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『ハング』 誉田哲也

 
この時期だから仕方ないんですけど
また本業のお仕事が立て込んでまいりましたので、今回は本のご紹介でお許しを m(_ _)m


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只今映画『ストロベリーナイト』が公開中ですね。
映画原作本は『インビジブル・レイン』なのだそうですが
とにかく今飛ぶ鳥落とす勢いの作家、誉田哲也さんお得意の警察小説でございます。

・・・えっと
本作は『ストロベリー~』をはじめとした姫川シリーズとは異なります。

警視庁捜査一課の堀田班は、宝飾店オーナー殺人事件の容疑者を自供により逮捕。
だが後半では自白強要があったと証言され、翌日、班の刑事の一人が首を吊った姿で見つかる。
そしてさらなる死の連鎖が・・・。
刑事たちは巨大な闇から仲間を、愛する人を守ることができるのか。
誉田作品史上もっともハードな警察小説。
(文庫本背表紙説明より)



「誉田作品史上もっともハード」とありますが
何を以て「ハード」と捉えるかは個人差があるように思います。
単なる言葉のニュアンスの捉え方でしょうが
私の感覚としては「ハード」というよりも「ヘヴィー」と形容した方がしっくりくるような気がします・・・

誉田さん作品が秀逸なのは、登場人物への感情移入がしやすいというところ。
つまり
描かれる人物一人ひとりの個性を明確に提示して
ときにはコミカルに、ときにはシリアスに、登場人物を魅力的な実像として描いていらっしゃるところだと思います。
これによって読み手である私たちは、自然に物語のなかへ引き込まれていくわけですね~

で、本作もまた然りなのですが・・・

ネタバレは避けさせていただきますが
中心人物かと思われる人たちが、結構次々と命を落とします。

(・・・え?この人ここで死んじゃうの?)
(おいおい、この人も殺しちゃうのぉ?)

読み進めるこちらとしては、少々気分が萎えてくる感じも・・・(汗)
つまり「ヘヴィー」なお話だなぁ、と。

ネットの書評などを拝読いたしましても
「もう少し救いが欲しい」
「読後感がよろしくない」
などのご意見が散見できます。

ただ私個人の嗜好としては
分かりやすい大団円的なお話にはやや食傷気味であります故、こういうお話があっても良いんじゃないかとは思いました。
勝手な憶測ですが
誉田さんご自身、逆にそのあたりを意識して本作を執筆されたのではないでしょうか・・・

丸く収まる話って
読後感は良いのでしょうけれど、あとに残らない感じもします。

(あぁ良かった ♪ はい、終わり!)
・・・じゃなくて・・・
(この人はこの後、どうするんだ?どう生きていくんだ?)
・・・そんな謎を提示したまま物語をフェードアウトさせるという・・・

ま~言い方を変えれば
(いつかこのお話の続きも書くかもね)的な終わり方、でもあります(笑)

・・・うん。
でもやっぱり誉田さんの作品だけあって、物語としては面白かったですヨ ~♪
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by dscorp-japan | 2013-01-31 00:00 | | Comments(0)

西神父様の逆鱗に触れた(汗)

 
私もまた他人事ではなくなってきた世代なんですが・・・(汗)


一概には言えませんが
「歳を重ねた人間が同じ話を何度もする」という話を耳にします。
・・・というか
皆様のお身内(たとえばご高齢のお父様やお母様)との関わりのなかで、そんなご経験って無いですかネ・・・

私の場合
たまに実家に行くと、母親から同じ話を何度も聞かされます(笑汗)
私の母はそれほど社交的な人間ではありませんので、普段会話する相手が限られています。
同居している母親の姉(←姉妹仲、いと悪し)
元々の在所にいる長姉
あとは私の妹、従姉妹、くらいでしょうか・・・
そんなこともあってか
私が実家に行くと、ここぞとばかり矢継ぎ早に同じ話を語り出します。

聴く側の私としても
多少の話題の重複は想定内ということで(笑)聞き流すわけなんですけど・・・
さすがに2度3度の繰り返しを超えてくると「それもう何度も聞いたわ」と突っぱねてしまいます(汗)
それでも母親はめげずに(笑)
「あぁそうだったっけ?」と言いつつ、その話の続きを始める始末でございます・・・orz

