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『 ジェノサイド 』 高野和明

 
2011年に単行本が発行された当初からの話題作。
当時はどこの本屋さんでも平積みされていて
(読みたいなぁ~)と指を咥えて(←ウソ)みていたものです。
しかし私は専らの文庫本派。
どこにでも持ち歩けて
読みたいときに読むには、やっぱり文庫本でしょ♪

・・・だからずっと待っていたんですよ、文庫本が発売されるのを ♪

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角川文庫(上巻 ¥600+税、下巻 ¥640+税)


イラクで戦うアメリカ人傭兵と、日本で薬学を専攻する大学院生。
まったく無関係だった二人の運命が交錯する時、全世界を舞台にした大冒険の幕が開く。
アメリカの情報機関が察知した人類絶滅の危機とは何か。
そして合衆国大統領が発動させた機密作戦の行方は

人類の未来を賭けた戦いを、緻密なリアリティと圧倒的なスケールで描き切り、その衝撃的なストーリーで出版界を震撼させた超弩級エンタテインメント、堂々の文庫化!

(以上、上巻背表紙説明より)

研人に託された研究には、想像を絶する遠大な狙いが秘められていた。
一方、戦地からの脱出に転じたイエーガーを待ち受けていたのは、人間という生き物が作り出した、この世の地獄だった。
人類の命運を賭けた二人の戦いは、度重なる絶体絶命の危機を乗り越えて、いよいよクライマックスへ―
日本推理作家協会賞、山田風太郎賞、そして各種ランキングの首位に輝いた、現代エンタテインメント小説の最高峰。


(以上、下巻背表紙説明より)


上下巻合わせて、約800頁の長編です。

高野和明さんの著作すべてを拝読しているわけではありませんが
たとえば『グレイヴディッガー』などは大変楽しませていただきました。

本作はまさに “ 重量級 ” という言葉が相応しいと思います。
物語のテーマも
長編小説としての重みも
多視点描写による深みも
小説を読むという行為の、面白さのエッセンスがしっかり詰まっているのではないでしょうか。

本作で特に素晴らしいと思ったのが
物語に深みを与える為の掘り下げ方、つまりは著者の、徹底的な取材に裏打ちされた情報量です。
エンターテインメント小説に必要なあらゆる情報に関して、膨大な取材が為されていることが分かります。
(本作下巻末には取材データに関する記述もあります)
こういう申し上げ方は失礼でしょうが
“ たかが ” 娯楽小説の為にこれほどまでの取材を敢行された高野さんには、執念さえ感じます。
勿論本作はフィクションです。
しかし、その取材による情報のひとつひとつが
物語に深みをもたらし、圧倒的なリアリティを生み出しています。

物語の核となる部分の描写には少々SF的な要素も含まれます。
いや
単なる『SF(サイエンス・フィクション)』と断ずることもまた性急なのかもしれません。

(はたしてこれは “ もしも ” の話なのか?
実は世界のどこかですでに現実となっていることじゃないのか?)


おそらく本作のテーマは
(少々ややこしい表現ですが)
「人間の驕りとエゴに対する警鐘とこれを自覚した謙遜の先にある活路」
というような感じでしょうか・・・(^^ゞ

一般的に
物語のなかで人類を戒める役割というのは “ 超越した存在 ” だったりします。
あるときは「自然の猛威」だったり
あるときは「地球外生命体(宇宙人)」だったり
あるときは「UMA(未確認動物)」だったり
あるときは「人工知能」だったり

そしてあるときは「神」であったり・・・

対して
本作では、まったく新しい切り口での “ 超越した存在 ” が登場します。
そしてその “ 彼 ” は、私たちから産み落とされるのです。
私たちから生まれた “ 彼 ” が
人類の叡智をはるかに凌駕する知能を以て、私たちを “ 試す ” のです。

「そんなのが存在するはずない!」
と切り捨てきれないところこそが、本作の凄さだと思いました。






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by dscorp-japan | 2014-08-31 00:40 | | Comments(8)

