D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

dscorp.exblog.jp Top

<   2011年 11月 ( 31 )   > この月の画像一覧

生きてるなァ~

 
人間とは『相対評価』が好きな生き物だと思います。

比べることが大好きで
比べることで安心したり不安になったりするという、何とも厄介な生き物でございます。

対して『絶対評価』が大の苦手。

そこにあるはずの絶対的価値には常に不安を感じ
相対的価値が他を上回っていれば満足する。
たとえそれが絶対的価値の低いものだとしても、です。


・・・なぁんて、エラそうなことを申しておりますが
かく言う私もまた、相対評価に捕らわれ続けながら生きている一人であります。
学力から運動能力
背の高さからバレンタインデーのチョコの数まで(笑)
およそ比較できるものは何だって比べたもんです。
止めときゃいいのに
そうやって比べるだけ比べて
いざ他者に負けるとなると(この比較は自分には価値のないものだ)などと考える。
これを「負け惜しみ」というわけなんですが・・・

            ♢

おかげさまで私も
歳を重ねるにつれて『相対評価』の呪縛から解き放たれつつあるなぁと感じる今日この頃、であります。
何と申しましょうか
自分を諦める、というのとは少し違うような気もしますが
すべてにおいて肩の力が抜け始めたというか
まぁ~とにかく “お気楽” なスタンスでいられるようになりました。

どォ~せ慌てふためいたところで
ウチの神様は私を好き勝手しやがるんだろうし(笑)
自分という人間を俯瞰して見降ろしてみると、まァ~どうしようもない人間なわけで・・・

(それならそれで別に良いじゃん ♪)
・・・というのは別に開き直りとかじゃなくて、本心からそう思えるようになりました。


・・・単に歳をとったってことなのか・・・?


まァいいや ♪

ということで
またひとつ歳をとりました、とサ。
[PR]
by dscorp-japan | 2011-11-30 00:07 | 思うに・・・ | Comments(6)

業務多忙

 
立て続けにご葬儀のご依頼をいただいており
現在、私を含めて社員全員走り回っております。
業務多忙の為
本日はこれまで!
御免!

 m(_ _)m m(_ _)m  m(_ _)m
[PR]
by dscorp-japan | 2011-11-29 01:15 | あったこと | Comments(0)

アドベント(待降節)に入った。

 
つまり昨日から
“ もォ~いィくつ寝るとォ~クリスマス~ ♪” という期間に入ったということです(笑)


『待降節』という言葉はカトリック教会及びプロテスタント諸教会の用いる呼称で
聖公会では『降臨節』と呼ぶそうです。

待降節はいつから始まるのか、ですが
(すでにご存知の方も多いかもしれませんが)
11月30日(・・・なんか覚えのある日だな・・・?)を基点として
この日に最も近い日曜日(つまり11月27日~12月3日の間に来る日曜日)が始まりです。

昨日の主日(=日曜日)が『待降節第一主日』ということで
おそらくは多くの教会で、昨日からアドベント・キャンドル(→過去記事参照)が飾られたことかと思います。
(私はお葬式のお仕事が入っている為、教会には行けませんでした)



・・・しかし早いもんだなァ・・・(汗)

ついこの間まで
「もう暑いのはこりごりだァァ~!!」とかわめき散らしていたのに
あっという間にクリスマスの時期です。
先人たちの仰る通り
年々、月日の経つのが速まってきております・・・

どんどん加速しております・・・(汗)


しかしそれでも
こうしてまた待降節を迎えることが出来たわけです。
本当に有難いことです。


今、こうして生かされていることに感謝!

