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お葬式は時間との勝負(の場合もある、と)

葬儀屋さんのブログなんだから、たまにはお葬式ネタを書かなきゃね。

タイトルの通り、お葬式は時間との勝負となるケースが結構あるんですね。
ご遺族も時間に追われれば、私たち葬儀屋さんも時計とのにらめっこです。
法律の観点からいえば、死亡時刻から24時間経てば火葬が出来るわけでして
そうなると例えば「今日のお昼頃に亡くなった」となれば、その日の夕刻にお通夜をして、翌日にはお葬式を行うことも出来るわけです。
こういうケースの場合、ご遺族も私たち葬儀屋さんも必死です。

ご遺族は
故人様の遺影写真の手配
ご親族や関係者への訃報連絡
役所への死亡届の提出(これは葬儀屋さんが代行することも出来ますが)

・・・ご遺族の皆様、悲しんでる暇もありません・・・

一方で葬儀屋さんは
火葬場の手配
霊柩車の手配
遺影写真の作成
会葬礼状の印刷
粗供養の手配
祭壇用生花の手配
各種サイン関係の作成
式場の設営・・・etc.

正直、大変なんです・・・(汗)
一旦お引き受けした以上(当たり前ですが)何があってもお通夜には間に合わせないといけません。

「そんなに慌ててお葬式をやらないといけないの?」
と思われるでしょうが
ご遺族によっては様々な事情により、早急にお葬式を済ませたい方もいらっしゃるのです。
たとえば
「明後日、ウチの娘の結婚式なんです」とか
「3日後、息子の受験日なんです」とか。

決して亡くなった方を“ないがしろ”にしているわけではありません。
ご遺族の皆様にも生活があります。
人生の大切な節目にご不幸が重なってしまうこともあります。

ごく稀にではありますが
“外野”に皆さんからお聞きすることがあるんです。
「こんなに早くお葬式するのって、葬儀屋さんの都合じゃないの?」

・・・滅相もありません。
私たち葬儀屋さんだって、時間に追われるような時間設定は避けたいのです。
その方がご遺族とのコミュニケーションもはかれますし、より確実なサービスを提供させていただけるのですから。


・・・何故こんな記事を書くかというと
今週、教会は「聖週間」といって、『復活祭(イースター)』を迎えるための、一年で一番重要な時期なんです。
このタイミングでお葬式が発生すると、教会はてんやわんやなんですね・・・(汗)
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by dscorp-japan | 2010-03-31 02:11 | 葬儀 | Comments(0)

“フロイド・ローズ”トレモロ・ユニットのこと

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エレキ・ギターをいじった人なら誰でも一度は手にしたくなった(はず)のトレモロ・ユニット。
ロック・ギタリストがライブで、アームを“バインバイン”動かすと・・・
あ~ら不思議。
音階が滑らかに激しく上下動するという。

私の場合、最初に手にしたエレキギターがフェルナンデスのストラトキャスターでしたので、シンクロナイズド・トレモロ・ユニットだったわけです。
ギター好きな方ならご存知の通り、シンクロ・トレモロの場合、アームを激しく動かすとチューニングが狂っちゃうんですね。
で、後年私もフロイド・ローズ搭載モデルが欲しくて、フェルナンデスのAPG-85S(黒)を買ったのでした。
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                    (これはネット上で探した同じモデルの写真。私はもう手放しました)

フェルナンデスお得意のサスティナー搭載モデルでした。
ホントはアイバニーズが欲しい気分だったのですが、コストパフォーマンスに優れたフェルナンデスで手を打った、と。
24フレ、フロイド搭載、ついでにサスティナー搭載と、ある意味フルスペック。

弦交換はめんどいけれど、一旦キマればほぼチューニングはOK♪
思う存分“バインバイン”出来ました。
ついでにサスティナーも使いまくってピーヒャラ言わせてたんですが
フロイド・ローズって段々飽きてくるんですね・・・
微妙なビブを効かせようとすると、フロイド・ローズは音階が上下しすぎるというか(単に私がヘタなだけともいう)。
で、今度はスタインバーガーを買おうかと思ったのですが、どうもモト冬樹のイメージが強すぎて・・・(汗)

そこで行きついたのがPRSというわけでした(『娘・3号』参照)

