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カテゴリ:キリスト教( 204 )

『 悪魔憑き 』と『 解離性同一性障害 』

 
最初に申し上げておきます。
私の父親は精神科医ですが、もちろん私は精神医学に関してはド素人であります。
あくまでも、ド素人の思いつきの記事だということをご了承ください。

            ♢

先日ご紹介した本『プリズム』のなかでも
ほんの少しだけ悪魔祓い(エクソシズム)に関する記述がありました。
つまり
解離性同一性障害の患者(いわゆる多重人格者)を
悪魔祓いの儀式を通して、その交代人格を統合させるといった試みです。
ただし、現在はこの療法は危険を伴うとして否定されているとのことです。


私は
多重人格者にも、いわゆる悪魔憑きと思われる人にもお会いしたことはありません。
おそらく多くの皆さんと同じで
私にとっては、映画や書物のなかに描かれる、半ば「都市伝説」のようなものです。

・・・でも
『解離性同一性障害と悪魔憑きとの関連』って、興味深いですよね。

たしかに
悪魔憑きのような言動の人をみて
すぐに(あぁこの人は悪魔に取り憑かれているんだ)とはならないですよね。
まずは精神疾患を疑うのが妥当でしょう。
キリスト教をはじめとした宗教に頼る前に
まずは病院に行くことをお勧めするべきでしょう。

            ♢

ただ一方で私
「悪魔憑きと思われる人と対峙したことがある」と仰る神父様を知っています。
それもおふたり。
その神父様方の固有名詞は公表しませんけれど
おふたりとも、嘘を仰っているようには思えません。
おふたりとも多くを語ることはありませんでした。
しかし「そういう事例はたしかにある」とは仰いました。

映画『エクソシスト』『エミリー・ローズ』 『ザ・ライト』などで描かれていたことが、本当にあるのだと。
特に『ザ・ライト』で描かれていたことに
おふたりの神父様のうちのおひとりが
「あれで描かれていたことにはある程度の信憑性がある」と仰っていました・・・

            ♢

解離性同一性障害と悪魔憑きとの区別がどこなのか、私にはさっぱりわかりません。
おそらく限りなく100%に近い確率で、悪魔憑きではないのでしょう。
しかし完全に0%ではないのかもしれません。

こんな本もあることですし。







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by dscorp-japan | 2015-05-18 00:00 | キリスト教 | Comments(0)

カトリック名古屋教区・司祭叙階式

 
今日は本当に良いお天気に恵まれました ♪

a0153243_20002063.jpg
昨日もここでお伝えいたしました通り
カトリック名古屋教区において、今日、新しくおふたりの司祭が誕生しました。

片岡義博神父様
北村雅彦神父様
心よりお慶び申し上げます!

おふたりとは
彼らが神学生時代から親しくさせていただいておりました(牧政さんのお世話を通しても!)
楽しい時間を共にさせていただきつつ
一方で、おふたりの司祭職に臨むお考えなども聞かせていただいたうえで、陰ながらお祈りさせていただいておりました。

・・・そして!
待ちに待ったこの日を迎えることが出来たことは、本当に喜ばしいことであります。

見よ!この司祭団の列を!
a0153243_20104217.jpg
司教・司祭及び助祭が侍者の先導によって入堂する様子


いや~めでたい!
本当にめでたい!
次期・カトリック名古屋教区長に着任が決まっている、松浦司教様にも駆けつけていただきました ♪

(叙階式中は写真撮影ができませんでしたのでご了承のほど)

で、式後の司祭団の記念撮影。

a0153243_20163349.jpg
実は司祭団全員じゃありません
(写真嫌いの神父様方もいらっしゃるので)


こういう言い方をすると他の神父様方に失礼かもしれませんが・・・
今日の叙階式は
少なくとも私の知る限りにおいて、特に素晴らしい式だったと思います。
美しく荘厳な典礼であり
希望に満ち、祈りにあふれた叙階式だったかと。


