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年末のお葬式に思うこと

 
・・・なァんか、気が付けば大晦日だったりする(驚)

メチャクチャ忙しいわけじゃないんですけど
それでも何やらドタバタしてるんです・・・(汗)

            ♢

ところで。
昨日のお葬式の現場で、ウチが依頼して派遣されてきた女性スタッフさんとの話。

「年末や年始のお葬式で
(仏式葬儀での)初七日法要とか、その後の会食(精進落とし)をやるべきか?」

地域差もありますが
現在の仏式葬儀では、ご葬儀を終えて故人様が荼毘に付され、拾骨の後に初七日法要を行い、その後遺族・親族を食事の席にお招きする、というのが一般的です。
実質的な意味合いとしては
この食事のを設けることで、葬儀(&初七日法要)に参列して下さった方々へ感謝の意を表すわけです。


その女性スタッフさんですが
今日(つまり大晦日)のお葬式(もちろんウチとは別の葬儀社さんデス)に派遣されるらしく
またそのお葬式が遅い時間(午後3時出棺)とのことで、この話題になったんですね~
そしてそのお葬式は
初七日法要も、その後の食事の席もあるとのことでした・・・

「私たちはお仕事ですから良いんです。
でも正直、お客様たちは大晦日なんて早く帰りたいでしょうに」

大晦日の午後三時出棺のお葬式で、その後に初七日法要&精進落としとなると
精進落としの席がお開きになるのは、おそらく午後の九時近くじゃないでしょうか(><)

・・・もう紅白歌合戦が始まってマス・・・(笑汗)
昔の言い方なら
「レコード大賞も決まっちゃった」ということになります。

私がそのお葬式の担当者なら
出来るだけ早くお帰りいただけるように説明すると思います。
たとえば
初七日法要の読経を葬儀の読経で一緒に終えていただくようにご住職に進言するとか
拾骨後に初七日法要を行うとしても、その後の食事の席は省略するとか。
初七日法要にお残りいただいた方には『御膳料』としてお金を包んでお渡しして、そのままお帰りいただくわけです。

・・・精進落としの食事の席って
必ずもうけなければならないわけでもないと思うんですよね。
先にも申しましたように
その実質的な意味合いが「感謝の意を表す」「お集まりいただいた方を労う」のであれば
特に年末年始のお葬式などでは、出来るだけ早くお帰りいただくように考えた方が良いような気がするんですよね。

立場を逆にして考えてみれば分かると思うんです。
たとえば皆さんが年末押し迫った時期のお葬式に参列したとして
喪主様から「初七日の席を設けておりますのでお願いします」と言われれば、なかなか断りづらいですよね。
でもホンネは
(ホントは早く帰りたいなァ)
(大掃除もお正月の準備も出来ていないんだけどなァ)
といったところじゃないでしょうか・・・


最終的にはそれぞれのお客様がお決めになられることなんですけど
やっぱり年末年始って、それぞれのご家庭でいろいろご予定もありますものね~


・・・ってなことを話していた、というお話でした m(_ _)m

            ♢

さて。
このブログをご覧いただいている皆様へ。

今年一年
こんな下らんブログにお付き合いいただき、感謝申し上げます m(_ _)m
来年が皆様にとって良き一年となりますように。


来年はもっと下らんブログになること請け合いでございます(笑汗)





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by dscorp-japan | 2013-12-31 01:27 | 葬儀

『 Frame by Frame 』 キング・クリムゾン

 
年末だけど忙しいんです。
葬儀屋さんなんてのは、大体そんなものなのであります。
今日も、私が担当するご葬儀のお通夜があります・・・

“ 忙しいときは音楽ネタで ”
の慣例に従って、今日はコテコテのプログレを・・・ m(_ _)m


・・・はい、キング・クリムゾンです。
キング・クリムゾンにもいろいろな時代がありますが
今回は、後に “ ディシプリン・クリムゾン ” と称されるきっかけとなったアルバムからの一曲。



1981年に発表された『 Discipline(ディシプリン)』というアルバムへの評価はそれぞれですが
初期(第一期)クリムゾンを好きだった方の多くは批判的に受け止めたようです。
たしかに
初期の傑作といわれる『クリムゾン・キングの宮殿』や『レッド』のもつ重厚さや哲学的な側面は影を潜めましたし
新しく加入したエイドリアン・ブリューのヴォーカルは、初期のクリムゾンから考えるとかなり軽薄な印象を与えかねないもの、ではあります。
イギリスのバンド特有の、やや湿度を伴った音空間が
“ ディシプリン・クリムゾン ” では全くと言っていいほど感じられません。
一言で言って「乾いた音」なんですね・・・(因みにエイドリアン・ブリューはアメリカ人)。


