D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

dscorp.exblog.jp Top

カテゴリ:葬儀( 644 )

心からの言葉

 
相変わらず、記事更新も放ったらかしだなぁ・・・ (^^ゞ

・・・とはいえ
やっぱり忙しかったってのもあるんですけれどね。

            ♢

今日、お手伝いを終えたお葬式は
同じクリスチャンとして、私が長きにわたって交わりをいただいていた方でした。
少し前までお元気だったのに
病が発覚してから、ほんの数か月で天国に召されました。
ご依頼のお電話をいただいたとき
私たちスタッフ全員(〇〇さんって、あの〇〇さんじゃないよね?)と、半信半疑でした。
ウチのスタッフがご指定いただいた病院に伺って
故人様と対面してはじめて、私たちのよく知る方がお亡くなりになったという現実を受け入れざるを得なかったという・・・

とはいえ
あとは、私たちが葬儀屋さんに徹してお手伝いをするのみです。
私は他のご葬儀のお手伝い担当でしたので
ウチのスタッフが、彼なりの精一杯のお手伝いをさせていただいたのでした。
もちろん私も、自分のお仕事の合間を縫って弔問に伺わせていただき
今日は身体が空きましたので、この方のご葬儀お手伝いのサブとして現場に入らせていただいた次第です。


ご葬儀の終わり、ご子息様がご挨拶をされました。
ご挨拶の具体的な内容については控えさせていただきますが
そこで語られたお話は、亡くなられた方を知る人間にとっては、本当に心の揺さぶられるものでした・・・

そのとき、つくづく思ったこと。
会葬御礼の挨拶って、何もかしこまる必要なんて無くて
いわゆる「忌み言葉は使ってはいけない」とか、そんなルールなんてどうでもよくって
ただ、故人を偲ぶ思いを、ありのままにお話すればいいんだよなぁ、と。

重ね言葉が使われたって構やしない。
笑いがあったっていい。

亡くなられた方を知る私たちには
ご家族が、亡くなられた方のことを心から愛していらっしゃったことが分かるから。
ご家族の思いに耳を傾けて
大切な方を喪った想いを共有できたなら
私たちにとっても、それが何よりの慰めになるんですよね・・・


〇〇さん。
今まで、本当にお世話になりました。
先に天国で待っていらっしゃる由井神父様にも、よろしくお伝えください。





[PR]
by dscorp-japan | 2017-10-05 16:05 | 葬儀 | Comments(2)

ファーストコンタクト

 
お葬式のご依頼をいただくと
私たちが最初にお手伝いさせていただくお仕事の流れは
「病院や施設へのお迎え~搬送~送り先への安置~葬儀の打ち合わせ」
というのが一般的です。
私たちがご遺族様とはじめて直接お会いするのは
ご自宅か、ご指定いただいた病院や施設の一室や霊安室ということになります。

もう何十年もこのお仕事をさせていただいておりますが
やはりご遺族様とのファーストコンタクトって、今でも緊張するものです。

でもね
私たち以上に、ご遺族の皆様の方がずっと緊張されていらっしゃるんだと思うんですよね。
ただでさえ、大切な方を亡くされた直後です。
神経の張りつめた状況にあって
そこへきて、初めて会う葬儀屋さんがどんな人なのか。

(若い人なのかな。ベテランさんかな)
(コワい感じの人だったらイヤだな)
(安心して任せられる人だといいな)

つまりこのファーストコンタクトの瞬間は
ご遺族様と葬儀屋さん双方が緊張感の中でお会いするわけなんですよね。
お互いがお互いを、どんな人間なんだろうかと心配する瞬間ということです。

どんなお仕事でもそうなのでしょうが
私たち葬儀屋さんはこのファーストコンタクトでの応対を、とても大切にします。
いかにして、ご遺族様に自分という人間を受け入れていただけるかが、その後の流れを大きく左右しかねないからです。
お葬式を成功させるか否かの要因のひとつに
「担当者が、どれだけご遺族様と信頼関係を築けるか」というのがあります。


・・・で。
これはお客様サイドにとっても重要なことでして
「故人の家族として、どれだけ葬儀屋さんに “ やる気 ” をおこさせられるか」
というのも、実はあったりするんですね・・・