そして
皆様の上にも素敵なクリスマスが訪れますように m(_ _)m


・・・って
 ちょっと気が早いか(汗)
[PR]
by dscorp-japan | 2011-11-28 00:14 | キリスト教 | Comments(3)

愛地球博記念公園に行ってきた

 
昨日の同窓会の後
仲の良い同窓生3名で「紅葉を観に行こう」ということになりまして・・・

名古屋からほど近い場所で紅葉の名所と言えば『香嵐渓(こうらんけい)』があるんですが
週末の午後なんて間違いなく大渋滞なわけで・・・

と、同窓生のひとりが
「モリコロパークが結構キレイみたいだよ」
と言うので、近いということもあって行ってみました。

『モリコロパーク』というのは
2005年に愛知県で開催された国際博覧会『愛・地球博』の会場跡地の公園のことです。
『愛・地球博』の前は『愛知青少年公園』として親しまれていました。

もとより、木々や山々がそのまま残された形の公園でしたから
紅葉が見れなくてもそれはそれで良かったんです。
ただノンビリと、自然のなかをタラタラと歩いてみようって感じ(笑)

a0153243_22561282.jpg



お天気がすこぶる良かったんです ♪


a0153243_225724100.jpg



・・・そこそこキレイじゃん ♪


a0153243_225966.jpg



中年男が3人で
センチメンタルな気分で歩く様ってのは絵になりませんが(大汗)
それでもやっぱり自然は美しかった!

きっと来週あたり
もっとキレイになってるんじゃないでしょうか ♪


・・・名古屋界隈で
近場で紅葉を楽しみたい方は『モリコロパーク』に行くってのもテかもしれませんよ~ ♪
[PR]
by dscorp-japan | 2011-11-27 00:05 | あったこと | Comments(10)

昭和54年度卒 若水中学校同窓会

 
行って参りました、10年ぶりの同窓会 ♪


前日、アルバムを開いて予習しているのでバッチリ分かると思っていたんですが・・・
いざ顔を合わせると結構分からん・・・!

お互いに見つめ合って
何となくアイコンタクトの間があって
少しずつ近付いて、ヘンな笑顔で相手の出方を見るというか(汗)

「・・・え~っと、ちょっと待ってね、すぐに思い出すから・・・」

「あぁ~っと、はいはい!分かるよ、え~っと」

もう
お互いを認識できないことも全然アリ、な空間でした(笑汗)

実際
私なんか、もう開き直って聞いてましたもん。

「本当に申し訳ありません、どちら様でしたでしょうか・・・?(大恥)」

少なくとも10年ぶり
相手によっては30年ぶり(!)の人もいるわけですから、そりゃ仕方ないといえば仕方ない(笑)


・・・そして、一方でとても残念だったのは
同窓生の数名が他界されていたことです。
その中にひとり、当時とても仲良く遊んでいた友人の名前があって・・・

・・・私たちもまたそういう年代に入った、ということなのでしょうか・・・


それでも
みんな、思っていたより若かったなァ~ ♪
そりゃ~皆さん、目尻の小じわは増えるし
大なり小なり横に大きくなってるし(人のことは言えんが)
それでも
みんな生き生きとしていたし輝いていたと思います☆

そして
歳をとるのもまんざらでもないと思ったのは
みんながみんな、お互いフラットなスタンスで会話できたことです。
当時のケンカ相手とか
あまり仲が良くなかった相手とか
そういうシガラミが全部吹き飛んじゃってて、みんなが笑顔で「お久しぶり ♪」と言い合えたことです。

みんな、優しくなれた。
みんな、許し合えた。



最後に
幹事を務められたS君、Dさん、H君、Y君に深謝!

本当にお疲れ様でした。
そして、有り難うございました!
[PR]
by dscorp-japan | 2011-11-26 22:29 | あったこと | Comments(4)

同窓会の予習・・・?