            ♢

さて、私の畏友(でたぁ~)西経一神父様。
彼の “ 地雷 ” は「親を誹謗する言動」であります。
他のことでは滅多に怒ったりしないのですが、親をバカにするような話をすると激高します。
思うに
幼くして母親を亡くされたという経験がそうさせるのではないでしょうか。
「親があって今がある」
「親のいることの幸せ」
そういった普遍的真理を軽視する言動を、西神父様は決して看過できない。


先日西神父様とお会いしたとき。
ふと彼から尋ねられたんです。

「おい、ヨシコ(私の母です)は元気なのか?」

・・・あ
西神父様をご存知の方はお分かりかと思います。
彼なりの親しみを込めた表現方法として、相手の固有名詞を平気で呼び捨てにします・・・(笑)

「まァとりあえず生きてるよ」

半ば私も西神父様の地雷を意識しつつ(笑)わざとこんな返しをします。

「っとにオマエ、わざとオレを怒らせようとしてるだろ」

・・・その通りですが何か?

「・・・まァいい。
で、正月はちゃんと親孝行してきたのか?
お年玉とかあげてきたのか?」

親孝行はしたつもりはない(汗)
とりあえず、ちょっとした小遣いは渡してきた。

「で、ヨシコの中に溜まった鬱憤を吐き出させてこれたのか?」

つまり話を聞いてやってこれたのか、ということですね・・・

「いい加減同じ話ばっか聞いてられんわ」

・・・はい、ここで西神父様 “ 半ギレ ” 一歩手前(汗)

「オマエなァ!
同じ話を聞くことが何故キツいってんだ!(怒)」

だァってキツいもんはキツいんだもん。

「・・・オマエ、それ神様にもそう言えるのか?」

・・・???

「よくよく言っておくがナ
オマエは毎週ミサに出て・・・あ、オマエはサボってるか(大きなお世話!)
・・・とにかく毎週のミサで、聖書のことばに耳を傾けるだろ。
あれはどうだっていうんだ?
毎年毎年
福音書の違いはあれど、同じ時期に同じ聖書の箇所を朗読するのを聞くんだろ。
何度も何度も神様の同じ話は聞けて、どうして親の話は聞けないっていうんだ!」

・・・そんなん屁理屈じゃん。

「屁理屈じゃない!
敬うべき人の言葉には常に謙虚であるべきだろうが!
言っておくがナ
神様の次に敬うべきは母であり父なんだぞ。
誰が何と言おうとそれはそうなんだ。
だったらとことんヨシコの話も聞くべきだろうが!
それはオマエの、子としての義務だ。
それが出来ることの幸せを知れ!」

・・・地雷、踏んじゃった・・・(汗)


しかし
親の話から神様の話につなげるとは、流石というか何というか・・・ m(_ _)m

ただ
そんな話、ビールジョッキ片手にしなくたって・・・(爆)
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by dscorp-japan | 2013-01-30 00:00 | おともだち | Comments(8)

火葬場問題のしわ寄せ

 
先日のはるさんの記事にもありましたが・・・


この時期
都市圏における火葬場では、その火葬受入件数のキャパ・オーバーという事態が頻繁に起こります。
ここ名古屋も例外ではなく
名古屋にある唯一の火葬場『八事火葬場』もまた、現在非常に立て込んでいるようです。

以前ですと
ご遺族サイドに特段の事情がなければ、亡くなられた翌日に通夜、翌々日に葬儀~火葬という日程を採択されるケースが多かったかと思われます(もちろん一概には言えませんが)。
しかしここへきて
火葬施設としての火葬受入可能件数を死亡件数が上回る状況が増えてきております。
この影響で、ご遺族の希望される日程でのご葬儀(火葬)が難しくなりつつある、ということなんですね。
ご希望される日程から1日或いは2~3日遅らせざるを得ないというケースも珍しくなくなってきたということです・・・



さて。
今日の本題は、この現状に葬儀屋さんサイドの対応はどうなるのかというお話。

私の個人的な姿勢として
「死亡~葬儀打ち合わせ~葬儀準備~通夜・葬儀」に至るまで、可能な限り葬儀担当者は同じ人間が応対すべし、と考えております。
たとえ葬儀依頼から葬儀終了までの日程が長引いたとしても、最初から最後まで同じ人間が窓口となってお手伝いする方がご遺族様との意思疎通や信頼関係の面においてベターだと考えるからです。
しかしながら今のような状況が頻発すると、葬儀担当者は一件のお客様を担当する日程的スパンが長くなります。

