D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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決算申告&納税完了~

 
終わった終わった・・・(汗)

昨日29日
無事、書類提出と納税を終えてまいりましたァ~ ♪
納める金額の算定とか提出する書類の作成とか
そのあたりの作業はウチの会計士がやりまして(私に出来るわけがない!)
名古屋市税事務所~名古屋市昭和税務署~愛知県税事務所と回って
甚だ少額ですが(いやウチとしてはデカイ金額です!)お金も納めてきました。

何度も申します通り、ウチは超零細企業。
チビチビと、つつまし~く運営させていただいております(笑)
ただちょっとだけ自慢なのは、いわゆる借入金が無いこと。
あと、会社設立の初年度を除いては何とか毎年黒字を維持していること。
まァ~借り入れが無いということはその分自転車操業なわけですし
黒字と言っても、人件費や広告宣伝費を削ってるだけのことなんですがネ・・・

個人的な思いとして
小規模で良いから、健全な経営状態でありたいとは思っております。
今はこうして私も現場に出ながら経営に携わっているわけですが
時が来れば、私も一線を退くことになります。
経営をバトンタッチする相手には、キレイな状態で引き継ぎたいんですよね・・・

            ♢

まァ~とにかく!
これでしばらくは現場に専念できます ♪
ちょうど明日~明後日と、お葬式のご依頼をいただいております m(_ _)m
担当は私ではありませんが、私もまた気持ちよくお手伝いに出向けます。

お仕事をいただける感謝を忘れず
また精進してまいります。

ご心配いただきました皆様、有り難うございました m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2011-06-30 01:45 | Comments(0)

あと二日じゃ・・・(大汗)

 
ウチは超零細企業のため
経理職の人間を置いておりません(役員としての会計士はおりますが)。
基本的に私が兼務しております。
まァ~規模自体が小ッさいわけですから(笑)
扱う数字もまた、それほど大きなモノではないんですけどね・・・

ここ数日
ウチの会計士(コイツは私の幼馴染み)と一緒に
連日夜遅くまでお仕事です。
仕訳日記帳とか
現金出納帳とか
営業利益とか
経常利益とか
・・・経営者のクセに、いまだによく分かっておりません・・・(大恥)

だァってオレ教育学部だし
ソロバン出来ないし
電卓のボタンもいまだに分からんヤツがあるし
そもそも算数がダメだから医者になるのをあきらめたんだし・・・

「言い訳はよろしい」 ← ウチの会計士談

あと二日じゃあ~
何とか早くこの仕事から解放されたいものだ。


ということで・・・
ホンットにイヤだけど、お仕事に戻ります・・・
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by dscorp-japan | 2011-06-28 22:59 | Comments(10)

『リバイバル』 五輪真弓

 
今日も事務所で決算書類のお仕事中~
夜になって
ウチの事務所の窓から、またしとしとと雨音が聞こえ始めました・・・

ということで
『雨音』つながりで音楽ネタ、2連発(笑)

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                                     1981年発表


五輪さんはこの曲で前年に続いて『NHK紅白歌合戦』の出場を果たされましたね。
(前年は『恋人よ』)

とにかく、素晴らしい歌唱力の持ち主。
この曲がヒットした当時は結構テレビ出演もされていたんですが
どの番組で歌われていても、その歌声は全くブレなかったです。
(口パクか?)とも思うんですが
レコードを持っていた私はオリジナルの音源を耳が覚えていますので、決してそうではないことが分かります。
それでいて、全然ブレないその歌声・・・
とにかく聴いていて、まったく以て安心できるヴォーカリストです ♪ (←エラそうに・・・)





ね?
耳に心地いい歌声ですよね~!


ということで
今から私、YouTubeで五輪真弓の曲を聴きまくりながらお仕事再開デス
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by dscorp-japan | 2011-06-27 23:25 | 音楽 | Comments(0)

『Stay Close Tonight』 VOW WOW

 
ただいま私
事務所で決算の最終チェック作業中です。
ウチの会社は4月決算。
ということで、6月末までにお役所に書類提出(&支払い)をしなければならんわけです。
あと数日しかないやん・・・(大汗)

(もっと早くやれ!)

・・・ま、幼少の頃から夏休みの宿題はギリギリに慌てるタイプなんで。

数字だとか勘定科目とか
もう、いいかげんにイライラするわけですよ。
誰か代わって下さい・・・(泣)

            ♢

ということで
ストレスが溜まってるときには、やっぱり激しいロックじゃ!

