D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

dscorp.exblog.jp Top

<   2013年 03月 ( 28 )   > この月の画像一覧

今日はイースター(復活祭)

 
皆様
主のご復活、おめでとうございます m(_ _)m



キリスト教は「復活の宗教」といわれます。
私たちの罪の贖いとして受難を受けて死に葬られたイエス様が
十字架上での死によって、「死」に打ち勝ったことを信じるのがキリスト教だからです。
主イエス・キリストは私たち人類すべてを愛するが故に
私たちの罪の贖いとして、その身を、命を差し出されました。
キリスト教が「愛の宗教」とも呼ばれる所以です。

 あなたがたに新しい掟を与える。
 互いに愛し合いなさい。
 わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
   (ヨハネによる福音書 / 13章 34節)



端的に申しますなら
キリスト教の唯一の掟がこれです。


さて。
主の御降誕(クリスマス)のときもそうでしたが
この日を迎え祝うにあたって私はやはり、今なお大変な生活を余儀なくされていらっしゃる被災地の皆様のことを思います。
思いはするけれど、何も出来ません。
いや、何もしていません。

本当に恥じ入るばかりです。

何もしない自分を恥じつつも
せめて、被災者の皆様が希望を失わずに生活出来ますようにと祈るばかりです。

今日この日を迎えるにあたって
被災者の皆様のうえに神様の慈しみが豊かに注がれますように。
[PR]
by dscorp-japan | 2013-03-31 00:10 | キリスト教 | Comments(12)

映画 『パッション』

 
・・・聖金曜日を迎えるにあたって・・・ m(_ _)m


この映画に対する賛否があることは重々承知の上で、敢えて再び取り上げさせていただきます。

a0153243_04740100.jpg



2004年公開。
メル・ギブソン監督作品。

ご存知の方も多いかと思いますが
『パッション(Passion)』とはつまり『(イエス・キリストの)受難』という意味です。


・・・突然ですが
ここで、2004年より日本のカトリック教会で唱えられている使徒信条をご紹介させていただきます。

『 天地の創造主、全能の父である神を信じます。
  父のひとり子、わたしたちの主イエス・キリストを信じます。
  主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け
  十字架につけられて死に、葬られ、陰府(よみ)に下り、三日目に死者のうちから復活し
  天に昇って全能の父である神の右の座に着き、生者(せいしゃ)と死者を裁くために来られます。
  聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだの復活、永遠のいのちを信じます。
  アーメン』


この祈りの
“ ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられて死に、葬られ ”
・・・簡単に言えば、本作はこの祈りの部分を映像化したものである、ということです。


すでに本作をご覧になった方も少なくないと思います。
延々と映し出されるイエスに対する拷問のシーンは、さながらスプラッター映画のそれです。
血しぶきが飛ぶどころか
イエスの身体に食い込む拷問器具は、その肉片をもはぎ取ります。
観ていて(痛い)というよりも、思わず目を背けたくなるほどの凄惨さです。
そして、この拷問シーンが本作に対する賛否の議論を呼んだとも言われています・・・

本作の脚本が、福者アンナ・カタリナ・エンメリックの著作『 キリストのご受難を幻に見て 』が参考にされているとか
本作の試写をご覧になった前々教皇ヨハネ・パウロ二世は「It is as it was(全て真実)」と仰ったとか
当時様々な情報が飛び交ったのも、それだけ本作の拷問シーンが “ リアル過ぎた ” からでしょう・・・


個人的には
概ね、本作での描写を肯定的に受け取っております。
“ 肯定的 ” とはつまり
「イエス様のご受難とは、これほどの痛みと苦しみを伴ったものであったのだろう」という解釈において、です。

兵たちの鞭打ちによる痛みのひとつひとつが
イエスに浴びせられる罵詈雑言の一言一言が
救い主の顔に吐きかけられる唾の一滴こそが、私たちの罪の重さです。

目を背けたくなるほどの凄惨な描写こそが、私たちの罪の重さを物語っているのだ、と。
私たちの犯す計り知れない罪を積算した結果が、あの凄惨さに結びつくのだ、と。
そして
私たちのすべての罪を、あの凄惨極まりない受難と死を以て、イエス様は贖って下さったのだ、と・・・


少なくとも私にとっては
本作は、イエス様のご受難とご復活を黙想するに十二分な教材となり得ます。
逆説的に申しますならば
私の罪とは、それほどまでに重いものだという自覚があるからに他ならないからなのであります。