では、どうすればいいのか。

・・・って、別に何かをすべきということでは無いんです。
そこに、亡くなられた方を大切にしているという「思い」があれば充分なんです。
その「思い」の表現の仕方はそれぞれでしょう。
でも私たちも一応、お葬式の「プロ」です。
お客様がどのような態度であれ
経験則から、ご家族の、亡くなられた方を思う気持ちを感じ取るアンテナは持っております。
そこに「思い」さえあれば、私たちは
(よし、この方の為に精一杯お手伝いしよう!)
と、必ず考えます。
(そう思わない担当者は葬儀屋さん失格!)

以前にもここで書きましたが
良いお葬式にする手段のひとつに
「葬儀屋さんを、お客様の手のひらに乗せて踊らせる」
というのがあります。

・・・要は
葬儀屋さんを “ その気にさせる ” ということです。
それさえできれば
その葬儀屋さんはお客様のため、必死になってお手伝いしてくれるに違いないのです。






[PR]
by dscorp-japan | 2017-09-16 18:23 | 葬儀 | Comments(2)

ロボット導師、ですか

 
「ご導師、ご入場でございます。
本日読経を賜りますのは、真宗大谷派・Pepper導師様です。
ご参列の皆様方におかれましては、御低頭の上お迎えくださいませ」

・・・とか、開式のときにアナウンスされるのかなァ ^^;


   → ニュース記事はコチラ


・・・このニュース記事のタイトルを見て
ピンクレディーのデビュー曲を思い出したのは私だけ? ^^;
一方で
コンセプトの元ネタが『ロボット刑事K』じゃないかと疑ったのも私だけ? ^^;

a0153243_23225547.jpeg
冗談はこのあたりでおしまい m(_ _)m



大切な方を亡くされたご家族それぞれ、様々なご事情がお有りかと思います。
ニュース記事にもありますように
菩提寺の無い方や檀家制度にとらわれたくない方など、たしかにいらっしゃることでしょう。

しかし、そこでいきなりPepper君が導師、ですか。
“ 彼 ”のアノ声で、ですか?


「お葬式の多様化」は、もはや変えることのできない潮流なのでしょう。
私もさまざまなお葬式の様式があって良いと思いますし
今後さらに、これまでの形式にとらわれない形で送りたい(或いは送られたい)というニーズも増えていくことなのでしょうね。

私は今回のニュースにある新しい提案を、完全に否定するつもりはありません。
そこにたしかなニーズがあるのであれば
その存在価値もまた有るということなのでしょうから。
でも、私が古い人間だからなのでしょうか
どうしても違和感を拭い去ることが出来ない思いがあります・・・


現在の私はキリスト教専門の葬儀屋さんですから
仏教のご住職やお上人様の読経や説法をお聞きする機会は殆どありません。
あるとすれば、知人やお世話になった方のお葬式に参列したときくらい。
とはいえ
これでも一応、約1000件あまりの仏式葬儀をお手伝いしてきた人間です。
そういう立場からすると
お葬式の際、ご導師が唱えられる読経や説法を拝聴するときは
(このご住職の読経は美しいなァ)
とか
(このご住職は本当に心をこめてお勤めいただいているなァ)
とか
(なるほど、故人やご家族のことをよく考えた説法をされているなァ)
とか
比較してしまうというか、そういう視点で判断してしまうところがあります。


私が現場で受ける印象がご遺族のそれと同じかは分かりませんが
司式者としてのご導師によって、そのお葬式に対する評価が大きく左右されるところだと思うわけです。

たとえ、ですよ?
どんなダメ葬儀屋さんのお手伝いだろうと、祭壇が汚れていようと
(もちろんそれはそれで絶対ダメなんですけど)
ご導師の素晴らしい読経や説法ひとつで、そのお葬式は一気に素晴らしいお葬式に変わるものなんです。

これだけは間違いない。
それだけ
お葬式を司る立場のご導師の存在って、大きいと思うんです。


・・・そこにPepper導師が来るんですか。
う~ん ^^;


ニュース記事では
「ちゃんと人間の副住職がいる」そうじゃないですか。
だったら
わざわざPepper君に読経させるのではなく、副住職が導師をした方が良いんじゃないの?とか思っちゃいますよね。

「副住職は住職ではない!」

じゃPepper君は住職なんですか?


