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カテゴリ:キリスト教( 207 )

カトリック名古屋教区・新司教様着座式

 
有難いことに今日はお天気にも恵まれ
新しい司教様をお迎えするに相応しい日となりました ♪

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・・・正直、お天気は良すぎるくらいでした(笑汗)
今日の日差しは真夏を彷彿させるもので
日陰にいないと熱中症になりかねないほどの暑さ、ではありました。


あらためて。
今日、6月13日
カトリック大阪教区・補佐司教であらせられましたミカエル・松浦悟郎司教様が、カトリック名古屋教区長として着任され、着座式が執り行われました。

お噂はかねがね、という方でして
信徒間での、次期司教様候補・筆頭候補のおひとりでもありました。
カトリック大阪教区でも大変に人望のあつい方でいらっしゃったようでして
当日は大阪教区信徒の皆様も駆けつけて下さったようです。

参列者数、凡そ1000人。
式場となった名古屋教区カテドラル・カトリック布池教会でも
さすがにその全員が聖堂に入ることは叶いません。
ゆえに今日は聖堂の下階にある地下ホールも開放して
ミサの様子をモニターで映してました。

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地下ホールでの様子


それでも全員がお掛けいただくことは叶わず(汗)
立ったままの信者さんも大勢いらっしゃいました(もちろん私も)


ミサのなかでは
もちろん、松浦司教様がお話し下さいました。
お話を伺って
あらためて、素晴らしい司教様をお迎えできたことを実感した次第です。
バイタリティに溢れ
特に、世界平和に対する強い信念をお持ちの方と感じました。

・・・そして、ハンサム(笑)


さらに、私たち信徒に対するお気遣いもいただいたようで
聖体拝領の際は、聖堂の信徒ではなく地下ホールの信徒たちの元へお越しいただき
松浦司教様自ら、御聖体をお配りいただきました m(_ _)m

松浦司教様の人気を裏付けるエピソードとして
地下ホールでの聖体拝領が終わり、松浦司教様が聖堂へ戻られる際・・・
何と、地下ホール信徒の間から割れんばかりの拍手が・・・!(驚)


ミサ終了後
まずは司教団のみで記念撮影。
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そして今度は
司祭団も加わっての記念撮影。
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・・・カトリック大阪教区の皆様へ。

このたびは、素晴らしい司教様を名古屋教区へ送り出していただき
心より感謝申し上げます。
おそらく、いや間違いなく
大阪教区の皆様におかれましては、決して手放したくない司教様だったことと思います。
かくなるうえは
私たちカトリック名古屋教区信徒として、精一杯松浦司教様を支えていきたいと思います。

松浦司教様の仰る
正義と平和が、カトリック大阪教区にありますように!






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by dscorp-japan | 2015-06-13 17:03 | キリスト教 | Comments(4)

“ 神様目線 ”

 
今日、私のガッコのセンセ時代の教え子から連絡がありました。

彼女はある、かなり重篤な病に侵されていて
その病のことで、私は何度か相談を受けていました。
(相談といっても、ただ悩みを聞くだけだったんですが)

先日彼女は病巣診断のための手術を受け
今日、その結果を聞いたのだそうです。

「先生(=私)!奇蹟が起こったの!」

聞けば
彼女の病巣が「消えて」いたのだそうです。
主治医の先生もしきりに首をかしげたそうなのですが
現実に、彼女の病巣は消えていたのだ、と。

私は、医療の難しいことは全く分かりません。
ただ何にせよ、喜ばしいことであることはたしかであります。

「これって絶対奇蹟だよね!?」

            ♢

・・・一般的な解釈として言われるところの「奇蹟」かどうか、私には分かりません。
それが医学的に起こり得る出来事なら
「常識では起こり得ない不思議な出来事」としての奇蹟ではない、のかもしれません。

ただ
(これは彼女にも電話で話したのですが)
私に言わせれば
この世の中で起こる森羅万象、すべてこれ「奇蹟」ということになります。
そこに神の意思が働いていると考えたとき
身の回りで起こる出来事すべては「奇蹟である」ということになる、と。

