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カトリック名古屋教区の新しい司教様が決まりました!

 
本日付で
カトリック中央協議会公式HPで発表されました。
待ちに待った、新しい名古屋教区長が決まったのです (^O^)/ パチパチ


いや~良かったよかった ♪

ここ数年来
名古屋教区内において(次の司教様はどなた?)という話題が絶えなかったものです。
私たちはそれぞれ、あくまでも勝手な予想をしたりしつつ(笑)
ヴァチカンからの発表を首を長くして待っていたのでした。
でも実際のところ
ミカエル松浦悟郎司教様の名前は “ 大本命 ” として挙がってましたよね~

私個人としては
新しく任命された、ミカエル松浦悟郎司教様のことは存じ上げません。
しかし先に書いたように
“ 大本命 ” として名前が挙がるということはつまり、それほどのお方だということが容易に想像できます。
私の仲良くさせていただいている神父様方からの評判も大変良いですし(たとえば牧政さんとか)。

さらに
松浦司教様は名古屋のご出身とのこと。
カトリック名古屋教区は松浦司教様にとって、ある意味「故郷」です。
きっときっと、故郷の教区信徒である私たちを導いて下さることでしょう!

松浦司教様。
ようこそカトリック名古屋教区へ!
私たちも微力ながら、司教様のことをお支えしていきます。
是非カトリック名古屋教区を盛り立てていってください。
私のようなダメ信者のことも含めて
どうぞよろしくご指導ください <(_ _)>

良かったなァ~
ホント、良かったなァ~ ♪

            ♢

そして、もうひとつ大切なこと。

カトリック名古屋教区の現教区長を務められた、アウグスティノ野村純一司教様へ。
これまで私たちを導いてくださって、本当に有難うございました!
ここ数年は、体調も崩されたりしていろいろ大変だったと思います。
でもこれで教区長の任は終わられるわけですから
ようやく一緒に寿司を食べに行けるというわけですね~

奢ってくれる約束、忘れてないよね?
言っておくけど「回る」店じゃないよ?(笑)





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by dscorp-japan | 2015-03-30 13:14 | キリスト教 | Comments(2)

悪いお手本ですけど

 
さしたる感慨も無いまま、聖週間(受難週)に突入。
特に今年の場合
年度末と重なった日程になるので、余計に慌ただしく実感が湧かないのかも。
・・・って、ただの言い訳なんですけど (^^ゞ

            ♢

さて。
今週が聖週間ということは、来週の日曜日はイースター(復活祭)ということになります。
今週末の(カトリックでいうところの)復活徹夜祭において
洗礼を受けるべくご準備をされて来られた方々(=洗礼志願者)が、晴れて洗礼を受けられるご予定になるはずです。


これは以前にもここで申しましたが
「洗礼を受けようか迷っている」という方へ。

あくまでも私見ですが
「迷っている」と悩んでいらっしゃる時点で、あなたはすでに神様から「呼びかけられている」ということなのだと思いますよね。
この表現が大袈裟だというなら、こう言い換えましょう。
マンガ『北○の拳』のセリフじゃないですけど(笑)
実質的に “ オマエはすでに信じてるッ ” ってことでしょ ♪


カトリック教会において、7つの秘跡というのが定義されています。
すなわち
「洗礼」「堅信」「聖体」「ゆるし」「病者の塗油」「結婚」「叙階」です。
これらすべてにおいて
私たち人間の実体的な行為を通して、そこに神様の意思が働き、その結果「秘跡」自体が強められ確実なものとされる、ということだと解釈しております。
先に書きましたように
7つの秘跡には「洗礼」も数えられています。
「洗礼」とは
それほどに大切なものであり、大きな意味をもつのだということです。


でも
敢えて言わせて下さい。

「洗礼を受けなくとも
素晴らしいキリスト者はたしかにいる」ということを。

実際、そういう方を存じ上げております。
どこまでも謙遜で
謙遜であるが故に洗礼を受けないという方は、たしかにいらっしゃるんです。
秘跡としての「洗礼」を否定していらっしゃるのではありません。
むしろその逆なんですね。

