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山井選手がノーヒットノーラン!

 
正直、今年の中日はかなりイマイチな感じです(汗)


・・・あ、プロ野球の話です(笑)
やるのはヘタだけど、観るのは大好き ♪
名古屋生まれの名古屋育ちですもん、そりゃ中日ファンですよ。
今年のWBCで中日の井端選手が大活躍したときは
まるで自分のことのように嬉しかったもんですよ。


・・・でもねぇ・・・
開幕前からある程度は予測してましたけど、やっぱりダメな感じですよね・・・(汗)
正直
こんなに野球を観ないシーズンって、何年ぶりだろ・・・
応援してないわけじゃないんだけど
何というか、応援のモチベーションが上がらないんですよね・・・orz


とか思ってたら
やってくれましたよ、山井選手 ♪ (パチパチ!)

山井選手といえば
何といっても2007年の日本シリーズでの「8回まで完全試合投球」ですよね!
当時の落合監督の采配には賛否の嵐が起こりましたよね~

あれから6年、かぁ・・・

もちろんとっても良い投手だと思うんだけど
何故かこれまでエースと呼ばれるまでには至らなかった選手。
ちょっと好不調の波があるところが玉にキズだったというか・・・

でもね
やっぱり日々努力してれば、結果はついてくるってことなんでしょうね~


何はともあれ!
山井選手、おめでとうございます ♪

日本の社会と同じく
選手の高齢化が甚だしい(笑汗)中日ドラゴンズを、どうか牽引していって下さいッ m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2013-06-29 00:00 | あったこと | Comments(4)

便乗ネタ(笑)

 
昨日の記事に対するコメントで
もりもりさんからご指摘をいただきました。
つまり
「日本の霊柩車って
『文化』と呼べるほどの時を経てはいないんじゃないか」
とのこと。

普段は能天気な方なんですけど
時折、こういう鋭いツッコミを入れてくるから侮れない・・・(汗)

で、どうやって言いくるめてやろうか(笑)と思案しておりましたら・・・

やるじゃん、はるさん

私にとってこの上ないタイムリーな記事を書いてらっしゃるじゃございませんか!

(はるさんのタイムリーな記事はコチラ

日本における霊柩車の歴史は、おおよそ100年。
これを「長い」とするか「短い」とするかの価値観は人それぞれかと思います。
ただ少なくとも日本の霊柩車は
それまであった日本の葬送文化の特色を取り込みつつ、今のカタチになったことはたしかです。

            ♢

「何を以て『文化』と称するか」という議論もありましょうが
私見としましては、葬送に係るすべての事象は文化である、と考えております。

いつの時代も
本来、人が死ぬという現実を前にしてそれを軽んじる人などいないはずなのです。
それぞれの時代のなかで
人は皆、その時々において最も相応しいと考える方法で死者を葬ってきました。
時代背景や文明の発展も取り込みつつ
私たちは「如何にして葬るか」について考え続けてきたんです。

・・・そしてその思索は今なお続いている、と。

            ♢

もりもりさんのお考えになる時間的尺度は、私が思うそれよりもずっと壮大です。
私なんかよりもずっと大きな視点でお考えになられているようです。
そういう俯瞰視点でご覧になれば、霊柩車なんてのはごく最近のもの、なのかもしれませんね。

・・・でもいいじゃん、もりもりさん ♪
あんまり目くじら立てると、乗せてあげないよ~

・・・って
まだ乗ってもらっちゃ困るんだけど(笑汗)


追伸:
はるさん、この上ないタイムリーな記事を有り難うございますッ m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2013-06-28 23:33 | 葬儀 | Comments(2)

名古屋特殊自動車株式会社

 
・・・まぁ今回の記事は
殆どの方が大した興味の無い話なんでしょうけど・・・(笑汗)