これをカトリック教会では「摂理」とよびます。

「神の意思が働いている」
     ↓
「すべての事象は神の御摂理である」

と解釈します。


自身にとって良い結果だったから「奇蹟」というのは早計なのであって
仮に思い通りの結果で無かったとしても、それもまた神の御摂理である、と。
大切なことは
良い出来事もそうでないことも「神様はすべて見ておられる」「見守っていて下さっている」と信じること。
仮に今、自身に降りかかってきている出来事が良くないことでも
「神様は間違いなく私を愛してくれている」「気にかけてくれている」と、強く信じることだと思います。
そして
きっと最終的には良いことに転じることを願いつつ、神に信頼を置くことだと思います。


人間は時間軸に縛られた存在です。
誰も皆「今」の先にある「未来」が不安です。
もちろん私も、です。
今、自分の身に降りかかっていることが、どうやって好転するのか不安で仕方がない。
どんなに慰められ、励まされようと
不安なものは不安なのです。

しかし私たちが「神」の存在を認めたとき
その「神」は、必ず時空を超えた視点で私たちを見守ってくださっているに違いないのであります。
その「神」に信頼を置くことで
私たちは勇気付けられることもあるのだ、と・・・


・・・しかし良かったね~、Iさん。
キミの必死の祈りを、神様が聞き届けて下さったのかもしれないね。
いわゆる「奇蹟」か否かは別としても
それが「摂理」であることは間違いないと思うよ。

だから今はただ、素直に神様に感謝しなさいな ♪






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by dscorp-japan | 2015-06-04 17:26 | キリスト教 | Comments(4)

ペンテコステ(聖霊降臨)の祝日

 
東方教会を除く多くのキリスト教において
今日はペンテコステ(聖霊降臨)の祝日であります。
プロテスタント教会では『ペンテコステ』と呼び、カトリック教会では『聖霊降臨の祝日』と呼ぶのが一般的です。

特にカトリック教会で捉えられている聖霊降臨についてはコチラをご参照ください。
 → http://www.pauline.or.jp/calendariocappella/cycleB/b_pentecost.php

教会の典礼としては非常に大切な祝日なんですけど
ただいまウチはお葬式のお仕事が立て込んでいて、主日礼拝とかミサとか出てる余裕が無い。
まァ、サボる言い訳が出来たんでそれはそれで良しなんですけど (^^ゞ

            ♢

「一体『聖霊』とは何ぞや?」

・・・正直、私もよく分かりません ^^;

聖書には「炎のような形をした舌」とか書いてありますけど・・・何それ。
もちろん私はそんなもの見たことないし
「舌」とか言われたって、全然イメージ湧かないんですけど。


・・・ただですね
(ここからはあくまでも個人的な見解です)
聖書の記述はともかくとして、個人的な勝手なイメージは
「神様は間違いなく私たちを見守ってくださってるんだよ~」
という、教会としての具体的な「神の愛の提示」ということなんじゃないかと思ってます。

私は
キリスト教って “ ご利益宗教 ” ではないのだと思ってます。
「神様は私たちの願いをすべて叶えてくださる」
なァんて都合の良い宗教ではないんじゃないの? と。

でも
「叶えて」はくれないこともあるけど(それもしょっちゅう!)
間違いなく、私たちの身勝手なお願いや希望を「聞いてる」のは間違いない、と。
キリスト教の信仰は
「神は間違いなく私たちすべての人間を愛して下さっている」ことを信じる、信頼することが前提だと思っています。
だから
私たちの思いや願い(たとえそれが利己的なものだとしても)を込めたすべての祈りに、神様は耳を傾けて下さっていると信じることが、キリスト教の信仰じゃないかと。

「聞くだけ聞いて叶えてくれないって、その神様ってどうなのよ?」

・・・まァ時々私もそう思いますよ。
空を仰いで「一体何してくれてんねん!」と愚痴ることなんてしょっちゅうです ^^;


でも、私はこう考えます。

きっと神様にしてみればね
私たちの祈りや願いのすべてを叶えることなんて容易いことなんだと思うんです。
なんたって「全能」っつうくらいですから。
でも、どうやら神様には神様の考えがあるらしい。
私たちの理解を超えた、なんかよく分からんけど考えがあるみたいだぞ、と。

「お前らが苦しんでるのも悲しんでるのも知ってるし
お前らの願いも祈りも、全部ちゃんと聞いてるって。
そりゃお前らにすりゃキッツイこともあるけど
最終的には悪いようにせんから、オレのこと信じとけ!」

