comments(6)

気遣い

 
仮に
大切な方を亡くされたご家族がいらっしゃったとします。

ご家族は最愛の人を亡くされた悲しみのなか、お葬式の準備をします。
葬儀屋さんとの打ち合わせで
お葬式の基本方針として「香典は例外なく辞退する」と決められました。
葬儀屋さんからのアドバイスもあって
関係各所に訃報案内を回す際「御香典はご辞退申し上げます」との一文を添えられました。

徹底した訃報連絡の甲斐あって
通夜~葬儀において、御香典を用意された参列者はあまりいらっしゃいませんでした。
ごく一部の方が受付で御香典を出されはしたものの
受付係からあらためてご遺族の意思を伝えられ、参列者は懐に収めました。

無事にお葬式が終わり
遺族としての責任を果たした安堵からくる疲労もあり、ご家族はご自宅で静かに過ごされていました。

すると
お葬式後早々に、ご自宅へ訪ねてこられる方々がありました。
それも結構頻繁に。

ある方は
「昨日はお葬式に参列できなくて申し訳ありませんでした。
ご迷惑でなければ、お線香を上げさせてください」
と仰り

ある方は
「昨日まで大変だったから元気にしてるかしらと思って」
と仰り

そして、ある方は
「『香典辞退』だったからお葬式では引っ込めたけど
これは私の気持ちだから、やっぱり受け取ってもらわないと」
と、あらためて香典を差し出されました。
ご家族は
「いや、香典辞退ですので」
「これは私たち家族全員の意思ですから」
とお答えするも
「お返しとか全然気にしなくていいから、どうか受け取ってちょうだい」
と、ご家族の手に香典を握らせようとします。
頑なに断ることは相手に失礼かと考えたご家族は
躊躇しながらもその御香典を受け取られました。


・・・かくして
ご家族は香典返しの手配をする必要に迫られるのでした。

「『お返しは要らない』と言われても
そういうわけにもいかないじゃないですか・・・」

            ♢

「気遣い」とは
相手の立場になって物事を考えることが基本です。
自分が相手の立場だったらどう思うか。

「ならばオマエだったらどうするのか?」

ご家族が「香典辞退」と仰っている以上、私はそのご意思を遵守します。
仮に他の方が香典を出していたとしても、です。

葬儀後のご自宅訪問も、私は避けます。
自分が訪問することで
ご家族が私に気遣うことを避けたいからです。

ご自宅訪問するくらいなら
私なら、ご家族にお手紙を出すと思います。
ご家族への慰めの言葉をかけたいのなら
或いは私自身の故人様への思いをお伝えしたいのなら
手紙の方が相手の負担になりにくいと考えるからです。


・・・私の考え方が正解だとは申しません。
ただこれは
葬儀屋さんとしてご遺族様と関わってきた、私自身の経験則に基づくものです。









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by dscorp-japan | 2015-05-27 00:00 | 葬儀 | Comments(4)

へヴィメタルとハードロックの境界線?

 
少し前から騒がれてますよね~
例の、青山学院大学さんの一件。

私は『相模原祭』実行委員会の方針に口を出す立場にありません。
今はそれほどでもありませんが
私が小中学生だった頃、ハードロックやへヴィメタルといったジャンルの音楽って
「悪い子」たちの音楽というレッテルが貼られていたように思います。
たしかに爆音でウルサイといえばウルサイし(笑汗)
演奏している方々も、何となく強面に見えたりしたものです。
実際、私も子どもの頃は(何かコワい兄ちゃんたちだなァ)と思ってました。

・・・でも数年後にはそういうのを聴いて嬉々とすることになるんですけど ^^;


いずれにせよ
「ご老人や子どもさんたちが怖がるから」という理由で(屋外での)へヴィメタルの演奏は禁止するという措置が為されたということですが・・・

ただ
(これは他の方々も仰っていることですけれど)
ひとりのハードロック&へヴィメタル好きの中年オジサンとして思うのは
「実行委員会さんは、どうやってへヴィメタルか否かという判断を下すのか?」
ってことですよね。