なんだかよく分からないなぁ・・・






[PR]
by dscorp-japan | 2017-08-17 00:00 | 葬儀 | Comments(2)

雑誌『AERA』8月7日号を読んで

 
娯楽小説一辺倒の私ですから
『AERA』なんて雑誌、滅多に手に取らないんですが・・・


表紙にこんな文言が謳われてると、そりゃさすがに手に取りますわね~

a0153243_22484256.jpg

・・・やっぱ要りませんか、お葬式 ^^;


「お葬式はもういらない」という表現から
名(迷)著『葬式は、要らない』を上梓された“アノ人”からケンカを売られたような気持ちで、仕方なくレジに持っていきましたよ。

(売られたケンカだもんなァ、受けて立つしかないかぁ~)

・・・で、読んでみたらやっぱり!
アノ人のコラム記事も載ってました・・・^^;


表紙には「大特集」とありますが
読んでみると、それほど「大」でもありませんでした(笑)
個人的な印象ではむしろ「小特集」くらいです。
もっといろんな情報が詰まっていると思っていたんですが。

それぞれの表題には、なかなかインパクトがあります。

「古い葬式よ さようなら」
「仏教ビッグバン」
「価格破壊のお葬式」
「お坊さん便も定着」
「葬儀も明るく個性的に」
「色鮮やかなLED仏」・・・

(ご興味のお有りの方は書店にGO!)

でも敢えて申しますが
正直、あまり有益な情報が書かれているとは思われませんでした。
仏教が岐路に立たされていて、様々な打開策を模索(&実践)されているというお話は興味深く拝読させていただきましたが
それ以外の記事に目新しいものは無かったと思います。


ホントはいろんな項目の記事に反論したいことが山ほどあるんですけれど
今回は敢えて、特集内にあった、例のアノ方のコラム記事にだけモノ申させていただきます (^^ゞ

            ↓

「0葬」唱える島田裕己さんが語るお葬式『大往生』で亡くなった人は葬儀ではなく、お祝いを


「お祝い」という単語を用いること自体は構いません。
でも、じゃ大往生されたご本人の為に
遺されたご家族はお葬式の代わりに、一体何をすればいいんでしょう?
「葬儀ではなくお祝いを」と仰る以上
お葬式とは異なる、何か具体的な提案があるのかといえば何もないし。

そしてご本人のご希望である「卒人式」。
ご本人による造語ありきのご提案としか思えないのですが・・・^^;
「人間を無事に終わりましたと、お祝いをしてもらう」って
やはりこの場合も、遺されたご家族やご友人は具体的にどのように「卒人式」すればいいのでしょう?

・・・何となくですが
仰っているイメージは「無宗教葬」や「お別れ会」と何ら変わらないと思うのですが。



実際にお葬式の現場に立つ人間として申します。
奇をてらう必要などなくとも
これまで通りのお葬式でも「お祝い」することは出来ます。
事実、これまで故人様を「お祝い」するお葬式を何度もお手伝いしてきております。
それが「卒人式」かどうかは分かりませんけれど
大切な人の「大往生」に際して、やはりその死を悼みながらも

「長らくお疲れさまでした」
「これまで本当にありがとう」
「今日は笑顔で『さようなら』だね!」

泣き笑いの顔で
最後には「よかったよかった」とご遺族が口々に語りあうお葬式を、私は十分「お祝い」と言えると思います。


さらに申しますと
どれだけ「大往生」だろうと「お祝い」だろうと
「大切な人が亡くなった」という現実の前に、人はやはり厳粛な思いになるものだと思いますし、またその思いを忘れてはいけないのだと思います。

お葬式のカタチに捕らわれる必要はありません。
でも
「お葬式」という名称を変えたところで
或いはそこで行われる式の内容が大きく変わったところで
(たとえそこでケーキカットをしようがクラッカーを鳴らそうが)
そこに集うご家族や友人知人の「思い」は何も変わることなどないのです。


私は
大切な人が亡くなって、故人と交わりのあった方々が時間を割いて故人の元に集った時点で、それはすでに「お葬式」だと思っております。
何故なら
「お葬式」とは、人の「思い」だからです。






[PR]
by dscorp-japan | 2017-08-06 00:00 | 葬儀 | Comments(8)

夏は午前!