私どもが行う葬儀の事前相談

 
今や
お葬式に関する「事前相談」「生前見積り」は、どこの葬儀屋さんでも当たり前のように応じてくれます。

「お葬式にいくらかかるのか」
「もしものときはどう対処したらいいのか」

昔と違って、今じゃインターネットなどで相応の情報が得られる時代ではあります。
しかしそうは申しましても
より具体的な、よりパーソナルな問題や価値観に合った相談となると、やはり今でも直接コンタクトをとって、そのアドバイスが欲しいという方は少なくありません。
私たち葬儀屋さんサイドもまた
可能であれば直接お会いしてお話させていただいた方が、お客様の表情や言葉から、その本意を汲み取ることが出来ます。


先日も
とあるお客様から事前相談のご依頼をいただき、私が出向いてまいりました。

ウチにご相談のご依頼があったということはつまり
キリスト教葬儀に関する事前相談、ということです。

・・・実は
私たちにご依頼いただく事前相談の内容は、他の多くの葬儀社さんに対するそれとは少々異なるような気がしております。
(おそらくは)多くのご相談者がご心配される「葬儀費用がどのくらいかかるのか」といった類の質問は、比較的少ないんです。
費用に関するご相談よりもむしろ
「キリスト教葬儀がどういうものなのか」
「キリスト教葬儀の流れはどうなのか」
「自分たちの希望するお葬式をキリスト教は叶えてくれるのか」
といったご相談が少なくないんですね。

(キリスト教葬儀の流れについてはコチラをご参照ください)

たとえキリスト教の信者さんであっても
キリスト教葬儀に関する知識が豊富であるとは限りません。
(これは仏教徒の皆様でも同じでしょう)
たとえクリスチャンであっても
自分の教会でのお葬式に参列される機会が少ないという方もいらっしゃいます。

そして特に多いご質問が
「自分たちのこだわりをキリスト教葬儀に反映させることはできるのか?」というもの。

よくお聞きするご質問ですと
「キリスト教葬儀では仮通夜のような時間をもつことはできるのか」
「式中、本人が好きだった音楽を流すことは可能なのか」
「本人の好きな服装で送りたいのだが可能か」

・・・こういった、お葬式全般に対するご質問というよりも
お葬式が行われるプロセスにおける、詳細な部分でのご質問が多いんですね・・・


先日のお客様もまた、そういったご質問に終始したように思います。
一応、費用に関してもお答えさせていただきはしましたが
主だったご相談内容は「私たちの思いがどれだけ叶えられるのか」といったことだったと思います。

はじめにも申しましたが
こうしたご相談って、やはり直接お会いしてお話させていただく方が良いんですよね。
お会いしてお話させていただくことで
前々からご準備されていたご質問から、別の疑問が湧いてくることにも即座にお答えできるわけです。
そういう流れの中で、私どももまたプラスアルファの情報提供が出来るということもあります。


ということで。
名古屋市およびその近郊にお住まいの方で「キリスト教葬儀について知りたい」という方がいらっしゃいましたら、どうぞご遠慮なく弊社までご連絡ください。

(弊社連絡先は、当サイト右にあるバナー『有限会社ディーズ』をご覧ください)





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by dscorp-japan | 2014-08-29 00:00 | 葬儀 | Comments(0)

お葬式を宗教施設で行うことの意義

 
先日の記事
フランシスカさんから、大変興味深い(というか意義深い)コメントをいただきました。

とあるカトリック司祭との会話のなかで
その神父様は
葬祭会館が駄目とは言わないけど教会で葬儀をすることの大切さ、意味を理解してほしい」
と仰ったとのことでした。


私の考えで申しますと
これはキリスト教葬儀に限ったことではありません(過去記事参照)
たとえば仏式葬儀にしても
本来的な意義から申しますなら、所属するお寺(菩提寺)でお葬式を執り行うのが本義なのではないかと考えます。
もちろんそれは強制されることではありません。
お葬式は自由なものなのであって、これを行う場所(式場)の選択もまた自由であります。
仮に葬儀会館でお葬式を執り行うこととなったとして
そこで行われる典礼(祈りの儀式)が偽物であるはずもありません。
お葬式がどこで行われようと
そこに集まる方々の祈りはまぎれもない真実であります。

しかし。
というか、だからこそ
その祈りが(その宗教の提示する)神仏に届くことを切に願うのならなおのこと
その宗教施設を介して祈られることが大切なのではないかと思うのです。