・・・なァんて声が聞こえたなんてことはございませんけど (^^ゞ


神に信頼を寄せることで
身の回りに起こるすべての事象を受け入れ、その意味を考えることができる。

その
神への信頼の「助け」こそが『聖霊』なのではないかと、勝手に思ってマス。


「だったら空見て愚痴る必要ないじゃん」

・・・だァからァ
私は信仰が足りないって認めてるじゃないですかぁ(笑)






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by dscorp-japan | 2015-05-24 11:53 | キリスト教 | Comments(0)

『 悪魔憑き 』と『 解離性同一性障害 』

 
最初に申し上げておきます。
私の父親は精神科医ですが、もちろん私は精神医学に関してはド素人であります。
あくまでも、ド素人の思いつきの記事だということをご了承ください。

            ♢

先日ご紹介した本『プリズム』のなかでも
ほんの少しだけ悪魔祓い(エクソシズム)に関する記述がありました。
つまり
解離性同一性障害の患者(いわゆる多重人格者)を
悪魔祓いの儀式を通して、その交代人格を統合させるといった試みです。
ただし、現在はこの療法は危険を伴うとして否定されているとのことです。


私は
多重人格者にも、いわゆる悪魔憑きと思われる人にもお会いしたことはありません。
おそらく多くの皆さんと同じで
私にとっては、映画や書物のなかに描かれる、半ば「都市伝説」のようなものです。

・・・でも
『解離性同一性障害と悪魔憑きとの関連』って、興味深いですよね。

たしかに
悪魔憑きのような言動の人をみて
すぐに(あぁこの人は悪魔に取り憑かれているんだ)とはならないですよね。
まずは精神疾患を疑うのが妥当でしょう。
キリスト教をはじめとした宗教に頼る前に
まずは病院に行くことをお勧めするべきでしょう。

            ♢

ただ一方で私
「悪魔憑きと思われる人と対峙したことがある」と仰る神父様を知っています。
それもおふたり。
その神父様方の固有名詞は公表しませんけれど
おふたりとも、嘘を仰っているようには思えません。
おふたりとも多くを語ることはありませんでした。
しかし「そういう事例はたしかにある」とは仰いました。

映画『エクソシスト』『エミリー・ローズ』 『ザ・ライト』などで描かれていたことが、本当にあるのだと。
特に『ザ・ライト』で描かれていたことに
おふたりの神父様のうちのおひとりが
「あれで描かれていたことにはある程度の信憑性がある」と仰っていました・・・

            ♢

解離性同一性障害と悪魔憑きとの区別がどこなのか、私にはさっぱりわかりません。
おそらく限りなく100%に近い確率で、悪魔憑きではないのでしょう。
しかし完全に0%ではないのかもしれません。

こんな本もあることですし。







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by dscorp-japan | 2015-05-18 00:00 | キリスト教 | Comments(0)

カトリック名古屋教区・司祭叙階式

 
今日は本当に良いお天気に恵まれました ♪

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昨日もここでお伝えいたしました通り
カトリック名古屋教区において、今日、新しくおふたりの司祭が誕生しました。

片岡義博神父様
北村雅彦神父様
心よりお慶び申し上げます!

おふたりとは
彼らが神学生時代から親しくさせていただいておりました(牧政さんのお世話を通しても!)
楽しい時間を共にさせていただきつつ
一方で、おふたりの司祭職に臨むお考えなども聞かせていただいたうえで、陰ながらお祈りさせていただいておりました。

・・・そして!
待ちに待ったこの日を迎えることが出来たことは、本当に喜ばしいことであります。

見よ!この司祭団の列を!
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司教・司祭及び助祭が侍者の先導によって入堂する様子


いや~めでたい!
本当にめでたい!
次期・カトリック名古屋教区長に着任が決まっている、松浦司教様にも駆けつけていただきました ♪

(叙階式中は写真撮影ができませんでしたのでご了承のほど)

で、式後の司祭団の記念撮影。

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実は司祭団全員じゃありません
(写真嫌いの神父様方もいらっしゃるので)