 
以前にも同様の記事を挙げたかと思うんですが・・・


今日は
(ウチのようなちっぽけな葬儀屋さんには珍しく)同日程&ほぼ同時刻のお葬式が三件重なりました。
お葬式の時間はすべて午前中 or お昼またぎの時間。
ウチの一方的な都合で申しますと、本当は時間帯がバラけてくれると助かるんですが ^^;
でもやはり、いちばんはご遺族様方々のご意向に沿って時間設定をします。

・・・で
特にこの暑い時期、私どもは必ず早めの時間をお勧めするんですね。
その理由は「午後のお葬式はさらに暑いから」。
もちろん午前中だって十二分に暑いわけなんですけれど
午後はさらに暑さに拍車がかかる、と思うわけなんです。
式場となる教会に冷房設備がないところ(稀にあるんです!)の場合は
もう、何が何でも「午前中にしましょう!」と強くご提案させていただきます。
もちろん、火葬場の空き状況や教会サイドの都合と照らし合わせたうえでの話ですが。

冷房設備があっても
参列者が熱中症で倒れられることってあるわけです。
(実際に何度もそのような状況を経験してきております)
特にお歳を召された方々にとって
この猛暑は間違いなく、身体的なストレスが相当かかるに違いないのであります。


幸いなことに
今日、私がお手伝いさせていただいたご葬儀の式場は、冷房がとてもよく効く教会でしたので助かったわけなのですが
それでもご出棺時には、たとえ一時的にであっても屋外に出るわけです。
ご遺族様をはじめ、お見送りに出てこられた参列者の方々が口々に仰ってました。
蝉の大合唱が聞こえるなか
空を見上げて「うわぁ~暑い!」
お見送りのために屋外に出る時間なんて、ものの5分もありません。

でも皆様ほぼ全員、その手にはハンカチやハンドタオルがありましたよ ^^;


ですから皆様
暑い時期のお葬式は「午前中」
これです!


ところで。
昼夜を問わず鳴き続ける蝉の声って、耳にこびりつく感じがしませんか?
私だけかもしれませんが
夜中に寝るときも耳の奥に蝉の鳴き声がこびりついちゃってて
もう何だか、蝉なのか耳鳴りなのか分かんなくなっちゃうんですよね・・・






[PR]
by dscorp-japan | 2017-08-01 14:28 | 葬儀 | Comments(2)

サガ神父様の納骨式

 
今日は、大切な友人の納骨式でした。
今年の四月に天国に召された、アントニサーミ・サガヤラージ神父様です。

一カ月以上前から納骨式のご連絡をいただいておりまして
「今日だけは何を差し置いても必ず参加しよう!」と、スタッフ全員で申し合わせておりました。

「頼む!この日だけは葬儀の仕事、入るなッ」

・・・神様はよく取り計らって下さいました。
おかげ様をもちまして、ウチのスタッフ全員が参加することが出来ました。


a0153243_22245902.jpg
岐阜県多治見市にある『カトリック多治見教会』


ここはもちろん教会なのですが
私たちは『多治見修道院』という認識です。
古くからのカトリック信者にとって
ここは「神言修道会の修道院」という認識が強いのです。
・・・そしてここには
今は天に召された、神言会の神父様や修道者たちの眠るお墓があるんですね・・・