・・・そして
ちょっと手前ミソな話ですが・・・ (^^ゞ

片岡神父様の叙階記念カードの絵を、私が描かせていただきました。

a0153243_20263735.jpg
少し前に書いておりました
「頼まれたお絵描き」とは、このことだったんですね~


片岡神父様、北村神父様。
あらためて、心よりおめでとうございます!
おふたりのうえに、神様の豊かな恵みと励ましがありますように。
聖母マリア様の慈しみが豊かに注がれますように。

そして
また一緒に遊びましょうね~♪
もちろん牧政さんは抜きで!(爆)






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by dscorp-japan | 2015-04-18 20:36 | キリスト教 | Comments(3)

イースター

 
皆様
主のご復活をお祝い申し上げます m(_ _)m

ルーティンなご挨拶のようですけれど
この歳にもなると(あぁ今年もご復活を迎えられたのだなァ)と感慨にふけるとともに
こうして生かされていることに感謝の気持ちも湧くというものです。

そしてまた特に今年
カトリック名古屋教区では、大きなお祝いが続きます。
一週間後には、新しいお二人の司祭が誕生します。
そしておそらく来月には
新しく名古屋教区長となられる、ミカエル松浦悟郎司教様の名古屋教区司教座着座式が行われるはずです。

・・・カトリック名古屋教区にとっての、新しい時代が幕を開けるということです。

            ♢

そして昨日の復活徹夜祭のなかで
カトリック布池教会で、新しく11名の方が洗礼を受けられました~ パチパチ

昨日の洗礼式に参列させていただいて
こんな私ですが、珍しく「洗礼の恵み」を深く感じることができました。
11名の受洗者方々の、洗礼の恵みに与った喜びが
あの場所にいた私たち信徒にも、ひしひしと伝わってくるのが感じられたのです。

本音を申しますと
私は長い典礼が大ッ嫌いです (^^ゞ
復活徹夜祭なんて、最低2時間でしょ?
立ったり座ったり歌わされたり、正直(早よ終われや~)と思ってます。

でもなぜか
今日は飽きなかったな(笑)
なんか良かった~ ♪


洗礼を受けられた方々へ。

心よりお祝い申し上げます m(_ _)m
今感じていらっしゃる受洗の喜びを忘れず
皆様の周りの方々へ、沢山の愛を振りまいていってください。
そして決して
私のようなド不良信者にはなられませぬよう(笑)





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by dscorp-japan | 2015-04-05 00:37 | キリスト教 | Comments(2)

カトリック名古屋教区の新しい司教様が決まりました!

 
本日付で
カトリック中央協議会公式HPで発表されました。
待ちに待った、新しい名古屋教区長が決まったのです (^O^)/ パチパチ


いや~良かったよかった ♪

ここ数年来
名古屋教区内において(次の司教様はどなた?)という話題が絶えなかったものです。
私たちはそれぞれ、あくまでも勝手な予想をしたりしつつ(笑)
ヴァチカンからの発表を首を長くして待っていたのでした。
でも実際のところ
ミカエル松浦悟郎司教様の名前は “ 大本命 ” として挙がってましたよね~

私個人としては
新しく任命された、ミカエル松浦悟郎司教様のことは存じ上げません。
しかし先に書いたように
“ 大本命 ” として名前が挙がるということはつまり、それほどのお方だということが容易に想像できます。
私の仲良くさせていただいている神父様方からの評判も大変良いですし(たとえば牧政さんとか)。

さらに
松浦司教様は名古屋のご出身とのこと。
カトリック名古屋教区は松浦司教様にとって、ある意味「故郷」です。
きっときっと、故郷の教区信徒である私たちを導いて下さることでしょう!