傍からみれば
(そういう方こそ、洗礼を受けられたらより良いのに)と思うこともたしかです。

しかしその一方で、こうも思うのです。

(このような方には、洗礼は必ず後からついてくるに違いない)と。
(いつかその日が来る。
それが今ではないとしても、必ずその日は来る)と。


焦る必要など無いんですよ、きっと・・・

            ♢

それでも迷われる方には、こう申し上げましょう。

「私をご覧なさいな」と!(見せられませんけどネ)


生まれて間もなく洗礼を授けられ
その後十何年間、放ったらかしにされ
高校生になって何となく目覚めはしたものの
以来今日に至るまで、ずっと迷走したままですよ。
齢50のオッサンにもなって(笑汗)

「毎週教会へ?」
この私が行くわけないじゃないですか。

「毎日祈ってる?」
全然。

「十戒を守ってる?」
畏友:太田神父様のお父様のお言葉を借りれば
「具体的な殺人以外、全部の罪を犯しました」ということです。
(因みに、太田神父様は私のこれまでの罪のほぼすべてをご存じの方です)


これで「洗礼を受けた」カトリック信者ですよ ^^;


・・・ハードル、下がりました?(笑)






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by dscorp-japan | 2015-03-29 17:58 | キリスト教 | Comments(7)

お葬式を通しての「救い」

 
・・・もう明日から聖週間(受難週)なんですね。

早いなァ~

・・・って感じるということはつまり
四旬節を四旬節らしく過ごしていなかった、ということなんでしょうね ^^;
「安穏と、ただ何となァ~く過ごしてた」ということなのかもしれません。

じゃ
自分の生活を見直すかというと・・・
多分しない。

(イカンなァ)
と、頭じゃ一応思うんだけど
心から反省するかというと・・・
やっぱり多分しない。

所詮、私のようなダメ信者はこの程度のもんです (^^ゞ

            ♢

ところで。

キリスト教葬儀のご依頼をいただき
お客様と打ち合わせをさせていただく際、よくお聞きすること。

「恥ずかしながら私たち
洗礼は受けてるんですけれど、まったく教会には行っておりませんでして・・・」

葬儀屋さんである私たちにでさえ、申し訳なさそうに告白される方。
・・・結構いらっしゃるんですね。

「どうぞお気になさらないでください」

当然、このようにお答えしますよね。
私のようなダメ信者が、お客様を非難することなど出来るわけもないのですから。

むしろ私は
これまで教会から離れていらっしゃった方が、大切な方のお葬式を「キリスト教会で」とご判断されたことの意味を考えたいと思います。

たとえば
こんなふうに考えられる方があるかもしれません。

「今じゃ教会への思い入れなど無いけれど
それでもウチは一応キリスト教だから」
「祈りの言葉も忘れてしまったけれど
せめて冠婚葬祭くらいは教会で」

もっと現実的に考える方もあるかも。

「キリスト教葬儀の方が安かったから」

・・・しかし一方で
このように仰るお客様も少なくないのです。

「私たちはずっと教会から遠ざかっておりました。
正直、信仰心の欠片もないかもしれません。
でも病気が発覚して「死」を身近に感じるに及んで、本人が言ったんです。
『自分のお葬式は是非教会で』と」


極論で申しますなら
これまでの生活なんて、どうだっていいんじゃないでしょうか。
いや
ホントに「どうだっていい」ということではなくて
「そういう生活をしてきてしまったのなら仕方がない」ということです。
「でも」
それでもきっと神様は赦して下さるよ、ってことです。

きっかけなんて何でもいい。
その理由でさえ何だっていい。
「お葬式というきっかけを通して、再び教会に目を向けた」という事実を大切にしたいと思うんです。


私どもの社名の由来である『デュスマス(ディスマス)』のお話。

このデュスマスについて、ひねくれた見方をすれば
「散々悪いことしておいて
最後の最後になって、イエス様に助けを求めてるだけの人じゃないか」
という解釈が出来ないこともありません。

・・・デュスマスの本心は
イエス様と本人にしか分かりません。
しかしいずれにせよ、イエス様は仰ったのです。
「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と。

これこそが「神の愛」だと思うんです。
我儘で身勝手な私たちに対する「神の救いの業」だと思うんです。
だから私たちは
「デュスマス」の頭文字を社名『ディーズ(D's)』としたんです。

