D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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『交渉人』

 
もう何度も観たけれど
テレビでやっているとどうしてもまた観てしまいます・・・。

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私、ケヴィン・スペイシーさんの大ファンです♪
彼の映画はほぼ全部観ています。
彼独特の、表情を殺した演技。
視線だけで訴える演技。
本当に素晴らしい役者さんだと思います。

『ユージュアル・サスペクツ』でのアカデミー助演男優賞受賞。
そして『アメリカン・ビューティー』でのアカデミー主演男優賞受賞。

・・・そりゃ受賞しますよ、彼の演技なら。

映画は、いわゆる『籠城サスペンス』もの。
同系列の映画にデンゼル・ワシントンの『ジョン-Q』がありましたね。

横領の疑いを掛けられた人質交渉人であるサミュエル・L・ジャクソンさん、真相を探るために捜査局に人質をとって立て篭もります。
で、お隣の管轄署にいる自分と同じ人質交渉人のケヴィン・スペイシーさんをご指名。
サミュエルおじさん、自分との交渉役に同業者のケヴィンおじさんをわざわざ招いた理由が段々と分かってくるわけです。
同業者同志だからこそ共鳴し合える “ 何か ” に、サミュエルおじさんは賭けたのでしょう。
そしてそれに呼応するケヴィンおじさん・・・

シブいんですよね~

ヒイキ目な見方かもしれませんが、この映画はケヴィンさんが居てはじめて成立する映画かと。
無論、脚本もよく出来ていると思います。
しかし、観る人の目を釘付けにする存在感はケヴィン様あってのもの。
ラスト10分の駆け引きなんて、マジでケヴィン様しか出来ない演技です。
(知らんうちに「様」付けになってる)

ケヴィン・スペイシーさん主演の映画でもう一つおススメは・・・

『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』

ここでのケヴィンおじさんも、すごいぞォ~





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by dscorp-japan | 2010-02-28 23:29 | 映画・テレビ | Comments(0)

Oさんの生前見積り・7

 
2007年の年末から2008年の年明けにかけて
私は本業もそっちのけで忙しくしておりました。

2008年1月、カトリック修道会『神言会』の日本宣教100周年を迎える式典が行われるにあたり、神言会修道者の住まいである『神言会ハウス』に絵画を描いて欲しいというご依頼をいただき(1月3日の記事『宣教者たち』参照)、さらにカトリック南山教会の大聖堂入り口に、宣教100周年を象徴する絵を頼まれまして(1月12日の記事『神言会日本宣教100周年(+2) 』参照)、正直寝る間も惜しんで製作に没頭していたわけです。

Oさんのこと、忘れていたのかって・・・?

ウソを言ってもはじまりません。
はい。
正直、ほとんど頭にはありませんでした。
かなりスケジュールが圧迫していたので、納期に間に合うのかで頭がいっぱいでした。


・・・それでも何とか無事に納品を終え
式典当日を迎えることが出来た、まさにその翌日。
Oさんの妹さんから、Oさんの訃報連絡が入りました。

「今、滋賀の〇〇病院におります。
これから姉の指示に従い、遺体をカトリック南山教会へお連れしたいのですが」

以前Oさんとお話をしていたとき、神言会のお話もさせていただきました。
絵画制作の依頼を受けて、名誉なことではあるけれど非常に悩んでいる、と。

「オカダさんのためにお祈りいたしますわ。
良い絵が描けますように。
オカダさんの絵が教会の一助となりますように」

「私はその絵を拝見することが出来ないのが残念ですけれど」


・・・Oさん、待っていてくれたんだ・・・

私は、『偶然』と『奇跡』との間には何らの違いは無いものだと思っています。
『偶然』と呼ぶのなら、すべては『偶然』で片づけられます。
しかしそこには必ず何かの意味があるはず。
そこに神様の意思がほんの少しでも働いていたとするのなら、それらすべては『奇跡』なのであります。

カトリック南山教会で、滋賀から搬送して下さった葬儀屋さんからOさんのご遺体をお引き取りした後、私はOさんに自分の絵をお見せしました。

浮かぶ言葉は一言

“ ありがとう ” しかありません。

Oさんとの出会いのなかで、私は私なりに色々とお勉強させていただきました。
自分を犠牲にして、隣人のために身を削ることの尊さ。
辛さや苦しささえも神様の恵みであると、感謝する心。
実際に苦しんでいらっしゃったOさんの言葉だけに、重みがあります。