・・・結局フロイド・ローズは卒業したのですが
要はネ、フロイド・ローズを使いこなせなかったというだけの話なんですわ・・・(恥)
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by dscorp-japan | 2010-03-31 01:11 | 音楽 | Comments(4)

『時効』って・・・

こうしてブログ記事を書いている最中にそれは成立するという・・・

『国松長官狙撃事件』、3月30日午前0時を以て『時効』とのことですね。

事件の具体的な内容については他に譲るとしまして
問題は『時効』についてです。

きっと誰もが一度は考えたはず。
「時効って何だ?」
「時効が成立すれば、犯罪は許されるんだ」
そして
「そもそも、何故『時効』なんてものがあるんだ?」

正式には『公訴時効』って言うんですって。
その存在根拠としては
・年月の経過による社会的影響が減る(何だそりゃ?)
・もう、証拠などが見つかりづらい(そりゃそうだろうけど)
・長期捜査によって費用がかかる(そりゃかかるわな)
・長期にわたる逃亡生活によってすでに社会的制裁を受けている(ほぉ~)

『時効』って、ミステリー小説なんかだとストーリー上とっても有効なアイテムだったりしますが、現実世界においては果たしてどんなメリットがあるんでしょう?

・・・上に挙げた根拠、どれひとつとして納得できないんですけど。

そうこう言ってるうちに『時効成立』ですわ・・・

『裁き』に期限があるなんて話、チャンチャラおかしいと思うんですけど。
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by dscorp-japan | 2010-03-30 00:22 | 思うに・・・ | Comments(0)

老眼(涙)

周りの人間から
「そのうち来るゾ」と言われ続けているうちに・・・
はぁ~~ ↴

実際には去年の夏ぐらいから自覚し始めましたねェ・・・
最初に気付いたのは、夜ベッドで本を読むときでした。

自分の読書スタイルって誰でもあると思うんですが
夏のある晩、いつものようにベッドで本を手にしたら(あれ???)って思ったんです。
自分の目と、本を持つ手の距離感が微妙に違う。
ほんの少し離してみるとピントが合った・・・。

あぁ・・・来たんだ、オレにも・・・

一旦気付くと、もう当たり前のようにダメでした(涙)


・・・仏教用語に『生老病死』というのがあります。
読んで字のごとく
生まれて
老いて
病に伏せ
死を迎える
これを『四苦』といいます。
よく『四苦八苦』と言いますでしょ。
あれです。

私もまた『老』の境地に踏み込んだわけですね・・・。

ただ私は思うんです。
『老い』は
決して“衰退”ではないのだと。
人は皆老いていきますが、それは単なる“衰え”ではなくて、そういう自分に生まれ変わることなんだと思っています。
老いた先にある幸せもまた、必ずあるのだと。

今はただ
イヤなジジイにだけはなるまいと思うばかりです。

(でも老眼鏡はまだ買わねぇよ)
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by dscorp-japan | 2010-03-28 22:28 | あったこと | Comments(4)

『VAN HALEN Ⅱ』 VAN HALEN

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VAN HALENといえば、一般的にはアルバム『1984』なんでしょうか・・・?

私が中学3年になった春、1979年4月発売のアルバム。
私の“ライトハンド奏法”との出会いはこのアルバムでした。
中学3年のクラス替えで、同じクラスでギターのムチャクチャ上手いヤツと知り合い(a.k.a“コンミツ”君)、彼から教えてもらいました。
・・・そりゃ~誰でもビックリしますわな。
エディ・ヴァン・ヘイレンの魔術のような手の動き、常識を覆すような演奏方法。
彼は間違いなく、後世に名を残すギタリストのひとりです。
将来は音楽の教科書に載ってもおかしくないと思うくらい。

そんでもって
個人的にもっとビックリしたのが
このアルバムを教えてくれた友人が『Somebody Get Me A Doctor』のギターソロを完コピして弾いて見せてくれたことです(驚)
無論中学生ですから、多少の“ハショリ”はあったのかもしれません。
しかし彼は確かに、レコードの音に合わせて同じようにソロパートを弾いて見せてくれたのです。

当時の私、まだまだ蒙古斑も取れていないガキでしたので、エレキギターなんて“不良”の持ちモノなんだという錯覚が少々ありました(汗)
しかしこのアルバムのB面(レコードだとネ)に入っている『Spanish Fly』で聴かれる、エディのスパニッシュ・ギターによる早弾きに触れて(ギタリストってスゴイ!)と思ったし、またそのメロディーもとっても美しいと感じたんです。