回心の機会は
まさに死の瞬間まで残されているのだと。
或いは死後であってさえ
お葬式を通して「救いの御業」は働くはずなのだと。



・・・ホンネを言えば
私自身のことも、そんな感じで救ってほしいなァってことなんですけどネ (^^ゞ






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by dscorp-japan | 2015-03-28 12:32 | 葬儀 | Comments(0)

マイク・オールドフィールド・唯一の日本公演の音源を見つけた♪

 
※ 今日の記事は完全に “ マイクヲタ ” 向けです。
  興味の無い方はスルーしちゃってください m(_ _)m


1982年5月26日
マイク・オールドフィールドは後にも先にもたった一日だけ、日本でコンサートを開きました。
場所は東京・渋谷公会堂。
以降、残念ながら彼は今日に至るまで日本に来ておりません。
(そして多分もう来ないでしょう・・・)

名古屋住まいの
当時、大学受験生だった私は行っておりません。
・・・というか、コンサートがあることも知らなかった・・・

「じゃ~知っていたら行ったか?」と訊かれると・・・
当時の私
“ 超 ” のつくダメ受験生でしたので(汗)親の許可が下りなかったでしょう (^^ゞ

大学生になって
(きっといつか来てくれるんじゃないか)と期待していたんですが
・・・まァ彼の日本での知名度を考えると、難しかったんでしょうかね・・・


「公演時のブート音源がある」ということは噂で聞いておりました。
当時、地元の輸入レコード専門店とか探したんですけど
結局見つからずじまいだった・・・

で、時は流れて・・・
ようやく見つけることが出来ました。
YouTubeで、ですけど。
それでもいいんです、音源が聴ければ!


さァ聴け、マイクヲタたちよ!
(って2年前にアップされてたみたいですけど)



「ミナサン、コンバンハ。
コンヤハ、ワタシノ、ワールドツアーノ、サイシュウビ、デス」


いわゆるブート系としては
及第点をつけられる録音レベルかと。
マイクのギター、とっても良い音してます ♪
マギー・ライリーのヴォーカルも、ハリがあってイイ感じ ♪

『オマドーン』のガットギターなんて
会場で聴けていたら、さぞや良い音だったんでしょうね・・・






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by dscorp-japan | 2015-03-27 01:28 | 音楽 | Comments(0)

西経一神父様、転勤

 
さすがに
もう記事にしてもいいでしょう・・・(笑)


畏友である(名古屋)南山中高等学校校長である西経一神父様が
この4月より、長崎南山中高等学校の校長として異動されることになりました。
カトリック系ミッションスクール界の、ある意味 “ カリスマ ” である西神父様は
今後、長崎南山学園でその辣腕を振るわれることになったということです。

今回の異動について
私は、皆さんよりもほんの少しだけ早く聞いておりました。
以前書いた記事にあった「荷物整理」も
実はお引越しの準備だったということです。


正式に異動の発表があった直後しばらくの間
何故か私の携帯電話が鳴りっぱなし、という時期がありました。
用件は皆、ほぼ同じ。

「ねェ、西神父様が長崎に行っちゃうってホント?」
「何でそんなことになっちゃうの?」
「オカダ君は知ってたの?」

・・・オレは西神父の秘書じゃないっての ^^;


とはいえ
たしかに今回の異動は甚だ急なものだったようです。
西神父様への内示があった直後、すぐに連絡が入り
「とにかく時間が無い。いろいろ準備を手伝え」
との打診がありました。
これを受けて
私以下、ウチのスタッフも含めてドタバタと手伝ってきた次第です。

・・・今だから言うけど、疲れたよなァ・・・(><)


いずれにせよ
西神父様には新天地で、また是非頑張っていただきたいものです。
長崎南山がより良い学校になるよう、祈るばかりです。

っていうか
他ならぬ「男・西経一」(←彼は自身のことをよくこう言います)が行くんですから大丈夫でしょ ♪

            ♢

私が西神父様と仲良くさせていただいていることをご存知の方から
今も時々声をかけられます。

「オカダさん、寂しくなっちゃうんじゃないの?」

・・・いや?全然(笑)