ここに「最初から終わりまで同じ担当者が」という(私の)理想を当てはめると・・・

① 葬儀担当者は今まで以上に個人の休日保障が難しくなる
② 葬儀担当を持っている間に他の葬儀依頼が入ったとき、お断りせざるを得なくなる

・・・といった問題が露呈してくるような気がします。

まず①についてですが
まァ担当者に特段の予定が無ければ、休日を後日に振り替えるという手はあります(これは現状でも頻繁になされている措置です)
しかし葬儀屋さんにだって、外すことのできない予定はありますよね。
そうなるとどうしても「担当者を変更する」という措置を取らざるを得ないケースは生まれるでしょう・・・

② については
可能な限り、つまりお客様に余分なご負担やご迷惑をお掛けしない限りにおいて、葬儀担当の「2件掛け持ち」という措置も考えていかなければならないのかもしれません。
つまり、たとえばこういうことです。
1日目、A様のご葬儀依頼の応対。
2日目、B様のご葬儀依頼の応対と、A様故人様のご遺体保全(ドライアイス補充)&補足打ち合わせ。
3日目、B様故人様のご遺体ドライアイス補充&補足打ち合わせ、A様の通夜施行。
4日目、A様のご葬儀施行、B様の通夜施行。
5日目、B様の葬儀施行

私自身、これまでにもこういう動きを実践してはきました。
ただ厳密に言えば「一件のお客様に専心する」ということにはなりません。
A様との打ち合わせ中にB様から入電とか
A様の葬儀式中にB様からご依頼事があるとか。
担当者は双方のお客様にご迷惑をおかけしないように、時間配分を考えていく必要があります。

・・・私の場合
もう、正直に双方のお客様に事情説明させていただいております。
事情をご理解いただいたうえで、極力ご迷惑をおかけしないように努めるしかありません。
「〇日の〇時~〇時は別のお客様と打ち合わせさせていただいております」
などとお伝えして、その間は種々のご質問などお待ちいただくように説明する。
そのうえで
状況に応じて、たとえば仮通夜の日(式のない日)のドライアイス補充などは別の人間に対応してもらうなどの措置はあり得るかと思います。


・・・しかし話を戻せば
やはり火葬場の問題を解消することが先決、ではありますよね・・・(汗)
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by dscorp-japan | 2013-01-29 00:00 | 葬儀 | Comments(4)

『この空を飛べたら』 加藤登紀子/中島みゆき

 
寒いですね。

日中は陽が照っても
夕方が近づくにつれて、一気に空が落ちてくるような感じです。
(やっぱり冬なんだなぁ)

私の場合
秋から冬にかけてが、空を見上げる機会がいちばん多いような気がします。

この時期、概して葬儀屋さんは忙しい日々を送ります。
私が空を見上げるのは
慢性的な疲労感からくるストレス解消の一手段なのか
或いは自分の根源にあるセンチメンタリズムからくるものなのかは分かりませんが・・・

            ♢

「ハードロックやプログレッシヴ・ロックが好き」と申してはおりますが
一方でケルト~アイリッシュ・フォークも大好きな私でございます。
世代が世代ですので
いわゆるニュー・ミュージックと呼ばれた音楽もキライじゃありません(まぁプログレと同じくその定義も曖昧ではありますが)

そのなかでも中島みゆきさんは好きです(特に80年代中期あたりまで)
あの当時、他の歌手の方が歌っていた曲で
(おぉこの歌良いなァ)と思った曲って、結構中島さん作だったりしたものです。

で、この曲。

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1978年発表。
もちろん中島さんの作詞・作曲です。

・・・私はこのレコードを持っておりません。
当時の私は、お小遣いの殆どを原田真二さんにつぎ込んでおりましたので(笑)
でもFMラジオから流れてくるこの歌を聴いて、良いなァと思ったものでした。
急いでカセットテープを用意して録音して(=エアチェックという)、繰り返し何度も聴きました。
・・・正直、この曲に関しては加藤登紀子さんご自身の作曲かと思ってたんです。
なんかアレンジの雰囲気とかが “ おときさん ” っぽかったので・・・