だってネ
へヴィメタ好きの私でさえ、その境界線って曖昧だと思いますもの。

一応、私の個人的な見解として
へヴィメタルの実質的な元祖はブラック・サバスだと考えてます。
バンド名からして『黒い安息日』ってなくらいですから
特にキリスト教的見地からすれば、かなり背徳的なイメージはありますよね。
でも彼らの曲って
いわゆる現代の一般的なへヴィメタルと比較すると、それほど「へヴィ」でも無いんじゃないかと。
レッド・ツェッペリンこそがへヴィメタルの元祖」
という意見もあるらしいけど・・・
私のなかじゃメタルとは違うと思うけどなぁ。
一方では
あのクイーンでさえ「へヴィメタル」にカテゴライズされることがあるし。

あ、そうそう!
私の好きなベビーメタルはどう判断されるんだろ(笑)


・・・何か屁理屈こねてるように思われそうですけど・・・ (^^ゞ

結局ネ
音楽をカテゴライズするってこと自体に無理があると思うんですよね。
へヴィメタ・バンドにだって美しいバラード曲はあるわけだし
誰もが認めるプログレッシヴロック・バンド:エマーソン・レイク&パーマーがクラシックの『展覧会の絵』を演奏して、ライヴ盤の名盤と称されてる。
彼らの『展覧会の絵』なんて、かなりへヴィメタル的アプローチのパートもあるし。

「へヴィメタルか否か」
その判断って、あくまでも個々人それぞれに委ねられるものだと思います。

・・・誰もがへヴィメタルと認めるであろうバンドや曲って
一体どれだけあるんだろ・・・?






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by dscorp-japan | 2015-05-26 00:00 | ニュース | Comments(0)

ペンテコステ(聖霊降臨)の祝日

 
東方教会を除く多くのキリスト教において
今日はペンテコステ(聖霊降臨)の祝日であります。
プロテスタント教会では『ペンテコステ』と呼び、カトリック教会では『聖霊降臨の祝日』と呼ぶのが一般的です。

特にカトリック教会で捉えられている聖霊降臨についてはコチラをご参照ください。
 → http://www.pauline.or.jp/calendariocappella/cycleB/b_pentecost.php

教会の典礼としては非常に大切な祝日なんですけど
ただいまウチはお葬式のお仕事が立て込んでいて、主日礼拝とかミサとか出てる余裕が無い。
まァ、サボる言い訳が出来たんでそれはそれで良しなんですけど (^^ゞ

            ♢

「一体『聖霊』とは何ぞや?」

・・・正直、私もよく分かりません ^^;

聖書には「炎のような形をした舌」とか書いてありますけど・・・何それ。
もちろん私はそんなもの見たことないし
「舌」とか言われたって、全然イメージ湧かないんですけど。


・・・ただですね
(ここからはあくまでも個人的な見解です)
聖書の記述はともかくとして、個人的な勝手なイメージは
「神様は間違いなく私たちを見守ってくださってるんだよ~」
という、教会としての具体的な「神の愛の提示」ということなんじゃないかと思ってます。

私は
キリスト教って “ ご利益宗教 ” ではないのだと思ってます。
「神様は私たちの願いをすべて叶えてくださる」
なァんて都合の良い宗教ではないんじゃないの? と。

でも
「叶えて」はくれないこともあるけど(それもしょっちゅう!)
間違いなく、私たちの身勝手なお願いや希望を「聞いてる」のは間違いない、と。
キリスト教の信仰は
「神は間違いなく私たちすべての人間を愛して下さっている」ことを信じる、信頼することが前提だと思っています。
だから
私たちの思いや願い(たとえそれが利己的なものだとしても)を込めたすべての祈りに、神様は耳を傾けて下さっていると信じることが、キリスト教の信仰じゃないかと。