(以前このブログでも取り上げましたが・・・)

日本の生んだ、有数のハードロック・バンド。
実は結構古いバンドです。
初期(1975~1983)はBOW WOWと名乗り
大幅なメンバーチェンジを機に
中期(1984~1990)にはVOW WOWと名乗りました。
で、その後再び1991年からBOW WOWと名乗って再結成。
ロック好きの間では “B” と “V” とで区別して呼んだりします。
実質的なリーダーである山本恭司さん(G)も
“B” と “V” とは全く別のバンドである、という認識でいらっしゃるようですね・・・

私のお好みとしては “V” が好き。
何といっても、ヴォーカルの人見元基さんの邦人離れした歌声です ♪
そりゃ~東京外国語大学卒業ですから
英語の発音の素晴らしさにも頷けます。
(因みに現在の人見さんは某県立高校の英語教師なんだそうな)

エラそうに申しますが
私も一応帰国子女の端くれでして、英語の発音がイマイチなヴォーカルだと一気に冷めてしまうんですネ。
・・・いや
今じゃ全然話せないですよ、英語なんて。
ただ発音だけは身体に染みついてしまっているんで
余計に厳しい耳になってしまうんですヨ・・・
(生意気な耳ですが)




ハードロックとへヴィ・メタルの境界線がどこにあるのかは知りませんが
彼らの曲は、間違いなくハード・ロックだと思います。
何故?って言われても困るんだけど(汗)
へヴィ・メタルじゃないでしょ。
時代背景的にも
80年代の前半って、結構作り込んだ感じのロックが氾濫してまして
このバンドもまた、キーボードを前面に押し出したような曲調も多く聴かれます。
つまり、そこそこ “クサい” メロディの曲も少なくなかったってことです。

私の大好きなアルバム『VOW WOW Ⅲ』。
個人的には捨て曲なし!です ♪
アルバムに針を落とした瞬間(古ッ!)から
B面最終曲の『Pains Of Love』まで
一気にのめり込めます!

こういう正統派のハードロック・バンド
最近じゃなかなか現れないんですよね・・・






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by dscorp-japan | 2011-06-26 20:44 | 音楽 | Comments(8)

はるさんの記事から

 
いつもとってもお勉強になる記事を書いてらっしゃるはるさん
こんな記事を書かれました。

『伝道という下心』

はるさんはキリスト教葬儀のエキスパートでいらっしゃって
ご自身もまたクリスチャンでいらっしゃいます。
クリスチャンとして葬儀を捉えられる目線をお持ちでいらっしゃって
また一方で、葬儀屋さんとして数多ある諸宗教の葬儀にも携わったご経験から
今のキリスト教の実情を、冷静な視点で捉えられております。

この記事のなかではるさんは仰います。
「キリスト教の伝道(宣教)は、決して押し付けになってはいけない」

この問いかけ
すべてのクリスチャンが(或いは数多あるすべての宗教に携わる人間が)謙虚に受け止めるべきだと思います。

カトリック教会には『信徒使徒職』という言葉があります。
信者である私たちもまたイエスの言葉を宣べ伝える使命がある、というものです。
しかしそれは何も
「キリスト教の神様はネ」
「聖書に書いてあるのはネ」
などと話しかけることではないんですね。
私たちがひとりの人間として、一社会人として
他者との交わりのなかで「自分はどうあるべきなのか」を常に自問しつつ、研鑚していくことなんですね。


誰もがご存知のマザー・テレサ。
生前の彼女は、多くの方々の最期を看取ってこられました。
すでにご存知のことと思いますが
彼女は誰に対しても、キリスト教への改宗を強要することはありませんでした。
亡くなられた方の宗教がヒンズー教ならヒンズー教の葬儀を。
イスラム教ならイスラム教の葬儀を。
彼女は、その姿勢を決して崩すことはありませんでした。
重要なのは
そうした活動をする団体の名称が『神の愛の宣教者会』であるということです。

・・・これこそが伝道(宣教)なのです。

真の伝道者(宣教者)とは
自身の言動による効果を求めるのではなく
あくまでも、神の愛の “道具” として、ただ粛々と生きる人を言うのだと思います。

ただただ謙遜であること。
自身は“塵”に過ぎない存在であること。
そうした認識の先にはじめて、伝道(宣教)があるのだということなのではないでしょうか。
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by dscorp-japan | 2011-06-25 18:08 | キリスト教 | Comments(0)

