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出棺時刻の遵守 ②

 
ではご遺族様サイドとして
具体的にはどのようなご協力をいただければいいのでしょうか。

私の経験則から申しますと
出棺時間が遅れるいちばん多いケースは「火葬場へ向かわれる方の、お車への乗車にかかる時間」かと思います。

しかしこれはある面、致し方ない部分もあるんです。
ご葬儀を取り仕切られる当事者(ご遺族様)は、ご参列いただけるであろうご親族の人数を予測されるわけなのですが・・・これがなかなかに難しい。
ましてや「火葬場へお伴いただける親族の人数」ともなると
正直、お葬式当日にしか分からなかったりもするものなんです。

いよいよご出棺となった場面になってはじめて
「私はどの車に乗ればいいの?」
「ちょっと○○さん、こっちの車よ」
「・・・私、お手洗いに・・・」
「いけない!私、控室に荷物を置いたままだわ」

葬儀屋さんにしてみれば
この程度のことは想定内であります。
だから私たちは
出棺予定時刻の5~7分前あたりには、お柩を霊柩車へお連れする段取りをします。

ただ
それでもやはりそういったことを含めて、ご出棺時に火葬場へ向かわれる方々がスムーズにそれぞれお車へのご乗車を完了される場合とそうでない場合とでは、結構な時間差があったりするものなんですね。
仮に事前にしっかりとした準備をしていらっしゃれば
少しでも長く、故人様とのお別れの時間をとることが出来るというものです。

ですから
たとえばお通夜終了後にご遺族ご親族にお声をかけていただき
火葬場へお伴いただけるか否かの確認をして
たとえば自家用車やタクシーなら「誰がどの車に乗車するのか」といった配車を決めておくわけです。
その際も、ゆとりをみて「一台あたり3名乗車」といった配車をしておけば
その場になって急遽人数が増えた際も、一台につき1名のゆとりがあるわけです(まァこれは葬儀屋さんの常識ですが)

こうした準備
もちろん「出来ることならば」という言い方にはなるのですが。
でも実際に
こうした事前のご準備をしっかりされるお客様もいらっしゃることは事実なんです・・・


・・・それでも。
ホントはもっとラクな方法があります。
が、それはまた近日中に記事にいたします。
(って引っ張るほどの話じゃないんですけど)






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by dscorp-japan | 2014-07-31 00:00 | 葬儀 | Comments(0)

出棺時刻の遵守

 
現在
年を追うごとに死亡人数が増加傾向にあることは、ご存知のことと存じます。
これに伴い
(一概には言えませんが)多くの火葬場、特に都市部においての火葬場において、慢性的なキャパオーバーの状態になりつつあります。
(私どもの営業エリアである)名古屋市及びその近郊市町村にある多くの火葬場の多くもまた
この問題に苦慮しつつ、限られた火葬炉の数のなかでやりくりをしていらっしゃるようです m(_ _)m

つい先日もまた
名古屋市近郊のとある火葬場から通達が流れてまいりました。
曰く「葬儀式場を出棺された時点で、火葬場まで一報を入れて下さい」とのこと。

こうした施策を採っている火葬場はすでにいくつかあるのですが
また一箇所、同様の措置を依頼してきた火葬場が増えたということです。


・・・皆様はお気付きでしたでしょうか。
お葬式の最終場面、霊柩車ご出棺の直後に
葬儀屋さんが慌てて自分の携帯電話でどこかに連絡を入れているといった場面。

(お葬式が終わった瞬間に私用電話かい!)

・・・いえいえ(汗)そうじゃないんです。
葬儀屋さんは出棺を見届けた瞬間、火葬場へ連絡を入れているんですね~

「申し訳ありませんが
〇〇時〇〇分到着予定の〇〇家ですが、予定時刻より10分ほど遅れました。
ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくご配慮のほどお願いいたします」

「〇〇(葬儀社名)ですが
只今〇〇家、定刻通りご出棺されましたのでよろしくお願いいたします」

予定通りの出棺時刻であっても、連絡を入れるようにとの火葬場が増えてきているんですね。
・・・つまりこれ
それだけ火葬場の炉のやりくりに苦慮されていらっしゃる、ということなのだと思われます。


私たち葬儀屋さんは
大抵の場合、どちらのお客様に対してもお願いするものです。

「ご出棺時刻は厳守となりますので、どうぞご協力のほどお願い申し上げます」

葬儀屋さん側の(勝手な)美学として
『予定出棺時刻ちょうどに出棺する』というのが、たしかにあります。
それは葬儀屋さんの技量のひとつ
つまり「事前の葬儀時間配分の想定と、これを遵守する腕手腕」という点において、ひとつの自己評価基準であるからです。
とは申しましても、これはあくまでも葬儀屋さんサイドの話。
ご葬儀の当事者であるご遺族様方々にしてみれば
特に故人様との最後のお別れの場面において、どうしても別れ難い思いにとらわれて、お柩の蓋を閉じるのを躊躇されるものです。