こういう言い方をすると他の神父様方に失礼かもしれませんが・・・
今日の叙階式は
少なくとも私の知る限りにおいて、特に素晴らしい式だったと思います。
美しく荘厳な典礼であり
希望に満ち、祈りにあふれた叙階式だったかと。


・・・そして
ちょっと手前ミソな話ですが・・・ (^^ゞ

片岡神父様の叙階記念カードの絵を、私が描かせていただきました。

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少し前に書いておりました
「頼まれたお絵描き」とは、このことだったんですね~


片岡神父様、北村神父様。
あらためて、心よりおめでとうございます!
おふたりのうえに、神様の豊かな恵みと励ましがありますように。
聖母マリア様の慈しみが豊かに注がれますように。

そして
また一緒に遊びましょうね~♪
もちろん牧政さんは抜きで!(爆)






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by dscorp-japan | 2015-04-18 20:36 | キリスト教 | Comments(3)

イースター

 
皆様
主のご復活をお祝い申し上げます m(_ _)m

ルーティンなご挨拶のようですけれど
この歳にもなると(あぁ今年もご復活を迎えられたのだなァ)と感慨にふけるとともに
こうして生かされていることに感謝の気持ちも湧くというものです。

そしてまた特に今年
カトリック名古屋教区では、大きなお祝いが続きます。
一週間後には、新しいお二人の司祭が誕生します。
そしておそらく来月には
新しく名古屋教区長となられる、ミカエル松浦悟郎司教様の名古屋教区司教座着座式が行われるはずです。

・・・カトリック名古屋教区にとっての、新しい時代が幕を開けるということです。

            ♢

そして昨日の復活徹夜祭のなかで
カトリック布池教会で、新しく11名の方が洗礼を受けられました~ パチパチ

昨日の洗礼式に参列させていただいて
こんな私ですが、珍しく「洗礼の恵み」を深く感じることができました。
11名の受洗者方々の、洗礼の恵みに与った喜びが
あの場所にいた私たち信徒にも、ひしひしと伝わってくるのが感じられたのです。

本音を申しますと
私は長い典礼が大ッ嫌いです (^^ゞ
復活徹夜祭なんて、最低2時間でしょ?
立ったり座ったり歌わされたり、正直(早よ終われや~)と思ってます。

でもなぜか
今日は飽きなかったな(笑)
なんか良かった~ ♪


洗礼を受けられた方々へ。

心よりお祝い申し上げます m(_ _)m
今感じていらっしゃる受洗の喜びを忘れず
皆様の周りの方々へ、沢山の愛を振りまいていってください。
そして決して
私のようなド不良信者にはなられませぬよう(笑)





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by dscorp-japan | 2015-04-05 00:37 | キリスト教 | Comments(2)

カトリック名古屋教区の新しい司教様が決まりました!

 
本日付で
カトリック中央協議会公式HPで発表されました。
待ちに待った、新しい名古屋教区長が決まったのです (^O^)/ パチパチ


いや~良かったよかった ♪

ここ数年来
名古屋教区内において(次の司教様はどなた?)という話題が絶えなかったものです。
私たちはそれぞれ、あくまでも勝手な予想をしたりしつつ(笑)
ヴァチカンからの発表を首を長くして待っていたのでした。
でも実際のところ
ミカエル松浦悟郎司教様の名前は “ 大本命 ” として挙がってましたよね~

私個人としては
新しく任命された、ミカエル松浦悟郎司教様のことは存じ上げません。
しかし先に書いたように
“ 大本命 ” として名前が挙がるということはつまり、それほどのお方だということが容易に想像できます。
私の仲良くさせていただいている神父様方からの評判も大変良いですし(たとえば牧政さんとか)。

さらに
松浦司教様は名古屋のご出身とのこと。
カトリック名古屋教区は松浦司教様にとって、ある意味「故郷」です。
きっときっと、故郷の教区信徒である私たちを導いて下さることでしょう!