松浦司教様。
ようこそカトリック名古屋教区へ!
私たちも微力ながら、司教様のことをお支えしていきます。
是非カトリック名古屋教区を盛り立てていってください。
私のようなダメ信者のことも含めて
どうぞよろしくご指導ください <(_ _)>

良かったなァ~
ホント、良かったなァ~ ♪

            ♢

そして、もうひとつ大切なこと。

カトリック名古屋教区の現教区長を務められた、アウグスティノ野村純一司教様へ。
これまで私たちを導いてくださって、本当に有難うございました!
ここ数年は、体調も崩されたりしていろいろ大変だったと思います。
でもこれで教区長の任は終わられるわけですから
ようやく一緒に寿司を食べに行けるというわけですね~

奢ってくれる約束、忘れてないよね?
言っておくけど「回る」店じゃないよ?(笑)





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by dscorp-japan | 2015-03-30 13:14 | キリスト教 | Comments(2)

悪いお手本ですけど

 
さしたる感慨も無いまま、聖週間(受難週)に突入。
特に今年の場合
年度末と重なった日程になるので、余計に慌ただしく実感が湧かないのかも。
・・・って、ただの言い訳なんですけど (^^ゞ

            ♢

さて。
今週が聖週間ということは、来週の日曜日はイースター(復活祭)ということになります。
今週末の(カトリックでいうところの)復活徹夜祭において
洗礼を受けるべくご準備をされて来られた方々(=洗礼志願者)が、晴れて洗礼を受けられるご予定になるはずです。


これは以前にもここで申しましたが
「洗礼を受けようか迷っている」という方へ。

あくまでも私見ですが
「迷っている」と悩んでいらっしゃる時点で、あなたはすでに神様から「呼びかけられている」ということなのだと思いますよね。
この表現が大袈裟だというなら、こう言い換えましょう。
マンガ『北○の拳』のセリフじゃないですけど(笑)
実質的に “ オマエはすでに信じてるッ ” ってことでしょ ♪


カトリック教会において、7つの秘跡というのが定義されています。
すなわち
「洗礼」「堅信」「聖体」「ゆるし」「病者の塗油」「結婚」「叙階」です。
これらすべてにおいて
私たち人間の実体的な行為を通して、そこに神様の意思が働き、その結果「秘跡」自体が強められ確実なものとされる、ということだと解釈しております。
先に書きましたように
7つの秘跡には「洗礼」も数えられています。
「洗礼」とは
それほどに大切なものであり、大きな意味をもつのだということです。


でも
敢えて言わせて下さい。

「洗礼を受けなくとも
素晴らしいキリスト者はたしかにいる」ということを。

実際、そういう方を存じ上げております。
どこまでも謙遜で
謙遜であるが故に洗礼を受けないという方は、たしかにいらっしゃるんです。
秘跡としての「洗礼」を否定していらっしゃるのではありません。
むしろその逆なんですね。

傍からみれば
(そういう方こそ、洗礼を受けられたらより良いのに)と思うこともたしかです。

しかしその一方で、こうも思うのです。

(このような方には、洗礼は必ず後からついてくるに違いない)と。
(いつかその日が来る。
それが今ではないとしても、必ずその日は来る)と。


焦る必要など無いんですよ、きっと・・・

            ♢

それでも迷われる方には、こう申し上げましょう。

「私をご覧なさいな」と!(見せられませんけどネ)


生まれて間もなく洗礼を授けられ
その後十何年間、放ったらかしにされ
高校生になって何となく目覚めはしたものの
以来今日に至るまで、ずっと迷走したままですよ。
齢50のオッサンにもなって(笑汗)

「毎週教会へ?」
この私が行くわけないじゃないですか。

「毎日祈ってる?」
全然。

「十戒を守ってる?」
畏友:太田神父様のお父様のお言葉を借りれば
「具体的な殺人以外、全部の罪を犯しました」ということです。
(因みに、太田神父様は私のこれまでの罪のほぼすべてをご存じの方です)


これで「洗礼を受けた」カトリック信者ですよ ^^;


・・・ハードル、下がりました?(笑)






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by dscorp-japan | 2015-03-29 17:58 | キリスト教 | Comments(7)