・・・つまり
私がこの時期、何気なしに空を見上げたときにこの曲を思い出すんですね。
残念ながら私に “ あの人 ” はいないんですけど(泣)
なんか、この時期の空にはこの曲がぴったりくるんです・・・

あと
おときさんと中島さんによる、この曲のデュエット動画がありましたのでご紹介 ♪
            ↓
http://www.youtube.com/watch?v=gv100wZdoz0
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by dscorp-japan | 2013-01-28 00:00 | 音楽 | Comments(4)

『痺れる』 沼田まほかる

 
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・・・どォ~でもいい話。
先日、とあるお知り合いと麻雀卓を囲んでいた(笑)ときに訊かれたんです。

「オカダさんは最近どんな本を読んでいますか?」

・・・えぇっとぉ
一冊が横山秀夫でぇ
一冊が道尾秀介でぇ
あと一冊が沼田まほかる・・・

「それって『痺れる』 ですかァ!?」

卓を囲んでいた別の方が、食い気味で話に入ってこられたんです(笑)
・・・つまり結構人気があるんでしょうね~


十二年前、敬愛していた姑が失踪した。
その日、何があったのか。
老年を迎えつつある女性が、心の奥底にしまい続けてきた暝(くら)い秘密を独白する「林檎曼荼羅」。
別荘地で一人暮らす中年女性の家に、ある日迷い込んできた、息子のような歳の青年。
彼女の心の中で次第に育ってゆく不穏な騒動を描く「ヤモリ」。
いつまでも心に取り憑いて離れない、悪夢のような九編を収録。
(文庫本背表紙の説明より)



私が読んだ沼田さんの作品の多くは、すでにここでご紹介しております。
       ↓
『九月が永遠に続けば』
『彼女がその名を知らない鳥たち』
『猫鳴り』
『ユリゴコロ』


過去の作品から沼田さんの世界観については学習済み(笑)
あの、独特の世界観には好き嫌いがあると思います。
かく言う私はどっぷりとハマったクチ、であります。

今回は沼田さん初の短編小説集。
小説家としての技量が問われるジャンル、と言われます。
これまでの作品で描かれてきたあの独特の世界観が
果たして短編となると、どんな作品に仕上がっているのか・・・?


・・・やはり沼田さんは沼田さんでした・・・
短編小説においても、沼田ワールドは健在。

普通じゃないけど異常じゃない。
そんな
ちょっと歪んだ人たちが織りなす、日常から生まれる狂気。
すでに沼田作品に触れた方なら思うはずです。
(やっぱこうじゃなきゃ!)

読み手の私たちからすると
(この人ちょっとオカシイ)という人ばかり登場します。
でも、オカシイと思いつつ、私たちもまた自問するんです。
(こういう考えって、オレのなかには無いか?)
それこそが心の闇、なのでしょうね・・・

そうした闇が
どこにでもある日常であるかのように、彼女の物語の中ではさらりとそこに存在します。
読み手である私たちがツッコミを入れるスキも与えません。

でもその表現は、決して強引じゃないんです。
私たちをねじ伏せるような力技ではなく
不思議な説得力で、いつしか私たちも登場人物の思考を受け入れてしまいます。
・・・まさにこれこそが沼田さんの才能なのだと思います。

「文がウマい」というより「文章がウマい」ということなのでしょう。
つまり文章構成力、ということなのでしょうか。
ごくありふれた情景描写や心情描写のなかで
絶妙のタイミングで「狂気」が顔を覗かせるのですから・・・(怖)


・・・皆様
沼田作品をお読みの際には、くれぐれもお気をつけあそばせ。
何気ない文章の狭間に、とんでもない描写がさらりと書かれております故 m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2013-01-27 00:00 | | Comments(4)

でも寒かった・・・

 
一昨日に引き続き
昨日はお世話になっているお花屋さんの会長御婦人のご葬儀に参列してまいりました。
大変に大勢の参列者でした。
式場となった葬儀会館は同日二件の葬儀が出来る造りだったのですが
ワンフロアだけでの対応は困難と判断されたのでしょう、「全館使用」という形で受け入れ態勢をとっていらっしゃいました。

館内に入ると、まずは5階の受付へと誘導されました。
3階が一般参列者席。
そこは式場ではないのですが、モニターで葬儀式場の様子が映し出されていました。
そして2階が葬儀式場。
こちらにはご遺族ご親族と来賓者の席が用意されている、という形。
・・・私はというと
「来賓」などというおこがましい者ではありませんのですが、一応2階へ案内されました。


実は今回のお葬式を仕切っていたのは、私の元同僚。
知り合いだから言うわけではありませんが、大変信頼のおける人間です。
一般的なご葬儀はもちろんのこと
社葬や団体葬、山門不幸などの知識や経験も豊富です。
ですから私も、大船に乗った気分で参列させていただきました m(_ _)m

結論から申しますと・・・
まァ完璧でしたね!