            ♢

以前お世話になっていた葬儀社で
私は葬儀会館の長をさせていただいていたことがあります。
当時は結構忙しい会館でして
毎日のように様々な宗教の(或いは無宗派葬も含めて)お葬式が行われておりました。
私たちはその日に行われるお葬式の宗派に合わせて
毎日自社で保有する宗教用具を用意して、祭壇を組み、その宗派に合わせたお葬式の準備をしていたものです。

・・・しかしその一方で
宗教施設で行われるお葬式の準備にも駆り出されることが多々ありました。

そこで私たちが思うこと。
(やっぱり “ 本物 ” は違うな)
ということでした。
私自身はカトリック信者ではありますが
お寺の本堂などに足を踏み入れるたび、心が引き締まる思いでした。

お葬式の規模は関係ありません。
宗教施設の規模の大小も関係ありません。
その宗教の教義に賛同するか否かも関係ありません。
おそらくは
その宗教施設の空間、それこそ柱の一本一本にまで浸みこんだ、人々の「祈りの痕跡」「空気感」が私たちを厳粛な思いにさせるのだと思います。

・・・もしかするとこれ
葬儀屋さんにしか分からない感覚かもしれません。
しかし “ 本物 ” のもつ圧倒的な説得力は、葬儀会館では到底表現できないものだと断言できます。

そもそも施設(式場)の成り立ちから違うのです。
葬儀会館とは
あらゆるお葬式に対応できるための、最大公約数的な造りとなっております。
対して宗教施設とは
それぞれの宗教の有する教義を表現・提示し
その宗教の信者たちが祈るために最も相応しいと考えられる造りになっているのです。
それは単なる空間ではありません。
視覚や聴覚、そしてときには嗅覚を通して
その宗教の考える「救い」を提示するのです。

その部分において
葬儀会館が適うはずがないのです。

            ♢

お葬式とは
他者の為の、最も強い「祈り」であります。

日々、私たちは自分の為に祈ることはします。
しかし、他者の為に祈ることが果たしてどれだけあるでしょう?
お葬式とは
自分以外の人のための、最も強い祈りの場なのだと思うんです。
ならば
その祈りの助けとなるのが、宗教施設なのではないでしょうか。


昨今、家族葬や小規模葬を考えられる方が少なくありません。
お葬式の規模が小さくなりつつある今こそ
宗教施設のもつ意味や意義が見直されて良いのではないでしょうか。





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by dscorp-japan | 2014-08-28 22:54 | 葬儀 | Comments(2)

本業以外で何かと・・・


・・・まァ言い方を換えれば
「本業がヒマなので他事に時間を割ける」とも言うのですが・・・(><)


何がそんなに忙しいのかと申しますと
実際のところ「忙しい」というのとは少々違うんです。
・・・え~っと
同時期に複数の相談事やらSOSやらをいただいて
そちらに時間を(というか頭と身体を)使っているというのが実態です。
もちろんそれらの相談等をここで明かすわけにはいかないのですが
友人からの相談
昔の教え子からの相談
お付き合いしている業者の担当者さんからの相談、と
皆様それぞれに、結構シビアな問題を抱えていらっしゃいます。

もちろん、基本は話を聞くだけです。
私なんぞに何が出来るわけもございません。
せいぜい
私の、ほんの限られた経験と人脈で役に立つ情報等があれば提供するのみです。
ただそれだけなのですが・・・

「そんなにオマエは頼りになるのか?」

・・・滅相もございませんッ<(_ _)>
単に私が「NO!」と言えない性格だからに他なりません (^^ゞ


・・・あ
あともうひとつありました (^^ゞ

ウチの実家にいるワンちゃんが少々危険な状態でして
只今入院中なんですね。
それはそれで仕方のないことなのですが
問題は飼い主である、私の伯母と母親なんです。
まァ~年寄り二人(しかも二人とも元看護師)が
揃いもそろってオタオタしてるわけですよ・・・

然るに私
(珍しく)頻繁に連絡を入れたり顔を出したりして、後期高齢者二人をなだめる毎日なのであります(汗)







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by dscorp-japan | 2014-08-27 13:16 | あったこと | Comments(2)