・・・あとはお任せください。
貴方の遺志をすべてカタチにします。
そして私もまた
Oさんのひとりの友人として
貴方のためにお祈りさせていただきます。

(おわり)






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by dscorp-japan | 2010-02-28 17:40 | 葬儀 | Comments(2)

祈り

なんやかんや言っても、やっぱり春の訪れって気分がよろしいです。
作業着のジャンパーはもう必要ない感じだし。

しかしながら
こうして呑気にタバコをふかしながらブログ記事を書いてる私がいれば、地球の裏側では大変なことになっている・・・。
阪神大震災のときも思ったことなのですが
どれだけ大変なことが起こっていようとも、自分に直接影響がないことは『他山の石』です。
本当に申し訳ないけれど、それがホンネです。

瓦礫の下敷きになって助けを求めている人がいようと
ライフラインを断たれて苦しんでいる人がいようと
私は今日も朝風呂に入り
近所のラーメン屋で昼飯を食い
コンビニでミネラルウォーターを買い
会社のパソコンでのうのうとキーボードを叩いている。

一体私たちには何が出来るのでしょう。

おカネ?
それが現地で正しく用いられるのなら、それは有効でしょう。

労力?
自分の仕事を投げ打って現地に飛べば、それでいいのでしょうかねぇ。

・・・こういうとき私は、こう考えるようにしています。
人にはそれぞれの役割があって、その役割を果たすことしかないのだ、と。
与えられた環境で、今やらなければならないことを、ただ粛々と遂行するのみなのだと。

そしてただひとつ、誰でも出来ること。
それが
「祈る」ことなのではないでしょうか。
どの神様にでもいい。
自分の信じる神様に
「どうか助けてください」と訴えるしかないのではないか、と。


被災地の皆さんが一人でも多く助けられ、救われますように。
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by dscorp-japan | 2010-02-28 15:55 | 思うに・・・ | Comments(4)

Queensrÿche

『クイーンズライチ』でもあり『クイーンズライク』でもあり・・・

デビュー・アルバムでごんす。
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ウチにあるこのレコード、私の弟が買ってきたものです。




当時の私の弟は『ジューダス・プリースト』に傾倒しておりまして、ボーカルのロブ・ハルフォードが大好きでした。
で、このバンドのボーカル:ジェフ・テイトのハイトーンヴォイスを聴いて「ロブの後継者じゃ!」と騒ぎながらこのレコードを聴かせられたものです。
録音状態があまり芳しくないのが難点ですが、良い意味で若さの感じられる演奏はなかなか良かった(そういう私も当時は充分に若かったんだけど)

で、セカンド・アルバム『THE WARNING』を聴いて(おぉ?)となったのでした。
(こいつら、マジですごいかも・・・)
サード・アルバムは聴き逃したまま、知らんうちにあの名作が発表されました。
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・・・こりゃ、ヘビー・メタル版のピンク・フロイドじゃないですか・・・!
コンセプト・アルバムの成り立ちって、大きく分けて二種類ですよね。
思想的なコンセプトを前面に打ち出したものと、アルバム一枚を組曲風に仕上げたもの。
このアルバムは完全に前者。
ずらりと佳曲が並びますが、実は私、音楽に過度の思想を持ちこむのってイマイチな人。
だから私、プログレ好きのくせにピンク・フロイドはそれほど好きじゃありません。

そこへ次のアルバム『Empire』の発表。
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これにはヤラレました m(_ _)m

若いとばかり思っていたのに、知らぬ間に円熟の域に達したメンバーの演奏力。
特にギターのクリス・デガーモの存在感はすごい。
エッジの効いた音のひとつひとつが、艶やかに響きます。

“インテリ・ロック”などと揶揄される向きもありますが、彼らの進化がHR/HMの新しい方向性を提示したことに異論をはさむことは出来ないと思います。

・・・ま、この後のアルバムからはトッ散らかった方向へ迷走するんですけどね・・・(汗)
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by dscorp-japan | 2010-02-28 00:35 | 音楽 | Comments(0)

自分の宗派を知るということ。

今日、ある仏教のお客様にご葬儀のご説明をさせていただいてまいりました。
いわゆる『生前見積り』というよりも、“もしも”のときにどうしたらいいのかというご質問でした。

お電話をいただいたときは
「ウチは仏教だけど、特に菩提寺があるわけではない。
仏教なら何でもいいので、今日、とあるお寺にお願いしてきました」

・・・このパターン、葬儀屋さんとしては“要注意”なんです。
何が要注意かというと
「仏教だけどお寺は無い」というくだり。
そして
「仏教なら何でもいい」という考え方。

・・・お寺はホントに無いのですか・・・?