大勢の参列者の動線確保と誘導
葬儀全体の時間配分
大変によく練られたプランの上で構築されたお葬式で、非常に締まった式でした。

・・・相変わらずウマいなァ ♪


ただ、もちろんこれは葬儀屋さんの問題じゃないんですけど
式場一階、霊柩車前での御出棺のお見送りが寒かったの何のって・・・(><)
昨日の寒さはハンパなかったんです。

・・・まぁ~風が冷たかったこと!
お天気が良かったから何よりだったんですが
もし低気圧なんて来てたら、間違いなく大雪でしたよ。
参列者の皆さん、一様に寒さに耐えきれず
せめて日陰を避けて日のあたる場所を確保するので、半ばお見送りどころじゃなかったって感じ。

・・・でもこればっかりはどうしようもありませんよね・・・


それはともかく
故人様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

そして元同僚のYちゃん(←あだ名デス)!
本当にお疲れ様でした。
素晴らしいお葬式をありがとう m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2013-01-26 00:41 | 葬儀 | Comments(0)

“おかあさん” のいる会社

 
先日
ウチの会社が大変にお世話になっているお花屋さんの会長御婦人が御逝去され
昨日はお通夜に弔問に行って参りました・・・


このたびのことは、まさに『青天の霹靂』に他なりませんでした。
つい数か月前まで
私どもの承ったお葬式の祭壇生花をご依頼する際は、毎朝のようにお電話でお話させていただいておりました。
それが年末あたりから
(あれ?最近奥様が電話に出られないな)とは思っていたんです。
しかしながら
私たちのなかではいつだって大変お元気な(そしてお上品な)お声の記憶しか無いので、よもや闘病生活に入っておられたことなど想像もしておりませんでした・・・

お仕事とはいえ
いつも何かとご無理ばかり聞き入れていただいておりました。
夜7時過ぎからの祭壇生花搬入。
朝いちばんでの祭壇生花の移動。
教会サイドの都合ではあったのですが
そのたびに私どもは電話口で奥様に頼み込んで、奥様はそれらすべてを快く引き受けて下さったのでした。
奥様がいらっしゃらなければ
私どものお仕事はとうの昔に立ち行かなくなっていたかもしれないのです。

本当に感謝です m(_ _)m

            ♢

さて。
このお花屋さんのお仕事ぶりや会社の体制を拝見しながら、私はいつも思っておりました。
( “ おかあさん ” のいる会社って良いなァ)って。

もちろん会社の責任者でいらっしゃる社長様の誠実なお人柄や
先代社長でもあった会長様の辣腕ぶりも十二分に存じております。
しかし
会社の、本当の意味での精神的支柱は、奥様その人であったに違いないと思うんです。
そしてそのイメージとは
やはり「母」なんですね・・・

会社もまた、ひとつの「ファミリー」であると言えるかと思います。
ファミリーを率いるのは「父親」である社長であり、会長であります。
ファミリーの一員であるスタッフの皆さんは
それぞれの役割を果たすべく、各自がその職務を果たします。
スタッフそれぞれがその職務に集中することが出来るのは、安心して働くことのできる環境を与えられているからです。

・・・そして、安心して帰ることのできる場所を作っておいてもらえるからだと思うんです。

お母さんが「行ってらっしゃい」と声をかけてくれる。
お母さんが「お疲れ様」と迎えてくれる。
必死で働いた後、お母さんが「よく頑張ったね」と労ってくれる。
仕事でミスがあったときは、お母さんが慰めてくれる。

「お母さんがいてくれるから頑張れる」・・・


ウチのような男所帯の会社からすると
本当に羨ましい限りでしたし、組織としての理想形でもありました。

(ウチにもあんな方が居てくれたらな)
(おかあさんのいる会社って良いな)

