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『 一周忌は亡くなった一年後なのに、どうして三回忌は二年後なのですか? 』

 
 一周忌や三回忌、七回忌など、これらは仏教の年忌であります。
 故人の祥月命日に、主に家族や親族が故人を偲ぶ法要を行うべき日、とされています。
 ここで一周忌と三回忌以降の呼称を比較してみますと、一周忌は「周」という文字がつかわれているのに対して、三回忌以降は「回」という文字になります。
 一周忌の「周」は「〇〇周年」の「周」と同義でありますから「亡くなってから一年が経ちました」という意味になります。対して三回忌以降は「(実際に亡くなった日を含めた)三回目の記念日」を意味します。
 仏教の年忌では三回忌以降を数え年で計算するので、三回忌以降は実際の経過年数とずれが生じるということです。

因みにキリスト教各宗の年忌法要に相当する儀式はというと、一般的に亡くなった日を「昇天記念日(プロテスタント)」或いは「帰天日(カトリック)」として「記念集会(プロテスタント)」「追悼ミサ(カトリック)」を行うことができます。
詳しくは所属教会の牧師・司祭にお尋ねください。





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by dscorp-japan | 2015-04-29 00:00 | 葬儀 | Comments(0)

サンダーバード2号

 
連日の現場仕事でクタクタの私。
ブログ更新も滞りがちな昨今でありますが
自ら更新頻度のハードルを下げちゃったので、まァ気にしないっと (^^ゞ


で、今日は
幼少の頃大好きだった『 サンダーバード2号 』のご紹介 ♪

私たち世代の人間(特に男子)は
まァ殆どの人が、テレビ番組『サンダーバード』を観ていたはずです。

この番組に登場するカッコいいメカ陣のなかで、一番人気が高かったのがサンダーバード2号。


a0153243_01303653.jpg
ボディ色と形状から「カエル」とか「カメ」とか言われてたような気が・・・(笑)


おそらく私たちの世代の多くの人が
このサンダーバード2号のプラモデルを一度は作ったのではないでしょうか。
多分私の場合、5~6回は同じプラモデルを買っては作ったはずです。
サンダーバード2号のキモは
何といっても「多彩なメカを搭載したコンテナを入れ替えては出動する」というスタイル。
プラモデルでもそこはちゃんと再現されていて
『サンダーバード4号』とか『ジェットモグラ』とかを格納できるようになっていたと記憶します。


ということで
サンダーバード2号の出動シーン動画がありましたので。




・・・カァッコイイじゃありませんか!

そりゃ~ツッコミどころは盛り沢山ですよ ^^;

「逆さまにスロープを降りたら頭に血が上るじゃねェか!」
とか
「コックピットに入ってから着替えるんかい!」
とか
「わざわざ倒すんならヤシの木なんて植えとくんじゃねェ!」
とか
「そもそも救助に行くんだからもっと急いで行かんかい!」
とか・・・(笑汗)


・・・しかし!
そんな野暮なことを言ってはいけないのです。
この
いちいち面倒臭いプロセスこそが、サンダーバードの真骨頂なのであります。

そして
この番組が制作されたのが1965年~1966年だったという事実!
あの時代に、ですよ?
これほどのクオリティの特撮番組が作られていたという事実には、今だからこそ驚かされるところなのであります。


・・・でも今になって考えてみると
サンダーバード2号って、要は貨物機なんですよね(笑汗)





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by dscorp-japan | 2015-04-28 13:51 | 好き | Comments(11)

私はB

 
物心ついた時から、ではありません。
しかしおそらく
小学校の高学年あたりからずっと、私は「B」であります。
あの絶妙な粘り感というか、程よい柔らかさが好きなのです。
私のキャラにも合っているような気がしています。