よくよくお聞きすると、在所(九州)にはちゃんとお寺があって、お寺の境内にはお墓もあるとのこと。
お葬式はこちら(名古屋エリア)で行うけれど、四十九日の忌明けを以てお骨を在所のお墓に納骨したいとのことでした。

在所のお寺のご宗派は?
「西本願寺です」
今日お尋ねされたお寺のご宗派は?
「臨済宗妙心寺派です」

・・・若干というか、同じ仏教でもかなり違いますよ。
お経も違うし、考え方も違う。
そして何よりも、こういうことを家族の一存だけで進めて、あとから在所のお寺に「納骨してくれ」というとき、お寺によってはあまり良い顔をされないことがあるんですよ。

・・・皆さんはご自分の、或いは家としての宗教をしっかりと把握されていますか?
仏教のなかでも色々と宗派があります。
「同じ仏教だからいいや」ではいけません。
後々のことを考えると、安易に事をすすめると痛い目にあうことがあるんです。

たとえ遠方であろうと、お寺があるのならまずはそのお寺にお伺いをたてることが大切です。
そのうえでご自分たちの意向をお話しされて、菩提寺からのご理解を得られておくことです。

家としてのお付き合いがある以上
これは菩提寺に対する『礼儀』なのですよ。
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by dscorp-japan | 2010-02-27 18:20 | 葬儀 | Comments(0)

Oさんの生前見積り・6

 
入院先から助けを求めてきたOさん。
数日後、こちらから連絡を取ろうと試みるも、行方が分からなくなっていました。

・・・実はOさん、携帯電話を所有されていませんでした。
私への連絡はご自宅の電話からでした。
だからこちらから連絡を取るには、ご自宅へ電話するか、入院されている病院へ問い合わせるかのどちらかしかありませんでした。

ご自宅へ電話を入れるとお母様が出られたのですが
「 “ O ” はウチにはおりません」との返答だけでした。

私としても軽々しく自分の身分を明かすことは、却ってお母様からヘンに思われてしまう立場です。
「教会の友人のオカダと申します」
としか言えなかったわけです。
この後も何度かご自宅へ連絡したのですが、お母様の返答は判を押したように同じものでしかありませんでした。
一方、入院先の病院へ連絡を入れると、すでに退院したとのこと。
どうやら私への電話の翌日には退院されていたようです。

これでもう、私としてはお手上げです。
彼女からの連絡を待つより仕方がありません。


この一件があって後、Oさんから再び連絡があったのは、2~3カ月経った後のことでした。

私の携帯の表示は『公衆電話』。
Oさんの声は相変わらず明るく、とてもハリのある声でした。
正直、本当にホッとしたものです。
何せ200万円もの大金をお預かりしているのですから。

「私は今、滋賀県の〇〇病院にいるんです。
ここは私の希望をとても尊重して下さっていて、お陰さまで穏やかな毎日を過ごしております」

・・・どうやら私に依頼してきたことを他の方にも頼まれていたらしく、滋賀のご友人の方が手を打って下さったとのことでした。

「ごめんなさいね、オカダさんにお願いしておきながら勝手に転院してしまって」

私こそ、返答が遅くなったためにお力になれず申し訳ありませんでした。

「それでね、私が亡くなったらやはり名古屋でお葬式をして欲しいのです。
私の遺体は、オカダさんに迎えに来ていただくことは出来るのですか」

・・・葬儀屋さんというのは、時間さえいただければ基本的にはどこへでも伺うことは可能です。
ただ、時間を節約したいのであれば、地元の葬儀屋さんなどを通して寝台車を手配していただくという手もあります。
もちろん、その手配を私どもがすることも。

「こちらの教会でお尋ねしたら、こちらにもキリスト教専門の葬儀屋さんがあるそうなんです。
実は私、すでにそこへお尋ねしたんです。
そこの方、快く引き受けてくださったのですが、オカダさんのご迷惑になりますでしょうか」

もちろんそんなことはありません。
そして、寝台車を手配して下さる地元の葬儀屋さんは私も知っていて、とても丁寧なお仕事をなさるということを知っていました。

「万が一のことがありましたら、その葬儀屋さんに寝台車の手配をご依頼下さって結構です。
私どもは名古屋で待機して、Oさんが来られる時間に合わせて引き継ぎをさせていただきますので」