・・・暑い・・・(+_+)

 
今日から明日にかけて
お葬式の担当をさせていただいております。

・・・それにしても暑い・・・

歳を重ねますとですネ
若い頃以上に汗の量が尋常じゃないんですよ。
たいして動いてもいないのに、滝のような汗が止まらないんです・・・

「マラソンでもしてきたの?」・・・ってくらいに。

もうね
ただひたすら、申し訳ないんです。
ご遺族様は私の汗を見て恐縮されますし
教会の方からもご心配をいただく始末でしてね・・・(恥)

ウチの場合
葬儀式場の設営は日中、大体が午後1時~3時といったところ。
(教会サイドの諸事情も鑑みて、です)
・・・ま、いちばん暑い時間帯ですよね。

私は
ご遺族様や教会のご了解をいただいたうえで
式場設営の際には軽装で行かせていただいております。
白のポロシャツ&綿パンとか。
昔はどんな作業の際にも常にワイシャツ&ネクタイ着用が当たり前でした。
でも、考えてみれば
汗臭いワイシャツのまま式典に臨むというのも、逆にお客様に対して失礼かと。

            ♢

対して、参列者方々の服装について。

私個人としては
夏場の参列については、軽装で構わないんじゃないかと思っております。
必ずしもスーツを着る必要はないんじゃないか、と。
式中
暑い中を無理なさってスーツを着たままでいらっしゃるために
熱中症で倒れられる方だっていらっしゃるんですから。


・・・ま
結局は “自分都合” で考えてるんですけどね・・・


ということで
明日のために休みます。

皆様
この暑さと湿気の最中であります。
お身体、くれぐれもご自愛ください<(_ _)>
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by dscorp-japan | 2011-06-24 21:38 | 葬儀 | Comments(0)

『ある雨の日に』 西 経一

 
久々の“西神父ネタ”でございます(笑)

拙ブログへのアクセスルートのキーワードに『西 経一』『西神父様』『西先生』などがありまして
これがまた、毎月のように非常に多いわけなんですよね~
どうやらこのブログ
『西経一神父・私設ファンサイト』の様相を呈してきております・・・(汗)

昨晩もまた、西神父と会っておりました。
彼、相変わらずの多忙さです。
午前中は3コマの授業をして
その後電車で三重県にあるミッション系の学校へ講演に出向き
夕方名古屋に帰ってきた後に、とある会合に出席(ここには私も同席)、と。

・・・まァ
無理しない程度に励んで下さい、としか言いようがありません(汗)

            ♢

ところで。
夜の会合を終えた後、ちょっとだけ西神父様のお部屋にお邪魔したんですが
彼のテーブルの上にあった印刷物に目がとまりました。

『南山育友会通信』
南山学園のPTA会報誌でした。
そこに彼の文章が掲載されていたので(本人の了承を得て)転載させていただきます。


『ある雨の日に』

 ある雨の日のことです。
校舎には授業中独特のしずけさがあって、外に立つ私の耳には傘を打つ雨音だけが響いていました。
私は誰もいないグラウンドを漠然と眺めておりました。
雨が降ればただ濡れている、そのグラウンドのしずけさに浸っておりました。
それは雨の日特有のしずけさと漠然とした空白のただなかに、グラウンドのありようの深さに触れていたということでありましょう。
雨が降れば濡れ、風が吹けば削られ、雪が舞えば受けている。
晴れた日は、生徒たちがドンドン踏みつけ、子どもたちがベタベタ駆け回る。
自分を削り取るそのシューズの下で黙然と徹底した無愛想を貫く姿の尊さに触れていたのでありましょう。

 父といい母といい、いずれもわが身を削って子を養うという、そのありようの尊さは日常のドタバタのなかでは気付かれようもありません。
また、父の日母の日といって、一応の感謝はされても、その感謝が子どもが親の苦労とありがたさを身に沁みて感じ取ったうえでのことなどとは思ってもおられないことでしょう。
それは子ども自らが人の子の親になってはじめてわかることなのであって、それでよいのだとする父母の聖なる諦念によるものであります。
「孝行したいときに親はなし」とは、その聖なる諦念を言い表わしたものであります。
それは恩返しは早めにしないと手遅れになるという警告なのではなく、自分たちにはお返しはしなくてよいから、今度はおまえが自分の子に同じようにしてあげなさいという勧告なのです。
父母の愛の深さは言挙げせぬ沈黙の深さにほかならないのです。