多治見修道院の聖堂において、追悼ミサがあり
その後、司祭団と参列者は列をなして墓地へと移動して納骨式、という流れです。

a0153243_22333574.jpg
長い歴史のある、多治見修道院の聖堂

a0153243_22343700.jpg
神言修道会日本管区・管区長のジェブーラ神父様による説教


・・・私はこの聖堂に入るたび
他の教会の聖堂に入ったときとは一味違った、何とも言えない厳粛な気持ちになります。

ただこの聖堂
聖堂内の景観を保つためもあってか、未だにエアコンがない・・・(><)
下の写真でお分かりの通り
ひたすら扇風機で暑さをしのぐのみ、なのであります ^^;

a0153243_22380834.jpg

・・・ここは「岐阜県多治見市」です。
埼玉県熊谷市とならんで『日本一暑い街』と称されるところです。
暑さには滅法弱い私が
追悼ミサの約一時間を耐えきったのは、サガ神父様の為に他なりませんッ

a0153243_22455469.jpg
追悼ミサを終えて司祭団が退堂

a0153243_22461091.jpg

そして先にも述べましたように
ミサを終えた後は、司祭団を先頭に墓地へと移動です。

a0153243_22463324.jpg

修道院敷地内のブドウ畑を抜けていくと
そこに神言修道会々員のための墓地があります。

a0153243_22535628.jpg

a0153243_22504166.jpg

納骨式の祈りの後
ジェブーラ神父様ご自身の手によって、サガ神父様の遺骨が納骨されました。

a0153243_22561672.jpg

・・・私の大切な友人であるサガ神父様。
今はもう間違いなく天国にいらっしゃって、私たちのことを笑顔で見てて下さってることでしょう。

「オカダさん、元気でしたかァ~♪」

きっと、あの独特の早口で話しかけて下さっていたに違いありません。






[PR]
by dscorp-japan | 2017-07-15 23:02 | 葬儀 | Comments(6)

台風のなかでの通夜です

 
午後3時現在、台風は中部エリアに上陸してはおりませんが
今日これから、とある教会の信者さんのお通夜があるんです・・・
・・・天気予報図を見ると
今日の夕刻、通夜後あたりの時間に台風が直撃するかもしれない状況です (><)


こういうときのお通夜やお葬式は
もちろん葬送儀礼としてやるべきことはやるんですけれど、いろいろな面で臨機応変に対応しなければならないものです。

いちばん気を付けなければならないのは、葬儀を告知する各種看板などのサイン関係。
室内は問題ないのですが
屋外に設置する、各種告知看板類は極力控えた方がいいものです。
どうしても設置すべきものを最低限に抑えて、式後は即座に撤去します。
もちろん、ちょっとやそっとの風には飛ばされたりしないように設置しますが
台風のときの風って、予測できませんよね・・・
強風で看板類が飛ばされて
どなたかに当たってしまうとか
或いは人間でなくとも参列者の車を傷つけてしまったりとか
万が一にもこのようなことがおきてしまったら、これはもう「人災」なのであります。

そういうことを避けるために、万全の対応をしなければなりません。

あとは
すべての予定に対して、普段以上に時間にゆとりをもたせること。
葬儀屋さんとしては、早めに準備をして
お客様が遅れたりすることを充分に想定しておくことです。

・・・まぁこれはどんなお仕事でも言えることなのでしょうね。


とにかく。
事故の無いよう、細心の注意を払ってお手伝いさせていただきます m(_ _)m






[PR]
by dscorp-japan | 2017-07-04 15:02 | 葬儀 | Comments(4)

「郷に入らば」の話

 
「現在は〇〇市に住んでいるが、元々の在所は他府県の△△市」
といった方が、おそらく全国各地にいらっしゃると思います。
かく言う私も
母方は元から愛知県なのですが、父方は隣の静岡県です。
父の大学が名古屋ということでこちらに来て
そのまま名古屋で仕事に就き、母と知り合ったということです。

こと名古屋エリアで申しますと
結構な割合で「今は名古屋だけれど元々は九州」という方が少なくないように感じます。
クリスチャンの方で申しますと
特にカトリック信者の方って、九州(特に長崎県)のご出身の方が少なくありません。
様々なご事情によって
九州から名古屋エリアに移住されてお仕事に就かれたという方が、結構いらっしゃるようにお見受けいたします。

そのような方からご葬儀のご依頼をいただきますと
元々の在所である、九州にいらっしゃるご親戚の方がご参列に来られるための時間的猶予のことを考えたりすることになります。
昨今ではそれほどでもないのですが
少し前ですと、はるばる九州からご親戚が大勢いらっっしゃるのが、半ば通例でした。
その数、40名や50名は当たり前。
昔私が担当させていただいたお客様で、約80名(!)のご親戚が集まられたというケースもありました。