 
恥ずかしいことこの上ないんですが・・・(恥)

明日
10年に一度開催されるという、出身中学の同窓会があるんですね。
前回も10年前に開催されて私も出席したんですが・・・

まァ~同窓生たちの、顔と名前の合わないこと!(汗)
特に女子!
全然わかんねェ・・・

はっきり申しまして
小生、中学~高校にかけて、ホントに女性の皆様との交流が少なかったんです。
会話さえもなかった、というわけでもありませんが
普通のクラスメイト以上のお付き合いはありませんでした。
(単にモテなかっただけとも言う)


・・・とまァ
前回の反省も踏まえて(笑)
今日はこの後、交流のある同窓生数名と集まって、出席者の皆さんの予習です。

卒業アルバムを開いて
送られてきた出席者名簿と照らし合わせて

(あぁ~この子はこういう名前だったっけ?)
とか
(ハイハイ!こいつとはよく遊んだなァ)
とか

・・・中年のおっさんが集まってやることじゃないかもしれませんがネ・・・

でも
実は “本番” 以上にこの集りの方が楽しかったりして ♪



では
行ってまいります<(_ _)>
[PR]
by dscorp-japan | 2011-11-25 19:52 | 思うに・・・ | Comments(0)

フレディー・マーキュリー没後20年

 
今から二十年前といえば
私はまだ葬儀業界などとは無縁で、ガッコのセンセとして働いていました。

決して良い教師とは言えないセンセをやりながら
日夜生徒たちと戯れていたある日のこと。
ガッコからの帰り道、クルマのラジオからニュースが流れてきました。

“ 自身がHIVに感染していることを公表した
イギリスのロックバンド:クイーンのヴォーカリストであるフレディー・マーキュリーが亡くなりました ”

・・・えぇ~ッ・・・!?

本当に茫然とした覚えがあります・・・

家に帰ってから
ハラハラと泣きながらクイーンのレコード&CDを聴き漁りました。
個人的には
ジョン・レノンが亡くなった日よりもショックだったんです・・・


・・・あれからもう20年が経ったんですね・・・


フレディー・マーキュリーというミュージシャンについて考えるとき
彼のヴォーカリストとしての才能はもちろんですが
ソングライティングセンス
アレンジセンス
バンド全体のコンセプトアプローチ
それらにおいて、類稀なる才能を発揮した方だと思います。

“先進的” という点では
クイーンの音楽って、充分にプログレッシヴであったと思います。

そして個人的には
フレディーの才能が一気に開花したのが、2ndアルバム『クイーンⅡ』だと思います。

a0153243_20115992.jpg

                                    1974年発表

このアルバムは
LPレコードですとA面とB面がそれぞれ「ホワイトサイド」と「ブラックサイド」に分かれていて
「ホワイトサイド」の曲をギタリストのブライアン・メイ&ドラムのロジャー・テイラーが
「ブラックサイド」の全曲をフレディーが書き上げています。
「ホワイトサイド」は比較的明るい曲調で
「ブラックサイド」が、よりディープな世界を奏でます。

ホントはフレディー作である「ブラックサイド」は全曲を通してお聴きいただきたいところなんですが
結構長くなるのでYouTubeには見当たりませんでした・・・

ということで
「ブラックサイド」の一曲目をご紹介。




クイーンファンならご存知の通り
この曲のイントロは、曲のアウトロ(後奏部分)の音源をテープで逆回転させたものです。
この曲においても、彼らは一切のシンセサイザーを使用しておりません。
基本的にはギター&ベース&ドラムだけの音です(オーバーダビングは駆使しております)。
それでもってこの音。
“音の洪水” と言わしめたのも納得。

こうしたある種 “寓話的世界” を曲にするのって今じゃ当たり前かもしれませんが
その先駆けとなったのが、多分フレディーとピーター・ゲイブリエル(@ジェネシス)だと思います。
こういった世界観をロックに取り込むことは
ジャーマン・メタルをはじめとした欧州(特に北欧)のロック・アーティストに多大な影響を与えたと思います。
日本においても
たとえば秋葉原とかで流行ってる(過去形?)のゴシック・ファッションなんかだって
もしかすると、元を辿ったらクイーンに行きつくんじゃないでしょうか・・・

            ♢

小生、毎年この日はクイーンの曲を聴きまくることにしております。

在りし日のフレディーを偲び
彼の遺した数多の音楽を聴きながら
フレディーの人生に思いを馳せるのであります・・・

a0153243_20394398.jpg

                                    我が家のレコードたち
[PR]
by dscorp-japan | 2011-11-24 00:00 | 音楽 | Comments(2)