何度思ったことでしょう・・・

            ♢

本当に惜しい方を亡くされました。
私どもとしても
お世話になりっぱなしのまま、何の御恩返しも出来ないままでした・・・

毎朝のようにお聞きした、耳に心地よいお声が忘れられません。

どうぞ安らかに。
花を愛し人を愛した奥様のご冥福を、心よりお念じ申し上げます。
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by dscorp-japan | 2013-01-25 00:00 | 葬儀 | Comments(4)

「じきに私も行くからね」

 
・・・お通夜やお葬式の会場で
故人様と親しかったと思しき方が、柩を覗いて仰るのをよく聞きます。
少なくとも葬儀屋さんなら、どなたでも一度や二度ならず必ず目にする光景です。

「そのうち私もそっちへ行くから」
「先に行って待っててね」

故人様に話しかける言葉として定番ともとれる言葉ではありますが
そのありきたりな言葉の持つ意味って、考えたことはお有りでしょうか・・・?

            ♢

私はこの言葉に、ものすごく深い意味を感じるんです。

この短い一言が意味するもの。

まずそこには
「大切な存在を亡くしたという事実とその悲しみを受け入れる(=グリーフワーク)」という側面があると思います。
「旅立った人を送る」というプロセスを通して
その悲しみを表現し、大切な人が亡くなったという事実を受容することを「宣言」する言葉なのだと思うんです。

そしてもうひとつ。
それは
現実としての「死」そのものを、リアルに受け入れる言葉だと思うんです。

このセリフを言葉にされる方は、それなりに年齢を重ねられた方が殆どだと思います。
これは致し方のないことなのですが
歳を重ねるにつれ、死は(生物学的見地から言っても)遠い将来のことではなくなってきます。
歳の近い方が亡くなられるたびに
(あぁ、またひとり旅立ってしまった)と思うこと。
それは
自分にもまた、間違いなくいつか「その日」が訪れるのだという実感です。
「死」は、若い頃以上に他人事ではなくなってくるのです。

いつ訪れるとも知れない。
しかしその日は必ず訪れる。
死への畏れや不安とは、長く生きれば生きた分だけ増長するのかもしれません・・・

しかし同時に
私はこの一言に、大きな救いもまたあるのだと思っております。

「私も “ そっち ” へ “ 行く ” から」

仮に
「死」をすべての終焉と捉えるのなら
“ そっち ” などという場所は存在しないし、存在しないそこへ “ 行く ” ことも出来ないはずなんです。

それでも人は言うんです。
そこが阿弥陀浄土なのか天国なのかは分からないにしても
人は死を間近にしたとき「“ そっち ” は確かに存在する」と信じたくなるのだと思うんです。
そして人は皆
「自分もいつかそこへ“ 行く ” ことが出来る」という摂理に希望を見出すのです。


・・・つまりそれは死者への救いであり
また、今生きている私たち自身にとっての救いでもあるのではないでしょうか。
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by dscorp-japan | 2013-01-24 00:00 | 葬儀 | Comments(4)

『 Eve 』 ドリーム・シアター

 
やはりというか
一昨日からお葬式のお仕事で現場が忙しくなってきました・・・
よってまた例のごとく(笑)予約投稿記事でごまかす私でございます m(_ _)m


バカテク集団 『ドリーム・シアター(以下 “ DT ”)』。
イエスやピンク・フロイドなどの古き良き(笑)プログレッシヴ・ロックとメタリカやアイアン・メイデンなどのへヴィメタルとを高次元で融合させたと言われる
いわゆる『プログレッシヴ・へヴィメタル』『プログレッシヴ・ハードロック』とカテゴライズされるバンド。
同系バンドとして『ラッシュ』『クイーンズライク』などが挙げられますね。
特にラッシュに関しては
DTのメンバー自ら、ラッシュからの影響を公言されています。

彼らの音楽性といえばやはり
複雑な曲構成と、それを支える高度な演奏テクニック(特にドラム&ベース!)ということになると思います。
その昔、私も何度かライヴに行ったことがありますが・・・
まァ~その演奏力たるや “ お口アングリ ” でございました・・・(驚)

そんな彼らですが
実はけっこう静かで、バカテクを見せつけない曲ってのもあるんです・・・


けっこうデヴィッド・ギルモアさん(ピンク・フロイド)の影響が感じられる曲調だと思います。
この頃のキーボードはケヴィン・ムーアさんです。
個人的にケヴィンさんの演奏が大好きなんでこの曲をご紹介したんですが
欲を言えば、ギターを “ 本家 ” デヴィッド・ギルモアさんが弾いたらもっと良かったと思います。