しかし。
それでも敢えて私たちは申し上げます。

「お時間となりますので、お柩を閉じさせていただきます」

(なんちゅう冷たい葬儀屋だ・・・)

そうじゃないんです・・・ m(_ _)m

私たちだって同じ人間です。
私たちもまた、いつの日か自分の家族を送る立場になるんです。
皆様のお気持ちは、痛いほどよく分かるんです。
それでも敢えてこのようにご案内するのは
定刻通り火葬場に到着されることで、ご遺族様方々ご自身がスムーズに火葬に入ることが出来るようにとの、私どもとしての配慮なんですね。

これが決して良いこととは申しませんが
仮に到着が予定時刻より遅れてしまうと、火葬場で急かされるような印象を持たれるかもしれないんです。
火葬場係員の方々にしてみれば
さらに後から到着されるお客様のことを考えると、火葬業務を急ぐことにもなりかねないということなんですね・・・


ですから、どうか皆様。
皆様の思いは重々ご理解させていただくところではありますが
出棺時刻の遵守にはご協力をいただきたいのであります m(_ _)m







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by dscorp-japan | 2014-07-30 00:00 | 葬儀 | Comments(4)

「教会御用達の葬儀屋さん」

 
・・・え~っと
微妙にお答えづらいご質問ではあるのですが・・・(^^ゞ

何故って
他ならぬ私たち自身が(一応)「教会御用達の葬儀屋さん」のひとつなんですから・・・

            ♢

この話題もすでにここで申し上げておりますが
何故に「教会御用達の葬儀屋さん」が存在するのでしょうか。
その要因はいくつかあります。

「すでに葬儀施行経験のある葬儀屋さんにお願いした方が、教会サイドが安心だから」
「それぞれの教会の事情や、牧師・神父の考え方を分かっていてくれるから」

こういった宗教者側の考える事情は、なにもキリスト教に限ったことではないのです。

現在では宗旨宗派を問わず、お葬式の多くがセレモニーホールで執り行われるという流れが一般化してきております。
しかし(たとえば都市圏においても)今から約20~25年前ですと、お葬式といえばご自宅か集会所、そして宗教施設で行われるのが一般的でありました。
さて、ここではお寺でのお葬式を例にとってみます。
お寺でのお葬式の場合、それぞれのお寺によってその造り(広さや間取り)は異なります。そのお寺の経験則などから、どこに祭壇を飾るのか、受付はどこにするのか、参列者の動線など、各お寺によっての “ デフォルト ” のようなものがあるんですね。さらには枕経~納棺~通夜~葬儀~初七日といった典礼の進行においてもまた、それぞれのお寺の(ご住職の)考え方に基づいた流れがあるわけなんです。
すると、お寺でのお葬式が発生した際に葬儀屋さんが気を付けなければならないのが、このデフォルトを遵守した形を辿るということなんです。
では、このデフォルトをスムーズに遂行するにはどうしたらいいのか。
当然のことながら、以前実際にそのお寺でお葬式を担当した葬儀屋さんが取り仕切るのがいちばんスムーズだということになります。そのお寺の事情やご住職の考え方を理解し、これに則した流れで進めてくれるわけですから、トラブル回避の近道であることは確かなんです。仮に「はじめてお邪魔します」といった葬儀屋さんですと、お寺のご住職はいちいち細かく指示をしなければなりません。極端な場合、ご住職は葬儀屋さんが作業を進める間じゅう、ずっと張り付いて監視していなければならないということにもなりかねないわけです。

(今なお現存する葬儀屋さんもありますが)
以前は今以上に、それぞれの村や町に根差した葬儀屋さんがたくさんありました。
この背景には
(地域の方々との面識があって安心だからという側面もありましたが)それぞれの地域に根差した葬儀屋さんは、その村や町のお寺と良い関係(これは癒着という意味ではありません)を構築していて、地域のお寺の事情を熟知していたから、という理由もあるんです。
「あ・うん」の関係が出来ていた、というわけです。

・・・といった事情が、キリスト教葬儀にもまたいえるわけなんです。

「祭壇に向かって柩の向きはどうだったか」
「受付ブースは室内に設けるのか、屋外にテントを張るのか」
「納棺式はどのタイミングで、どこで行うのか」
「式次第はどの典礼書を使うのか、或いは式次第を個別に印刷するのか」
「典礼の長さは一時間葬でいいのか、一時間半とるのか」