さて、本題はここから。
九州、特に長崎といえば
キリスト教(特にカトリック教会)宣教の歴史をみても、日本における “ 元祖 ” 的な場所です。
そちらから参列に来られるご親戚の場合
私ども以上に、日々の生活が教会と密接なつながりを持った環境で過ごされてきたという方が少なくありません。
すると当然
キリスト教のお葬式の経験値も高かったりするわけです。

「ウチの教会(長崎エリア)じゃ
お葬式のときはこういう段取りをとるのですが?」
「こちらの教会では初七日はやらないのですか?」
「何か足りないと思ったら
十字架の位牌が見当たらないのですが?」

キリスト教に「初七日」?
キリスト教に「位牌」?

いずれも仏教の典礼であり葬具(仏具)なのですが・・・^^;


ご存知の方も少なくないと思いますが
キリスト教が様々な国や土地に根付いていった過程において、その土地に元々あった宗教や文化・習俗と融合してきたという経緯があることは、日本に限ったことではありません。
一見すると(そんなのキリスト教と関係ないだろう)と思われるようなことが
それぞれの土地に根付いたキリスト教の慣習として、当たり前のように行われていることは世界中に散見されるようです。
逆に申しますなら
そういう融合性(融和性)があったからこそ、キリスト教が世界中に広まったという背景もあるかもしれません。

・・・つまり
キリスト教という宗教が「郷に入らば郷に従った結果」という言い方ができるのかもしれません。


お話を戻します。

ここ名古屋エリアのカトリック葬儀典礼としては
「初七日(法要)」を行うという慣習は、特にありません。
ご葬儀を終え
火葬を行った後に収骨をした時点で、基本的にカトリック葬儀の典礼は終了となります。
ただ
葬儀の司式司祭の判断によって「初七日(正確には『火葬後の祈り』)をする場合が無いわけでもない、ということです。

また、十字架の位牌については
少なくとも私の知る限りにおいて、九州の一部のエリアを除いては用意する習慣は無いものと理解しております。
(本来的な『位牌』の意味を知る私たちからすると
そもそも、キリスト教に位牌を用意することの方に違和感を感じるというのが個人的な本音です)


・・・いずれにしましても
同じキリスト教、同じカトリックであっても
その土地土地で育まれてきた文化や歴史が介在するものです。
当然それらすべて、大切な文化・慣習として扱われるべきものと思います。
しかし
であるならば、現在いらっしゃる場所のそれもまた尊重されるべきものとも言えるのではないかと思うところなんです。

「九州のキリスト教が正しい」
「名古屋のキリスト教はおかしい」
ではなくて
どちらも正しいのだということです。
何となれば
プロテスタントも聖公会も正教もカトリックもすべて
その典礼は大きく違えども『イエス』という神のひとり子を救い主として、同じく信じるのですから。


ならばやはり、最終的な結論としては
『郷に入らば郷に従え』ということになるのではないでしょうか。






[PR]
by dscorp-japan | 2017-06-24 18:20 | 葬儀 | Comments(4)

『 礼拝所及び墳墓に関する罪 』

 
・・・恥ずかしながら
このような法律があるということを、私は存じ上げておりませんでした m(_ _)m
いや
この中に含まれる『死体損壊等罪』などは知っていたのですが
『 説教等妨害罪 』というのは全く知らなかったということです。

『 礼拝所及び墳墓に関する罪 』(Wikipedia)


昨日ぼんやりと、あるバラエティー番組を観ておりましたら
詳しくは覚えていなんですが「滅多に適用されたことがない罪状トップ10」みたいなのが発表されてたんです。
その中に『説教等妨害罪』というのがあったんですね。
きけば
「(宗教儀礼としての)礼拝やお葬式を妨害する罪」というのです。

・・・お葬式を妨害するのも罪!