そりゃ~お会いする機会は激減しますけど
“ 永遠の分かれ(失礼ッ)” というわけでもあるまいし(笑汗)

ただまァ
やはりお身体には気を付けていただきたいものです。
そしてまた、いつの日か名古屋へ帰ってきていただいて
名古屋南山学園の「顔」として君臨していただくのも良いよなァと思う次第です。






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by dscorp-japan | 2015-03-25 00:00 | おともだち | Comments(17)

宗教者としての謙遜

 
前日の記事でご紹介しました映画を観て、個人的に思ったこと。

「宗教者とはどうあるべきなのか」

もちろん私は宗教者ではありませんし
なったこともない宗教者に対して、モノを言える立場ではないと心得ております。
どの宗教であれ
(少なくとも世間からその存在を認知・理解されている宗教であれば)
宗教者になられた方(或いはなられる方)を、私は尊敬しております。
「世襲制だから」
「お金が儲かりそうだから」
どのような理由であったとしても
宗教者になることで払うであろう、自身の犠牲が無いわけではありません。
敢えてそこに踏み込むという決断をすることは、並大抵のことではないはずです。

・・・恥ずかしながら
若かりし頃、ほんの一時期だけ、ほんの少し司祭職に憧れたことがあります。
でもすぐに諦めました。
自身の人生を打算的に考えた時
それは得策ではないと判断したからです。
「欲」と「打算」と「傲慢」が、「憧れ」に勝ったということです。

だから私は
基本、無条件に宗教者を尊敬しております。

            ♢

・・・という前提のうえで
あらためて、私の思う宗教者としての在りようについて。
特に、前日ご紹介した映画を観て考えさせられたこと。

「はたして宗教者は、信徒に対して立場が上なのか」
「宗教者とは権力者なのか」
「裁判官なのか」

件の映画では
村の皆が信仰するプロテスタント教会の牧師が登場します。
村の経済面における支配者である男爵とともに
この牧師は宗教面(或いは精神面)における指導者であり、ある意味において「支配者」として描かれます。
「神の代理者」としての牧師の言動は常に正しいとされ、半ば絶対的です。
映画のなかの牧師は「裁判官」なのです。
自身の息子や娘に対してさえ同様で
牧師は父親として、子どもたちに(体罰を伴う)重い罰を課します。

            ♢

さて。
ここで新約聖書にある言葉を引用します。

「人を裁くな。
あなたがたも裁かれないようにするためである」
(マタイによる福音書/ 07章 01節)


「人を裁くな。
そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。
人を罪人だと決めるな。
そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。
赦しなさい。
そうすれば、あなたがたも赦される」
(ルカによる福音書/ 06章 37節)


私の知る限りにおいて
良き宗教者とは、決して他者を断罪することのない人です。
罪は罪として教え諭すことはあっても
決して裁き手とはならない人です。

そして
信徒と同じ目線に立てる人。
「私もあなたと同じ罪人です」
という前提に立ち、宗教者であっても同じ人間であるという姿勢を崩されない人。

            ♢

以前にも書きました。
私の尊敬してやまない
カトリック名古屋教区長であったアロイジオ相馬信夫司教様は、生前私に仰いました。

「大丈夫、オカダ君。
何も心配しなくていいんだよ。
オカダ君が死んだ後に行く先には、必ず僕がいるから」

・・・もう30年近くも前にいただいた言葉です。
この言葉をいただいて以降
何度この一言に慰められ、救われたことでしょうか・・・

カトリック司教としての権能を与えられ
信徒たちからの尊敬を集め、慕われた司教様は
司教としての権威を一切振りかざすことなく、私と同じ目線で語ってくださり、決して私を裁くこともありませんでした。

            ♢

時として
私たちに与えられた社会的立場は、私たち自身を「裁判官」に仕立て上げます。
知らず知らずのうちに、私たちは自分の置かれた立場に溺れてしまいがちです。
自分に対して盲目になってしまうのです。
そして
もしかすると、宗教者もまた例外ではないのかもしれません・・・