こういった実務的な留意点が、教会によって異なるんです。
それぞれの教会のやり方を葬儀屋さんが理解しているか否かの違いは大きいんですね。


そしてもうひとつ。
実はこれがいちばん大きいと思われるのですが・・・

「キリスト教葬儀のことを熟知していない葬儀屋さんがある」。

ウチのようなキリスト教専門葬儀社を除いては、葬儀社さんの多くが「宗旨宗派を問いません」と謳います。
しかし実のところ日本においてはマイノリティな宗教であるキリスト教葬儀を、すべての葬儀屋さんがよく理解しているわけではないのです。キリスト教葬儀に必要な祭具を持ち合わせていないという葬儀屋さんもあります。祭具自体の名称やその用途について理解していない葬儀屋さんもあります(同業他社さんからウチに対して「教えて欲しい」と問い合わせがあることもあります)
もちろんよく分かっていらっしゃる葬儀屋さんもたくさんあると思います。ただ、担当する機会の少ないキリスト教葬儀ともなると、仮に以前施行経験があるという葬儀屋さん(担当者さん)であっても、その流れや留意事項を忘れてしまわれるんですね。
こうした事情から、教会御用達の葬儀屋さんがあると教会サイドは重宝なんですね。

            ♢

これは少々身びいきな申し方になりますが m(_ _)m
私どものような零細葬儀屋さんが(細々とながらも)続けてこられているのは、私ども自身がクリスチャンであるということもあります。

たとえばカトリック葬儀で申しますと
・聖堂の内陣に入る際の処し方
・ミサ祭壇や聖櫃に対する崇敬の念
・ご復活のロウソクの意味
・司祭用香炉等の扱い
・ミサ典礼の流れや時間配分
・聖体拝領時の留意点

こうした事柄を知識として有することはそれほど難しいことではないでしょう。
しかし私どもは信徒として携わります。
ご依頼があれば、信徒として葬儀ミサの先唱をさせていただくこともあります(これは一朝一夕では出来ないことですね)
参列者から見てとれる私どもの所作だけでなく
本質的な信仰がそこにあるか否かという点について、信徒の方々は感じ取られていらっしゃるのではないかと思っております。







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by dscorp-japan | 2014-07-28 00:00 | 葬儀 | Comments(0)

冠婚葬祭互助会に関する私見・付録

 
・・・前日の記事に付随して。


葬儀屋さんを選ぶ際、こんな風に考えてみてはいかがかなと思います。

大切な人が亡くなった。
その方への弔意として、小さな花束を手向けることにした。
その花束を用意するにあたって、ふたつの花屋さんを回った。
Aという花屋さんは一般価格と会員価格を提示していた。
Bという花屋さんは一律の値段で販売していた。

・・・さて、どちらの花屋さんでお花を買いましょうか?

大切な方へ贈る花を少しでも安く手に入れんがため、Aの会員になるか。
Bの花屋さんが一律公平な価格で提供していることを良しとして選ぶか。

しかしこの場合
価格設定とは別の物差しがあるのではないでしょうか。

・花の品質
・店舗の知名度
・店員の対応

私なら、これらを総合的に判断すると思うんです。

「この花屋の方が良いお花だ」
「この店で買えば気持ちよく贈れそうだ」

そういう判断をしたうえでAの花屋さんを選ばれるのならOKなんです。
ただ単純に「会員になれば安くなるから」というだけでAを選ぶのは早計かもしれない。

葬儀屋さんを選ぶ際って
実はそういった判断基準の方が重要な気がするんですよね・・・

だからこそここで何度も申し上げているように
可能であれば事前にお考えの葬儀屋さんに出向いて
対応する係の方の印象やその葬儀屋さんの雰囲気を肌で感じ取って
そのうえでご自身のご希望を仰っていただき、お見積りを出していただいて
それからご判断いただくのが賢明なのではないかと思うんです。








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by dscorp-japan | 2014-07-27 00:00 | 葬儀 | Comments(4)

冠婚葬祭互助会に関する私見

 
さて。
冠婚葬祭互助会に関するお尋ねがありましたので、私の個人的な見解として申し述べさせていただきます。

冠婚葬祭互助会の何たるかについては、すでにネット上で情報を得ることが出来ると思います。よってその詳細についてはそちらに譲ります。
ただ、それら情報の殆どの発信源は冠婚葬祭互助会サイドからのものです。
つまり互助会の利点は大々的に謳われているのですが、加入者として留意すべき事柄の詳細に触れているサイトはあまり多くないような気もします。