仏式葬儀とキリスト教葬儀の相違点・追記

 
先日の記事への追記として・・・ m(_ _)m


・・・そもそもお葬式というのは
同じ宗教・同じ教派であっても、その土地柄(習俗)や民族性によって異なるものです。
お葬式とは、ある意味で “ 生き物 ” なんですね。
それぞれの宗教の掲げる教理をベースに
その宗教が根付いている場所(国や地域)や、そこで生活する人々によって育てられるという側面があるんです。

ですから
私たちの生活するこの国のお葬式もまた、ある意味で独自の様式が出来上がっているわけです。

たとえば、日本は火葬国です。
「お葬式には火葬を伴う」というのが大前提にある以上
そこにかかる法的な遵守事項もありますし、火葬場の利用規定もあります。
たとえばキリスト教葬儀の場合
教理的にいえば、六曜でいうところの「友引」は考える必要がありません。
しかし実際的には、多くの火葬場が「友引」の日を休業日と定めている。
となると、やはり「友引」のお葬式が困難になるということはあるんです。

一方で、外国の方のお葬式。
私たちの場合、在日外国籍の方のお葬式(特にカトリック)をお手伝いすることが少なくないのですが
基本的な典礼は同じであっても、そこに付随する習俗のようなものが変わってきます。
それらひとつひとつをここで列挙することは控えますが・・・
やはり、お葬式にもお国柄というのがあるんですよね。


そう考えますと
仏式葬儀だのキリスト教葬儀だのという違いよりも
「日本のお葬式とはこうだ」という解釈の方が大切なような気もします。

クリスチャンといえども、私たちは日本人です。
日本におけるお葬式の「常識」「美徳」が大切にされれば、それで良いのではないかと思う次第です m(_ _)m







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by dscorp-japan | 2014-08-26 00:00 | 葬儀 | Comments(3)

『 Knocking at Your Back Door 』ディープ・パープル

 
実のところ
個人的に “ 深紫 ” と “ 虹 ” はあんまり聴かないんです。
リッチー・ブラックモアも決して嫌いじゃないし
バンド自体の功績も否定するものではないんですけど・・・
・・・何でしょ?とにかくあまり聴かない(笑)

しかし。
1984年、それまで解散状態だった「深紫」(その間リッチー先生は「虹」で頑張ってた)が黄金期と呼ばれていた第二期メンバーで再結成されたと聞き・・・

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(左から)ロジャーG・リッチーB・イアンG・ジョンL・イアンP

(こいつァさすがに聴かなきゃなるまい!)ということでアルバム(当時だから当然LPレコード)を購入したものでした。

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アルバム『パーフェクト・ストレンジャーズ』(1984年発表)


で、レコードに針を落として一曲目・・・



・・・カッコ良いじゃん ♪

長らく(約8年間)のブランクを経て、ツワモノたちが一堂に会した。
再会したメンバーが
(さァてと、久々にブチかましますか!)ってな具合ではじまる曲として
最高にカッチョ良い曲じゃありませんか!

(今は亡き)ジョン・ロード先生のキーボードから入って
ロジャー・グローヴァーのベースが絡んで
イアン・ペイスのドラムが入って・・・
そこへ「ドッカ~ン!」とばかりにリッチー先生のギター!

・・・何というニクイ演出でしょ♪

メンバー皆さんが久々にスタジオでジャムってる感じがして、とっても良い!

個人的には
『湖上の煙(Smoke on the Water)』よりも
『黒い夜(Black Night)』よりも好き。

『高速道路の星(Highway Star)』と『タマホォ~ム!(Burn)』が双璧、かな(笑)


当時この曲を聴いて
(あぁ~やっぱり “ 大御所 ” の曲は一味違うわァ~)と思ったものでした。

(でもその後の彼らを追いかけることはなかったけど)





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by dscorp-japan | 2014-08-25 00:22 | 音楽 | Comments(2)

目の前でぶっ倒れた ((+_+))

 
このところ、実家に顔を出す頻度が増えています。
普段は滅多に行かないんですけど
実家で飼っている犬(ヨークシャー・♀ 3歳)が入院することになりまして、実家の御婆二人(伯母&母)がうろたえて仕方ないので・・・ ^^;


・・・で、昨日の夕刻も実家に行ったんです。
犬の病院へ行き
伯母&母、そしてたまたま帰省していた妹と四人で夕食へ行って帰ってきたところ・・・
実家マンションの駐車場入り口前を
フラフラと覚束ない足取りで歩く初老の男性が。

「あらあら、あの人大丈夫かねぇ」
「きっと酔っぱらってるんだよ」

そして私のクルマがその男性の横を通り過ぎようとしたそのとき・・・
ほぼ受け身ナシの体制のまま、やにわにバッタリと倒れられてしまったんです。
・・・そして動かない。

・・・当然、放ってはおけないでしょう。
条件反射的にクルマを降りて
近づいて声をかけますよね、そりゃ。
すでに夜だったので見えにくかったんですけど
倒れた顔のあたり、どうやら数滴の血が・・・!