(エレキ、やろう!)
そう思ったのはこのアルバムのせいです(恥)

そして私はこの後
自分の才能のなさと格闘することになるのでした・・・(涙)
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by dscorp-japan | 2010-03-28 18:53 | 音楽 | Comments(4)

『司祭年』

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               ・・・オンボロ携帯のカメラで撮ったのでこんな写真でごめんなさい m(_ _)m


このポスターの絵は、今から7~8年前にご依頼をいただいて描いたものです。
で、カトリック名古屋教区の全教会に配布されて掲示されていたものなのですが、さすがにもう古いものなのでもう無いものと思っていたら・・・
カトリック守山教会にはまだ掲示されていました。

ここに描いたのはカリスとチボリウム。
両方ともミサで使用されるものです。
右側にある『カリス』とは聖杯とも言いまして、イエス・キリストの「御血」とされるワインが注がれるものです。
で、左側の『チボリウム』とは、イエス・キリストの「からだ」とされるパン(これを「ホスチア」といいます)が入れられるものです。
これらを使用してミサを行えるのは司祭職にある者だけですので、司祭がいないとミサが出来ないわけです。
だから司祭を待ち望むという意味で、この絵のタイトルは『主を待つ食卓』です。

先日、カトリック名古屋教区において伊藤大有神父様が叙階(司祭になること)されましたが、まだまだ司祭職に就く人間が足りません。
『教会の危機』参照
教皇・ベネディクト十六世は、教皇庁 聖職者省総会参加者への謁見において「アルスの司祭」聖ヨハネ・マリア・ビアンネ(1786-1859年)の没後150年を記念して、2009年6月 19日から2010年6月11日まで特別年の「司祭年」を開催することを発表しました。
今私たちが「司祭年」を過ごすにあたって、これまで以上にカトリック司祭の更なる誕生を祈る時期といえます。


私たちが「羊」なら、羊たちを導く「羊飼い」が必要です。
そして今、「羊飼い」が足りない。
逆にイエス様が「羊飼い」なら、羊飼いの導きを羊たちに伝達する役目が必要だということでしょう。

最後に司祭の召命を求める祈りを・・・

『父である神よ、教会に聖霊のいぶきを注いでください。
あなたの愛の招きにこたえて、神と人々に仕える司祭を
わたしたちのうちから召し出してください。
主、キリストによって。     アーメン』
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by dscorp-japan | 2010-03-28 12:33 | キリスト教 | Comments(4)

病理解剖

ここのところ私をご指名頂く葬儀依頼が多くて、嬉しい悲鳴です(照)
で、今日(3月25日)もご指名依頼をいただきましたm(_ _)m
亡くなられた方ご本人が、以前私が講師としてお話をした「キリスト教葬儀の勉強会」にご出席されていたそうで
「自分の時はオカダさんに頼むように」
と仰っていただいていたのだそうです。

・・・本当に有難いことです。
“口だけの人間”などと思われないよう、しっかりとお手伝いしなくては。


本題は亡くなられた方の『解剖』について。

今日亡くなられた方、ご遺族の了承のもとで解剖が実施されました。
解剖には三種類ありまして
『病理解剖』
『行政解剖』
『司法解剖』
とあります。
簡単にその違いを説明しますと
死因はほぼ判明しているが、採用された治療方法の妥当性やその効果を検証したり、直接死因の詳細判定などのために行われるのが『病理解剖』です。
『病理解剖』は、ご家族の了解なしでは行うことができません。
これに対してご家族の了承がなくとも行えるのが『行政解剖』と『司法解剖』です。
『行政解剖』と『司法解剖』の違いは犯罪性の有無で分かれます。
『行政解剖』は犯罪性はないが、その死因や病名を特定するために行われます。
たとえば伝染病の疑いがあるとか、食中毒の疑いがあるとか。
対して『司法解剖』とは、犯罪性の疑いありと見なされた場合に行われます。

現実的にいえば、殆どの『解剖』が『病理解剖』です。

で、今日の故人様に対してもまた『病理解剖』が行われたわけです。

この『病理解剖』、個体差はありますが大体3~4時間かかるんですね。
ところが今日解剖を実施した病院、午後1時から解剖するので午後3時半には終了するから、その時間で寝台車を手配せよとの指示だったんです。
私たちは言われるままに動きますから、病院の指示通り午後3時半に寝台車を手配しました。
さて
結果として病院を出発出来た時間はというと・・・午後5時です。