今日は聖金曜日。
現在の教会典礼と照らし合わせるなら
まさに今日このとき(現在3月29日深夜)、本作で描かれることが起こっていることになります。

今日
教会は大斎・小斎を呼びかけます。
それは単なる断食や節食ではなく
それを通して「イエス様のご受難を思い起こすこと」が大切なのでしょう。


・・・と言いつつ・・・
私、一昨年のこの日にはこんな記事を書いてました・・・(大恥)
[PR]
by dscorp-japan | 2013-03-29 02:07 | 映画・テレビ | Comments(7)

今日は聖木曜日です

 
全世界のカトリック教会は
今日の夕刻より「聖なる三日間」に入ります。
イエス・キリストの受難と死~ご復活を記念する、カトリック教会典礼の頂点とも呼べる大切な三日間です。


今日の午前中
各教区で司教様の司式によって『聖香油ミサ』が行われ、夕刻から『主の晩餐の夕べのミサ』が行われました。

聖香油ミサに関する詳細は
私の畏友:みのるん神父様が丁寧に説明されていらっしゃいます。
また種の晩餐の夕べのミサについては
聖パウロ女子修道会HPにある説明が分かりやすいかと思います。
以前、私もちょっとだけここでご紹介させていただきました m(_ _)m → 過去記事


難しく考えることはないと思っています。
私たちがこの聖なる三日間を過ごすにあたって
私たちの救い主であるイエス・キリストが、私たちの罪の贖いとして「受難~死~復活」という神のご計画を実現されたことを思い起こすべき期間であるということかと思います。

いつの日か私たちがこの世における人生を終えるとき
その魂は「私たちの罪の贖いとしてイエス様が十字架に架けられた」ことによって、天の国に受け入れられることとなったのです。

「イエス様が天国の門を開けてくださった」
もっといえば
「イエス様が天国へ入るための門そのものをつくってくださった」
ということかと。


イエス様の十字架上での死が無ければ、キリスト教という宗教自体が成立し得ない。
キリスト教葬儀における救いと慰めもまた、成立しない。

そういう意味において
私のようなキリスト教専門の葬儀屋さんにとってもまた、この上なく大切な典礼を迎えるのでもあります・・・
[PR]
by dscorp-japan | 2013-03-28 23:30 | キリスト教 | Comments(0)

受難週(聖週間)のお葬式

 
キリスト教専門葬儀屋さんにとって
この一週間、特に今日(水曜日)以降週末までの四日間は泣かされ時であります(汗)

・・・どういうことかと申しますと・・・


(今年の場合)
3月24日(日曜日)からの一週間を受難週(プロテスタント)或いは聖週間(カトリック)といいます。

この時期
世界中のキリスト教徒は、イエス・キリストの受難と死、そしてご復活に至るまでの出来事を思い起こします。
そして今度の日曜日(今年は3月31日)
私たちのすべての「罪」と「死」に打ち勝った救い主イエス・キリストを祝うイースター(ご復活祭)を迎えます。

以前にもここで申しました通り
イースター(ご復活祭)とは、キリスト教におけるすべての典礼暦のなかで最も重要な日であります。
それは
「イエス・キリストの受難~死~復活」にこそ、キリスト教の本質があるからに他なりません。
イースター(ご復活祭)を迎えるにあたり
この一週間をキリスト教会は静かに過ごし、主イエス・キリストのご復活を待ち望むのであります。


私がカトリックですのでカトリック教会を例に挙げますと・・・
特に明日の木曜日から土曜日までの三日間を 『 過越の聖なる三日間 』 と呼び、特別な典礼が行われます。

・・・そしてこの三日間
(特にカトリック教会の場合)葬儀を執り行うのが非常に難しい時期となるのであります・・・

教会は聖週間の典礼に入るため
教会の聖堂で葬儀を行うことが難しくなります。
葬儀を司る司祭(神父様)もまた、聖週間の典礼と復活祭の準備に追われることとなるのです。


・・・というわけで
この時期、キリスト教専門葬儀屋さんは苦慮するわけなんですね・・・(汗)

・・・昨晩遅く
あるカトリック信徒の方よりご葬儀依頼をいただきました。
ご依頼いただいたご遺族様も教会の典礼を熟知されていらっしゃって
「聖週間ですけれど、お葬式は大丈夫でしょうか・・・」
とお気になさっておられました。
所属教会の神父様と協議のうえ、何とか今日のお通夜~明日の葬儀ミサという日程で執り行うこととなりました・・・