昨日、会社にDMが送られてきました。
いつも寝台車や霊柩車でお世話になっている会社でして(つまりタイトルの会社です)
このたび、名古屋特殊自動車さんがホームページを開設されたとのことで
「貴社にホームページがございましたら是非ともリンクされ・・・」
とのことでしたので、とりあえず紹介記事を書かせていただきました m(_ _)m
(あたしャリンクの張り方が分からないんデス)

名古屋特殊自動車ホームページ:
http://www.nagoya-hearse.jp/index.html

でもやっぱり
正直申しまして、葬祭関係者の方くらいしかご覧にならないでしょうけどね~

逆に(特に名古屋エリアの)葬祭関係者の皆様であれば
ウチに対してと同様、すでにDMの案内状が届いていることでしょうし・・・


・・・まァそれでもご興味のおありの方は一度ご覧いただければと思います。

一般的な興味としてご覧いただけるのは
やはり霊柩車の種類(ラインナップ)ということになりましょうか。
霊柩車には大きく分けて
『宮型』とよばれるものと『洋型』とよばれるものがあります。
『宮型』とはつまり神社仏閣の社を模した装飾が為されているもので
業界の方によっては「屋根付き」などと呼称されたりします。
対して『洋型』とは「リムジン型」などとも言われる
いわゆる『宮型』のような装飾を排した、シンプルな霊柩車です。

地域差もありますが
本来「霊柩車」と呼ばれるクルマは『宮型』のカタチが多かったかと思います。

・・・私も小さい頃
目の前を霊柩車が走ると、咄嗟に親指を隠したものですよ(笑)
“ 親の死に目に会えない ” という迷信があったからですけど
幼少時の私はその言葉の意味さえ分からないまま「皆がやってるから自分も」という理由でやってましたよね。

・・・それが今じゃ
ある意味 “ 親指を隠される側 ” になっちゃったんですよね~(笑)

            ♢

これは全国的な傾向かと思われるのですが
いわゆる『宮型霊柩車』の需要は、年々少しずつ減少傾向にあるようです。
「いかにもお葬式っぽい」
「過剰な装飾が好きじゃない」
といった理由もある一方で
昨今増加しつつある「無宗派葬」「直葬」「家族葬」などの場合、こうした霊柩車を使用しなくなったケースも増えてきているようです。
もとより
ウチのようにキリスト教葬儀に特化した葬儀屋さんの場合『宮型』を依頼することはほぼ皆無、です。


・・・でもね。
個人的には『宮型霊柩車』、キライじゃないんですよ。
名古屋特殊さん(業界内での呼称)のラインナップで申しますと
たとえば『黒檀型霊柩車』なんて、実物を見るとなかなか良いと思いますよね~
黒檀ですからメンテナンスも大変なんでしょうけど
何というか、威厳のある迫力が感じられますよね。
仮に私が(仏式葬儀を含めた)各宗派の葬儀をお受けする葬儀屋さんだったら
(費用はそれなりにかかりますけど) “ 黒檀車 ” をおススメしちゃうかもしれません(笑)
・・・ある意味じゃ
『宮型霊柩車』って、日本の葬送文化のひとつでもあるとも言えると思うんですよ。


名古屋特殊さんのホームページで霊柩車の種類をご覧いただいたうえで
「ウチはこの霊柩車がイイ!」
「アタシだったらこの車種かな ♪」
・・・などという判断材料にはなるかも・・・?
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by dscorp-japan | 2013-06-27 00:00 | 葬儀 | Comments(6)

年貢を納めてきた(笑汗)

 
・・・つまり「納税してきました」ということです(笑)

ウチの会社は4月決算。
ヘンな時期だと思われるかもしれませんが
起業したのが5月だったので、必然的に4月がウチの “ 年度末 ” ということになります。
じゃ~何故5月に起業したのかというと
カトリックの世界では、5月が『マリア様の月』なんですね。
マザコンの私(照)は
(マリア様のご加護がありますように)という願いも込めて、というのがあったんです。