「聞くだけ聞いて叶えてくれないって、その神様ってどうなのよ?」

・・・まァ時々私もそう思いますよ。
空を仰いで「一体何してくれてんねん!」と愚痴ることなんてしょっちゅうです ^^;


でも、私はこう考えます。

きっと神様にしてみればね
私たちの祈りや願いのすべてを叶えることなんて容易いことなんだと思うんです。
なんたって「全能」っつうくらいですから。
でも、どうやら神様には神様の考えがあるらしい。
私たちの理解を超えた、なんかよく分からんけど考えがあるみたいだぞ、と。

「お前らが苦しんでるのも悲しんでるのも知ってるし
お前らの願いも祈りも、全部ちゃんと聞いてるって。
そりゃお前らにすりゃキッツイこともあるけど
最終的には悪いようにせんから、オレのこと信じとけ!」

・・・なァんて声が聞こえたなんてことはございませんけど (^^ゞ


神に信頼を寄せることで
身の回りに起こるすべての事象を受け入れ、その意味を考えることができる。

その
神への信頼の「助け」こそが『聖霊』なのではないかと、勝手に思ってマス。


「だったら空見て愚痴る必要ないじゃん」

・・・だァからァ
私は信仰が足りないって認めてるじゃないですかぁ(笑)






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by dscorp-japan | 2015-05-24 11:53 | キリスト教 | Comments(0)

叙階カード制作過程(笑)

 
相変わらずネタが無い(とういか書けるネタが無い)ので
先日描きました片岡神父様の叙階記念カードの制作過程をご披露します(^^ゞ
(こんなことまでやって記事を埋めるのか?)

・・・えっと
私は基本、下書きというものをしません。
もちろんデッサン力に自信があるからではなく
ただ単に面倒臭いからデス。
ちょっとだけ真面目に申しますなら
鉛筆とかで下書きして、その跡が残るのがイヤなんです。


最初に何となく好きな色を塗ります。
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殆ど見えねェ・・・^^;

a0153243_22432045.jpg
何じゃこりゃ、ですよね ^^;


・・・でもこれで良いんです、私の場合。
こうやって何となく色を置いてるうちに
これも何となくですが、構図が決まるんです。

a0153243_22421738.jpg
まだ何やってるか分からん(><)

a0153243_22422081.jpg
おぉ?地平線か?

しっかし適当ですよね~
(片岡神父様、ゴメンナサイ)

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何となく左に人っぽい影が・・・?


で、いきなり加速してこうなる、と。

a0153243_22422518.jpg
左の人だけ描いてどうすんの(笑汗)


しかも右の人のデッサン、全然なってないし。
差し出す手のひらも逆だし。

とにかく
その後こねくり回して、何となくこうなる、と。
a0153243_22492652.jpg
まだ途中だけどネ


で、最終的に出来あがったのがこれ、と。

a0153243_22530198.jpg

・・・私の描き方って
無駄に時間がかかるんです。
ちょっ色を乗せては乾かし、の繰り返しです。
だから
作業自体は大したことしてないんですけど、時間だけはかかる、と。

しかし
人間は苦手だァ~(><)
誤魔化しがきかないから、デッサン力の無さが如実に表れちゃう。

やっぱ私の場合
花とか風景とか、誤魔化しのきくヤツを描くに限ります (^^ゞ






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by dscorp-japan | 2015-05-23 00:00 | 絵画 | Comments(6)

葬儀式場案内板が禁じられた影響

 
葬儀屋さんそれぞれによってその呼称は異なるようですが
要は、葬儀式場の場所を案内する為に道端などに設置される看板のことです。
「○○家葬儀式場」とあって
矢印で方向を示してあったりする、あれです。

他のエリアの現状は存じ上げませんが
ここ名古屋エリアでは、めっきり見かけなくなりました。
つまりこれ
名古屋市を含めたいくつかの自治体が
条例として、お葬式用の看板を公道などに設置することを禁じたためであります。