そこでここでは
私が知る限りにおいての、互助会にまつわる誤解を列挙します。

① 互助会の積立金でお葬式のすべての費用が賄えるとは限らない

これがいちばんよくある誤解ではないでしょうか。
互助会加入の契約時に謳われている役務内容には、一般的に認識されるところのお葬式に最低限必要だと思われるものが、ある程度含まれています。ただしあくまでも “ ある程度 ” なのであって、全てではないということです。これはある意味で致し方のないことでして、あるお客様には「当然必要だ」というものが別のお客様には「いや不要だろう」となることがあるんです。
たとえば「棺」は日本のお葬式に不可欠と言っていいでしょう。
一方でたとえばお料理。
お料理の数も、その内容(価格)もお客様それぞれで不確定なものです。
すると、こうしたものは互助会加入時の役務内容には含まれない「オプション」として扱われるわけです。
私の知る限りにおいて、互助会加入に伴って積み立てた金額だけでお葬式が出来ることの方が少ないのではないでしょうか。

ただそれでも、そこの冠婚葬祭互助会に葬儀を依頼するお考えなのであれば、そこの提案する互助会に加入しておいた方がお得であることは間違いありません。


② 互助会に預けたお金に利息がつくわけではない

互助会は金利を目的とした商品ではありません。
金融商品ではないということです。
金融商品であれば金融庁管轄となりましょうが、互助会は経済産業省の指導下で運営されているものです。
ですから互助会は利息がつかない代わり、結婚式やお葬式で利用する際、加入時に約束されたサービス特典が受けられるわけです。そして市場の経済事情や物価の変動等の影響を受けることなく、契約時の役務内容を永久的に保証するわけです。仮に市場の物価が著しく上昇したとしたら、互助会会員が結婚式やお葬式を依頼する際に受ける恩恵は非常に大きいものといえるでしょう。


③ (同一エリアにおいて)互助会の役務内容を受けられるのは、加入した冠婚葬祭互助会からのみである

たとえばデパートなどの商品券ですと、今では全国共通の商品券があります。
しかし私が幼少の頃は(私の記憶が間違っていなければ)「A百貨店の商品券はあくまでもA百貨店でのみ利用できる」といったものだったと記憶します。
互助会もまた、これに準じた考え方だといえると思います。
A互助会で加入した会員の役務内容を、同じエリアで営業するB互助会に要求することは出来ないということです。

ただし「同一エリアにおいて」と書きましたのは・・・
仮に会員が加入した互助会の営業エリア外に転居した場合は、転居先を営業エリアとする互助会に転籍することが出来ます。特に転勤族の方などにとっては、大きな安心と言えると思います。


④ 互助会解約時には解約手数料が発生する

これは「そういうものなのだ」としか申し上げられません。
経済産業省の指導下で作成された標準約款にも「解約手数料」に関する記述があります。
つまり公的に認められている、ということです。
「(解約時には)元本さえも返還されないなんて!」と思われるかもしれませんが、決して法に触れるものではありません。

しかし
だからこそ、互助会への加入時には充分に検討していただきたいということなんですね。


            ♢

さて。
ここで私の個人的な考えを申し述べさせていただきます。

私は「葬儀費用の割引」という考え方自体が好きではないんです。
誰もが避けては通れない性格のものであるお葬式にかかる費用は、出来得る限り万人に等しく公平であるべきだと思っているからです。
互助会が不公平だと言っているのではありません。
事前にお金を積み立てているのだから(そしてそれには金利がつかないのですから)当然、加入者には何らかの恩恵があって然るべきです。ですから互助会は「加入時の契約内容は永久(的)に保証されます」「(契約後の)物価の変動や役務内容の販売単価(たとえば棺の単価など)が上がったとしても、それらは契約時のまま保証します」と謳います。加入者に対するメリットは決して小さいものではありません。ですから、互助会に加入していない人はその恩恵を受けられないというのも「むべなるかな」であります。

これは冠婚葬祭互助会に限った話ではありませんが、一般価格と会員価格を設定する企業の多くは、会員価格を基にした利益率を前提として企業運営するはずです。一般価格を前提とした利益率を見込んでおいて、蓋を開けたら会員価格ばかりだったという企業運営は、経営者として失格でしょう。会員制度を導入する企業である以上、顧客の多くは会員であるという前提に基づいて経営を考えるものです。

ならば一般価格とは・・・?