あれより固いのはいけません。
私には物足りなく感じます。
線が細いし、薄いのです。

ならば逆ではどうでしょうか。
逆は逆で、さすがに少々クドイように感じます。
ちょっと暑苦しいようなイメージもあります。


・・・あ
血液型の話ではありません。
鉛筆の話です (^^ゞ


私の場合
文字を書くときも
何らかの絵を描いたりする時も「B」を使います。
やや柔らかいタッチの書き味を好みます。

「絵を描くからだろう」

そういうこともあるかもしれませんが
かといって
絵を描く時でも、基本的に「2B」以上は使いません。
使いこなせないんです、私には。
どうにも濃すぎていけません。

だからというか
彩色する絵を描くとき、鉛筆で下書きはしません。


シャープペン(今は『シャーペン』と言うんですね)は好きじゃありません。
一応は持ってますけど。
でも、その芯も必ず「B」です。
大抵、買ったときには「HB」が入っていますけど
必ず替え芯の「B」を買って、それに入れ替えます。
中・高・大と、必ずそうしてきました。
それでも鉛筆の「B」があれば、そちらに手が伸びます。

「B」の
ほんの少しだけ芯先が丸いくらいがちょうどいいです。


「B」って
程よい温かみがあるじゃないですか。





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by dscorp-japan | 2015-04-23 00:00 | 好き | Comments(4)

葬儀屋さんの思う『在宅死』のメリット

 
昨日の記事に関連して。

※ 今回はあくまでも葬儀屋さんとして思う意見であります (^^ゞ


もちろん一概には言えないんですが
基本的に、病院や介護施設等でお亡くなりになられるケースよりは、ご家族が「慌てる場面が少ない」といえるように思います。

病院や施設等でお亡くなりになられた場合
ご家族は早急に「亡くなられた方の搬送」を考える必要に迫られるはずです。
ここで再三申し上げておりますように
多くの病院(特に大病院など)は、出来るだけ迅速にお亡くなりになられた方の搬送をすすめるよう、ご家族に打診してきます。
これも一概には言えませんが
死亡確認がされてから約1時間ほどで死後処置が終わり、その後凡そ1~3時間以内に搬送してほしいというところが少なくない。
(これが「葬儀屋さんが待った無しのお仕事」である理由のひとつでもあります)

このわずかな猶予時間で

・(故人様を)どこへ連れて帰るのか
・ どの業者(≒葬儀社)に搬送を依頼するのか
・(帰り先が自宅の場合など)搬送先の受け入れ準備は完了しているのか

といったことを考え、これを実行することになります。

対して在宅死の場合はというと
まず、上記手続きに追われる必要が無い。
踏むべき手順といえば

・(医師が看取っていない場合)医師への連絡
・(葬儀を司式する)宗教者への連絡
・ 依頼する葬儀社への連絡

とりあえずはこれだけ。
そしてこれらの連絡も
(医師への連絡以外は)殊更に慌てる必要はありません。
たとえば夜半にお亡くなりになられた場合
(御遺体の状況にもよりますが)
ご家族がお葬式を早急に進めたいなどの特段の理由がなければ、翌朝を待ってからでもさほど大きな問題はないはずです。

お葬式の規模・形態をどうするのか。
喪主には誰が立つのか。
どこまでの範囲で参列者をお招きするのか。
お葬式の式場はどこにするのか。
依頼する葬儀社をどこにするのか。

ある程度腰を据えて考えることが出来ることでしょう。
そして
これらの問題について、ご家族間で意見交換するゆとりもあるでしょう。
決して「病院死亡ではそれが出来ない」ということではありません。
在宅死の方が、そのための時間を「より取りやすい」ということです。


大切な人の死からはじまる「弔い」の準備のスタート時点で
病院死亡では発生し得る様々な事案に慌てる必要がない、ということであります。









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by dscorp-japan | 2015-04-22 00:00 | 葬儀 | Comments(0)

『在宅死』に思う

 
ネタ元のニュース記事
   →『在宅死』 愛川欽也さんも選択した最期の迎え方が話題

愛川欽也さんに関する記事を取り上げさせていただくにあたりまして
まずは、愛川さんの魂の安息をお祈り申し上げます。



・・・さて。
実際に “ 話題 ” になっているのかどうかは存じ上げませんが・・・

『在宅死』とは “ 普通の ” 選択肢のひとつであります。
これはなにも今に始まったことではなく
おそらく皆様もご存じの通り、その昔は病院死亡よりも自宅死亡の方が多かったのですから。
因みに名古屋エリアで申しますと
今から20年以上前、私が葬祭業に携わるようになった当初
私の感覚としては「病院死亡:自宅死亡=7:3」といった割合だったかと思います。
あの頃より自宅死亡の率は減っていることでしょうが
昔も今も『在宅死』は普通にあったし、あるんです。