Oさんは何度も「良かった」と繰り返し、また私に対してもお礼を仰って下さいました。

「おそらく私はあと1~2カ月だそうなんです。
でもこうして沢山の方に支えられて、感謝しかありません。
こうなってみてはじめて見えてくるものってあるんですね。
ほんの些細な出来事にも神様の意思が働いていて、そのひとつひとつに感謝をしなくてはならないということを、今さらのように痛感しております」

分かりますよ、なんて言えません。
死を目前にした人の思いなんて、私なんぞに分かるわけありません。
また「分かる」なんて言うこと自体が詭弁なのでしょう。

「オカダさん、ありがとう。
今度お会いする時に私は話せませんけれど、貴方のことはちゃんと神様にお伝えしておきますわ」


Oさんの仰る通り、彼女と会話したのはこれが最後でした。

(つづく)





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by dscorp-japan | 2010-02-26 18:57 | 葬儀 | Comments(2)

『南極料理人』

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劇場公開時から気になっていた映画がレンタル解禁ということで、さっそく拝見♪

今話題の俳優・堺雅人さんが主演ということだけでも期待しちゃいますよね。
あの独特の半笑いのような顔で、どんな役でもこなしてしまう『怪優』のイメージ。
『ジェネラル・ルージュの凱旋』での演技もすごかった。
主演の二人を完全に“食って”ました(驚)

観終わって、やっぱりとっても良かったです。
ネットで調べてみたら、この映画の元ネタは海上保安官出身の西村淳さんという方のエッセイなんですね。
つまり映画の中での堺雅人さんが西村淳さんの役。
映画だから脚色はあるのでしょうが、原作者の実体験をもとにした映画ということでしょう。

動物も、ウィルスさえも生存できないという、南極は『富士ドーム基地』。
ここに集められた南極観測隊の8名が織りなす人間模様、というか人間の本質。
画面の中で動く8人のオッサンは、みんな子どもです。
クダらないことにはしゃいだり、淋しさのあまり泣き出したり脱走してみたり(どこへも行けないけど)。
トンチンカンな言動のひとつひとつが、みぃんな微笑ましくもあり、また愛おしくもあり♪

でもきっと、自分もあそこに行けばああなるんだろうなぁと思えます。
そしていつしか(自分もあの場所でバカになってみたい)とさえ思ってしまいます。
(実際に行けば一週間もすればホームシックになるんだろうけど)

そして
人が生きていくために「食べる」という行為の本能性は、性欲なんか一蹴してしまうほどの強烈なものなんだと気付かされます。
「食べる」ことは幸せなこと。
「美味しい」と感じることは幸せなこと。

・・・この映画を観ると、本ッ当にラーメンが食べたくなります♪
ダイエット中の方、くれぐれもご注意を(笑)
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by dscorp-japan | 2010-02-26 02:04 | 映画・テレビ | Comments(0)

ロジャー・ディーン

 
ひとつ前の記事で、私のブログまで汚された(自分でUPしたんだろ!)ような気がしたのでお口直し♪

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『海洋地形学の物語』


ロジャー・ディーンといえばイエス、
イエスと言えばロジャー・ディーンというほど
イエスというバンドにとってロジャー・ディーンは「もう一人のイエス・メンバー」と言えるような存在です。
前記事のギーガーと同じく、エアブラシを多用する作風ですが、その仕上がりは全然違います。
ギーガーが『陰』ならディーンは『陽』。
ギーガーが『閉』ならディーンは『開』。
常に空間を意識させる、開放的な絵です。

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イエス8人編成になったときのアルバム『UNION』のジャケット


たしかロジャー・ディーンはイエスのギタリストであるスティーブ・ハウと親交があって、スティーブ・ハウがイエスに加入した以降の殆ど(ハウがイエスにいる間)のアルバムジャケットを手掛けています。
だからハウがイエスを脱退してASIAというスーパー・バンドを結成すると、ASIAのアルバムジャケットもまたロジャー・ディーンが制作しました。


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(デビューアルバム『ASIA』の邦題が『詠時感(えいじあ)』てのは、ゴロ合わせにしちゃ良く出来てた)


SFちっくだけど自然讃歌的。
空想画だけどリアリティーがある。

その昔中学校の教員をやっていたとき、『空想の世界』というテーマで絵を描くという題材があったのですが、ロジャー・ディーンの絵は非常に良いお手本のひとつとなり得ました。
生徒たちにも分かりやすく、観ていて気持ちの良い絵です、よね。

・・・お口直しになったかしら・・・?