「それが経済の常識だ」といわれればその通りなのです。
私もまた消費者のひとりです。定価○○円のものを買おうとするときに「会員になれば○%割引ですよ」といわれれば、私だって加入します。そっちの方がお得なんですもの、当たり前です。

ただ私は、この理屈をお葬式にまでは持ち込みたくないなぁというのが本音なのです。

この話をすると「オマエは妙な屁理屈に凝り固まってるんじゃないか」などと揶揄されることもあります。
「いいじゃないか、互助会側と会員側がお互いに “ Win-Win ” の関係になるんだから」
それはその通りです。
でも、ならば未加入の方が一般価格でお葬式をしなければならないのは自己責任なのか。
「そりゃそうなるでしょ」
はい。たしかに。
そうなのでしょうけれど・・・

「お客様は事前に互助会にご加入いただいていたので会員価格が適用できます」
「申し訳ありませんが、お客様は会員様でいらっしゃいませんので価格はこちらになります」

私自身
以前在籍していた冠婚葬祭互助会で、お客様にこういった説明をしていたんです。
会員様に対する説明はいい。
事前に互助会に加入されていらっしゃらなかったお客様に説明をするときって・・・ちょっとイヤだったんですよね。
何度も申しますが、これはもちろんお客様に対する差別などではありません。
でも、他ならぬ「お葬式」です。
誰もがそれぞれ、出来る限りのことをしてあげたいと思う「お葬式」なんです。

「一般価格とか会員価格とかいわず
みんな一律、それぞれの葬儀屋さんが考える適正な統一した価格で提示すればいいじゃないか」
というのが私の気持ちなんですね・・・


・・・やっぱり私はひねくれてるのかなぁ・・・(><)







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by dscorp-japan | 2014-07-26 19:13 | 葬儀 | Comments(0)

『 Naturträne 』ニナ・ハーゲン

 
激しい雨の降る深夜。

少年はベッドを抜け出し、母親の寝室へと走った。

「お母さん! お母さん!」

廊下を走る少年の顔は恐怖におののき
鋭い稲光が少年を追い立てた。
剥がれて浮く床板の縁に、何度も足を取られる。
そのたびに涙で視界が霞む。

「お母さん! お母さん!」

廊下に並ぶ格子の窓は閉じているのに、臙脂色のカーテンは揺れている。
いつしか空間はぐにゃりと歪み
自分がどこへ向かっているのか覚束ない。

「お母さん! お母さん!」

永遠のような先、ようやく寝室の扉が近づく。
鈍く光るドアノブが見える。
もう少しだ。もう少し。
滑り落ちるようにドアに辿り着き、氷のように冷たいノブを回す。


・・・そこには嘘のような静寂があった。
雨音も雷鳴も、母の寝室を脅かすことは無かった。

ベッドの上、静かに呼吸するシーツ。
背を向けて眠る母。
そこは全くの平和だった。
もう大丈夫だ。

「眠れないのかい?」

そのままの姿勢で母親がこたえた。

「怖い夢を見たんだ」

ため息のような深呼吸が聞こえる。
また起こしてしまった。
お母さんは怒ってるかもしれない。
少年はほんの少し緊張する。

「ニナ・ハーゲンが出てきたんだ」

呼吸するシーツが一瞬止まる。
やっぱり怒られるかもしれない。

「ニナ・ハーゲンって誰だい?」

「東ドイツの歌手だよ。
『パンクの母』だよ」

夢のなかのニナ・ハーゲンを思い、少年は身震いする。
あの、鬼気迫る歌声が脳裏を占領する。

「一体どうして怖いんだい?」

「だって、こんな歌を歌うんだもの!」

            ↓

https://www.youtube.com/watch?v=4D-mQniVmis


・・・母は動かなかった。

許しを請うように、少年は母の背に手を伸ばす。

「ねぇ、お母さん・・・」

やにわに母が動いた。
それは一瞬の出来事だった。
まるでコマの様に振り向いた母の顔を、稲光が照らした。



「それはこんな顔かい?」
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ギャ~~~ッ


   おわり♡






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by dscorp-japan | 2014-07-25 01:54 | 音楽 | Comments(4)

教会への葬儀献金に思うこと

 
引き続きご質問がありましたので・・・
(ここで申し上げることはあくまでも私見であります。私の考えが正解である、と保証するところではありませんことを予めご了承ください)

たしかに
葬儀屋さんをさせていただいておりますと、しばしば聞かれる質問ではあるんです。

「教会への御礼はいくら包んだらいいのでしょう?」
「他の方々は大体どれくらい渡されてるんですか?」

つまり、実態的な “ 相場 ” をお尋ねなさるわけです。
こうしたご質問の意図するところとは(お世話になった教会に失礼があってはいけないから)(お葬式の場面で恥をかきたくないから)といったところではないでしょうか・・・

            ♢

私の知る限りにおいて、特に外国人司祭などは、葬儀献金の具体的な金額設定を拒む方が少なくないようにお見受けします。「凡そで良いですから金額を仰ってください」と尋ねても、頑なに「お気持ちで結構です」と仰る方が少なくないようです。
たしかに『献金』の本来的意味からすれば「お気持ちで」は正しいのでしょう。
しかし現実的には、お世話になる側からすると(恥ずかしくない金額をはっきり言ってよ!)という気持ちも分からなくもないところではあります。
「恥の文化」といわれる私たち日本人にしてみれば、余計に戸惑うところなのでしょう。