クリスマス前もそうなのですが・・・
この時期、私たちは本気で祈ります。

“ どうかこの時期、どなたもお亡くなりになられませんように!”
[PR]
by dscorp-japan | 2013-03-27 20:50 | 葬儀 | Comments(2)

今日はお休みします

 
本当は昨日、友人たちと麻雀をする予定だったのですが(笑)
また別のお葬式のご依頼をいただき私が出向くこととなりましたので、お遊びは中止です。

まだお若い、お一人住まいの方がご自宅で突然死され
またご遺族様が遠方の他県の方ということで、諸手続きを含めいろいろとお手伝いさせていただく必要があります。

よって今日はいつもの能天気な記事を書くのはお休み。


ご遺族様はさぞやご不安なことと思います。
葬儀屋さんとしてというより、ひとりの名古屋人として
(名古屋の人は優しかった)と思っていただいてお帰りいただきたいので・・・

私なりの
聖週間の奉仕という意味も込めて・・・ m(_ _)m
[PR]
by dscorp-japan | 2013-03-26 00:13 | 葬儀 | Comments(0)

昨日の西経一神父様の説教

 
聖霊奉侍布教修道女会々員
シスター・ボニタスのお葬式は御陰様をもちまして無事終了いたしました。
聖霊会々員のシスターの皆様
シスター・ボニタスの為にお祈りいただいた皆様には、あらためて感謝申し上げます m(_ _)m


ご存知の方も多いかと存じます。
神言修道会司祭であり、南山中高等部の校長職にある西神父様は
「説教が素晴らしい」
「講演のお話が面白い」
といわれる神父様でいらっしゃいます。

私は西神父様とは約25年のお付き合いになりますが
いまだに西神父様の説教には心を動かされるものがあります。
大いに笑わされ
そしてそのすぐ後には涙腺を刺激されます。

ということで。
今日は、昨日執り行われましたシスター・ボニタス:久松ヨシノ様の葬儀ミサにおける説教を
私の頼りない記憶を辿りつつ、かいつまんでご紹介させていただきます。

a0153243_17463183.jpg


「(前略)
いまは桜の季節です。
ここにお集まりの皆さんもご存じの通り、日本で代表的な桜の品種にソメイヨシノがあります。
『ソメイヨシノ』。
「ソメイ」といえば「ヨシノ」。
「ヒサマツ」といえば、これもやはり「ヨシノ」ですね。
ということで
皆様今年のお花見の際には、是非シスター・ボニタスのことを思い起こしていただければと思います。

(中略)

シスター・ボニタスはご自身の助産師としてのお仕事について話されるとき
新しくこの世に生を受けた子どものことよりも、むしろ死産や流産だった子どものことを話されたものです。
もちろんシスターは、すべての子どもたちの命を何とかしてすくい上げようとされました。
しかしそれが叶わなかった子どもたちのことこそを、シスターはいつも気にかけておられました。
だから彼女は「神の手」と呼ばれながら、ひたすら「祈りの人」でもありました。
(筆者㊟:昨日の記事をご参照ください)

(中略)

神父稼業をさせていただいている関係で
私もまた、生まれながらにして心身に障害を持った子どもたちと会う機会が少なくありません。

以前
ある障害を持って生まれ、その後そのままずっと病院生活を続けている、あるお子さんを見舞いに行きました。
お子さんのお母さんは私に言いました。
『こんな身体で産んでしまって申し訳ない』
すると、そばにいたお子さんが言うんです。
『お母さんじゃ無理だよ。
僕だから良かったんだよ』

また私は、中学三年生の白血病とたたかう少女の見舞いに行ったときにも、同じような場面がありました。
やはりお母さんは仰るんです。
『私が代わってやりたい』
すると、無菌室のなかからお嬢さんが言うんですね。
『心配しないで。私だから耐えられるんだから』

彼や彼女こそ
神様からの愛を、それこそ身を以て証ししているのではないでしょうか。
これと同じく
生まれ来る子どもには神様の愛が注がれ、生まれ来ることのできなかった子どもは神様から見捨てられた、などということは決してないのであります。
私たちは
この世の中における尺度ですべてを見ます。
『人生が長いほど幸せ』
『健康だから幸せ』
それはそうかもしれないけれど、それだけじゃない。
人は皆、等しく神様から愛されているのです。
生まれ来る子どもたちすべて。
そして
この世の光を見ることなく、天に召された尊い命のすべて。
シスター・ボニタスは
そういう真理を悟っておられたに違いないのです。

(中略)