・・・。

いや、病院で待たされること自体はいいんですよ。
ただね、寝台車が1時間半も病院で待つということは待機料金がかかるんですよ。
その費用の負担は、ご家族に行ってしまうんです・・・。

3時半を過ぎた時点での病院の説明は「30分ほど遅れます」だったんです。
それが、結果は1時間半。

だったら病院は、最初から余裕をもった時間で指示してくれればいいのに。
何度も言いますが、私たち葬儀屋さんはいいんです。
でもご家族はその間、身動きが取れないんです。
ご家族として、葬儀を行うにあたって準備したいことがたくさんあるんです。
ご家族は病院から言われた時間で予定を立てられますから、それがズレてくると非常に困ることになるんです。

病院側の傲慢とは申しませんが
もう少し、大切な方を亡くされたご家族の思いを汲み取って下さってもいいのではないでしょうかね・・・。

ついでに言うとその病院の看護師さんたち、
「ご遺体の口はもう閉じることができません」と言ってたけど
“素人”の私でさえ簡単に閉じること出来たし・・・(汗)
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by dscorp-japan | 2010-03-26 00:49 | 葬儀 | Comments(0)

『真夏のオリオン』

担当したお葬式が無事終了できたということで、自分にご褒美。
で、レンタルで借りたこの映画をたった今観終わりました。
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監修・脚色が、私の好きな作家のひとり・福井晴敏さん(『亡国のイージス』『ローレライ』原作)なんで、とりあえずは食いついておかないとネ。

・・・。

福井さんが携わっている映画のなかで、いちばん面白くなかった・・・(泣)
すでにこの映画についていろんな方がネット上で評価なさっているようですが
・・・う~ん、全体的にあんまり良くなかったなァ・・・
“軍事オタク”福井さんの監修だから、潜水艦とか米軍艦の描写なんかは絶対にこだわっているハズ。
なのに、その描写もまた安っぽさが滲み出てしまっているというか(予算の関係か?)

戦争を題材とした映画ですから、軽い気持ちで評価しちゃイカンと思っております。
しかしながら、その戦争映画である本作自体が軽いような気がします。

キャスティングもなァ、これまた・・・。
主演がイケメンの代表:玉木宏クン。
彼、たしかにハンサムですし名古屋出身ですし、嫌いじゃないんですけど
彼ってこの映画に限らず、セリフの文節の後に必ずこう、息が漏れるんですよね。
「私はハァ、一生かけてヘェ、貴方をホォ、守ります」
みたいな感じ(大袈裟か?)
アレ、一旦耳につくと気になってしょうがないんです・・・。
ヒロイン役の北川景子さん。
たしかにお綺麗ですね~。
でも演技は・・・う~ん・・・?

こういう類の映画を観るときってのは
もう当たり前のように“重量級”を期待するわけですよ。
ストーリーも骨太で
キャストも安定感抜群
セリフひとつひとつにも重みがあって
何よりも
ツッコミを入れるスキを与えない。

「海底200mの深海から一枚の楽譜を入れた『三ツ矢サイダー』の瓶が潜水艦から放出されて海上に浮かぶ」って
ガラスの瓶なんて水圧で割れるでしょうが、普通。
いや、おとぎ話だったら(あぁそれもアリかも)でいいんです。
でもこの映画は真面目な題材を扱ってるんだから、要らんところで突っ込まれてちゃイカンのです。
主題がボケます。

福井さんはもっと本業に精を出したらいいのに。
映画の脚本とかは東野圭吾さんに任せてサ♪
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by dscorp-japan | 2010-03-25 00:56 | 映画・テレビ | Comments(0)

カトリック司祭の葬儀

・・・実は一昨日の新司祭叙階式が開式となる直前、神言会管区センターよりお電話がありまして
「私たちの“兄弟”(修道会の会員たちはお互いにこう呼び合います)が亡くなりまして、葬儀の手配をお願いしたい」
というご依頼でした。