良き宗教者とは
「傲慢」という「躓き」と闘うことを諦めない人なのかもしれません。

正しいこと。
優しいこと。
博識であること。
もちろんそれらも大切でしょう。

しかしそれ以上に
常に「謙遜」であること。

良き宗教者としての絶対条件があるとすれば
それは「謙遜さ」ということなのではないかと思うのであります。






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by dscorp-japan | 2015-03-24 00:00 | 宗教 | Comments(2)

映画 『 白いリボン 』

 
ようやく少しだけノンビリできそうだということで
先週末に映画を借りてきました。
特段の前情報も無いまま、何となく惹かれて借りた作品がこれ。

a0153243_03302594.jpg
2009年発表


・・・何の気なしに借りた映画でしたが
かなり重苦しい空気の漂う映画でした ^^;
観ていて少々疲れる印象があるのですが
不思議な魅力とともに、いろいろと考えさせられる作品。


本作を観るにあたって
何よりもまず、本作の時代背景と舞台設定を理解するところが重要かと思います。

時代は第一次世界大戦の前年。
舞台はドイツの(おそらく)北部地方の片田舎。
村で力を持つのは、以下の三人。
まずは村の経済を支える、実質的な支配者である男爵。
村人たちの健康をあずかるドクター。
そして
村の宗教であるプロテスタント教会の牧師。
圧倒的な男尊女卑社会で、特に上記三人の男性は皆高圧的です。

映画は
馬に乗って帰宅の途にあったドクターが、自宅そばの木と木の間に “ 意図的に ” 張られた細い針金によって馬が転倒し、大怪我を負うところからはじまります。
そしてその後も、小さな村のなかで次々と不可解な事故や事件が頻発します。
男爵の運営する製材所で働く女性の事故死。
男爵の畑が荒らされる事件。
男爵の息子が行方不明となり、その後拷問を受けた状態で発見される。
村人たちは皆
こうした事故や事件を見て見ぬふりをするかのよう。

「一体この村で何が起こっているのか」

ここまでの流れだけをみると
「ドイツ版『横溝正史シリーズ』?」ともとれそうなものですが・・・
凡百のミステリー映画とは一線を画す
実際は全く異なった趣の映画でした・・・


深いといえば、これほど深い映画もなかなか無いと思います。

・・・この映画は
他者よりも力を持った人間が犯す過ちと
その支配下にある人間がどのように歪んでいくのかという構図を、歴史と絡めた形で描き出した作品です。

本作には様々な「支配者と被支配者の構図」があります。

「雇用者」対「被雇用者」
「宗教者」対「信者」
「男」対「女」
「大人」対「子供」

これらのパラダイムのなかで
人間は「支配者」も「被支配者」も、ゆっくりと歪んでゆくのだということ。

そして
「第一次世界大戦の前年」であるという設定が
本作に仕掛けられたいちばんの “ 爆弾 ” として、私たちに突きつけられます。

本作に登場する
様々な支配構造のなかで苦悩しながら成長する子どもたちは
この映画の約20年後、“ あの独裁者 ” を支持することになるのだということ・・・


とにかく深い映画です。
軽々にお勧めできる類の映画ではありませんが・・・





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by dscorp-japan | 2015-03-23 23:26 | 映画・テレビ | Comments(0)

樹木葬について

 
どうにかこうにか
納品期日までに絵を描き終えることが出来ました~
昨日、ご依頼をいただいた方に絵をお渡しして
正直、ホッと胸を撫で下ろしているところでございます・・・

            ♢

さて、今日は春分の日。
春の彼岸の中日であります。
もう毎年、クドいくらいにお墓参りの話をしておりますので
今日は過去記事のリンクを貼らせていただくにとどめますネ (^^ゞ

昨年の過去記事

とはいえ
昨今では旧来の『お墓』に対する需要が減少しつつあるようで
「納骨堂」や「共同墓地」
「散骨」や「樹木葬」といった供養が注目されてきております。
ここ名古屋エリアでも
名古屋市の東隣にある長久手市が、樹木葬用の墓地計画を進めているそうです。