・・・ところで、ここからこうして皆さんのお顔をぐるりと見渡しますと
どうやら “ もうそろそろ・・・ ” という方が少なくないようですねェ(会場からクスクス笑う声)
『いつの日かシスター・ボニタスと天国で再会し』
なァんていってても、まァ多分その日はそれほど遠くないでしょ!(ここで参列者爆笑)
ならば尚更
私たちは今ここで、シスター・ボニタスの為に祈らなくてはならないのです・・・(後略)」

・・・私の曖昧な記憶を辿っての文章です。
細かいニュアンスや言い回しが異なることはご容赦ください。
本当はもっと面白いエピソードやお話もあったはずなのですが、私も職務上式場を離れざるを得ないこともありましたので・・・ m(_ _)m

            ♢

ところで。
西神父様はお葬式の説教の際、必ず目を閉じたまま話されます。
原稿無しで話されるということもあるのですが・・・
で、昨日聞いてみたんです。

「何で目ェつむったまま喋るのよ?」

そしたら照れ臭そうに仰いました(笑)

「ンなもん泣きそうなのを堪えてるからに決まってんだろ!」

・・・だそうです(笑)
[PR]
by dscorp-japan | 2013-03-25 00:00 | 葬儀 | Comments(4)

“ 神の手 ” の言葉

 
まずは昨日記事でのお詫びを。

・・・私「助産婦」と表記しましたが、今は「助産師」が正しいんですね。
申し訳ございませんでした m(_ _)m
それからもうひとつ。
>シスターはこれまで、約二万名(!)の新しい命の誕生に関わってこられたのだそうです。
と書きましたが、実際は約三万五千名(!!)の出産に関わってこられたということでした。
多いときには、一晩で10名の出産に立ち会われたのだとか・・・(驚)
ますますもって、スゴイ方だったのだなァと・・・m(_ _)m


さて。
昨日執り行われましたお通夜の司式は、畏友・西 経一神父様だったのでした・・・

“ 神の手 ” シスター・ボニタス(久松ヨシノ様)のお通夜
大変大勢の方々がお祈りにお越しいただきました。
聖霊奉侍布教修道女会の会員皆様はもとより
カトリック司祭、聖霊病院のスタッフ、教会信徒
そして、出産時シスター・ボニタスに助けられた親子の皆様。

・・・私も “ 一応 ” 葬儀屋さんのはしくれです。
ご参列いただいた皆様が義理で参列されたのか否かは、分かるものです。
あらためて
シスター・ボニタスが、本当に多くの方々から慕われていらっしゃったことがよく分かりました。


今日は
通夜式の終了時、シスター・ボニタスに教えを受けたという聖霊会シスターが話されたことをご紹介させていただきます。

「(前略)
・・・シスター・ボニタスはいつも仰っていました。
『私はこれまで、それなりに多くの新しい命を取り上げてきた。
それと同時に
多くの赤ちゃんが天国に召されるのもまた見届けてきた。
私は可能な限りすべての新しい命を取り上げようとしてきたけれど
私が取り上げることの出来なかった命は、神様が取り上げて下さった。
命の誕生とは、まさに神様の御業に他ならない』

と。
そしてシスターはこうも仰っていました。
『出産こそ、祈り無しに出来ることではない』
ですから、シスターは困難な出産に立ち会うとき
いつもロザリオの祈りを唱えられたものでした・・・(後略)」

“ 私が取り上げることの出来なかった命は、神様が取り上げて下さった ”

この言葉に、私は非常に感銘を受けました。
“ 神の手 ” と呼ばれたシスターの言葉だから尚更、その重みと深みを感じます。

「シスター・ボニタスは、常に祈る人でした。
今、シスターは神様の御許で、私たちの為に祈って下さっていることでしょう・・・」


・・・今、私は痛感します。
私は、自分がこの世に生を受けたことに対する感謝の念が全く欠如していたと。
産んでくれた母への感謝
私の身体をすくいあげて下さった、出産に立ち会って下さった皆様への感謝
そして何より
命を授けて下さった神様への感謝。
命とは、そういうものだと。
この私の命でさえ、です。

神の御業を「奇跡」と呼ぶのなら
すべての命の誕生は「奇跡」に他ならないのだということ。


・・・つい先ほどまで一緒にいた、西神父様に言われた言葉。

「だァからオレはいつも言ってるだろ。
親に感謝しないやつは許さんって。
オマエも今日、シスターのお通夜に来て良い勉強をしたな」


・・・今日は素直に傾聴いたします・・・m(_ _)m
[PR]
by dscorp-japan | 2013-03-24 00:46 | 葬儀 | Comments(2)