・・・まァ実際のところ
結果的にちょうどタイミングが5月あたりになった、という実情があったんですけどネ。


ということで
4月決算ということは6月末までに決算書を作成して、然るべく “ 年貢 ” を納めなきゃならんわけです・・・

おかげ様をもちまして
どうやら前期もギリギリ(ホントにギリッギリ)黒字になったようです。
決算のことはいまだによく分かりません(恥)
ウチの役員が会計士&税理士なので、正直丸投げ。
何だかよく分からんうちに
「前期の実績はこうだ」
とか
「納税額はこれだけだ」
とか
もうそこは言われるがままに「はいはい」と言うことをきくしかありません m(_ _)m

・・・でもね~

葬儀屋さん的に申しますと
正直5月~6月って、統計的にいちばん葬儀依頼の少ない時期だったりするんですよ。
つまり売上が少ない時期ということ。
ということは
必然的に、一年でいちばん現預金の少ない時期だったりするんですよぉ
特にウチみたいな超零細企業の場合・・・(涙)



さてと!
年貢も納めたし
心機一転、初心に帰って働くとしましょう m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2013-06-26 00:00 | あったこと | Comments(0)

『 Rockin' The Paradise 』 スティクス

 
“ ロッキンザ・パァ~ラァ~ダァ~ ” (笑)

お葬式のお仕事もあるんですけど
今日はちょっと能天気になってみましょう、ということで・・・m(_ _)m

            ♢

アメリカ産・産業ロックといえば
カンサス
ボストン
ジャーニー
そしてこのバンド、スティクスなんかが有名です。

私が思いますに
上記に挙げたバンドたちのなかでも、スティクスはいちばん中途半端(失礼ッ)な印象があったりします(汗)
他の3つのバンドには、それなりにカラーがあるんですよ。
でもスティクスって色んな曲調の曲を演奏するから
却ってバンドとしてのカラーがイマイチはっきりしないような感じがするんですよね。
だから私のなかでスティクスって
何でもやる “ サーカス団 ” みたいなバンドなんです。

でもね
決して、その音楽性が劣っているわけじゃないんですよ。
キャッチーでフックがあって
そこそこクサいメロディも書けて
デニス・デ・ヤングさんのヴォーカルはなかなか良い。



ご存知の方もあるかもしれませんが
この曲の最初の部分は、同じスティクスの『The Best of Times』とメロディが同じです。
で、途中から一気に曲調が変わって、陽気な “ ロケンロ~(笑)” になります。

で、これは個人的な印象なんですけど・・・
このPVでのデニス・デ・ヤングさん(vo.)の立ち振る舞いが
何とはなしにフレディ・マーキュリーさんを意識しているような気がするんですよね(笑)
お歌はフレディおじさんに負けずお上手なんですけど
その身体のキレというか、動きがどうにもイマイチなような気が・・・
・・・なんかダサい(笑汗)

この方はこの方らしく
ちゃんとキーボードの前にお掛けになって歌われた方がよろしんじゃないかと m(_ _)m

            ♢

ついでに。
名古屋エリアに住む私たち世代の人間には、別の意味でこの曲(の一部)が懐かしかったりします。
その昔、名古屋エリアで放送されていたローカル情報番組『5時SATマガジン』で
この曲のいちばん最後の部分が、番組CM入り前のジングルとして使われていたんですね~

・・・しかしね~
日本のローカル番組にまでも
せっかく作った曲のほんの一部をジングルとしてしか使ってもらえないという中途半端さ(涙)

そこそこ良いバンドなんですけどね~
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by dscorp-japan | 2013-06-25 00:00 | 音楽 | Comments(2)

『緊急洗礼』

 
前記事からの派生記事ということで・・・ <(_ _)>

映画『エンディングノート』本編のなかで
カトリック教会式の『緊急洗礼』の場面があります。
病床にあるお父様に
映像の撮影者で実の娘さんである砂田麻美さんが、お父様に洗礼を授けます。
映像だけでは洗礼を授ける側の麻美さんがカトリック信徒であるかどうかは判断できませんが
おそらくカトリック信徒ではないのではないかと思われます。

・・・しかし、それは行われたのです。
カトリック信者でない人間が
カトリックの洗礼を授けることが出来るのでしょうか・・・?