・・・でも私は
“ ディシプリン・クリムゾン ” も好きなんですよね~ ♪

たとえば今回取り上げた曲で申しますと
いわゆるミニマル・ミュージック的アプローチの反復音とか、これはこれで心地良い緊張感が感じられます。

たしかに
初期のクリムゾンとは、その音楽性は大きく異なります。
でも、やっぱり「クリムゾンはクリムゾン」なんですよね~






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by dscorp-japan | 2013-12-29 01:30 | 音楽 | Comments(0)

『亡くなった母は献体の意思を表明していたのですが、葬儀は出来ますか』

 
回答:

一般的に、生前から献体の登録をされていた方のお葬式は可能です。

解説:

「献体登録をしている場合、葬儀は出来ない」などと解釈される方がありますが、必ずしもそうではありません。

献体とは、医学の発展の為に大学医学部や歯学部での解剖学実習用教材として、自らの身体(遺体)を提供することです。
献体の場合、亡くなられた後に本人の家族の承諾を得たうえで、そのご遺体は献体先の大学病院などへ搬送されますが
献体先へご遺体を搬送する前のタイミングで、お葬式をされる方もあります。

火葬を伴うお葬式と異なるところは
葬儀を終えた後、ご本人のご遺体は葬儀式場から直接献体先の大学病院へ搬送されるということです。
また、多くの大学病院の場合、葬儀後の搬送に遺族が同行することは出来かねます。
一般的に、遺族は式場での出棺を見送る形となります。

ここで留意すべきことは
やはり献体である以上、葬儀の日程は出来るだけ早めに設定することになるということです。
また献体の場合
遺体を前にしたお葬式ではなく、たとえば本人の身体の一部(髪の毛や爪など)をご遺体の一部として祭壇に安置した形で葬儀を行うという手段もあります。

献体だからという理由で、お葬式を諦めなければならないというわけではありません。
詳しくはお葬式を依頼される葬儀社にご相談ください。







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by dscorp-japan | 2013-12-27 09:21 | 葬儀 | Comments(0)

サンタさんになった西神父様(笑)

 
「今からすぐ来て!
オレ、今日はプレゼント配りでいろいろ回らなきゃいかんからアッシーしてよ」

・・・この人からの依頼はいつも突然です(汗)
そして急かす。

「はァ~やァ~くぅ!今すぐ!」

ンなこと言ったって無理だっての(><)


つまり今日は
畏友:西経一神父様のクリスマスプレゼント配りの「足」として、名古屋市内を東へ西へと走り回っておりました。

・・・しかし
なァんでわざわざ私を呼び出すかネ・・・?

「だァって
配る相手先の住所は分かるけど、バスや地下鉄じゃどこで降りたらいいか分からんだろうが」

じゃ私が来れなかったらどうしたのよ・・・?

「それならそれでタクシーを呼んだだろうけど
今、タクシーってタバコ吸えないだろ?
オマエの車ならバンバン吸えるだろ~」

・・・。


まァそれでも
プレゼントを受け取られた方々は大いに喜んでいらっしゃいました ♪

曰く
「ホントのサンタクロースが来て下さった」

・・・“ ホントの ” かどうかは分かりませんが(笑汗)
それでも西神父様を慕う方にとっては、ちょっとしたサプライズだったのでしょうね~


「いや~喜んでくれたァ。
今日もイイことしたなァ」

・・・私をこき使ってね!

「ばァ~か!
オマエも良いことをしたんだよ。
オレがサンタなら、オマエはトナカイになったんだから」

・・・なァるほど。
相変わらずウマいこと言うもんです ♪







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by dscorp-japan | 2013-12-25 23:49 | おともだち | Comments(8)

おめでとうございます


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今夜のカトリック布池教会
(寒さで手ブレしてます)

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布池教会の馬小屋飾り


・・・つまり
今日はこういう日なのであります。

前日の記事にも書いた通り
クリスマスを迎える為の準備をまったく出来ないまま、この日を迎えてしまいました m(_ _)m

・・・せめて!
せめて私自身の “ 大掃除 ” くらいしましょうということで(笑)
久しぶりに告解部屋へ入りました m(_ _)m

日頃の悪行の数々を告白して
一応(ってオイ!)反省して
償いの祈りを唱えて
それからイエス様の御降誕を祝うミサに与ってまいりました。
・・・とはいっても
ミサ中の殆どを、聖堂入り口で来られた方への案内に終始しておりましたが(笑)