“ 神の手 ” と呼ばれた助産婦シスター

 
昨日の未明
日頃から大変お世話になっている、聖霊奉侍布教修道女会よりご葬儀のご依頼をいただきました。


カトリック修道会のシスターがお亡くなりになられた際
その多くは、可能な限り質素な形でのご葬儀で執り行われます。
決して「質素=家族葬」という意味ではなく
修道会としての「清貧」という基本精神を、お葬式においても体現するということです。

したがって
香典等はご辞退
近隣からの道路案内板などは省略
式場入口の案内も最低限
記帳用受付ブースも不要

とにかく
参列者の皆様には「ただお祈りください」というスタンスであるということです。


・・・しかし今回は・・・

「亡くなったシスターは
助産婦として、全国的に名の知られた人間です。
もしかすると、相当数の方がご参列にお越しいただけるかもしれません・・・」

私は存じ上げなかったのですが m(_ _)m
お聞きしたところによりますと
助産婦として “ 神の手 ” と呼ばれた方なのだそうです。

“ 神の手 ”

たとえば。
新生児が逆子さんだったりして、担当医師が帝王切開を決断するところを
そのシスターの手にかかれば、その多くが自然分娩で済んだのだとか・・・(驚)
そうやって
シスターはこれまで、約二万名(!)の新しい命の誕生に関わってこられたのだそうです。


・・・このお話で、ふと思い至ることがありました。

聖霊会の運営する『聖霊病院』は
名古屋界隈では昔から「産婦人科なら聖霊病院へ」という評判があったんです。
これはカトリック信徒間だけの話ではなくて、一般的にもそういう認識があるんですね。

「それは間違いなく(亡くなられた)シスターの功績なんです」

亡くなられたシスターは、御年102歳。
聞けば何と、ですよ?
90歳頃まで(!)現役助産婦として奉仕されてきたのだそうです・・・(驚)
助産婦のカリスマ、でいらっしゃったんですね・・・ m(_ _)m


ということで。
修道会にある聖堂でのお葬式ということで、今日が通夜~明日が葬儀ミサ、です。

・・・蛇足ですが
一般的に多くのキリスト教会において、土曜日に通夜(前夜式)~日曜日に葬儀という日程で行われるお葬式というのは稀です。
多くの教会において、日曜日の午前中には主日の礼拝(ミサ)があるためです。
ただ今回のお葬式の場合
修道院内には聖堂が二箇所あり、また一般信徒が主日のミサに来るということもないわけです。
したがって日曜日のお葬式が可能である、と。

いずれにせよ
心してお手伝いさせていただきます m(_ _)m


・・・ところで今回の葬儀ミサの司式司祭は・・・?

「オレだよオレ!」

・・・その無駄にデカい声は・・・(笑汗)
[PR]
by dscorp-japan | 2013-03-23 00:00 | 葬儀 | Comments(2)

Cordoba GK Studio Negra

 
ロクに弾けもしないのに・・・(><)

でも良いんです!
好きなんだから ♪


ということで
先日衝動買いしたギターがこの子でございます~

a0153243_23325715.jpg


スペインの新興ナイロン弦ギターメーカー “ Cordoba(コルドバ)” のギター。
エレ・ガット(エレクトリック・ガットギター)でございます。
つまり
アンプに通せばデカイ音も出せるという、ガットギターにピックアップ(つまりマイクです)が付いてるというヤツ。
もちろんアンプを通さずとも、ナマ音で充分ガットギターの音色です。
(この子の詳細は公式HPで)

a0153243_23594952.jpg

a0153243_234341100.jpg

何が良いって、チューナーが付いてるんだよ~ん ♪


私、スチール弦のアコギ(アコースティック・ギター)はどうも苦手なんです。
・・・だァって
弦、固いじゃないですか(笑汗)
そりゃ~ネ
中学生の時はじめて買ったギターはヤマハのフォークギターでしたよ。
でも、すぐ指が痛くなるんだもん(><)
ブリッジ・コードなんて押さえたら、もうすぐイヤになりますわ。

(痛てェ!もうヤメじゃ!)