葬儀屋さんのくせに
私、まったく知りませんでした・・・(大恥)
当然、それがいけないことという認識はあるわけですが
それがちゃんと法律で定められているということを、私ははじめて知りました。


無論「妨害する」とはいっても
どの程度の妨害をして罪と認識される(検挙される)のか、そのあたりのサジ加減は分かりません。
多分余程のことが無い限り、この罪状が適用されることは無いのでしょう。
テレビでも「滅多に適用されたことが無い罪状」のひとつとして挙げられていたわけですから。
一方で、おそらく日本人の美徳として
「人間を弔う儀式(=お葬式)は
その当事者が誰であれ、すべからく尊重されなければならない」
という “ 常識 ” が私たちに植えつけられている、ということなのかもしれません。


であるのなら
このような法律は私たち日本人には不要ではないか、ということにもなるのですが・・・

・・・私は
今更ながらにこの法律の存在を知って、正直(良かった・・・)と思いました。

おそらくこの法律は
これまでも、これからも限りなく「無用の長物」に近いものなのだろうと思います。
でも、無いに越したことはないなァ、と。
実際のところ
日頃私たちがお葬式の現場でお手伝いさせていただいている際
極々稀に、ではありますが(いまはお葬式の最中なんだからもう少し控えてちょうだいよ)と思うようなことって、無いわけじゃないんですよね・・・
無論、それらの迷惑行為がこの『 説教等妨害罪』にあたるほどまでのことではないのだろうとは思います。
迷惑はかけてるけど妨害まではしてないよ、みたいな。
しかし万が一にでも
余りにも目に余る行為があった際などの、一種の抑止力にはなるのかなァと。


良いお勉強をさせてもらいました m(_ _)m





[PR]
by dscorp-japan | 2017-06-15 16:15 | 葬儀 | Comments(2)

先輩:Kさんが亡くなられた

 
それだけ私も歳を重ねたということなのでしょうか・・・
一昨日
私の大切な先輩がまたおひとり、浄土へと旅立たれました。


その先輩:Kさんは
私が以前在籍していた葬儀社の先輩であります。

その会社はすでに他社に吸収され、会社としての実態は無いに等しいのですが
今はそれぞれ離れ離れとなった仲間たち皆、現在でもそれなりに連絡を取り合ったり、時には集まって食事を共にしたりしております。
先輩後輩を問わず
「同じ釜の飯を食った仲間」という意識が今も続いております。
ですからKさんの訃報も
お亡くなりになられてすぐ、私どもにも連絡が入りました。


・・・私はKさんとの関わりについて
いま、非常に後悔していることがあるんです・・・

Kさんと最後にお会いしたのは昨年の10月。
やはり同じ仲間だったMさんがお亡くなりになられ、その通夜の席でした。
通夜に参列した後
皆で喫茶店に場所を変えて、Mさんの思い出話をしたんです。
そこにKさんも同席されておられました。

その席で、Kさんは仰ったんです。

「ねェオカダちゃん(=私)
また今度、あらためてみんなで集まろうよ。
みんなの元気な顔が見たいじゃん」

皆、口々に「いいね」「是非やろう」と話し合ったんですが
同じ業界にいる人間たちとして、どうしても冬場は時間が取りづらいことが分かっています。

「そうですね~
冬を越して、暖かくなって現場仕事が落ち着く時期がいいですね~」

そこでKさんが仰ったんです。

「でも出来るだけ早くが良いんだけどなァ・・・」


そのお言葉の意味が何を表しているのか、正確には分かりません。
・・・でも
もしかするとご自分に残された時間をご存知だったとしたら・・・

現在分かる限りで申しますと
あの時点ではまだ、ご自分がガンに侵されていらっしゃることが判明していたわけでもないそうです。
実際、あのときのKさんはいつも通りだった。
でも、タバコは止めていたんですよね・・・

・・・すべて、私の杞憂かもしれません。
でも、私はどうしても思ってしまう。
(もっと早く、Kさんがお元気なうちに企画すべきだった・・・)


優しかったKさんことだから
きっと彼は「そんなこと気にせんで良いよォ」と仰って下さることでしょう。
でも
私としては申し訳ない思いが拭い去れないんです・・・


『 孝行の したい時分に 親は無し 』


お柩のなかに眠るKさんは
ほんのり照れ笑いを浮かべているような、穏やかな表情でした。





[PR]
by dscorp-japan | 2017-06-06 00:00 | 葬儀 | Comments(6)
line

これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
line
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31