 一切の言葉も発せず沈黙のうちに生徒を迎えるグラウンド。
そのグラウンドに帽子をとって深々と一礼して駆け込む運動部の生徒の姿に感動を覚えるのは、単に礼儀正しいからなのではなくて、黙して支え働くものに対する敬意が示されているからです。
練習を終えて後「ありがとうございました」と一礼して立ち去るその爽やかさは、黙して語らぬものへの尊敬から生まれているのです。
それは道場でも体育館でも同じことであります。
さらに言えば木々も草花も、本も茶碗も同じであります。
カトリックの神父として子を持たない私は、わが子のために黙して働くという修行の道を歩むことは出来ませんが、グラウンドのように草木のように茶碗のように、黙して働くという修行に励まねばならないことでしょう。

 母亡きあと、私を男手ひとつで黙々と働き育ててくれた父を思い綴りました。



・・・私もまた、子を育てた経験がありません。
しかし『黙して働く』という言葉には、今さらながらに心を動かされました。
何らの見返りも求めず
ただ自分以外の誰か(或いは何か)の為に身を削ることの尊さを、あらためて知らされた思いです。

私の同級生の多くは父であり母であります。
なかにはすでに祖父や祖母になっている人間もおります。
教員時代の教え子もまた、父や母になっています。
私は
そうした同級生、教え子たちのことを尊敬せずにはいられません。
そこにある無償の愛を信じられずして
神の愛を語ることなど出来るものではないのであります。


・・・久々に “西ネタ” で真面目ぶってしまいました・・・(照)
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by dscorp-japan | 2011-06-23 00:32 | おともだち | Comments(2)

キリスト教葬儀勉強会について ②

 
先日の記事の続きです。
(といっても、ホントに大した話はしてないんですけどね~)


お話させていただく項目の三つ目
『キリスト教葬儀の大まかな流れ』については、ここでは割愛させていただきます。
同じキリスト教でも、その宗派によって説明は変わってきます。
よって
葬儀勉強会にお招きいただく際には
お招きいただいた教会の考え方に則ってお話させていただいている、ということです。


④ キリスト教における家族葬

葬儀屋さんをさせていただいておりますと、つくづく思います。
「家族葬」
・・・何と誤解を招きやすい名称なのでしょう。
最近の個人的な思いとして、あまり安易にこの単語は使いたくないなァというのがホンネです。
何故なら
家族葬という言葉の認識に大きな隔たりがあるからです。
「家族・親族のみが参列するお葬式」
というものから
「いわゆる小規模なお葬式の別称」
という認識まであって
お客様からこの言葉をお聞きするときには、必ずその認識を確認しなければなりません。
葬儀屋さんサイドから
「分かりました、いわゆる家族葬をご希望なのですね」
などという返答だけで打ち合わせを進めることは、非常に危険なケースもあるのです。
ですから
ご自分の(或いはご家族の)お葬式について考えるときには
どこまでの範囲の参列を希望するのかを、可能な限り具体的に検討されることをお勧めしております。

一方で
「家族葬」の教会共同体サイドの対応についてもご説明させていただきます。

時折、教会員(信徒)の方からこんなお話を伺うことがあります。

「家族葬が家族だけの参列だというのなら
私たち教会共同体の人間は、神様の御前において同じ兄弟姉妹なのだから
私たちは参列することができる」

・・・キリスト教的には正しい考え方です。
しかし
その考え方が、そのままご遺族様方々のご意向にかなっているのかどうかは別問題です。
「本人がクリスチャンで家族は仏教」というご家庭は少なくなくて
そのような家族構成のご遺族様にとって、この考え方に違和感を持たれる方もあるということなんですね。
もちろんキリスト教葬儀の典礼としての性格上
一般的には、司式者(牧師先生や神父様)の他にも、オルガニストとか讃美歌隊(聖歌隊)の参列が必要となる場合が殆どです。
この点についてはクリスチャンでないご遺族様からもご理解いただけるのですが
それ以外の教会共同体の人間が参列することについては、やはり事前にご遺族様のご意向を確認された方がよろしいかと思われます。