・・・だって聖堂内が人で一杯なんだもん・・・


だからミサが終わった時も
こういう視点で司祭団を見送る、と。
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司祭団を先導する侍者のみなさん



あらためまして。

皆様
主の御降誕を心からお祝い申し上げます。

メリー・クリスマス ♪

この夜が
皆様にとって心温かく過ごせる一夜となりますように m(_ _)m





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by dscorp-japan | 2013-12-24 22:56 | キリスト教 | Comments(10)

クリスマス・イヴイヴ

 
今年のアドベント(待降節・降臨節)は
正直、心の準備などまったくしないまま今日に至ります。
実際、お仕事が忙しかったというのもあるのですが
まァそんなのは言い訳に過ぎないわけで・・・ m(_ _)m

そんな自堕落な信者のくせに
悪友神父&神学生との食事会にはちゃっかり出向くという・・・(笑汗)
で、つい先ほどまで
半ば恒例となった焼肉屋さんでの食事会(お店は毎回違うのですが)に行って参りました。

神学生のお二人
いよいよ神学生生活も佳境に差しかかりつつあるようです。
つまり
(スムースにいけば)もう少しで司祭叙階(=神父様になる)の恵みをいただけるだろう、と ♪

私が若い頃は
自分のお兄さんのような方が神父様になるのを見届けてきたわけですが・・・
この歳ともなると、自分よりも若い方が神父様になられるという立場になります。
でも
かえって今の方が、新しい神父様の誕生を心待ちにする気持ちが強くなってきています。
本心から応援したいと思うし
私なりに少しでも彼らのサポートが出来れば良いなァと、つくづく思う次第です。


ということで
ここは普段の不信心な自分のことは棚に上げて(汗)
未来の神父様お二人のためにお祈りします m(_ _)m

神様
あなたがお招きになった神学生二人の上に
どうか叙階の恵みをお与えください。
彼らのうちにある、司牧への憧憬と意欲を汲み取っていただき
私たちの良き牧者となるようお導き下さい。
そして
彼らの口から神の言葉を聞き
彼らの手からご聖体を拝領することができますように。
アーメン。







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by dscorp-japan | 2013-12-23 23:50 | キリスト教 | Comments(2)

「運命」と「天命」

 
唐突ですが
私は運命論者ではありません。

「運命」という概念の捉え方にもいろいろあると思います。
しかし少なくとも私は
「凡そすべての事象の結末は予め定められている」
という考え方には賛同いたしかねる立場であります。

一般的に
運命を決定するのは人智を超えた存在、つまりいわゆる「神」という考え方が一般的かと思います。
私はカトリック信徒ですから
人智を超えた存在、つまり全知全能の神を信じております。
全知全能なのですから
過去も未来も「何もかもぜェ~んぶマルッとお見通しだいッ!」(どこかのドラマで言ってたセリフだなァ)
なのでしょう。
でも
「お見通し」ではあるけれど、すべてを決定しているのは神なわけじゃない、と思っています。



具体的に言えば・・・

その昔
私は “ デモシカ教師 ” になるべく(笑汗)教員過程の大学を出ました。
でも、数年後に教育の世界からドロップアウトしました。
そしてその一年後には
何の因果か、いきなり葬祭業界に足を踏み入れました。

・・・この流れは、今思い返してみても甚だ不思議であります。
葬儀屋さんになろうなんてこと、これっぽっちも考えたこと無かったのに。

じゃ~それは私の「運命」だったのかというと・・・
正直、そうは思っておりません。
自分でも不思議ではあるけれど、この道を選んだのは私自身であります。
流されて生きてきたのも事実ではありますが(汗)
それでも私は、自分の意思で決めだのだという自覚があります。

予め定められていたとは思わないし、思いたくもありません。
敢えて申しますなら
そういう私の選択のすべてを、神様は「すでに知っている」ということだと思います。
だからこの先私がどんな選択をするのかも
そしてその結果どうなるのかも、神様は「すでに知っている」。
でもやっぱり、その未来を選択するのは私自身である、と。