・・・だから、なのでしょうか
教会によっては、一律の献金額を設定しているところもあります。
もちろん設定金額は強制ではなくて「ご無理が無ければ○○円を目安にお願いいたします」という意味と捉えて差し支えないと思われます。

一方で
具体的な金額を提示するわけではありませんが、こんな表現で目安を提示される教会もあるようです。

「葬儀にかかった費用の大体○○%を目安に教会へお願いいたします」

この設定、ある意味では理にかなっているなぁと思います。
もちろん例外もありますが、お葬式にかける費用はそれぞれのご家族の経済的事情や金銭の価値観(或いはお葬式自体に対する価値観)を反映しているといえる面があります。「ご遺族に過分な負担にならない程度で教会へお渡しくだされば結構です」というわけです。

また、こんな教会もあるようです。

「普段から教会に来ていて教会維持献金をお支払いくださっている信徒は○○円。
そうでない方は(たとえば)その倍を目安にお願いいたします」

これはこれで、ある意味では理屈が通っていると思います。
これは決して差別などではありません。
普段から教会の宣教活動に協力し、教会の維持や営繕にも携わる信徒と
「普段は教会に顔を出さないがお葬式の時だけ教会にお世話になる」という方が同じだとすると、金銭的負担という面において少々公平性に欠けると思われるからです。
たとえば。
ここは葬儀屋さんらしく(笑)公営火葬場の火葬料金にたとえてみましょう。
つまり、普段から市民税を納めている方とそうでない方(=市外にお住まいの方)では火葬料金が異なる、ということと同義であります。
「教会は信徒の維持献金で賄われている」という事実は重要なのであります。

            ♢

さて。
ここまでの時点で、私は具体的な金額を申し上げておりません。
先の記事でも申し上げました通り
やはり、教会への葬儀における献金(謝礼)の具体的な額を葬儀屋さんが申し上げるべきものではないと心得るからであります。

「それじゃあまりに不親切じゃないか!」

・・・ならばここで、ひとつの目安となり得る考え方を申し上げます。

キリスト教葬儀の多くは、今なお教会で執り行われることが多いです。
教会「施設」を「利用する」ということです。
この実態を照らし合わせて
ここはひとつ、葬儀屋さん直営のセレモニーホール(葬儀会館)の『会館使用料』を目安としてみてはいかがでしょうか。

それぞれの葬儀屋さんによって「会館使用料」の設定額は異なりますが
私の知る限りにおいては、一般的なホール利用料が8~20万円くらいなのではないでしょうか(もっと高いところもたくさんありますが)

葬儀会館とキリスト教会を同列に考えることに異論もありましょうが
経済面でいえば、少なくとも建物の維持費と水道光熱費だけを考えても結構な費用にはなるんです。
様々なご意見があることでしょうが
実態的傾向と照らし合わせてみても、ひとつの目安にはなる金額だとは思います。


今一度申し上げます。
キリスト教に限らず
宗教者への御礼(お布施、献金)の額は、葬儀屋さんの領域の話ではありませんことをどうかご理解ください。
また
ここで申し述べさせていただいた教会への葬儀献金に対する考え方は、あくまでも私個人のものでありますことをご了承ください。






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by dscorp-japan | 2014-07-24 22:52 | 葬儀 | Comments(2)

キリスト教(カトリック)葬儀の費用相場お問い合わせへの回答

 
拙ブログに
「キリスト教(今回はカトリック)葬儀における費用的な相場を解説してほしい」とのご要望がありました。
せっかくのご質問です。
少々長くなりますが、私なりに “ お答えできる範囲で ” 解説させていただきます。

(お問い合わせ、有難うございました)

            ♢

さて。
“ お答えできる範囲で ” と申し上げましたのはつまり
葬儀屋さんとしてお答え出来ることと、断定的にはお答えできないことがあるということです。

具体的には、教会へお渡しいただく葬儀の謝礼(葬儀献金)の費用。
これは私ども葬儀屋さんが軽々に回答できる類のものではないということです。
実態として、それぞれの教会(カトリックでいうところの小教区)によって、その費用目安としての凡そのガイドラインを設けているところもあれば、教会への葬儀献金の額はまったく自由であるとする、という方針のところもあります。
すべての小教区がまったく同じというわけではないのです。
すると必然「相場は大体これくらいですよ」とは申し上げられないということです。