私個人としては、この条例に反対するつもりはありません。
まず何より
あの看板って、激しい風なんかに煽られると危険です。
もちろん葬儀屋さんはその対策を講じたうえで設置するんですけど、完全ではない。
一方で
葬儀式場を調べるのなんて、今じゃナビでもスマホでも検索できます。
葬儀式場の案内を近隣道路に設置する意味は、今や希薄だと思います。
たしかに、要らない。


ただ一方で
営利企業としての葬儀屋さん的目線から考えると
「近隣道路への案内看板が設置できない」という現実が、お葬式の小規模化を加速させているという一面もあるような気もしています。


少し前、こんなお客様がいらっしゃいました。

「教会でお葬式をしたいんですけど
町内の方とか、場所が分かりにくいので家族葬にします」

そのお言葉を額面通りに取るつもりはありません。
元より家族葬を希望されていらっしゃったのかもしれませんし。

ただ、こうも仰ったんですよね。

「だって今って、道路の案内看板は出せないんですものね?」

・・・じゃ、仮に案内看板が出せるのならご町内の方もお呼びするのか?
もちろん、そこはお尋ねしておりません。
現実に、今は条例で出せないのですから・・・

            ♢

先日
ウチの事務所に何十枚もある道路案内板を整理して、一部を残して別棟の倉庫に移しました。
使う頻度が激減した以上、当然の措置であります。

その作業中、ウチのスタッフが言ったこと。
「俺たちが葬儀屋に入って
最初にやらされた仕事って、道路看板の設置と撤去だったよなァ・・・」


これも時代の移り変わりということでしょうかネ・・・







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by dscorp-japan | 2015-05-21 00:00 | 葬儀 | Comments(0)

『 Octavarium 』 ドリーム・シアター

 
・・・もう正直言って
ドリーム・シアターの現在には、あまり興味がありません。
なんかもう、私の中では(終わったなァ)というのが正直な気持ち ^^;
やっぱり
実質的なイニシアチヴを執っていた凄腕ドラマーのマイク・ポートノイが脱退したのが大きいのかなァ・・・

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2005年発表

・・・なかなか美しいジャケットで、私は好きです。


タイトルからも分かる通り
彼らにとっての、8枚目のスタジオアルバムです(ミニ・アルバムを除く)。
彼らは「8」或いは「オクターヴ」に、相当な拘りを持って本作に挑んだようです。
(詳しくはウィキペディアの記述をご参照ください)
プログレッシヴ・へヴィメタルバンドとしての円熟期を迎えた彼らが
自身のルーツである古き佳きプログレッシヴ・ロックを、自分たちなりの解釈で表現したアルバムと言えると思います。

で、私がこのアルバムで好きな曲が
アルバムタイトルでもあり、アルバムの最後を飾る、この曲です。
(24分の曲ですが・・・)




プログレッシヴ・へヴィメタルというより
プログレッシヴ・ロックとしての色彩が強い曲です。
おそらく彼らもそのあたりは意識したのでしょう
殊更に大音量でテクニックをひけらかしたり
目まぐるしい変拍子を多用することは控えめです(前半は)。
個人的には
特にピンク・フロイドとジェネシスあたりの影響が大きいように思います。
あとはスポックス・ビアードかな。
かなり冗長に思える曲の長さも
これまたプログレの常套手段であります(笑汗)

そうは言っても
やはりドリーム・シアターはドリーム・シアター。
後半はやっぱりやらかします、高速変拍子と超絶テクニック!
まァこうじゃないとドリーム・シアターじゃないわけなんですけど ^^;






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by dscorp-japan | 2015-05-20 00:00 | 音楽 | Comments(0)

『 悪魔憑き 』と『 解離性同一性障害 』

 
最初に申し上げておきます。
私の父親は精神科医ですが、もちろん私は精神医学に関してはド素人であります。
あくまでも、ド素人の思いつきの記事だということをご了承ください。