神様は私に、何も強制はしていない。

「好きに生きなさい。
但しその因果のすべてはオマエが甘受しなさい。
まァそれでも、オマエがこの先どうなるかはお見通しだけどネ~」


神様がこんな言い方をするかは知りませんけど(笑)
でもまぁ、こんな感じなんだろうなァと思っております・・・

            ♢

「運命」と似て非なる言葉に「天命」というのがあります。

私は、この「天命」という言葉が好きであります。
「天命」という言葉から受ける印象には
少々大袈裟なニュアンスが感じられはします。
でも
「神様から何らかの役割を与えられている」
「自分の生きている意味は神様が与えて下さっている」
という考え方と捉えるなら
「すべての人間には必ず何らかの『天命』が与えられている」という言い方も出来るのではないでしょうか。

今私が葬儀屋さんとして働いているのも「天命」。
「葬儀屋さんとしてちょっとだけでも人様のお役に立ちなさい」と、役割を与えられているのだと。
生来持っている心臓の持病も「天命」。
「オマエはこの痛みを耐えて生きなさい」と。
どうにも面倒くさい役回りも
逃げ出したくなるような辛い試練も
全部神様から与えられた「天命」である、と。


「運命」と言ってしまうと
何というか、どうにも抗えないもののように感じます。
「運命」という言葉の先にあるのは、諦念しかないような気がします。

でも、これを敢えて「天命」と置き換えれば
「神様は私にこういう役回りを担わせてるんだ」と、受け入れられたりします。

・・・そこには「神との対話」があるんですね。
神様は私を見捨てているわけじゃない。
いつもちゃんと見ていて下さっていて
その上で役割を与えて下さっている。
そして
与えられた役割を果たそうとする私を、ちゃんと見守って下さっている。


そこに「神の愛」がある、と。



・・・まァそう言いながら私、しょっちゅう空を見上げては文句たれてますけどネ。

「一体オレに何をさせたいのよ !?」
「なァんでこんなにイジめるわけ ??」

・・・文句言うくらいのことは赦されるはずなのであります。
だって、イエス様だってちょっと文句たれてたじゃないですか(笑)

「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。
しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」
(ルカによる福音書: 22 ‐ 42)


・・・やっぱり違います?
失礼いたしましたッ m(_ _)m






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by dscorp-japan | 2013-12-22 00:22 | 思うに・・・ | Comments(4)

『 雨の街を 』 荒井(松任谷)由美

 
実は12月に入って以降
昨日までずっとお葬式のお仕事が絶えず、ドタバタしておりました。

どうやらようやく一段落したかな?という感じ、かな・・・

一昨日より
名古屋地方はずっと、冬の雨が降ったり止んだりといったお天気。
でも、何となく私は嫌いじゃありませんでした。
大雨というわけではなくて
低く覆った空からしとしとと濡らす雨って、何となく雰囲気があって良いなァと。

・・・で
仕事をしながら、この歌を思い出したりしてました。


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この曲が収録されたアルバム『ひこうき雲』(1973年)


個人的には
松任谷由美さんの曲は、それほど詳しくありません m(_ _)m
それこそ誰でも知ってる曲(『中央フリーウェイ』とか『卒業写真』とか )くらいしか分かりません(汗)
でも何故か
この曲は若い頃から耳に残っていて、何となく好きだったりします ♪

この曲の季節が冬なのかは分かりません。
でも「澄みきった空気のなかを静かに降り続く雨」というイメージでいえば
たとえば春みたいに埃っぽい時期よりは、今の季節に合っているんじゃないかな?という気がします。

ちょうど昨日は
愛知県の隣、岐阜県のとある街の教会でお葬式がありました。
はじめての教会でしたので
私も現場に入ってお手伝いをしてきたんですね。
で、その教会へ向かうとき
途中かなり長い距離を、山間の森のなかを抜けていく道路を走ったわけなんです。

もうかなりの木々が葉を落としていて
ただただ静かに雨だけが落ちてくるなかを走っていて
何となくこの曲が頭に浮かんだのでした・・・







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by dscorp-japan | 2013-12-20 00:00 | 音楽 | Comments(2)

葬儀屋さんの恐れる『 印刷物のミス 』

 
昨日の記事に関連して・・・m(_ _)m


正直に申し上げます。
私の記憶する限り
ウチの会社約11年の歴史で、ミスは二度あります。

一件は会葬礼状の日付が間違っていたこと。
厳密に言えば、日付の年号が一年前のものでした。
正月明け早々のお葬式で
前年の年号をそのまま印刷してしまったのでした。

もう一件は
お客様にお渡しする訃報案内の記述が間違っていたこと。
私どもの場合、式場となる各教会の住所や電話番号が記載された訃報案内をご用意するのですが
教会の住所が、町名変更によって微妙に変わっていたのでした。