明日はフレディー・マーキュリーの命日

 
去年も同じ内容の記事を書きました。
あれからもう一年が経ってしまいました・・・


稀代のロック・ヴォーカリストであるフレディー・マーキュリー。
彼が、HIV感染合併症によるニューモシスチス肺炎でこの世を去ったのが1991年11月24日のことでした。
この前日にHIVに感染していることを公表し、すぐその翌日、彼は帰らぬ人とならたわけです。

私の本棚には、フレディーに関する本が数冊あります。
書かれている内容の全てが事実かどうかは分かりませんが
彼は破天荒な人間でありながらも、とても繊細で優しい人柄で、本当はとても寂しがり屋だったことが伺えます。
だからこそ、あの煌めくような音楽を次々と作り続けられたのではないかと思います。

特に今日は
生前最後のフレディーの姿を偲びながら、この曲を聴きましょう。



このPVを見ながら曲を聴くたびに、どうしても涙腺が刺激されてしまいます・・・(涙)


作詞&作曲はドラマーのロジャー・テイラー。
ロジャーの書く曲と言えば、その多くは王道のロックンロールです。
しかし一方で、こんなに優しい曲も書けるんですね・・・

晩年のフレディーは病魔と闘いながら、バンドのメンバーに言い続けたそうです。

「とにかく曲を書いてくれ。出来るだけ歌うから」

自分に残された時間が僅かであることを知りながら
最後までミュージシャンであり続けようとしたんですね・・・


彼が亡くなって20年が経ちます。
でも
彼の遺した音楽は今でも生き生きとしています。



ありがとう、フレディー。
素敵な音楽を遺してくれて。
素敵な歌声を遺してくれて。

貴方の音楽は私にとっての “Bijou” です・・・
[PR]
by dscorp-japan | 2011-11-23 00:00 | 音楽 | Comments(4)

お葬式の際にかける迷惑

 
「人は誰も独りでは生きてゆけない」

よく言われる言葉です。
人間って
生まれた瞬間から死ぬときまで(或いはその後でさえも)必ず誰かの助けが必要な生き物ですよね。
常に誰かのお世話になるし、場合によっては迷惑をかけることもあります。
でも、だからこそ人は助け合うわけで
「困ったときはお互い様」という考え方があるわけです・・・

            ♢

少し前のことです。
ウチの社員が担当させていただいたご葬儀の流れの中であったこと。

故人様のご遺体は、一旦病院からご自宅へ搬送されたんですね。
ご自宅はマンションだったんですが
通夜~葬儀の日程までの時間が長くなったこともあって、故人様のお住まいであったマンションの一室でご安置させていただきました。

で、通夜当日。
その方は教会で通夜~葬儀を執り行われる為、通夜当日の午後にご遺体を教会まで移送することになるわけです。

ご遺体の移送となると、当然寝台車が必要になります。
寝台車はマンションの玄関口に出来るだけ近いところに駐車させていただき
奥行きのあるエレベーターがあれば、ストレッチャーで故人様のお部屋のある階まで上がることになります。
(そうでない場合は担架でお連れすることになります)

お客様のマンションの場合
その構造上、寝台車は居住者の駐車場に乗り入れる必要があったんですね。
駐車場から玄関ホールまでの、出来るだけ距離の短いところに駐車させていただいて
出来るだけ急いでご遺体をお連れするわけです・・・

ウチの社員がお客様のお部屋でご遺体をお連れする準備をさせていただいている最中
玄関の呼び鈴が鳴ったのだそうです。
お身内のおひとりが玄関先へ出迎えると・・・

「ちょっと!
アンタんとこでしょ、縁起でもないクルマを駐車場の通路に停めたのは!
ウチのクルマが停められないじゃないのよ!」
(大体こんな言い方だったそうです)