            ♢

先日ご紹介した本『プリズム』のなかでも
ほんの少しだけ悪魔祓い(エクソシズム)に関する記述がありました。
つまり
解離性同一性障害の患者(いわゆる多重人格者)を
悪魔祓いの儀式を通して、その交代人格を統合させるといった試みです。
ただし、現在はこの療法は危険を伴うとして否定されているとのことです。


私は
多重人格者にも、いわゆる悪魔憑きと思われる人にもお会いしたことはありません。
おそらく多くの皆さんと同じで
私にとっては、映画や書物のなかに描かれる、半ば「都市伝説」のようなものです。

・・・でも
『解離性同一性障害と悪魔憑きとの関連』って、興味深いですよね。

たしかに
悪魔憑きのような言動の人をみて
すぐに(あぁこの人は悪魔に取り憑かれているんだ)とはならないですよね。
まずは精神疾患を疑うのが妥当でしょう。
キリスト教をはじめとした宗教に頼る前に
まずは病院に行くことをお勧めするべきでしょう。

            ♢

ただ一方で私
「悪魔憑きと思われる人と対峙したことがある」と仰る神父様を知っています。
それもおふたり。
その神父様方の固有名詞は公表しませんけれど
おふたりとも、嘘を仰っているようには思えません。
おふたりとも多くを語ることはありませんでした。
しかし「そういう事例はたしかにある」とは仰いました。

映画『エクソシスト』『エミリー・ローズ』 『ザ・ライト』などで描かれていたことが、本当にあるのだと。
特に『ザ・ライト』で描かれていたことに
おふたりの神父様のうちのおひとりが
「あれで描かれていたことにはある程度の信憑性がある」と仰っていました・・・

            ♢

解離性同一性障害と悪魔憑きとの区別がどこなのか、私にはさっぱりわかりません。
おそらく限りなく100%に近い確率で、悪魔憑きではないのでしょう。
しかし完全に0%ではないのかもしれません。

こんな本もあることですし。







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by dscorp-japan | 2015-05-18 00:00 | キリスト教 | Comments(0)

『 プリズム 』 百田尚樹

 
相変わらず本は読んでるんですけど
(・・・これは!)という作品になかなか出合えておりません。

本屋さんでいろいろ物色して
自分の知らない作家さんを探し当てるのが楽しいんですけど
どうにも “ 当たり ” が引けず、結局は(この作家さんなら)という安全牌を選ぶ、と。

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幻冬舎文庫(¥690+税)

ある資産家の家に家庭教師として通う聡子。
彼女の前に屋敷の離れに住む青年が現れる。
ときに荒々しく怒鳴りつけ、ときに慣れ慣れしくキスを迫り、ときに紳士的に振る舞う態度に困惑しながらも、聡子は彼に惹かれていく。
しかしある時、彼は衝撃の告白をする。
「僕は、実際には存在しない男なんです」。
感涙必至の、かつてない長編恋愛サスペンス。
(文庫本背表紙説明より)



たまたまというか
いま、いくつかのテレビドラマで精神疾患の人物を登場させる作品がありますよね。
巨匠・ダニエル・キイス原作の『アルジャーノンに花束を』も放映されてます。
(私は観てないけど)

・・・ダニエル・キイスといえば
『24人のビリー・ミリガン』も書いていらっしゃいますね・・・

つまり
本作『プリズム』もまた、解離性同一性障害をテーマに組み込んだ作品であります。
聡子が恋をした相手は
本来の人格である広志ではなく、交代人格のひとりである卓也であった、と。
そこからはじまる
いわゆる “ 出口の無い ” 恋に落ちた聡子と卓也の苦悩を描いた作品です。