・・・そしてこれら二件のミス
大変に恥ずかしながら、いずれも私自身の担当するお客様でありました・・・ m(_ _)m


決して開き直るわけではありませんが
葬儀屋さんのミスの上位にくるであろう過ちのひとつに「印刷物の間違い」があります。

故人名。
喪主名。
そして日付。

決して笑えない葬儀屋さん “ あるある ” に
「亡くなられた方と喪主様のお名前が入れ替わっていた」というのもあります・・・


結局のところ
社内におけるチェック機構が機能していなかったということです。
私が担当した二件のお客様の印刷関係は
私自身が入力して、私自身がチェックしたものでした。
忙しさにかまけて
別の “ 目 ” である社員に最終チェックを指示しなかった、私のミスなのです。

            ♢

印刷物の怖いところは
入力者の “ 思い込み ” であり “ 過信 ” です。
「オレは間違いなく入力した」という思い込みが、最終チェックの目を曇らせてしまったわけです。

お葬式の準備は、時間との勝負でもあります。
ご依頼をいただいてから打ち合わせをして
印刷物の準備をして仕上げるまで、状況によっては半日程度で完了しなければなりません。
こう申し上げると
「そりゃ短時間で大変ですよね」と仰っていただけるかもしれません。

しかし私たちは知っています。
こうしたミスって
往々にして、時間的ゆとりのある時にこそ起こりがちなのです。
つまり、要は準備する葬儀屋さんの集中力なのです。



自戒の念を込めて m(_ _)m







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by dscorp-japan | 2013-12-19 00:00 | 葬儀 | Comments(2)

その後の対応が肝心

 
以前お世話になっていた会社で管理職だった頃
結構な件数のクレーム処理に向かったものでした m(_ _)m

お葬式というお仕事において
クレームなどというものは決してあってはいけないこと、です。
どんなに小さなことでも
(実際「小さなこと」などないのですが)
それはお客様からの信頼を裏切ることであります。
なにより
お客様の心の中に、取り返しのつかない “ シコリ ” を残してしまうことになります。

しかし葬儀屋さんもまた人間です。
完璧を期すべきでありますが、完璧ではありません。
ミスしようと思ってミスする人間などいないのです。
だからミスの無いよう、あらゆる方策を講じます。
・・・しかしそれでも、それは起きてしまう。

ミスを犯せば、当然その担当者は慌てます。
(どうしよう)と、委縮してしまうでしょう。
そしてその結果
ミスを犯した人間はしばしば、何とかそれを誤魔化そうとする気持ちが働いてしまう。
クレームを回避したいという思いは仕事をする人間の自然な心理、なのかもしれません・・・

しかし。
お客様からすれば、ミスを隠ぺいしようとしていることなどお見通しです。
隠しおおせることなど、どだい無理なのであります。
ミスの隠ぺい工作は、ミス以上のクレームを生み出すことになる。
これこそが本当のクレームの元凶、なのであります。

実際のところ
以前の会社で私がクレーム処理に伺ったお客様の多くは
起こしてしまったミスそのものよりも、その後の対応にクレームをつけてこられました。

「ミスをフォローする対応が遅い」
「ミスを認めようとしない」

そして最終的にいただくお言葉は
「おたくの会社ではそういう社員教育をしているのか」となる。
・・・返す言葉がありません m(_ _)m

            ♢

これは以前の会社でも、ウチの会社でも言っていることです。

まずはお客様に対して、とことん正直であること。
隠そうとするのではなくて
ミスを正直に認めて、心からお詫びすること。
お客様からどんな態度をとられようと、誠心誠意謝ること。
そして
ミスした事実を会社にも隠すことなく報告すること。
それも迅速に。
そのうえで、速やかにそのミスをフォローする為のあらゆる方策を講じること。


罪の告白じゃありませんが
“ 思いと言葉と行いによって ”
ミスを犯してしまったことへの謝意を示し
“ 思いと言葉と行いによって ”
そのミスを挽回することに専心する。

それ以外にないのであります。








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by dscorp-japan | 2013-12-18 00:00 | 葬儀 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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