松浦司教様。
ようこそカトリック名古屋教区へ!
私たちも微力ながら、司教様のことをお支えしていきます。
是非カトリック名古屋教区を盛り立てていってください。
私のようなダメ信者のことも含めて
どうぞよろしくご指導ください <(_ _)>

良かったなァ~
ホント、良かったなァ~ ♪

            ♢

そして、もうひとつ大切なこと。

カトリック名古屋教区の現教区長を務められた、アウグスティノ野村純一司教様へ。
これまで私たちを導いてくださって、本当に有難うございました!
ここ数年は、体調も崩されたりしていろいろ大変だったと思います。
でもこれで教区長の任は終わられるわけですから
ようやく一緒に寿司を食べに行けるというわけですね~

奢ってくれる約束、忘れてないよね?
言っておくけど「回る」店じゃないよ?(笑)





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by dscorp-japan | 2015-03-30 13:14 | キリスト教 | Comments(2)

悪いお手本ですけど

 
さしたる感慨も無いまま、聖週間(受難週)に突入。
特に今年の場合
年度末と重なった日程になるので、余計に慌ただしく実感が湧かないのかも。
・・・って、ただの言い訳なんですけど (^^ゞ

            ♢

さて。
今週が聖週間ということは、来週の日曜日はイースター(復活祭)ということになります。
今週末の(カトリックでいうところの)復活徹夜祭において
洗礼を受けるべくご準備をされて来られた方々(=洗礼志願者)が、晴れて洗礼を受けられるご予定になるはずです。


これは以前にもここで申しましたが
「洗礼を受けようか迷っている」という方へ。

あくまでも私見ですが
「迷っている」と悩んでいらっしゃる時点で、あなたはすでに神様から「呼びかけられている」ということなのだと思いますよね。
この表現が大袈裟だというなら、こう言い換えましょう。
マンガ『北○の拳』のセリフじゃないですけど(笑)
実質的に “ オマエはすでに信じてるッ ” ってことでしょ ♪


カトリック教会において、7つの秘跡というのが定義されています。
すなわち
「洗礼」「堅信」「聖体」「ゆるし」「病者の塗油」「結婚」「叙階」です。
これらすべてにおいて
私たち人間の実体的な行為を通して、そこに神様の意思が働き、その結果「秘跡」自体が強められ確実なものとされる、ということだと解釈しております。
先に書きましたように
7つの秘跡には「洗礼」も数えられています。
「洗礼」とは
それほどに大切なものであり、大きな意味をもつのだということです。


でも
敢えて言わせて下さい。

「洗礼を受けなくとも
素晴らしいキリスト者はたしかにいる」ということを。

実際、そういう方を存じ上げております。
どこまでも謙遜で
謙遜であるが故に洗礼を受けないという方は、たしかにいらっしゃるんです。
秘跡としての「洗礼」を否定していらっしゃるのではありません。
むしろその逆なんですね。

傍からみれば
(そういう方こそ、洗礼を受けられたらより良いのに)と思うこともたしかです。

しかしその一方で、こうも思うのです。

(このような方には、洗礼は必ず後からついてくるに違いない)と。
(いつかその日が来る。
それが今ではないとしても、必ずその日は来る)と。


焦る必要など無いんですよ、きっと・・・

            ♢

それでも迷われる方には、こう申し上げましょう。

「私をご覧なさいな」と!(見せられませんけどネ)


生まれて間もなく洗礼を授けられ
その後十何年間、放ったらかしにされ
高校生になって何となく目覚めはしたものの
以来今日に至るまで、ずっと迷走したままですよ。
齢50のオッサンにもなって(笑汗)

「毎週教会へ?」
この私が行くわけないじゃないですか。

「毎日祈ってる?」
全然。

「十戒を守ってる?」
畏友:太田神父様のお父様のお言葉を借りれば
「具体的な殺人以外、全部の罪を犯しました」ということです。
(因みに、太田神父様は私のこれまでの罪のほぼすべてをご存じの方です)


これで「洗礼を受けた」カトリック信者ですよ ^^;


・・・ハードル、下がりました?(笑)






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by dscorp-japan | 2015-03-29 17:58 | キリスト教 | Comments(7)

『 主にささげる24時間 』

 
昨年の10月4日
ローマ教皇・フランシスコは、今年の四旬節にあたっての教皇メッセージのなかで
今日、3月13日から14日の間を「主にささげる24時間」として、特別に神に祈る取り組みを訴えられています。