ところが、主に医療技術の発達によって(と、私は思っておりますが)
人がその一生を終える空間が、自宅から病院や施設に変わってきたと。
(何とか生き長らえたい)
或いは
(少しでも長生きしてほしい)
というご本人やご家族の切なる思いが、今の現状を生んでいるのではないでしょうか。
このように考えると
今の現状もまた「当たり前」といえると思うんです。


・・・つまり逆にいえば
今いわれる『在宅死』という選択肢の先には、主に終末医療が前提にあるということです。
「どこで最期を迎えるのか」という問題である、と。

「最期は畳の上で」
殆どの方がそう思われるに違いありません。
「慣れ親しんだ自分の家(部屋)で
愛する家族に看取られながら一生を終える」
・・・これはひとつの理想です。

しかし記事にもあるように
終末期の在宅療養の場合、ご家族にそれなりの負担がかかります。
記事では主に経済的負担がいわれていますが
私の知る限りでは、それ以上にご家族の肉体的及び精神的負担ももちろんですが、その先にある「ご家族の時間が拘束される」という負担が大きいのではないかと思います。
(そういうお客様のお声を幾度もお聞きしてきましたので)

おそらく在宅死とは
昔以上に大きな『理想』になっているのではないかと思います。
死を意識したご本人の思いがあって
その思いを汲み取り、それを叶えるための労を惜しまないご家族の思いと決意が結実してはじめて、それは叶えられるものなのでしょう。


・・・しかし。
では病院で最期を迎えられた方々は在宅死よりも幸せではないのか。
決してそのようなことは無いのであります、断じて。
最も大切なのは「場所」ではない。
そこに流れる「時間」なのであります。
限りある時間を、ご本人がどのように過ごせるのか。
ご本人のために、家族としてどれだけ自分たちの時間を割くことが出来るのか。
そこに尽きるのだと、私は確信します。
そして
その時間をいかに尊いものにできるのかは、ご家族次第なのであります。






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by dscorp-japan | 2015-04-21 00:00 | ニュース | Comments(2)

西経一神父様への関心度

 
このブログの右側をご覧いただくと『記事ランキング』というのがあります。
すでにお気付きの方もあるかと思いますが
先月あたりからずっと、西神父様関連記事へのアクセスがトップ3を占めております。
もちろんこのランキング、私が操作しているわけじゃありません。
ブログ側が勝手にアクセス数をカウントして出すんです。

・・・彼が主役のブログじゃないんですけど ^^;

でもまァ
それだけ彼に対する関心度が高いということなのでしょうね。


昨日の司祭叙階式でも、結構多くの方からお声をかけられたんです。

「西神父様、行っちゃったね」
「私、全然知らなかった!
どうして西神父様、行かれちゃったの?」

・・・何故私に訊く・・・?(笑汗)

そしてこうも。

「寂しくない?」

・・・だからァ(笑汗)
みんな、何勘違いしてんのよ。
別に私は西神父の秘書でもなければ腰巾着でもないんだってば。
それが証拠に
彼が長崎に行かれて以降、私、ただの一度も連絡取ってませんから。

「なんて冷たい」

だァからァ~ ^^;
彼だって新しい職場でいろいろと忙しいでしょうに。
大体ネ
名古屋にいらっしゃるときだって、私からこまめに連絡してたわけじゃありませんから。


とはいえ、です。
少なくとも月に一度は一緒に食事したりしてた「おともだち」ですから
そういう時間が無くなったことはたしかです。
「畏友としての西経一氏と会う」ということと同時に
「カトリック司祭・西経一神父様と会う」という機会が無くなったわけです。
大抵の場合、西神父様と会うときには
カトリック信者として
或いはひとりの人間として、何がしかの質問を投げかけることが多かった私です。
ムダに信者歴が長いくせに
実は基本中の基本、みたいなことも知らなかったりする私ですから
お食事に誘ってもらったりしたときに、いろいろと訊けたわけです。