『緊急洗礼』について、私が理解するところの範囲内でご説明いたします。
(私の理解に間違いがあればご指摘ください)

一般的に
カトリック教会における洗礼は、司祭職(司教・神父)及び助祭職が授けるのが通例です。
しかしたとえば洗礼を受ける(受けたい)本人が重篤な状態にあるときなど
司祭職が本人のところへ到着するのが待ちきれないといったケースがあります。
このように、亡くなる直前に授けられる洗礼を『臨終洗礼』といいます。

緊急洗礼とは臨終洗礼の方法のひとつです。
司祭職及び助祭職の到着を待ちきれない場合など
緊急の措置として、カトリック信徒及びカトリック信徒でない人でも、本人に洗礼を授けることが出来るのです。
ただしそこには一定のカトリック的信仰観、倫理観があるべきであり
特にカトリック信徒でない方が洗礼を授ける場合には、事前に司祭職からのレクチャーがあって然るべきでしょう。
洗礼を授けることの意味。
授ける人としての心構え。
そして、その具体的な手順。
この場合
洗礼を受ける本人よりもむしろ、洗礼を授ける側の姿勢が大切になるでしょう。


・・・という前提を踏まえて。

『エンディングノート』本編で映し出される『緊急洗礼』の場面から受ける印象って
正直、キリスト教に対する信仰心みたいなものは感じられないように見受けられます。
もちろん各々の信仰心はその人の心の内にあるものであり、他者が軽々に判断できるものではありません。
でも、少なくとも私の目にはそのように映りました。

じゃ
カトリックに対して否定的ではないにせよ、さしたる信仰心もない人間が洗礼を授けることは良いのか。

もちろん
ベストな方法ではないかもしれません。

でもね
私はこう思うんです。
「洗礼を授ける」という行為自体は、人の為せる業です。
しかしそれはあくまでも「神の代理人」として、洗礼を授ける「役割」を担っただけなのであって
本質的に、実際的に洗礼を授けるのは、神ご自身であると思うんです。
ならばたとえば
キリスト教の何たるかもよく分からない人が洗礼を授けるとしても、そこに聖霊の働きがあればそれで良いのだと。

私は、聖書のこの言葉に信頼します。

あなたがたがわたしを選んだのではない。
わたしがあなたがたを選んだ。
あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと
また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと
わたしがあなたがたを任命したのである。
(ヨハネによる福音書 / 15章 16節)


たまたまだろうと
成り行きだろうと
洗礼を授ける役割を任命したのは神ご自身なのだと、私は信じます。
だからせめて
(自分はそういう役割を任命されたのだ)という、ほんの少しの意識があれば充分なのだ、と。
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by dscorp-japan | 2013-06-24 00:00 | Comments(0)

映画 『 エンディングノート 』 ②

 
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前記事からの続きということで
今回は本作を葬儀屋さんとしてではなく、ひとりの映画ファンとして観た感想を申し述べさせていただきます。


前回の記事でも申しました通り
この映画は(結果的に本作の監督となられた)砂田麻美さんが
ご自身のお父様でいらっしゃる砂田知昭さんの、がん告知を宣告されてからその生涯を終えるまでをカメラで追い続けた、ドキュメンタリーです。

どうやら当初は、この映像を映画作品として世に送り出すというお考えはなかったようです。
職業として映画製作に携わり、またプライベートにおいても日常的にご家族の記録を撮り続けていらっしゃった麻美さんは
ただ純粋に(ご本人曰く「後悔しないため」に)お父様の最期までをフィルムに収めることにされたのだそうです。