『 主にささげる24時間 』

 
昨年の10月4日
ローマ教皇・フランシスコは、今年の四旬節にあたっての教皇メッセージのなかで
今日、3月13日から14日の間を「主にささげる24時間」として、特別に神に祈る取り組みを訴えられています。

(→教皇のメッセージはコチラ

            ♢

先日3月11日、私たち日本人は
4年前のこの日に東北で起きたこと、被災された方々のことを忘れないため
そして今なお苦難のなかにいらっしゃる方々に寄り添うため
宗教を超えて、祈りにおいてひとつになったものと信じます。
それぞれの日常生活のなかで
仕事をしながら
育児に奔走しながら
或いは学校で勉強しながら
それぞれの思いのなかで「3月11日」という日を過ごしたはずです。
何か特別なことは出来なかったとしても
少なくとも私たちはそれぞれの心のなかで、4年前の今日東北で起こった出来事を思い起こしたのではないでしょうか。

・・・4年前のあの日以来
毎年この日を迎えるたびに思うようになりました。
ある意味において
祈りとは「思い起こすこと」「思い返すこと」なのではないかと。

            ♢

毎日の生活が精一杯で
ときとして私たちは、大切なことや大切な人のことでさえ忘れてしまいがちです。
忘れたわけではないにしても
意識から追いやってしまうのが人間なのだと思います。

思い返すためには「きっかけ」が必要です。
私たちがさまざまな「記念日」を大切にするのは、そのためだと思います。

そして『四旬節』もまた
キリストの受難と復活を思い起こすための「きっかけ」なのだと思います。

「私たちの今があるのはイエス様のおかげ」
なんて、日常において少なくとも私は意識しておりません。
まったく忘れてます。
でも毎年この時期を迎えるたび
(あぁ、もう四旬節なのね・・・)
と、何ら特別なことはしないとしても、思い返すことはします。
熱心に祈るかどうかは別としても。


四旬節のなかでも
特に教皇様が「主にささげる24時間」を定められたことに、私は個人的に大きな意味を感じています。

・・・四旬節って、長いんです。
40日以上ある四旬節の間
ずっとキリストの受難と復活を思い起こせといわれても、正直難しい。
でも、24時間ならまだ何とかなりそう。
そりゃ24時間だって長いですよ。
でも、意識し続ける一日を過ごすくらいは・・・


私たちひとりひとりの
手を合わせる「祈り」とまではいかなくとも
皆が「思い起こす」ことの結束が生まれれば、と思うものです。





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by dscorp-japan | 2015-03-13 12:08 | キリスト教 | Comments(0)

「カーニバル」と「灰の水曜日」

 
すでにもう腹が減ってきた・・・ ^^;


さしたる実感も湧かないまま
そして、大した信仰心もないまま、今年も『四旬節』に入りました。

毎年書いておりますが
聖公会では『大斎節』、プロテスタント教会では『受難節』などと呼称します。
(私はカトリックですので、カトリック教会でいうところの四旬節を基準に書きます)

・・・上記『四旬節』のリンク先にもある通り
今日は『大斎』『小斎』を守るべき日、ということになってます。
でもホントは
食事を節制すること自体が大切なのではなくて
それを通してイエス様の受難を黙想し、回心することが重要なわけです。

・・・ふぅん。
はたしてオレは、これまでにただの一回でも
本当の意味での『灰の水曜日』を過ごしたことがあったか?

・・・ねェな。
断言できる(笑汗)


そんななか
昨日は悪友・牧政さんと、間もなく司祭叙階される予定の助祭お二人と食事に行ってまいりました。

「政さん(=牧政さん)、何食べるの?」

「うん?焼肉」

「ア~タ、ホントに焼肉が好きやね~」

「だって明日は灰の水曜日だよ。
今日はカーニバルだもん」

・・・たしかに
灰の水曜日の前夜に肉を食する宴の日、ということにはなるか・・・
でも牧政さんの場合
カーニバルだろうと四旬節中だろうと「焼肉」って言うくせに(笑)