そういう機会が持てなくなったことは残念、ではあります。


でもね。
昨日の話に戻りますが
私には、新しく司祭になられたおふたりの「おともだち」がいらっしゃいます ♪
こういう言い方は失礼ですが、彼らは私より年下。
結構、恥ずかしいことでも訊きやすいかも。

・・・私、おともだちには恵まれてるんです ♪


おそらくいま
西神父様は長崎南山で、あの独特のキャラで辣腕を振るっていらっしゃることでしょう。
はじめての方々、最初は驚かれるかもしれません。
(こんなんで神父なの?)と戸惑われるかもしれません。

・・・しかし。
やはり彼は彼でスゴイ方です。
カトリック司祭として
教育者として
素晴らしい知見をお持ちの方です。

長崎南山の生徒の皆様、父兄の皆様。
そして教職員の皆様。
西神父様(或いは西校長先生)と、じっくりとお付き合いください。
必ずや、皆様にとって大切な出会いだとお気付きいただけることでしょう。

ということで今日は
長崎に赴任される直前、ファミレスで信者さんにお手紙を書く西神父様の写真を(笑)
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・・・手前の灰皿は私、デス (^^ゞ





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by dscorp-japan | 2015-04-19 00:00 | おともだち | Comments(4)

カトリック名古屋教区・司祭叙階式

 
今日は本当に良いお天気に恵まれました ♪

a0153243_20002063.jpg
昨日もここでお伝えいたしました通り
カトリック名古屋教区において、今日、新しくおふたりの司祭が誕生しました。

片岡義博神父様
北村雅彦神父様
心よりお慶び申し上げます!

おふたりとは
彼らが神学生時代から親しくさせていただいておりました(牧政さんのお世話を通しても!)
楽しい時間を共にさせていただきつつ
一方で、おふたりの司祭職に臨むお考えなども聞かせていただいたうえで、陰ながらお祈りさせていただいておりました。

・・・そして!
待ちに待ったこの日を迎えることが出来たことは、本当に喜ばしいことであります。

見よ!この司祭団の列を!
a0153243_20104217.jpg
司教・司祭及び助祭が侍者の先導によって入堂する様子


いや~めでたい!
本当にめでたい!
次期・カトリック名古屋教区長に着任が決まっている、松浦司教様にも駆けつけていただきました ♪

(叙階式中は写真撮影ができませんでしたのでご了承のほど)

で、式後の司祭団の記念撮影。

a0153243_20163349.jpg
実は司祭団全員じゃありません
(写真嫌いの神父様方もいらっしゃるので)


こういう言い方をすると他の神父様方に失礼かもしれませんが・・・
今日の叙階式は
少なくとも私の知る限りにおいて、特に素晴らしい式だったと思います。
美しく荘厳な典礼であり
希望に満ち、祈りにあふれた叙階式だったかと。


・・・そして
ちょっと手前ミソな話ですが・・・ (^^ゞ

片岡神父様の叙階記念カードの絵を、私が描かせていただきました。

a0153243_20263735.jpg
少し前に書いておりました
「頼まれたお絵描き」とは、このことだったんですね~


片岡神父様、北村神父様。
あらためて、心よりおめでとうございます!
おふたりのうえに、神様の豊かな恵みと励ましがありますように。
聖母マリア様の慈しみが豊かに注がれますように。

そして
また一緒に遊びましょうね~♪
もちろん牧政さんは抜きで!(爆)






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by dscorp-japan | 2015-04-18 20:36 | キリスト教 | Comments(3)

『 ブラザーサン・シスタームーン 』 ドノヴァン

 
さて。
いよいよ明日、カトリック名古屋教区において
おふたりの新しい司祭が誕生いたします ♪

そこで今日は
おふたりの新司祭へのお祝いとして、映画『ブラザーサン・シスタームーン』の主題歌をお送りいたします。

クリスチャンの皆様にしてみれば(今さらこの映画?)と言われるかもしれません。
しかし、やはり本作は超名作です。
そしてドノヴァンの歌い上げるこの曲もまた、名曲であります。




“ 信仰・希望・愛 ”