・・・うん。
やっぱりギルモアさんのギター・トーンは素晴らしいッ

(途中からギルモアさん贔屓の記事になっちゃいました・・・)
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by dscorp-japan | 2013-01-23 00:00 | 音楽 | Comments(0)

授かりもの

 
毎週欠かさず録画して観ております『たかじんのそこまで言って委員会』

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一昨日放映された特集は「命の重さを考える」というテーマでした。

胎児の障害や異常の有無を調べる『出生前診断』と
その診断結果としての『選択的中絶』の問題
『代理出産』の問題
また
命の尊さ・重さに関する倫理観の問題・・・

非常に興味深く拝見いたしました。


・・・私
『出生前診断』なんてものがあることを知りませんでした・・・m(_ _)m
そして
その診断結果として(生まれてこない方がこの子の為だ)という判断のもと『選択的中絶』なんてことがあるんですね・・・(驚)


「命の重さを考える」というテーマですから
番組内での各コメンテーターの皆様の発言も、いつもよりデリケートだったような気がします。
つまり
『出生前診断』の是非
『選択的中絶』の是非
『代理出産』の是非
いずれについても、多くの方が「(是か非か)どちらとも言えない」という判断をされておられました・・・
私もまた、軽々に判断を下すことは難しいなァと思いながら観ておりました・・・

            ♢

・・・ちょっと話が逸れます m(_ _)m

私事ですが
私の父は医者です。
専門は「精神医学」「発達障害学」「重症心身障害福祉」であります。
私が幼少の頃
父は『愛知県心身障害者コロニー』というところで働いておりました。
時折ですが、私も父の職場へ連れていかれたことがありました。
そういう関係から
私は様々な障害を持っていらっしゃる方と触れ合う機会が、一般の方々よりも少しだけ多かったように思います。

もちろん私は専門的なことなど分かりません。
ただ
障害を持つ皆様と肌で触れ合うなかで、私なりに感じてきたことは私のなかにずっと残っております。
それは
誰もが皆「一生懸命生きていた」ということ。
理屈じゃなくて
ただ必死に、今を精いっぱい生きようとしていらっしゃったんです。

(どうして神様はこんな試練を与えるんだろう?)などという疑問を挟む余地など無かったように思います。
そんなことを考える余裕などなくて、ただひたすら目の前の一分一秒を生きる、生き長らえることで精一杯だったように感じたんですね・・・
人間の命って尊いものなんだということを、子どもながらに実感したものでした。

            ♢

番組内で、あるコメンテーターが仰ってました。

「私たちは絶対に忘れてはいけないことがあります。
それは
命とは『授かりもの』なのだということです」

・・・全く以て同感です。
その通りだと思います。

命とは、私たち人間が生み出すものじゃなくて授かるものだと思います。
それを授けるのが「神」だろうと「自然の摂理」だろうと
少なくとも、私たち人間には為し得ないサンクチュアリ(聖域)に違いないのだと。
その命がどのようなそれ(健常者なのか否か)であれ
「授かりもの」である「命」に変わりはないのだと思います。


あくまで私見です。
反対意見がお有りの方もいらっしゃることを承知で申します。

『出生前診断』や『選択的中絶』や『代理出産』の是非を問う前に
そんな医療技術なんか発達しなければよかったと思う。
私たちはもっと
授かりものの「命」の前において謙虚であるべきだと思う。

この世に生を受けた命を大切にするための医療なら、どんどん発達すればいいと思うんですよ。
でも
生まれ来る命を生かす(産む)か殺す(中絶)かなどという判断を、私たちが下すべきではないんじゃないかと思います。
少なくとも私はそんなことしたくありません。出来ません。
『出生前診断』なんて(言葉は悪いですが)さながら命の「査定」じゃないですか。


重々、本当に重々承知しております。
様々な反対意見がお有りの方もいらっしゃることと思います。

それでも私は思います。
思ってしまうんです。

「その命を授けられたのは他の誰でもない。
本人なのだ」 と。
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by dscorp-japan | 2013-01-22 02:32 | 思うに・・・ | Comments(4)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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