ということで
四人して焼肉屋さんにくり出し、肉をたらふく食い散らかしてきましたよ、と。
(写真はありません)
・・・あ
牧政さんは専らビールか。


でね
これも毎年書いていることなんですけど・・・

灰の水曜日や聖金曜日の前日に食い溜めすると
何故か翌日は、早々と腹が減るんですよね・・・(><)
普段は一日一食とか、全然平気だったりするのに。

もう
今のうちに宣言しておきます。
今年も私は守れないです、きっと。
多分夕方あたりには音を上げて、ドカ食いすること請け合いなのです orz






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by dscorp-japan | 2015-02-18 14:23 | キリスト教 | Comments(2)

ロザリオを首にかける

 
先日の記事『コンタツ』
「ロザリオは首にかけるものじゃない」と申し上げました。
ただ、例外的に首にかける場合もある、という一例を。

いわゆる「アルツハイマー型認知症」のお婆様がいらっしゃいました。
このお婆様
認知症が発症する以前は、大変に熱心なカトリック信者さんでいらっしゃったとのことです。
しかし認知症の発症以降
ご自身の力では教会へ通うことも困難となり、ミサに与っていても典礼の流れが理解できなくなっていったとのことです。

それでも
認知症の発症以降も、どうやら彼女の心の支えはカトリックの信仰だったようだとのことでした。
家族に、毎日のように「明日は何曜日?」と尋ね
「日曜日だよ」と返答すると「じゃあ教会の日だ」と答えられたそうです。


・・・そして
ロザリオもまた、彼女の心の支えのひとつだったようです。
時折、思い出したように仰ったそうです。

「私のお守りはどこ?」

「ロザリオ」という単語が出てこなくなったのかもしれません。
或いは元々、ロザリオを「お守り」と認識していらっしゃったのかもしれません。
いずれにせよ
彼女にとってロザリオが大切なものだったことは確かだと。
ご家族がロザリオを手に持たせると
彼女は嬉しそうに首にかけ、先端に付いた十字架を握りしめたそうです・・・


私は医者じゃありません。
認知症に対する理解が深いわけでもありません。
ただ
このお婆様の「ロザリオを首にかける」という行為には、大きな意味があるような気がしてなりません。
ロザリオを「ロザリオ」として認識するか否かは別として
何らかの心の支えとしてそれを身につけることで心の平安が得られたのであれば、その行為には意味が生まれるのではないでしょうか。


今はこの世を去ったお婆様の遺影。
彼女の首には、青いロザリオがかけられています。
そしてそのお顔は、満面の笑みをたたえていらっしゃいます。






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by dscorp-japan | 2015-01-29 17:15 | キリスト教 | Comments(0)

『コンタツ』

 
カトリック信徒の方の葬儀依頼に伺った際、私どもがよくご案内すること。

「故人様の愛用されていたロザリオはありますか?」

それがカトリックの決まり事というわけではありませんが・・・
カトリック信徒のお葬式の際
一般的には故人様のお手を組ませ、そこにロザリオを持たせて差し上げるんですね。
だから
もしも亡くなられた方ご本人のロザリオがあれば、それをお持ちいただくわけです。

私どもがお尋ねすると
時折、ご遺族様はこうお答えになられるんです。

「あぁ、コンタツね。
ちょっと~!お婆ちゃんのコンタツ持ってきて~!」

“ コンタツ ” ?

・・・風邪薬?

それはコンタック(←つまらん!)