したがって教会への謝礼(献金)については、それぞれの教会へ直接お尋ねいただくか、その教会の信者さん(たとえば信徒会長さんなど)にお尋ねいただきたいと思います。

ご要望にはお答え出来ていない回答かと思われますが
教会への謝礼は教会へお尋ねください、としか申し上げられないのです。


※ 追記:
教会への献金に関する個人的な考え方についての記事はコチラをご参照ください m(_ _)m


            ♢

次に、葬儀社へ支払う葬儀費用の「相場」について。

まずはお葬式の規模を考える必要があります。
参列者を限定しないお葬式なのか、家族・親族のみが参列するお葬式(いわゆる家族葬)なのかによって、その費用は変わってきます。たとえばお葬式の受付で参列者が記帳する際、参列に対する御礼として挨拶礼状や簡単な御礼品を渡されるとなると、参列者数に応じてその費用が影響してきます。お葬式の規模(参列者の多寡)によってその費用相場も大きく異なるということです。

次に地域差による違い。
「同じカトリックのお葬式だから全国共通だろう」と思われるかもしれませんが、実態はそうとも言えないところです。
たとえば通夜後の食事。
これはキリスト教葬儀に限らないのですが『通夜ぶるまい』といって、参列者が食事をする席を設ける地域があります。一概には言えませんが、エリアによっては結構しっかりとした質と量のお料理を用意するという習慣のところもあるようです。
対して、私どもの主たる営業エリアである名古屋界隈では『通夜ぶるまい』という習慣自体が一般的ではありません。仮にお料理を用意するとしても、参列者全員のためではない、遺族親族用の助六寿司などといった程度です。まったく何も用意しないという方も少なくありません。
この、地域差による費用の差は結構大きいです。

私自身、日本全国すべてのエリアの葬儀習慣を掌握しているわけではありません。
しかし、地域による差があることは確かです。
お葬式を執り行う地域によっても、その相場は大きく変動してくるということです。



・・・私の結論を申し上げます。

(「これじゃ回答になってない!」とお叱りを受けるかもしれませんが)

「葬儀費用の相場は、参列者数・地域や慣習・葬儀形態によって大きく変動するため、一概にはお答えできない」

という回答になるのです。

決して回答をはぐらかしているわけでもなく、逃げているわけでもありません。
私なりに考えた、真面目な回答がこれなんです。


現在殆どすべての葬儀屋さんは、それぞれのお客様の細かなご要望を反映させたお葬式の事前見積りを作成してくれます。葬儀社それぞれの料金体系に違いはあるでしょうが、それぞれの料金体系にお客様のご要望を照らし合わせた総額見積りも算出してくれるはずです。
何故こういった「生前見積り」があるのか。
もちろん葬儀屋さん側の「顧客囲い込み」という本音もあるでしょう。
しかし結局のところ、お葬式費用の相場は “ 有って無きが如し ” だからという一面もあるんです。それぞれのお客様のご要望を細かく反映させると、一件一件のお葬式それぞれを単純に比較できるものではないということなんです。

こんなことがあります。
Aさんが「お葬式には当然必要だから」と注文される商品を、Bさんは「何故これが必要なのか分からない」と突っぱねられる。
これはどちらが正しいということではなくて、それぞれのお客様の、お葬式に対する価値観の違いなのだということなんです。AさんとBさんの価値観を同列に比較して、はたしてその結果が相場といえるのかということなんですね。


ですから
(他の葬儀屋さんと同様)たとえば私どもの会社の料金体系に照らし合わせて、お客様のご要望をお伺いしたうえでお見積りを出させていただくことは勿論可能なんです。(その際は弊社HPの「私たちの思い」というページのメールフォームからお問い合わせください)

つまり、です。
ご自分でいちばん納得できる費用を算出するには “ 相場 ” を物差しとするのではなく
ご自分のご要望を複数の葬儀屋さんに詳細に伝えたうえで見積もりを作成してもらい、これを比較するというのがいちばん現実的だと思われます。これによってお住まいの地域における、そしてご自身のご要望に則した、より具体的な「相場」が見えてくるのではないでしょうか。

            ♢

そして最後。

ご質問の方は、葬儀互助会への加入について思案中とのことです。
(互助会に関する詳細はコチラをご覧ください)
最終的に互助会へ加入されるのかは、ご本人のご判断にお任せいたします。
私も以前は冠婚葬祭互助会の会社におりましたので、その内容も理解しております。

ただ
葬儀屋さん、特にキリスト教葬儀を依頼する葬儀屋さんを選ぶ場合、費用の安さのみにとらわれない方が賢明だと思います。
正直、キリスト教葬儀を熟知していない葬儀屋さんは少なくない。地域では名の知れた大規模な葬儀屋さんであっても、キリスト教葬儀を不得手とする葬儀屋さんは、たしかにある。たとえ「各宗派のご葬儀承ります」と謳っていたとしても、です(だからウチのような零細葬儀屋さんがやってこれている)
ですからむしろ、キリスト教葬儀を安心して任せられる葬儀屋さんをお探しになる方が大切だと思います。