(すわ 頭から落ちたか?)

まずは何より、イビキの確認。
どうやらイビキはないし、ご本人はきょとんとした顔でこちらを見ている。
とりあえず意識はある(泥酔してますが)。
嘔吐も無いし、手足の痙攣もなし、と。

でも
だからといって頭部の危険性が無くなったわけじゃありません。

・・・私自身は下戸なので分からないのですが
どうやら泥酔された方って、痛みの感覚が鈍くなるようなんですね。
これがまた厄介。

「頭、打ちましたか?」
「どこか痛くないですか?」
しきりに声をかけるんですが
ご本人はただ首を横に振りながら笑うだけ。

出血はどうやら唇を切ったことによるもののようなのですが
それでも万が一のことがあります。

「救急車呼びましょうか?」
「ご自宅はどちら?」
「ご家族に連絡は取れますか?」

明確な返答はナシ(汗)
ただ、呂律は回らないけれど、何となく反応が返ってくるようになりました。
どうやらご自宅は、倒れられた場所の正面にあるアパートのよう。

何号室ですか?

「・・・4階」

お名前は?

「オカダ」

・・・ワシと同姓かい(笑汗)

クルマを降りてきた母が件のアパートの郵便受けをみると
たしかに「4○○号・岡田」とあったとのこと。
そのまま母がご本人の部屋を訪ねて呼び鈴を鳴らしたのですが
応答がなかったとのことなので、母にはクルマに戻ってもらって、あとは私が・・・


・・・結局
ご本人の隣家の方やアパートの管理人さん達が出ていらっしゃって
しばらくご本人の様子を確認ののち、ご自宅へお連れしました。
半ば強制的に救急車を呼ぶという手も考えたのですが
管理人さん達が様子を見るとのことなので、お任せしたという次第です。

管理人さん曰く
ご本人は常習的に泥酔されていて、以前にも同じ場所で倒れたことがあるとのこと。

「もう毎度のことなんですよぉ」

それはそれで管理人さん達の御苦労も分かりますが
この「毎回だから」という安堵感がまた危険ではあります(><)

何事もなければいいのですが・・・






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by dscorp-japan | 2014-08-23 00:41 | あったこと | Comments(0)

函館からの電話

 
もちろん私は行ったことなどありませんから知りませんけど・・・


毎年この時期になりますと
カトリック名古屋教区の司祭団は「黙想会」と称して、他県にある修道会などへ宿泊して神との語らいの時間をとられます。
おそらくは神父様それぞれ
ご自身の信仰を見つめ直すとともに、これを機会として魂の “ お洗濯 ” もされるようです。
すご~く誤解を恐れずに申しますなら「社員旅行」的な側面もあるのではないでしょうか(笑)

先日の夜遅く
畏友(というか悪友)である牧政さんからお電話がありました ^^;

・・・この方、大した用もないくせに私に電話してくるという悪癖をお持ちの方です(汗)

「・・・あぁ~オカダくぅ~ん、まだ起きてたんだ」

・・・キミが起こしたんだっての。

「今さぁ、黙想会に来てるんだけどさぁ」

あぁ、そうか。
今年ももうそんな時期か。

「さっきまで他の神父様たちと食事してたんだけどさ
みんな、さっさとお部屋に戻っちゃってさ、僕一人ぼっちなんだよぉ」

おそらく牧政さんは
普段なかなか腹を割って話す機会のない他の神父様方と親交を深めたかったのでしょう。
まァこの方の場合、そこにはもれなく “ 泡の出る麦茶 ” が必須なんですけど(爆)

・・・何、寂しいの?