文脈からお分かりかと思います。
これ、ロザリオの別称なんですね。

a0153243_02303260.jpg
私所有の、エルサレム十字 “ コンタツ ”(=ロザリオ)


日本におけるキリシタン迫害の時代
隠れキリシタンの方々は、ロザリオのことを「コンタツ」と称していたようです。
どうやらこの「コンタツ」という言葉
ポルトガル語の「contas」からきているようです。

[contas]=「数える」

・・・これは私の勝手な推測なんですが
英語でいうところの [ count ] と同義なのではないでしょうか。
(確証はありませんのでご了承ください)

ロザリオの祈りとは
ロザリオの珠ひとつひとつを繰るたび、聖母マリアへの祈り(現在はアヴェマリアの祈り)を唱えるという信心業であります。

「珠を繰る」。

・・・そうなんです。

この「コンタツ」の語源が「数える」という単語に由来するのであれば
コンタツとはまさに
「(珠を)数える」→「数珠」なんですよね・・・


コンタツ(ロザリオ)は
手に持って珠を繰りながら祈るための道具であります。
だから仏教でいうところの数珠と同様の用途のものであるということ。

以前にも書きましたが
多くの方が「ロザリオは首にかけるもの」と、誤った解釈をされているようです。
歌手のマドンナさんが首にかけて以降
ロザリオは、ファッションアイテムになりました。
(因みにマドンナさんの家系はカトリック ^^;)

ロザリオを首にかけている若いお嬢さん方は
それが「西洋版・数珠」であると知ってのことなのでしょうかね・・・(><)

閑話休題。

さて。
この「コンタツ」という単語
私の印象としては、年々耳にする回数が減ってきているように感じます。
私の知る限りにおいては
九州エリアご出身の方
特に長崎エリアご出身の、ご高齢のカトリック信徒がよく用いられる単語のようです。
ですからこのコンタツという呼称
もしかすると近い将来、カトリックの死語になるのかもしれません・・・


ただひとつだけ言えること。

ロザリオのことを「コンタツ」と呼ぶ方は絶対
コンタツを首にかけるなんてことはしないに違いないのであります。







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by dscorp-japan | 2015-01-13 00:00 | キリスト教 | Comments(4)

おめでとうございます

 
皆様
主のご降誕をお祝い申し上げます m(_ _)m

惰性で申し上げているように取られるかもしれませんが
今年もこうしてクリスマスを迎えることが出来たことに感謝したいと思います。
つまり
「私はまだ生かされている」ということです。
生かされていることに感謝。
与えられた時間に感謝。


私の所属するカトリック布池教会では
夜の8時から野村司教様司式のミサが
そして、10時と深夜0時のミサがそれぞれあります。
ということで、8時からのミサに行こうと動き出したところ
・・・畏友:西経一神父様から電話が(笑汗)

「オレもたまには布池のミサに出たいんだよォ。
連れてってよ」

それは構わないけど、迎えに行ってたら(司教ミサには)間に合わないよ。

「じゃ先に食事してから10時のミサに連れてってよ」

“ 先に食事してから ” ってことはつまり「奢れ」ってことでしょ・・・

「誰も祝ってくれないけど
オレ、今日が誕生日って知ってるだろ」

・・・まァそれを言われるとなァ・・・



食事の後に布池教会へ。

「オレは一般信者としてミサに与りたいんだ。
こっそり行きたいんだから頼むぞ」


下の写真、右側の柱の横にいるのが西神父様(笑)
a0153243_01072076.jpg

・・・何か、分かる気はします。
いつもはミサを挙げる側の人間が
“ 一信者 ” として、他の信徒たちと一緒にミサに与りたいという気持ち。
実際、他の神父様方も同様のことをされていらっしゃるのをお見かけすることがあります。

「信者として、共同体のひとりとして与りたかったんだよ」

だから御聖体拝領も
他の信者と一緒に司式司祭の前に並んで拝領されてました。


・・・ところが。

ミサが終わった後
まァ西神父様を見つける信者さんの多いこと多いこと・・・!
次から次へと
いろんな教会の信者さんやら、カトリック系の学校の生徒やらに囲まれてました(笑)

まァ私は離れたところでタバコ吸いながら笑って見てただけですけどネ ♪



あらためて
救い主がお生まれになったこの日、皆様の上に神様の特別の祝福と恵みがありますように m(_ _)m





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by dscorp-japan | 2014-12-25 01:37 | キリスト教 | Comments(8)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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