・・・そうは言っても
おそらく相当なストレスを伴う作業だったのではないでしょうか。
ご自身の父親ががんに侵され衰弱していく様を、映像として残すというのです。
本来なら娘として、ただ父親のそばに寄り添うことに専念したいはず。
その思いを抱えつつも、麻美さんがカメラを回す手を止めなかったその意志が
結果的に本作がドキュメンタリー映画として成立している、第一の要因です。

映像のなかのお父様は、とても強い方とお見受けしました。
そしてまた
カメラを回し続ける娘・麻美さんもまた、とても強い方なのだと思いました。
がんと向き合い、死とさえも力強く向き合おうとなさるお父様と
そのご様子を間近で見つつ、映像に残そうとされた麻美さん。
このお二人だからこそ
この映画は奇跡的なまでに素晴らしいドキュメンタリーになっているのだと思います・・・


・・・映画の内容は、是非皆様ご自身の目でご覧になっていただきたいです。
もう
映画の1カット1カットのすべてが、何とも愛おしく感じられます。
ときに可笑しく、ときに優しい。
いつしか
観ている私たちが、あたかも砂田家の一員になったかのように感じることでしょう。

私なんかは
(家族って良いな)としみじみ思ったものです。
それは、砂田家のご家族が本当に暖かいからです。

・・・そして
その暖かい家族を作られたのは他でもない、お父様その人なのです・・・

            ♢

最後に。

本作において
お父様がご自身の葬儀をカトリック教会で行うことに決められた経緯について触れられています。
どうやらお父様にさしたる信仰心は無いようで
「現職中によく目にした教会(カトリック麹町 聖イグナチオ教会)が心に浮かんだ」
「(キリスト教葬儀の方が)コストがリーズナブルだから」
といった理由らしいです。

ネットの本作に対する感想などでは
こうした価値観でキリスト教葬儀を選択されたことに対する、特に宗教的側面からの批判が散見されました。

・・・私は全然アリだと思います。
良いじゃないですか。
それが砂田さんの、キリスト教との出会い方だったのですから。
もしも砂田さんの選択が非難されるべきものならば
大した信仰心などないままキリスト教会で結婚式を挙げるカップルは皆、等しく非難されるべきでしょう。
きっかけなど何だって良いんです。
打算だろうと
憧れだろうと
要はキリスト教に「触れる」ことが大切なんですから。


神様って
私たちが思いの及ばないような方法で、私たちに手招きして下さったりするんですよ(笑)
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by dscorp-japan | 2013-06-23 07:00 | 映画・テレビ | Comments(2)

映画 『 エンディングノート 』 ①

 
少し前にあったCCFIメンバーとのネット会合の場で話にあがったんです。

「そういえば 『エンディングノート』 はご覧になりました・・・?」

・・・私、内心ドキッとしたんです。
(オレ、まだ観てねぇや・・・)

ずっと(観たい)と思っていたのに。
いや、ずっと(観なきゃいけない)と思っていたのに・・・
映画のレンタル店でも気にして探してはいたんですが、どうやら見当たらない。
もしかすると、セルDVDのみでレンタルは解禁されていなかったのかもしれません。

で、先の会合での話がずっと頭の隅にあって
ようやく重い腰を上げて、セルDVDを購入して観ることにしたのでした。

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2011年公開。

すでにご存知の方も多いかと存じます。
映画製作に携わっていらっしゃる砂田麻美さんの、監督第一作目。
砂田監督ご自身の実父・砂田知昭さんの
がん告知を宣告されてからその一生を終えるまでをフィルムに捉えた、ドキュメンタリー映画です。

(詳細は映画公式サイトをご覧ください)

・・・葬儀屋さん的には
劇場公開時に是非とも観に行っておかなければならないはずの映画でした。
もちろん本作の評判は聞こえてきていたんです。
これは言い訳なんですけど
だからこそ私としては劇場で1回観るだけじゃなくて、DVDを借りてしっかり腰を落ち着けて観ようと思っていたんです・・・