お身内の方は驚かれながらも、急いでお詫びされたそうです。

「早くどかして、早く!」

ものすごく急かされたそうです。
ウチの社員もお詫びしたうえで、急いで故人様をお連れしたんだそうですが
その最中もしきりに急かされたんだそうです・・・(汗)

厳密に言えば、非があるのは私たち葬儀屋さんです。
居住者専用の駐車場ですし、寝台車の為にその方のクルマが駐車できなかったのは事実ですから。

しかし・・・

同じマンションの住人が亡くなられて
その方のご遺体をお連れすることも分かっていて
何故にそんなにお怒りになるのでしょうか。

「こんなときでもクレームを言われるのか・・・」

お客様、悲しそうに呟かれたそうです・・・



「腹が立つのを通り越して悲しくなったよオレは」

ウチの社員の言った言葉。

「あのバアちゃんの身内に何かあったとき
他の住人から同じような言われ方されたら、あのバアちゃんはどう思うんだァ?
何て寂しい人なんだろ・・・」


・・・私も同じ思いです・・・


「村八分」という言葉があります。

一説では、一部の助け合いを除いた関わりを絶つことを言います。
その一部の助け合いとは
・火事の際の消火活動
・お葬式の際の助け合い
このふたつ。
だから “八分” の残り “二分” は、絶交状態であっても助け合うわけです。

村八分でさえ、お葬式の時は助け合うんです・・・


ご迷惑は重々承知の上です。
どうかお葬式の時くらい、大目に見てやって下さいな・・・ m(_ _)m
[PR]
by dscorp-japan | 2011-11-22 21:32 | 葬儀 | Comments(2)

“万が一”

 
「殆どないが稀にあるさま。」

広辞苑によれば、こういうことなのだそうです・・・

            ♢

私、結構この言葉を使っちゃいます。
特にお客様からのご葬儀に関するご相談時などに、です。

「お客様のお身内で万が一のことがあった際には・・・」

・・・こんな使い方。

つまり
「死亡する」という言葉の主語が、お客様やそのお身内だったりする場合の代用語として。

「もしもお客様の大切な方がお亡くなりになられた場合・・・」
なんて表現は、さすがに少々気が引けます。
ご葬儀に関するご相談って
その多くは「近々そういうことが起こり得る」という前提でお問い合わせをいただくんですよね。
お客様ご自身も
(自分の大切な存在が病魔と闘っている最中なのにこんな話をして良いのか?)
という、半ば後ろめたさのようなものをお感じになりながら、ご相談いただく方もあるわけです。
そうした方に対して「死ぬ」とか「亡くなる」という言葉は、あまりに辛辣だとも考えられるわけです。
しかも、葬儀屋さんが発する言葉ですから尚更、ですよね。

故に私は「万が一」という言葉を
「死亡する」「亡くなる」といった言葉と同義語として使用することが多いんです。


もうかなり昔のことですが
あるお客様から、ご葬儀に関するご相談をいただいた時のことでした。
ご説明のなかで私は(いつものように)使ったんですね、この言葉を。

「もしもの折には・・・」
「万が一の際には・・・」

するとお客様が仰ったんです。

「万が一、じゃないでしょ。
私はいずれ死ぬんだ。
私だけじゃない。
誰でもアンタでもいつかは必ず死ぬんだ。
だから “万が一” という言い方はおかしい。
変に気を回さないでいいから、はっきり『死んだ時には』と言ってくれた方が良い」


たしかにそうかもしれませんね。
人の死は “万が一” じゃない。
時間軸における差異はあっても、人は必ず死ぬ。
「いつか必ず死ぬ」という意味において、その可能性は “万が万” つまり100%であるということ。


・・・しかし
じゃ、どういう言い回しが良いんでしょ・・・?

同業者の皆様
ご高察を賜りたく存じます・・・ m(_ _)m
[PR]
by dscorp-japan | 2011-11-21 21:02 | 葬儀 | Comments(5)
line

これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
line
カレンダー