カトリック名古屋教区・司祭叙階式

日時:4月18日(土)午後2時~

場所:名古屋教区司教座聖堂 カトリック布池教会
   名古屋市東区葵1-12-23
   ℡:052‐935‐6305

※ 駐車場はありませんので公共交通機関をご利用ください


どうぞ皆様
新司祭おふたりの為にお祈りください。






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by dscorp-japan | 2015-04-17 00:00 | 音楽 | Comments(6)

同級生の話 ②

 
前々日の記事内容とはうって変わります。

先日参加してまいりました中学校の同窓会の二次会で
隣の席になった同級生(今度は男性デス)と、しばしお話したこと。

彼は中学三年の時の、おそらくいちばん仲の良かった友人のひとりです。
その彼は一級建築士さん。
高校~大学~大学院と
その道を極めるべく、一生懸命努力した人。
そして現在は、自身の設計事務所を運営する経営者。
昨年はテレビ番組『大改造!劇的ビフォア・アフター』に“ 匠 ” として出演もしてます!

・・・今じゃ畏れ多くて
気軽に声もかけられない雲上人 <(_ _)>ハハァ~


ひとしきり昔話に花を咲かせた後、やっぱり話題はお仕事の話に。
お互いに(一応)会社経営者という立場になりますので
・・・まァ、今後の会社経営の在り方とか、経済社会におけるパラダイムみたいな話でした。

昨年、彼はニューヨークに出向いて
世界経済の中心地であるかの地で、中小・零細企業や個人商店がどのように活躍しているかをみてきたのだそうです。

「きっとオカダも分かってると思うけど
今後は企業も二極化が進んで、メガ企業と中小、というより零細企業とに分かれていくと思うんだよね」

「分かってる」と言われても
私、恥ずかしながら経済情勢にはまったく疎いのですが・・・ ^^;

「あのニューヨークでサ
ちっぽけな店舗ひとつで商品を提供しててサ
そんなお店が世界規模の有名店になってて、なのに一切手を広げようとしないんだよ。
店舗数を増やすとか
フランチャイズ展開するとか、一切しない。
ネット販売にさえ手を付けようとしないんだよ」

・・・あぁ、何となく言いたいことが分かってきました。

「上場企業なんかとは違って
僕らみたいな小さい会社って、大企業では提供できない品質の商品を提供するしかないと思うんだよね。
少なくとも日本じゃいろんなところで価格破壊が起こってるけど
単純に価格競争をすれば、大企業なんかに勝てるわけないんだよ。
僕の仕事だって
大手ハウスメーカーの提供する住宅物件なんかと価格競争したら、負けるのは目に見えてるもん。
でも、大手企業より費用がかかるにもかかわらず
おかげ様でというか、ウチみたいなちっぽけな事務所でも忙しいの。
結局ね、提供する商品の品質だと思うんだよ。
消費者側だって二極化してるじゃん。
消費者のプライオリティが『安さ優先』か『品質第一』かという二極化ね」

そりゃ~オマエはテレビにも呼ばれる男だもん。

「あんなのはたまたま。
あれに出たから仕事が増えたってことはないよ」

またまたァ~(笑)

「いやホントだって。
でサ
僕の商売もオカダの仕事も、言ってみれば『一生に一度のお買い物』みたいなものじゃん。
日常生活で継続的に必要なものなら、安価が優先されるのも分かるの。
でも、僕らの商品はそうでもないじゃん?」

・・・う~ん。
私もそう思いたいところではあるが
ことお葬式に対する市場の目は厳しいものがあると思うけど。
顧客のお葬式に対する価値観は、年々低下してきているような気がするんだよね。
決してお葬式を軽視しているわけではないんだろうけど
単価下落傾向は今後も続くことが明白です。

「でも現実的に
オカダんとこみたいなニッチなお仕事なのに、今でも継続出来てるじゃん。
それがオカダんところに対する市場評価と見て良いと思うよ」

・・・ウチ、超低空飛行なんですけど・・・(><)

「いや、それで良いんだってば。
『それで良い』っていうと語弊があるかもしれないけれど
ニューヨークの零細企業とか小さなお店とかって皆『日々食べていければいい』ってスタンスなんだよ。
世界的に有名なお店でもだよ?
その代わり、どこにも負けない商品を提供することには、すンごいプライドを持ってる」