⑤ 伝道(宣教)の機会としてのキリスト教葬儀

すでにこのブログでも何度か申しております。

「すべての宗教において、お葬式はその宗教の最大の布教活動のチャンスである」

日本におけるキリスト教の伝道(宣教)について考えるとき
クリスチャンでない方々にとって、キリスト教は馴染みがあるようで、実はそれほど接点が無かったりします。
せいぜいクリスマスとか結婚式とか、ですよね。
お寺や神社に参拝に行くような感覚で
“気軽に” 教会の門をくぐるということは、なかなか無いようです。
「敷居が高い」という認識をもっていらっしゃる方も少なくありません。

だとするなら
クリスチャンでない方が教会の門をくぐる、数少ない機会である「お葬式」を
教会共同体は大切に考える必要があります。
それはなにも聖職者だけが考えるべき問題ではなくて
私たち教会員(信徒)の協力と一致が必要不可欠なのです。
私たち一般のクリスチャンにも、「伝道者」(信徒使徒職)としての使命があります。
そのことを念頭に置いて
すべての方のお葬式において、私たちが何をすべきかを考えましょう、ということです。




・・・え~っと
大体こんな感じでお話させていただいております・・・(照)


以前お世話になっていた葬儀社在籍の頃を合わせると
多分これまで約30回くらい、こうした機会をいただいてきました。
お話をさせていただくたびに思うことは
(お葬式に対する関心度の高さももちろんなのですが)
自分たちの「死」について考えることで、却って自分たちの「生き方」を見つめ直す機会になっているのだなァということです。
人はいつか必ず死ぬ。
その当たり前のことを念頭に置くことで、自分に与えられた時間を大切にしようという意識が生まれるような気がします。

「死ぬまでは生きていられる」

それはものすごく有難いことなのです。
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by dscorp-japan | 2011-06-22 15:48 | 葬儀 | Comments(4)

キリスト教葬儀勉強会について ①

 
本当にお恥ずかしいのですが
『はるさん』(私が恥じ入るくらいのキリスト教葬儀のエキスパートでいらっしゃいます♪)
からのリクエストをいただきましたので・・・

・・・はるさん、あまり厳しい目で見ないでください(怯)
どうかユル~イ感じで見てやってくださいまし m(_ _)m

大変に有難いことに
これまでもいろいろな教会へお招きいただき、キリスト教葬儀に関するアドバイスをさせていただきました。
今や「お葬式勉強会」というイベントは
全国津々浦々の葬儀屋さんによって開催されているかと思われます。
しかしその殆どは基本的に仏式葬儀を前提としたもので
日本における宗教的マイノリティであるクリスチャンの皆様にとっては、十分に有益な情報が得られるものでもなかったりします。
そしてそれ以上に問題なのが
先日も記事にしましたが、肝心の葬儀屋さんに、キリスト教葬儀に精通していらっしゃらないところが少なくないということ。
この実態を踏まえたうえで
クリスチャンとしてお葬式に臨むためのアドバイスをさせていただいているわけです。

            ♢

教会の皆様を対象とした勉強会ですので
その開催日の殆どは日曜日の礼拝(ミサ)後、お昼頃までというパターンです。
おおよそ1時間から2時間。
ホントはもっと時間が欲しいところなのですが、出席者の皆様にもご予定があります。

私がお話させていただく際の内容は、大体以下の通りです。

① 失敗しない為の葬儀屋さん選び
② “もしも” の際の手順
③ キリスト教葬儀の大まかな流れ
④ キリスト教における家族葬
⑤ 伝道(宣教)の機会としてのキリスト教葬儀
⑥ 質疑応答

・・・大抵はやっぱり時間が足りないんですけどネ(汗)

ご参加いただいた方々の関心事はやはり価格面のお話だったりしますが
そこはサラッと流しちゃいます(笑)
いや
とても重要な点ではあるんですが、そこを詳しくお話ししていると更に時間が足りません。
ザックリと、ウチの平均的な総額を申し上げるにとどめます。
もっと詳しくお知りになりたい方には、個別で生前見積りさせていただきます。

            ♢

では簡単に、各章のお話を。

① 失敗しない為の葬儀屋さん選び

とにかく、キリスト教葬儀に精通した葬儀屋さんを選択することが何よりも大切。
その見極めをどうするのかについてお話します。

以前から申しておりますように
個人的には、葬儀社選びにおいて最も確率の高い判断基準は口コミだと思っております。
テレビCMとか
新聞折り込みチラシとか
葬祭ディレクターがいるとかいないとか(そう言いながらもウチのHPでは書いちゃってますが)
判断基準のひとつには違いないのでしょうが、それほどアテになるものでもなかったりします。