今回はこの映画を、葬儀屋さん的視点から感想を述べたいと思います。

まずやはりこの映画
葬祭業に携わるすべての人は、この映画で映し出されるすべてを受けとめなければならないと思いました。
或いは葬儀屋さんのみならず
何らかの形で人間の生と死に携わる、すべての人はこの映画から感じなければならない、と。

至極当たり前のことなのですが
すべての人生に対して、その尊厳は等しく守られなければなりません。
生命そのものも
ご本人が辿られた人生も
その足跡も生き様も。
そしてそこには
当事者にしか分かり得ない大切な想いがあるということ。

そういう当たり前の事実がすべての(葬儀)御依頼者の背景にあるのだということを
私たち葬儀屋さんはしっかりと受け止めなければならないと、あらためて思いました。
当事者皆様の想いを、他者である葬儀屋さんが理解できるとは申しません。
しかし、それはたしかにそこに在る。


葬儀屋さんにとって
人間の死は、ある意味 “ 日常 ” なんです。
日々、亡くなった方を「葬る」お手伝いをすることを生業としているのですから
仮にそれが “ 日常 ” でなくなったとしたら、職業としての葬儀屋さんとしては問題なのです。
しかしその一方で
私たちは日々の業務に携わるなかで「人の死を軽んじてしまうかもしれない」という危険と、常に背中合わせだったりするんです。
死が “ 日常 ” であるが故の、恐ろしいハザードなのです。


・・・そういう危険を孕んだ私たちにとって
この映画は非常に明快な回答と警鐘を提示しているように思います。

つまり
死とは「生の結果」であって、大切なのは「死に至るまでのプロセス、つまり人生」であると。
死を見て、それのみを見ているだけではいけない。
そこに至る人生を尊んでこそ、死を尊ぶことが出来るのだ、と・・・


そしてここからは
実務者としての葬儀屋さん的意見。

ご本人がキリスト教(カトリック)のお葬式を選択した理由は
「コストがリーズナブルだから」(ご本人談)というものでした。
ご本人がそう思われた根拠がどこからきたものかは存じ上げません。
私の知る限りにおいて
必ずしも今日のお葬式において
「仏式葬儀=コストがかかる」
「キリスト教葬儀=リーズナブル」
であるとは言い切れないと思います。
しかし問題は
本作において「(ご本人が)そのように思われたこと」です。
この事実を
私たち葬儀屋さんも、すべての宗教者も、真摯に受け止めるべきだと思います。


それからもうひとつ。
「葬儀は近親者のみで」というのが生前のご本人のご希望でした。

映画の最後では葬儀ミサの様子が映し出されますが
結構な人数の方が参列に訪れていらっしゃるようにお見受けいたしました。

ご本人の「近親者のみ」の解釈はファジーなものです。
基本的には
家族・親族、友人・知人、会社関係者を含めた “ 近親者 ” という表現だったと思います。
「近親者」という表現には少々デリケートな部分がありまして
果たしてどこまでの範囲を「近親者」とするか、やや難しいところなんです。
だからこそ
ご本人は事前にエンディングノートを書いて、連絡する具体的相手を(ある程度)明確にされていたのかと。

画面から拝見する限りにおいて
お葬式は滞りなく進行し、終了したものと思います。
ただそこにはやはり
ご本人の、生前の周到な準備があってこその「成功」だと思うんです。

「近親者のみで」「家族葬で」と仰ることは簡単です。
ただ、やはりそこにはそれなりの考えと準備があった方が良いんですね・・・

(続く)
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by dscorp-japan | 2013-06-22 23:59 | 映画・テレビ | Comments(2)

『 MISSING 』 本多孝好

 
本多孝好さんの作品といえば
葬儀屋さんの間では 『MOMENT』や『WILL』といった作品が有名です。
物語の登場人物に葬儀屋さんが出てくるから、なんですね。

すでに本多さんの作品を読まれた方はご存知かと思いますが
彼の作品の多くは「死」をテーマとして取り上げたお話だったりします。
「死」と相対することによって、生きることの意味を問いかける作風が多いかと。