・・・自社商品(サービス)に対するプライド。
たしかにそれはそう。
これを無くしてしまった時点で、ウチなんて存在価値がありません。

「オカダって、どうして独立したの?
僕は自分が思い通りに設計した家を提供したいと思ったからだよ。
『一旗揚げよう』なんて思ってないよ、これっぽっちも。
手を広げる気も無い。
僕は、僕の信念に基づいた作品を提供しようと心がけてるし
そこにだけは自信を持ってるつもりだよ」

・・・コイツ、中学のときからこんなにアツい男だったっけ?
私が独立したのが “ 成り行き ” だったなんて言ったら、殴られそうデス・・・^^;

「まァ実際のところ
それでも食っていかなきゃならないから最低限の売り上げは必要なんだけど
でも自信のある商品を提供できていれば、僕らは僕らで生きていけると確信してるよ。
お客さんはちゃんと見てるって。
ニューヨークでいろいろ見て回って、ますますそう思ったよ」


・・・かっこ良いなァ~

でも、本当に良い刺激をもらえました。
私の起業当時の目標は『名古屋でいちばんのキリスト教葬儀屋さん』。
あのときの気持ちを思い出させてくれました。







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by dscorp-japan | 2015-04-15 00:00 | おともだち | Comments(4)

同級生の話

 
先日書きました
映画感想の記事に関連するようなお話を。


昨日参加してきた同窓会
たまたま近くの席だった同級生(女性)から聞いたお話です。

彼女は中三で同じクラスの、同じ班になった人でして
明るく人懐っこい性格で、誰彼構わず気軽に話しかける女の子でした。
だからというか
当時は異性との会話を苦手としていた(汗)私でも、結構普通に会話することができた相手でした。

「オカダ君ってさ
あの頃から精神世界みたいな話とか死後の世界の話とか、よくしてたよね~」

正直、私は全く記憶にないのですが。
っていうかオレ、ちょっとアブナい中学生だったかも(汗)

「でさァ
班内でやっていた交換日誌みたいなのでも、時々そういうこと書いてたじゃん。
だから私、結構オカダ君に影響されたんだよね。
私、高校に行ってからもそういう類の本を探しては読んでたんだよ」

班内の交換日誌のことは覚えております。
書いた内容は覚えてないんですけど (^^ゞ


「・・・でね
もう大分前のことになるけど、私の父が60代で他界したのね。
私は父のことが大好きで
それはもう本当にショックで悲しくって、立ち直るの大変だった」

「それでね
父の死を受け入れる為に、私にはどうしても『天国』が必要だったの。
私にはこれといった信仰心があるわけじゃないのね。
でも『天国』が無くちゃ、父の一生も、死も、報われないと思ったの」

・・・生前のお父様がどんな方だったのか、私は存じ上げません。
でも間違いなく
自分の娘である彼女のことを、とても大切にされた方に違いないのでしょう。

「天国はあるよ、絶対。
私は本当にそう思う。
父は今、間違いなく天国にいる」


・・・無論私も、天国はあると信じています。
それを証明する術は持ち合わせておりません。
でも、そう確信しています。
そう信じていなければ葬儀屋さんなんて出来ないのです。
少なくとも私の場合。

私は彼女に答えました。
「あるよ、間違いなく」
そして
「それにね
『天国がある』と信じていた方が、生きている僕たちが救われると思うよ」
とも。


その後しばらくしてから
その彼女は、こんな話もしてくれました。

「少し前に、ウチの子の担任の親御さんのお葬式があって
その方はクリスチャンだったらしくって、教会でのお葬式だったの」

その教会は名古屋市近郊の、とあるプロテスタント教会でした。
ウチがお手伝いしたお葬式じゃなかったんですけど (^^ゞ

「・・・私、本ッ当に感動してね
亡くなった人のことは知らないのに、ずっと泣き通しだったの。
悲しくてじゃないよ。
あそこにはたしかに救いがあると感じたの。
素敵だったし、素晴らしかった」


・・・というお話でした。






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by dscorp-japan | 2015-04-13 01:24 | おともだち | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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