「そうそう!僕、一人ぼっちなんだよ」

カァ~ワイイ人だなァ~ ^^;

「日中は僕だって一応黙想してるんだよ?
今年は『カラマーゾフの兄弟』の一節について、ちゃんと考察してたんだよ。
夜を楽しみにしながら」


・・・そうかそうか(笑)

「みんな冷たいよぉ・・・」

あのねェ
他の神父様方が皆アナタと語り合いたいわけじゃないの!
皆さんお疲れなの!

「だから仕方ないからオカダ君に電話してるんじゃない」

・・・コラ。
「仕方ないから」ってどういうこっちゃ。

「こっちは明日も明後日も、ず~っと雨なんだって。
この修道院は景色が綺麗だから毎年楽しみにしてるのに。
それもガッカリなんだよぉ・・・」

・・・そりゃ~残念でした。

「でもね、やっぱりここのお御堂(教会聖堂)は綺麗だよ。
心が洗われる気もする」

・・・そりゃ~良かった。

「・・・あぁ~ぁ~・・・」

・・・いいから早く寝ろって!

・・・そうは言っても
やっぱりこの神父様、結構嫌いじゃなかったりします (^^ゞ
もう30年来の付き合いですし
この方の素朴な信仰のあり方には共鳴しますし、尊敬もしております。

でもやっぱり悪友だ!







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by dscorp-japan | 2014-08-22 00:00 | おともだち | Comments(2)

仏式葬儀とキリスト教葬儀の相違点

 
時折、こういったご質問を承ることがあります。

「普通の仏教のお葬式とキリスト教のお葬式では、どこが違うんですか?」

たとえば、現在闘病中の方がいらっしゃるご家庭で
「(闘病中の)本人だけがクリスチャンであとの家族は全員仏教徒」というご家族は少なくありません。

「私にもしものことがあったら
私のお葬式は是非教会で行ってほしい」

ご本人のご意向ですから、ご家族としては当然これを叶えてさしあげたい。
しかし、では事前にどのような準備が出来るのか(すべきなのか)分からない。
そして
「そもそもキリスト教のお葬式がどのようなものかさえ分からないから
何をどうすればいいのかさえ皆目見当もつかない」


・・・当事者としてはもちろんのこと
参列者としても実際にキリスト教葬儀を見たことがないという方は、結構いらっしゃるものです。

こうした疑問を解消するには
やはりまず、ご本人が通っている教会にお尋ねいただくのが良いと思います。
教会管理者である牧師(プロテスタント)或いは司祭(カトリック・聖公会)から
有事の際の手順や家族として準備すべきことなど、出来れば事前にお尋ねいただいたうえでご理解いただくことが肝要です。

            ♢

さて。
そのうえで「仏式葬儀とキリスト教葬儀との違い」について。

「キリスト教」というと
その死生観とか思想的な背景が仏教とは大きく異なるように思われがちです。
実際、まったく同じとは申しませんが
それほどナーバスになる必要はないと思います。
「大切な人を送る」という行為と、その思いには何らの違いなど無いのですから。

それでも敢えて一点だけ申し上げるとすれば
多くのキリスト教において
「死者の魂は即座に神の御許、つまり天国に引き上げられる」と考えられております。
だからキリスト教では
「亡くなった」ことを『召天(プロテスタント)』或いは『帰天』(カトリック)』という表現をします。

まずはこの考え方が基本にある、とお考えいただければと思います。


では実際的な相違点がどこにあるのか、ということですが・・・

結論的に申しますなら
実際のところ、仏式葬儀との大きな差は無いともいえるんです。
一般的にはお通夜がありますし
その翌日にお葬式が執り行われます。
ただ、ここでの典礼的な違いがあるとすれば
仏教でいうところの『初七日法要』が(殆ど)無い、ということでしょうか。
お葬式が終わって
故人様の火葬が執り行われて収骨が終わった時点で終了、というのが一般的であります。
ただ、ご家族によっては
(何となくおさまりが悪いような気がする)
(尻切れトンボのように感じる)
或いは
(せめて「精進落とし」の席だけでも)
ということで、収骨後に家族親族の為の食事の席を設けられる方もいらっしゃいます。