キリスト教葬儀に関して言えば
やはり宗教者(牧師先生や神父様)の判断や教会信徒の皆さんの意見が有効である、と申し上げております。
間接的にウチの宣伝みたいに捉えられる向きもありますが(汗)
でも、これがいちばん確実なんです。
だから、ウチでなくともキリスト教葬儀に精通した葬儀屋さんを選んでネ、と。

一方で
教会側にも提言しております。
「キリスト教葬儀に精通していない葬儀屋さんが担当する場合のマニュアルを作ってはいかがですか」と。
・・・これはウチの会社の首を絞めることにもなるから言いたくないんですけど・・・(汗)

以前記事にもしましたが
たま~にあるんです。

「ディーズさん
今日ウチ(教会)で他の葬儀社が担当する葬儀があるんだけど
ちょっと来て教えてやってもらえない?」

・・・エェェ~ッ(大汗)


もちろん無償ですヨ・・・(泣)
ちィとばかし、カナワンわけですよォ・・・

まァネ
それでも、表面的なノウハウが他社に流出したとしても
キリスト教葬儀の本質的な部分というのは、同じクリスチャンでないと分からない部分もありますからね~
(はるさんならお分かりかと思います)


さて、次。

② “もしも” の際の手順

これは一般的なお話です。
宗教に関係なく
大切な方が亡くなった場合(或いはご本人が重篤な状態にある場合)の手順についてのお話です。
ここでは特に、病院死亡の際の寝台車手配についてお話します。
特に突然亡くなられた場合など
依頼する葬儀屋さんが思いつかない(或いは連絡先が分からない)となると
ご遺体の搬送を、病院側から紹介される葬儀屋さんに依頼するケースがあります。
こうなると、もうそのままお葬式も、紹介された葬儀屋さんにお願いしてしまうもんなんですね。
どうやら「断っちゃいけない」と思われている方もいらっしゃるようです。
ここでどうされるのかはご家族の判断なのですが
ご遺体を搬送してもらった葬儀屋さんに、お葬式も頼まなければならないということはありません。
ご遺体の搬送後であっても、他の葬儀屋さんに依頼したいのであればその旨をはっきりと言うべきです。

つまり
これもまた「失敗しない為の葬儀屋さん選び」につながるわけですね。

逆に言えば
ご遺体搬送の為の葬儀屋さん手配の前に、教会へ連絡して先生(神父様)の指示を仰いだ方が賢明であるということです。




・・・思いつくままに書いていたら長くなっちゃいました・・・(汗)

続きは後日ということでお許しください m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2011-06-21 02:19 | 葬儀 | Comments(2)

『Larks Tongues In Aspic, Part Two』 キング・クリムゾン

 
“まァたヘンテコな音楽をォ・・・”

おそらく
10人のうち9人が「変!」って言うんでしょうね~(涙)
しかし残りの1人は、おそらく「大好きッ」って言う(はず)・・・

・・・はい ♪
私もまた、そのひとりでございますゥ~


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1973年発表のアルバム『太陽と戦慄(邦題)』


“キンクリ” (クドいけど “クリキン(=大都会)” ではない)
のアルバムのなかでも評価の高い作品。
前作 『アイランズ』 発表後
ロバート・フリップ(以下“教授”)はメンバーを一掃して、あらためてメンバーを募ります。

で、集まったのが・・・

・教授(ギター&超ワガママ)
・ジョン・ウェットン(ベース&色っぽい声)
・ビル・ブラッフォード(ジャジーなドラム)
・デヴィッド・クロス(変なヴァイオリン&ハモンドオルガン)
・ジェイミー・ミューア(変なパーカッション)



・・・やっぱ変ですか・・・?(笑)
でも
キング・クリムゾンの音楽のなかでは比較的分かりやすいものなんですけどね~


もとより
キング・クリムゾンの音楽性自体が「即興」とも「実験」とも呼べるような、摩訶不思議なモノです。
意味もなく、音を羅列しただけのような
絵画で言うなら抽象画的なモノなんでしょうね。

本来なら、キンクリの音楽はアルバム一枚を通して聴くのがよろしいんです。
何だか分からない音が無秩序に流れ続けるんですが
突然 “バァ~ン!” と弾けるようにメロディーが流れてきたりする。
そこに私は “覚醒” を感じるし、アドレナリンも湧いてきたりするわけなんですね・・・






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by dscorp-japan | 2011-06-20 23:19 | 音楽 | Comments(4)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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