ニュース記事


私は
遺骨の埋葬(供養)方法が、必ずしも旧来の「お墓」である必要は無いと思っております。
法律に抵触さえしなければ(そして他者に不快な思いをさせるものでなければ)
その埋葬方法は自由であっていいと思いますし
お葬式と同様、埋葬方法に対する価値観も多様化してきております。

特に「樹木葬」なる考え方って
その言葉はともかくとして、その実態はおそらく最も古くからあるものですよね。

埋葬する。
埋葬 “ だけ ” する。

・・・すごく大雑把に言ってしまえば
「墓碑の無いお墓」ということですよね。

決して、故人の遺骨をないがしろにしているのではなくて
特に「遺骨を土に帰す」という、埋葬の原点に立ち返った考え方なのかと。


・・・ただ
ほんの少しだけ危惧するところがあるとすれば・・・

樹木葬(墓碑の無いお墓)に埋葬したとして
遺されたご家族は、それでもちゃんとお墓参りに行くのかしら?ということ。
・・・いや、百歩譲って
お墓参りには行かなくとも、自分たちの先祖を思い起こすだろうか、ということです。


「土に帰したんだから、ハイお終い!」
・・・とだけはならないことを祈るばかりなのであります・・・






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by dscorp-japan | 2015-03-21 00:00 | 葬儀 | Comments(2)

『 Goodbye Elenore 』 TOTO(トト)

 
只今
本業もそっちのけで、鋭意絵画制作中~ ^^;


さて。
ネットのニュースで、TOTOのベーシストであるマイク・ポーカロさんがお亡くなりになられたとの記事がありました。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し闘病中ということは存じておりましたが
一昨日、帰らぬ人となられたとのことです。

私の周りでも幾名か
この恐ろしい病と闘い続けた方がいらっしゃいました。
その壮絶な闘病生活を目の当たりにしてきた人間のひとりとして
心からご冥福をお祈りするとともに
今は病の苦しみから解放されたマイクさんの、魂の安息を切に願うばかりです。


TOTOといえばポーカロ三兄弟です。
長男・ジェフ・ポーカロ(ドラム)
次男・マイク・ポーカロ(ベース)
三男・スティーヴ・ポーカロ(キーボード)

マイクさんが他界されて
今や三男のスティーヴさんだけがご存命ということになります・・・

個人的には、それほどTOTOは聴きません。
でもTOTOの場合
メンバー全員の演奏力が非常に高いので、彼らの演奏には自然と耳が傾きます。


今日はマイクさんの鎮魂の意味を込めて
ポーカロ三兄弟がムチャクチャお元気だった頃のアルバムからの一曲を。

a0153243_00555303.jpg
アルバム『 Turn Back 』(1981年発表)





            ♢

私事ですが・・・
今週中にお絵描きを完了せねばならないので
多分今週末あたりまでブログ記事が書けないと思います。
悪しからずご了承のほど m(_ _)m





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by dscorp-japan | 2015-03-17 01:00 | 音楽 | Comments(2)

私のメイン画材

 
昨日の夕刻、宿題を仰せつかった依頼主さんと簡単な打ち合わせを済ませ
簡単なアイディアスケッチを確認いただいたので
いよいよ本番のお絵描きに入ろうと、物置に眠っていた画材を出してきました。


・・・これが私の
メイン画材、の入れ物。
a0153243_2384555.jpg

釣り道具入れですね (^^ゞ
でもこれ、結構便利。
ちゃんとした専門のものもありますけど、結構高いし。
これで充分。

中を開けると、こうなりマス。
a0153243_2393866.jpg

私のメイン画材はアクリル絵の具です。
アクリルのなかでも「ガッシュ」と呼ばれる、不透明水彩。
もうずっと何年も、アクリルガッシュ一本です。

「何故ガッシュか?」
個人的に使いやすいから。
ただそれだけ。


・・・っていうか
色のバランスがちょっとオカシイような気がします。
なんか暗い色ばかり入ってる気がする ^^;

つまり
基本、私の絵はクラいんです・・・(><)


そして
画材一式を出してみて、問題が発覚しました。

a0153243_23105561.jpg

まともに使える筆が殆ど無い(><)


今日にでも筆を買ってきます・・・^^;





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by dscorp-japan | 2015-03-14 00:00 | 絵画 | Comments(0)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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