一方で
多くのキリスト教会葬儀では「納棺」を重要視するところがあります。
「納棺式」或いは「納棺の祈り」と称して
故人様をお棺にお納めする際、司式者(牧師・神父)の祈りと(特に多くのプロテスタント教会では)賛美歌を以て、故人様の安息を祈ります。
ここにはご家族や親しい友人、教会信徒などが同席します。

そしてもうひとつ。
これはたしかにキリスト教葬儀独自の留意点となります。
主日(日曜日。一部教派は土曜日)のお葬式は、実質的に難しいということがあります。
キリスト教会では、主日(多くの場合午前中)に礼拝(或いはミサ)があって
その間のお葬式が困難であるということです。
だから多くの教会では
主日にはお通夜を行い、その翌日に葬儀を行うという日程がとられます。

あと、これは典礼面での違いではありませんが
通夜の晩中、遺族が故人様のお傍に付き添い続けるということを、ことさらに勧めてはいないようです。
キリスト教会の考え方として「亡くなった時点でその魂は神の御許にいるのだから安心しなさい」ということから、通夜の晩から朝まで、必ずしも故人様の傍に付き添わなければならないわけではない、と捉えられているようです。
今日では仏式葬儀でも同様の傾向があるのですが
むしろ「翌日の葬儀の為に心と身体を休めて、当日には健康な状態で参列しましょう」という考え方が重要視されているようです。
もちろん、家族の「想い」としてお傍に寄り添うことを否定するものではありませんが。

それ以外の相違点というと
もうこれは「キリスト教葬儀への参列にあたっての留意点」ということでしょうか。

・参列者の服装は仏式葬儀と同じと考えてよい
・数珠は不要(手には持たない方が好ましい)
・焼香の代わりに献花(飾花)或いは「ビューイング(故人様とのご対面のみ)」が多い
・仏教でいうところの「お供え」という概念が無い

・・・と、こんなところかと思われます。
どうぞご参考ください m(_ _)m








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by dscorp-japan | 2014-08-21 18:03 | 葬儀 | Comments(0)

『 Wrapped Around Your Finger 』ポリス

 
スティングは詩人であります。
実際のところ
彼自身、ミュージシャンになる前は国語のセンセだったそうです。

彼の歌詞をすべて理解しているわけではありませんが
ときにシニカルだったり、メタファーを含んだ内容だったりします。
少なくとも私なんぞのレベルからすれば、かなりインテリジェンスの感じられるものです。

おそらく、ポリスという偉大なバンドを好きな方って
スティングの書く詩の世界に惹かれていらっしゃる方が少なくないはずです。

で、今日の曲。

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アルバム 『 シンクロニシティ 』(1983年発表)



ポリスが活動停止する前の、最後に発表されたアルバムです。
このアルバムからは『 見つめていたい( Every Breath You Take』が大ヒットしました。
この『見つめて~』は、比較的分かりやすいバラードなんですが
アルバム全編を通して聴くと、彼ら独特の、もっとコアな世界観が十二分に感じられます。

今回の曲は
そんな彼らのというか、特にスティングの詩的世界観が如実に感じられる名曲だと思います。



すでにこの頃
メンバー間の不仲(特にスチュワート・コープランドとスティングらしい)は改善不可という状態だったそうで
それがバンド活動停止の引き金となったともいわれております。
そんな状態であるにもかかわらず、こんな素晴らしい曲を発表できるとは・・・(驚)


そしてもうひとつ。

よく、ポリスの音楽は
「ロックとレゲエとの高次元での融合」とか
「ニューウェイブ」だの「ポストロック(パンク)」だのといわれます。
しかし一方で
私のようなプログレ好きからすれば、彼らの音楽は十二分にプログレッシヴ・ロックであると思います。

実際、ドラマーのスチュワート・コープランド(大好き!)は
ポリス結成以前は
『カーヴド・エア』というプログレッシヴ・ロックバンドに在籍していましたし
ギターのアンディ・サマーズも、カンタベリーロックの始祖『ソフト・マシーン』に在籍したことがあります。
バンド出生の経緯から考えても、ポリスは「プログレ」と言って差し支えないと思うんですね。

プログレ好きの私にとって
ポリスというバンドは、70年代後半から80年代にかけて大成功したプログレバンドのひとつなんですね~






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by dscorp-japan | 2014-08-20 14:42 | 音楽 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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