・・・新司祭誕生の一方で同じカトリック司祭が亡くなられたという・・・。

で、昨日~今日と、通夜~葬儀ミサ・告別式とお手伝いをさせていただいておりました。

今日の葬儀ミサ・告別式、ものすごく良かった!
いや、担当者の私が言うのもなんですが、本当に良いお葬式だったと思います。

最終的には個人的な好みの問題なんですが
神言会の司祭が何十人も司式に加わり、カトリック名古屋教区・野村司教様をはじめ教区司祭も大勢司式に加わりましたので、それはもう『荘厳』の一言!
神言会司祭の“卵”である、世界中から集まっている神学生の皆さんによる徹底したサポートのもと、葬儀ミサはさながらヴァチカンのミサにも引けをとらないという・・・

私たち葬儀屋さんは、各宗派の荘厳なお葬式をたくさん見てきております。
例えば仏教でいうと、ご住職が亡くなられたお葬式(これを『山門不幸』と言います)などは、これまた荘厳です。
同じ宗派のご住職が大勢司式に加わり、響き渡る読経もまた荘厳です。

こういうお葬式に数多く携わると、お葬式とはまさに葬『儀』なのだと再認識します。
「所詮人間のつくった儀礼に過ぎない」
と言われればそれまでです。
しかし、その人間のつくった儀礼を、荘厳に美しく表現することで
故人の功績を讃え、悼む思いを伝えるのもまた、人間だから出来ることです。

・・・本当は今日のお葬式を皆さんにご覧にいれたいのですが、写真撮影は厳禁なので・・・m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2010-03-24 20:32 | キリスト教 | Comments(0)

『享年』と『行年』、そして『数え年』

 
今日(正確には昨日・3月22日)ある方のお葬式の御依頼をいただき、私が打ち合わせに伺いました。
そこでこういうご質問をいただきました。

「故人の年齢は『享年』が正しいのか『行年』が正しいのか」

キリスト教の場合、故人の年齢は『満年齢』で表記します。
(最近では宗派に関係なく満年齢の表記が増えてきました)
ではこの満年齢を『享年〇〇才』とするのが正しいのか『行年〇〇才』が正しいのか、ということでした。

・・・実はこれには諸説あるんです・・・。

元来『享年』も『行年』も、『数え年』を表したとのことです。
これは日本において、終戦後あたりまでは生きていらっしゃる方の年齢も含めて『数え年』で数えていたことが背景にあります。
日本は『数え年』の国だったんですね。
他の国でも、特に仏教国では今でも『数え年』を使う国があります。

さて
この、似て非なる(?)単語を調べてみますと・・・

『享年』
  →(天から享(う)けた年の意)この世に生き長らえた間の年齢。
『行年』
  →この世に生まれてから経過した年数。



・・・この説明をどう解釈するかということなのですが
個人的には『享年』にある「天から享けた年の意」という部分に注目したいと思います。
私たちが天から(神様から)命を授かったのはいつなのか。
それは母の胎内で受精したその瞬間ではないでしょうか。
だとするなら
『享年』は、出産の瞬間から数えるというより、胎内にいた時間を加算すると捉えるのが自然なような気がいたします。

実のところ
『享年』も『行年』も同意とされております。
ただ、上記のような解釈もあって
満年齢を念頭に考えた場合が『行年』、数え年から考えた年齢が『享年』という考え方が一般的となっているようです。

              ♢

ところで
どうして『数え年』ってあるのかご存知ですか?
これにも諸説あるのですが
いちばん言われている根拠が
『母親の胎内で受胎した時点からこの世に誕生するまでの期間(いわゆる“十月十日間”)を年齢に加算する』
というのです。
つまり、受胎した時点から、すでに胎児は“生きている”というわけです。

素晴らしい考え方だと思いませんか?
・・・いや、至極当たり前のことを言っているんです。
『受胎した時点で胎児はすでに生きている』
当ッたり前の話ですよね!

「オギャ~」と生まれたときは、命を授かってからすでに約一年経っている。
だから生まれたときにはすでに(約)一歳なのだ、と。

こういう解釈があれば
必然的に堕胎は“殺人”である、となりますよね。

            ♢

はじめて妊娠したご夫婦がいらっしゃいました。
ご夫婦は教会で、ある神父様と談笑されていました。

「私たちももうすぐ三人家族になります」

神父様は答えました。

「何を言ってるの?もうすでに三人家族じゃない!」





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by dscorp-japan | 2010-03-23 01:19 | 葬儀 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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