(→教皇のメッセージはコチラ

            ♢

先日3月11日、私たち日本人は
4年前のこの日に東北で起きたこと、被災された方々のことを忘れないため
そして今なお苦難のなかにいらっしゃる方々に寄り添うため
宗教を超えて、祈りにおいてひとつになったものと信じます。
それぞれの日常生活のなかで
仕事をしながら
育児に奔走しながら
或いは学校で勉強しながら
それぞれの思いのなかで「3月11日」という日を過ごしたはずです。
何か特別なことは出来なかったとしても
少なくとも私たちはそれぞれの心のなかで、4年前の今日東北で起こった出来事を思い起こしたのではないでしょうか。

・・・4年前のあの日以来
毎年この日を迎えるたびに思うようになりました。
ある意味において
祈りとは「思い起こすこと」「思い返すこと」なのではないかと。

            ♢

毎日の生活が精一杯で
ときとして私たちは、大切なことや大切な人のことでさえ忘れてしまいがちです。
忘れたわけではないにしても
意識から追いやってしまうのが人間なのだと思います。

思い返すためには「きっかけ」が必要です。
私たちがさまざまな「記念日」を大切にするのは、そのためだと思います。

そして『四旬節』もまた
キリストの受難と復活を思い起こすための「きっかけ」なのだと思います。

「私たちの今があるのはイエス様のおかげ」
なんて、日常において少なくとも私は意識しておりません。
まったく忘れてます。
でも毎年この時期を迎えるたび
(あぁ、もう四旬節なのね・・・)
と、何ら特別なことはしないとしても、思い返すことはします。
熱心に祈るかどうかは別としても。


四旬節のなかでも
特に教皇様が「主にささげる24時間」を定められたことに、私は個人的に大きな意味を感じています。

・・・四旬節って、長いんです。
40日以上ある四旬節の間
ずっとキリストの受難と復活を思い起こせといわれても、正直難しい。
でも、24時間ならまだ何とかなりそう。
そりゃ24時間だって長いですよ。
でも、意識し続ける一日を過ごすくらいは・・・


私たちひとりひとりの
手を合わせる「祈り」とまではいかなくとも
皆が「思い起こす」ことの結束が生まれれば、と思うものです。





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by dscorp-japan | 2015-03-13 12:08 | キリスト教 | Comments(0)

「カーニバル」と「灰の水曜日」

 
すでにもう腹が減ってきた・・・ ^^;


さしたる実感も湧かないまま
そして、大した信仰心もないまま、今年も『四旬節』に入りました。

毎年書いておりますが
聖公会では『大斎節』、プロテスタント教会では『受難節』などと呼称します。
(私はカトリックですので、カトリック教会でいうところの四旬節を基準に書きます)

・・・上記『四旬節』のリンク先にもある通り
今日は『大斎』『小斎』を守るべき日、ということになってます。
でもホントは
食事を節制すること自体が大切なのではなくて
それを通してイエス様の受難を黙想し、回心することが重要なわけです。

・・・ふぅん。
はたしてオレは、これまでにただの一回でも
本当の意味での『灰の水曜日』を過ごしたことがあったか?

・・・ねェな。
断言できる(笑汗)


そんななか
昨日は悪友・牧政さんと、間もなく司祭叙階される予定の助祭お二人と食事に行ってまいりました。

「政さん(=牧政さん)、何食べるの?」

「うん?焼肉」

「ア~タ、ホントに焼肉が好きやね~」

「だって明日は灰の水曜日だよ。
今日はカーニバルだもん」

・・・たしかに
灰の水曜日の前夜に肉を食する宴の日、ということにはなるか・・・
でも牧政さんの場合
カーニバルだろうと四旬節中だろうと「焼肉」って言うくせに(笑)

ということで
四人して焼肉屋さんにくり出し、肉をたらふく食い散らかしてきましたよ、と。
(写真はありません)
・・・あ
牧政さんは専らビールか。


でね
これも毎年書いていることなんですけど・・・

灰の水曜日や聖金曜日の前日に食い溜めすると
何故か翌日は、早々と腹が減るんですよね・・・(><)
普段は一日一食とか、全然平気だったりするのに。

もう
今のうちに宣言しておきます。
今年も私は守れないです、きっと。
多分夕方あたりには音を上げて、ドカ食いすること請け合いなのです orz






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by dscorp-japan | 2015-02-18 14:23 | キリスト教 | Comments(2)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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