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by dscorp-japan | 2010-02-25 01:28 | 絵画 | Comments(0)

H.R.ギーガー

コメントを下さる約一名の方が
「ギーガーの画像をUPせよ」とのことでしたので。
ただ、あまり過激な画像は控えますよ(苦笑)

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・・・充分過激か・・・

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これは確かギーガーの恋人さんの肖像を加工された絵じゃなかったかしら。
自分の大切な人の顔をこんな風にするって、どうなんだろ・・・

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これは見て分かる通り、エイリアンの原型ともいえる表現ですね。
しかし充分に“エロ”であり“グロ”であります・・・
・・・で、これが有名なエイリアン君。
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これはスイスにある『H.R.ギーガー美術館』。
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(エイリアンが壁を這ってらぁ・・・)


私、彼の画集も二冊ほど持っているのですが、もうここにはUP出来ないような絵がてんこ盛り(苦笑)


・・・私の持論として、表現手段としての芸術はすべてマスターベーションだと思っています。
周りがその作品をどう評価しようとも、本人がそれを表現することを求めたのであれば、それはその作者にとっての作品となり得る、と。
ギーガーの場合かなり“イッちゃって”ますが、でもそれが彼の中から湧き出たものであるのなら、しょうがないんです。
「エロ」だろうと
「グロ」だろうと
「背徳的」だろうと
それを周りが断罪すべきではない。
ただ「好き」か「嫌い」かで評価すればいいのです。


・・・こんなもんでよろしいでしょうか、『もりもり』さん。





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by dscorp-japan | 2010-02-25 00:44 | 絵画 | Comments(2)

Oさんの生前見積り・5

 
ある晩、公衆電話から助けを求めてこられたOさん。

「長く話していられないのです」

(・・・何があった・・・?)
正直、Oさんから連絡があるたびに(次は一体何なんだ?)と身構えるようになっていました。

公衆電話というのは、Oさんの入院先の病院からでした。

「私の意向としては、一切の延命治療を拒否したいんです。
モルヒネでも何でもいいからジャンジャン投与してもらって、この痛みだけを取り除いてほしいんです。
父はもう他界しましたが、まだ母が残っています。
私は死ぬ間際まで、母の看病がしたい。
それが叶わないのであれば、せめて病床にあっても、母をはじめ今までお世話になった方々、私がご迷惑をかけてきた方々のために祈るための環境が欲しいんです」

モルヒネを大量投与して、果たしてOさんに「祈る」心が続くのか私には分かりません。
ただ単純に、私など知り得ない強烈な痛み、苦しみがあるのだろうとは想像できます。

「残念なことに、この病院(名前は伏せます)は延命の為の治療を強く勧めてきます。
沢山の器具に囲まれ多くの管を通され、ただ生きながらえることに価値があるとは、私には思えないのです」

かけてきている公衆電話、どうやらナースセンターのすぐそばのようでした。
だから小声で話しているのでしょう。
(しかしおそらく電話の内容は、近くの看護師さんの耳にも届いていたのでは)

「オカダさん、お父様はお医者様でしたよね」

たしかに、以前そんな話もしました・・・

「私の希望を叶えて下さる病院をご紹介願えませんでしょうか」


少々の愚痴を申しますと
「医者の息子」である利点って、あまりないんですね。
父親が医者であるというだけで、その子どもには過度の期待がかけられます。
「勉強が出来て当たり前」
「医者を志すのが当然」
・・・大きなお世話です。
父親が医者であるというだけで、周りは私にまで畏敬の眼差しを向けることもあります。
別に医者がエライわけでもないし、私が医者なわけでもないのに。
一方で周りの人間は、自分が困ったときには私の父親の “ ツテ ” を頼る。
(自分はいいように使われているだけじゃないか)
この、非常に不健康でねじ曲がった感情は、医者の子どもだけが分かる感情なのです・・・

それはそれとして。

はい。
すでに私は、Oさんからの頼まれ事を無下に出来ないようになっていました。
普段は沙汰無しの私がこういうときだけ父に連絡をするというのは、家族といえども気の引けるのものです。
しかし背に腹は代えられません。
数日後、父から可能な限りの情報を聞き出して、あらためてOさんに連絡を入れると・・・

今度はOさん、行方が分からなくなっていたのでした・・・。

(つづく)





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by dscorp-japan | 2010-02-25 00:20 | 葬儀 | Comments(0)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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