ではどのように探すか。

この場合いちばんの近道は(所属される)教会にお尋ねいただくことです。
教会サイドが(ここの葬儀屋さんなら)と判断されたのならおそらく、ほぼ間違いないと言って差し支えないでしょう。
何といっても「プロ」である司祭職が、ご自身の経験則に基づき判断されたのですから。



※ ホントに結構長くなっちゃった(笑汗)
  読み辛かったらゴメンナサイ m(_ _)m





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by dscorp-japan | 2014-07-21 00:00 | 葬儀 | Comments(2)

『 生存者ゼロ 』 安生正

 
“ このミス ” とか “ 本屋大賞 ” とか
最近はあまり信用しないようにしているんです(笑汗)

いや
個人的には(ごく一部の受賞作品を除いて)それなりに面白かったりすると思っております。
受賞作品として選考される、それなりの理由も大体理解できます。
ただ
「読書」に大切な要素の一つに「読むという行為自体が楽しいかどうか」というのがあると思うんです。
文章の上手さ。
文脈から様々なことを連想させる描写力。
もちろん私にはその才能の欠片も無いのですけど m(_ _)m
そういう文体に出会えると、読み手としては非常に幸せだったりします。

これは個人的な印象なんですが・・・
最近の受賞作品って、文体が優れているという評価基準より
ストーリーの面白さとか、その切り口、斬新な設定、みたいな部分に重きが置かれているような気がします・・・


で、この作品。

a0153243_14102941.jpg
宝島社文庫(¥750+税)


北海道根室半島沖に浮かぶ石油掘削基地で職員全員が無残な死体となって発見された。
陸上自衛官三等陸佐の廻田と感染症学者の富樫らは、政府から被害拡大を阻止するよう命じられる。
しかし、ある法則を見出したときには、すでに北海道本島で同じ惨劇が起きていた―。
未曾有の聴きに立ち向かう!
壮大なスケールで未知の恐怖との闘いを描く、第11回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。
(文庫本背表紙説明より)



端的に言えば
ハリウッド映画の脚本みたいな物語かと。
ミステリーとかサスペンスというより “ パニック超大作 ” みたいな・・・?

読み終えての最初の感想は
(よくもまァこんなストーリーを思いつくもんだなァ~)という感じでした。
正直
“ 犯人 ” が誰なのかは、物語の序盤から中盤にかけてのところで何となく気付いちゃいましたけど
逆にその “ 犯人 ” が分かることで、却って恐ろしさが増したような気がします。

(こんなの犯人に仕立てて、一体どうやって解決させるのよ?)
(こんなのが相手で、手の打ちようがあるか?)

エラそうなことを申しますが
文章は少々荒削りな部分も感じられます。
作者の拘りなのか
物語に登場する自衛隊の銃器等に関する記述からは、福井晴敏さんを彷彿させるところもあったりして(笑)

本作のテーマは
「危機管理の重要性」ということでしょうか。
物語のなかでも政府の対応なんかからは
東日本大震災による原発問題の初期対応とダブらせているような気も・・・


本作に対して
ネットの書評ではかなり厳しい評価が散見されます(><)

曰く
「これは小説なんかじゃない。脚本だ」

・・・脚本的な描写であることは否定できません。
しかし、だとするなら
(お名前は伏せますが)
本作よりもずっと文章が稚拙に感じられる作家さんは結構いらっしゃる(と思う)。

まず、本作が(出版された)処女作であるということ。
処女作で
500ページに迫る長編小説であるにもかかわらず
冗長な印象を与えずに読ませるストーリーを生んだということ。
これは素直にスゴイことだと、私なんかは思うんですけどね。






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by dscorp-japan | 2014-07-20 02:23 | | Comments(2)

無題

 
私たちは完全じゃない。

自制する心があっても

倫理観を持ち合わせていても

武器を持てば過ちが起こる。

いつだって本当のことは分からない。

でも

報道にあるような「誤認による撃墜」とは一体何なんだ?

「空から人が紙きれのように落ちてきた」

なのに

どちらからも死者への弔意の言葉はない。


今は21世紀。

罪のない人々が「間違い」で殺される時代。

科学や技術が発達しても

どうやら私たちは変わらない。



犠牲者の方々には神様の救いと恵みを。

ご遺族の方々には慈しみ深い慰めを。

そして

人を殺める為の武器を持つこと自体が罪であるということに

私たちが気付くことが出来ますように。






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by dscorp-japan | 2014-07-19 00:00 | ニュース | Comments(6)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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