で、この作品。
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1999年に刊行された、本多さんのデビュー作。
2000年の『 このミステリーがすごい! 』でベスト10に選ばれたそうです。
ずっと読みたいと思っていたのですが
肝心の本がなかなか見つからなかったんです(私の探し方がヘタともいう)
で、ようやく手に入れて拝読させていただきました、と ♪

本作は5つのお話が集められた、短編集です。
・・・短編集の良いところって
たとえば夜眠る前に読む場合など「一晩一話」みたいな区切りがつけられるので便利です ♪
睡眠不足に陥りにくいというか・・・(笑)

①「眠りの海」
②「祈灯」
③「蝉の証」
④「瑠璃」
⑤「彼の棲む場所」

ミステリーというよりも
登場人物の「秘めたる思い」をつまびらかにする、というスタンスの人間ドラマかと。
そこに「死」というキーワードが絡むことで “ ミステリー ” とカテゴライズされたのでしょう。

5話それぞれの紹介は省かせていただきます m(_ _)m
ただ、それぞれの物語には様々な「死」があって
その背景にある「人間の思い」が、静かな哀しみを伴って迫ってきます。
「号泣必至!」というほどの強烈さではなくて
“ 人間って哀しいよね ” といった、小さな優しさが感じられるお話といえばいいでしょうか。
私たちの内面が持ち合わせるダークサイドをテーマとした話もありますが
“ それもまた人間だよね ” と訴えているような気がします・・・


・・・ネットなどの書評を見ると
『瑠璃』という話がいちばん評判が芳しくないんですけど・・・
私は逆に、このお話がいちばん好きでした。
何故好きかと聞かれても答えに窮するところなんですけど・・・(汗)
ここで描かれるひとりの破天荒な女性:ルコが、とっても魅力的に思えたんですよね。

人間のとる行動って
しばしば理屈では説明のできないものだと思うんです。
人は誰でも強さと弱さを併せ持っている。
それは二面性などではなくて
どちらもその人の本質である、と。

そして突き詰めれみれば
人は誰でも弱いのだ、ということじゃないでしょうか。
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by dscorp-japan | 2013-06-20 23:43 | | Comments(0)

『 Smooth 』 サンタナ

 
・・・暑ッ (><)

すでに夏バテモードに突入しつつある私。
昨日スーパーで大好物のスイカを買ってきて、かぶりつきました(笑)
おそらく明日、私はお腹をこわしていることでしょう・・・


で、サンタナ。
私のなかで、サンタナの音楽は夏に聴くものであります。

その昔、日本の夏はTUBEの音楽が席巻したものですけど・・・
私、ギターの春畑さんは好きだけど、TUBEの音楽はどうもイマイチ苦手でして m(_ _)m

サンタナといえば
『 ブラック・マジック・ウーマン 』 とか
『 哀愁のヨーロッパ “ Europa (Earth's Cry Heaven's Smile)” 』とかが有名ですが
それらと同じくらいに有名なのがこの曲。



ヴォーカルに
マッチボックス20というバンド(←実は私知りません)のロブ・トーマスさんが参加されていらっしゃいますが・・・
正直、個人的にはどうでもよかったりする(笑汗)
ロブさんの声がこの曲に合っているのかどうかもイマイチよく分かりません。
ところが私の心配をよそにこの曲は世界的にヒットして
その年のグラミー賞なんかも取っちゃったりしたんですよね~

私はカルロスおじさんのギターが好きなんです。
ギブソンやヤマハのSGを弾いていた頃も
PRSに持ち替えた以降の音も
やっぱりサンタナの音、なんですよね~ ♪

・・・と
この曲を紹介した以上、こちらも紹介せねば!




・・・五郎さん、ギターはお上手かもしれないけど
『愛がメラメラ』って・・・(笑汗)
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by dscorp-japan | 2013-06-19 00:38 | 音楽 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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