個人的な感想ですが
本作に関していえば、物語の結末よりも、そこに至るまでに描かれるプロセスがとても面白かったし、考えさせられました。
交代人格のひとりであることを自覚する卓也や、その他数名の交代人格たちの抱える苦悩と
いつ、本来の人格である広志に統合されるかも分からないという恐怖は
(たとえが適切ではないかもしれませんが)
ある意味、死刑宣告を受けた人間の心境のような気もします。
すでに死刑は確定しているが、いつ執行されるか分からない。
すると当然、交代人格たちは何とかしてその執行を食い止めようと考える。
聡子は聡子で
他の交代人格のことはさておき、愛する卓也の人格だけは守ろうとする。
甚だ身勝手な考えだと聡子も自覚するのですが
・・・しかしそれが恋なのだ、と。


『感涙必至』とありますが
正直、私は泣くまでには至りませんでした。
ただやはり
本作全編の根底に流れる哀しみには、心が締め付けられました。

            ♢

本作の内容とは直接関係ないかもしれませんが・・・

今や「作家・百田尚樹」は、超有名人であります。
そのご尊顔も言動も、たびたびマスメディアに取り上げられます。
すると私たちは
彼の作品を読む際に、否が応でも彼の人物像が脳裏によぎってしまうんですね。

百田さんのにこやかな表情
底抜けに明るいキャラクター
関西弁で早口に話す彼の声・・・

・・・正直、これがときに邪魔になる ^^;
(本作のいう『感涙必至』が邪魔されたのも、もしかして・・・)

もちろん私の知る限りにおいて
彼の作品には素晴らしいものが多いと思います。
安心できる作家さんのひとりに数えられると思います。

・・・でもやっぱり
小説家って、あまり顔出ししない方がいいんじゃないかなぁというのが私の意見デス。






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by dscorp-japan | 2015-05-17 13:22 | | Comments(2)

せめて連絡を

 
これもまた
葬儀屋さんならおそらく多くの方々がご経験済みかと思います。

つまりはこんなことです。

「病院でお亡くなりになられた方の搬送依頼が入り
(それもかなりタイトな時間指定で)
大急ぎで病院に到着すると・・・
病院スタッフから『搬送は二時間後にして下さい』などと平然と告げられる」

急かしておいて
いざ時間通りに現着すれば「待て」と告げられる (><)

もちろん大多数の病院の場合
指定時間の変更があれば、何らかの連絡をいただけるんです。
しかし、ごく稀にではありますが
何らの連絡も無いまま、現着してはじめて告げられるというケースがあるんです。

それでもまだ
「すみません、こちらの事情で」などの一言もあれば溜飲も下がるというものですが
何らの詫びもない病院も・・・

・・・もしかして
葬儀屋さん、下に見られてるのでしょうか。
「葬儀屋なんか待たせておけ」的な・・・?
(これは葬儀屋さんの被害妄想かもしれませんけど)

いや
仮にそうであったとしてもです。
最終的なその煽りを受けるのは他ならぬご遺族様だということを、病院側も理解すべきだと思うんですね。

            ♢

以前勤めていた葬儀社時代に私が病院にお迎えに伺った際
ご遺族様は諸般の事情により、最短日程での葬儀をご希望されていらっしゃったんです。
かなりタイトなスケジュールとなるため
故人様をお迎えに伺うのと同時進行で菩提寺のご住職と日程調整をすすめ、火葬場も押さえ、葬儀の日程を決定したんです。
で、病院に到着すると、ただ「待て」と。
しかも「どれだけ待てば?」と尋ねるも「分からない」と。
・・・結局、4時間待たされました。
お葬式の日程も延ばす結果となったんです。

たとえば病理解剖が入ったとかなら分かります。
しかしそのケースの場合
何故待たされたのか、ご遺族様にお尋ねしても分からないままでした・・・

            ♢

・・・これはかなりレアケースかもしれません。
もちろん病院側にもいろいろな事情があることでしょう。
しかし
せめて連絡だけでもいただければ、と思うんですね。

「葬儀屋は待たせておけ」
はつまり
「遺族は待たせておけ」
に繋がるのだということです。








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by dscorp-japan | 2015-05-16 21:46 | 葬儀 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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