それに
個人的な嗜好として、ナイロン弦の優しい音の方が好きなんです。
だから10年くらい前まで、安物のガットギターも持ってました。
残念ながら、その子はネックが壊れてしまって処分してしまったんですけど・・・
家からガットギターが無くなってから、密かにずっと欲しかったんですね。


この子
一般的なガットギターよりも、ほんの少しだけネックが細めです。
エレキギターに慣れてしまった私としては、非常に都合がよろしい ♪
ブリッジが低めなところもまた弾きやすくてよろしい ♪

そして、肝心の音。
個人的な印象としては、相当コスト・パフォーマンスの高い音だと思います。
ボディがよく鳴ってる(共鳴している)し
特に低音の深みがかなり感じられます。
(上にリンクを貼った公式HPで、このギターの音が聴ける動画があります)


・・・ぶっちゃけて言えば
ガットギターの良し悪しなんてよく分かりません。
すごく良いガットギターの音を間近で聴いたことがないので・・・ m(_ _)m

・・・でもやっぱりこの子、かなり良い音だと思ってマス ♪


・・・さァてと ♪
またひとつオモチャが増えちゃったよ~ん(笑)
かくなる上は
もう一度ギターの初歩の初歩から練習し直ししますか!

“ 48の手習い ” ということで m(_ _)m
[PR]
by dscorp-japan | 2013-03-22 00:17 | 音楽 | Comments(8)

『 We May Never Love Like This Again 』 モーリン・マクガヴァン

 
・・・おそらく
殆どの方はこの方のことなんてご存知ないでしょう(汗)

でも私と同年代以上の方なら
映画 『 ポセイドン・アドベンチャー 』 のテーマ曲を歌ってた方といえば、曲ぐらいは思い出される方もいらっしゃるのではないでしょうか・・・


私の幼少時代のパニック映画といえば
『ポセイドン・アドベンチャー』 と 『タワーリング・インフェルノ』 で決まり!

a0153243_0145149.jpg

a0153243_0152298.jpg



両作ともにパニック映画の名作です。
っていうか
CGとか3Dとかが駆使される今の映画と比較しても遜色ありませんよマジで。
すごい臨場感ですし
画面全体から感じられる緊張感も半端なものじゃありません。

実際、本家アカデミー賞においても
『ポセイドン・アドベンチャー』 は「特別業績賞」と「歌曲賞」を
『タワーリング・インフェルノ』 は「撮影賞」と「編集賞」と「歌曲賞」を、それぞれ受賞されています。


・・・で。
この両作品の主題歌を歌っていたのがモーリン・マクガヴァンさん、その人であります。

a0153243_0275667.jpg

妖艶な美人っぽい ♪


アカデミー賞の歌曲賞を受賞されたのは
作詞作曲をされた方(アル・カシャさん&ジョエル・ハーシュホーンさん)ですが
二年連続で主題歌を歌った曲がアカデミー賞を受賞ってのもスゴイです・・・(驚)

『ポセイドン・アドベンチャー』の主題歌は 『The Morning After』。
どうやらこちらの歌の方がヒットしたそうなんですが
私は翌年発表された 『We May Never Love Like This Again』の方が好き ♪




・・・お歌、とってもお上手だと思いませんこと ?
少々ネチッこい歌い方ですけど(笑)そこがまた良かったりします。

            ♢

・・・実は私がこの曲を好きな理由はもうひとつありまして・・・

私が小学生の頃
父のカローラには8トラックのカセットデッキ(いわゆる “ カーステレオ ” ) が付いていました。
当時の私
すでに映画 『エクソシスト』のテーマソング(チューブラーベルズですね)に惚れこんでいまして、これを聴きたいが為、父にねだって『映画音楽大全集』的なテープを買ってもらったんです。
滅多に家族で車に乗せてもらうことはなかったのですが
たまに父方の実家(静岡市)へ行くときなんか、ずぅ~っと聴いてました ♪

『燃えよドラゴン』とか
『ゴッド・ファーザー』とか
『シェルブールの雨傘(←大好き♪)』 とかに混じって・・・この曲もまた入っていたんです。
当時の私はこの曲が『タワーリング・インフェルノ』のテーマ曲とは認識していなかったんですが
とにかく大好きになりまして、今で言う “ ヘビー・ローテーション ” だったわけです。
そしてその後、テレビで『タワーリング・インフェルノ』を観た時・・・
高層ビルでのパーティーの場面で、この曲が歌われていたんですよ・・・!(上の動画参照)

(あぁッ アノ歌だぁ!)

それ以来『タワーリング・インフェルノ』もまた、大好きな映画になったわけです・・・♪


・・・なんだかこの曲を聴いてたら
またこの名作二作を観たくなっちゃったなぁ~ ♪






[PR]
by dscorp-japan | 2013-03-21 00:00 | 音楽 | Comments(6)
line

これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
line
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30