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カテゴリ:思うに・・・( 183 )

私は葬儀屋さんに飽きた、のか?

 
昨日朝、テレビの報道バラエティ番組で
とあるプロ・テニスプレイヤーの「テニスに飽きた」という発言を受けて
「自分の仕事に飽きるか」という話題で盛り上げってました。
そのなかでMCのダウンタウン・松本さんが
「(自分の仕事に)飽きてからが本番」ということを仰っていて、なるほどなぁと思って観ていたんですね。

・・・で、当然私も自問するわけです。
(自分は葬儀屋さんに飽きたのだろうか?)


元来の私、非常に飽きっぽい人間だと思っております。
よく「熱しやすく冷めやすい」といいますが
私の場合は「熱することなく、ただ冷めやすい」という、どうしようもない性格です ^^;
つまり
飽きっぽいという以上に、何事にも冷めた人間だということになるでしょうか。

正直に申しますと
私は(葬儀屋さんになろう!)と思って葬儀屋さんになったわけではありません。
はっきり言って “ 成り行き ” です。
ガッコのセンセを辞めて
呑気に絵を描いて過ごしながら、結婚式披露宴の司会のバイトなんかして過ごしていたら、とある葬儀屋さんから誘われただけです。
それも「パートで」という約束だったのに、初日に行ってみたら正社員にさせられていたという・・・^^;
その後、約四半世紀にわたって葬祭業界に身を置いているわけですが
正直(これが自分の天職だ!)などと思ったことは、一度たりとてございません。
今のお仕事が自分に合っていると思えることがあるとすれば
お葬式の依頼が無い限り、いつだって半ば「お休み」状態だということ。

・・・ある意味において
50歳を過ぎた今も、私はただフラフラ生きているだけなんです・・・


私は、今の自分のお仕事に飽きているのか。

はっきり申し上げまして
ウンザリすることは日常茶飯事です。
肉体的にも(状況によっては)精神的にも、キツいことがたくさんあります。
(もうイヤだ!)と、逃げ出したくなることもあります。
つまり
おそらく「飽きる」以上のことを何度も考えたということです。

では何故、辞めないのか。
教育関係からのお誘いも
医療関係や福祉関係からのお誘いも断って
何故、葬儀屋さんを続けているのか。

・・・多分、キライじゃないんだと思います。
自分の生業を、尊いお仕事だという矜持もあるんだと思います。
神様が私を
「葬儀屋さんとして世の中に仕えなさい」と言っているのだと、勝手に思っているところもあるんだと思います。


恥ずかしながら私
シスター渡辺の著書『置かれた場所で咲きなさい』を読んだことはありません (^^ゞ
ただ、この著書のタイトルには個人的に大きな意味を感じます。
積極的に選んだ道ではありませんが
葬儀屋さんという立ち位置に身を置いて、そこで出来ることを精一杯実践することが『置かれた場所で咲く』ということなのかな、と。

・・・ま
決して「咲いて」はいないんですけど ^^;







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by dscorp-japan | 2017-07-17 15:26 | 思うに・・・ | Comments(4)

被災者方々の暑さ対策を思う

 
ここ名古屋エリアは、一気に夏全開の気候です。
この猛暑の中
連日のようにお葬式がありまして(毎度のごとく)ブログもサボりがちの日々です m(_ _)m

常々申しておりますように、私は寒さ以上に暑さに弱い人間です。
頭のてっぺんから落ちてくる汗は、さながらドリフのコントのよう ^^;

・・・いや、大袈裟じゃなくてホントに凄いんです、恥ずかしいくらいに・・・


とはいえ
先の九州地方を襲った大豪雨に見舞われ、避難されていらっしゃる方々のことを思うと
私などが軽々に「暑い!」などと愚痴を言うことさえ憚られます。
学校の体育館などに避難されていらっしゃる方々は
空調設備もない施設で、さぞやお辛いことと拝察いたします。
元ガッコのセンセだった私ですから
エアコンのない体育館が如何に暑いか、よく存じ上げております。

ニュースによれば
避難先で熱中症になられた方もいらっしゃるとか・・・

こういうとき
一体私たちに何ができるのでしょうか。
避難されていらっしゃる方々が涼をとるために、何ができるんでしょうか・・・
義援金をお送りすればエアコンが付くという話でもないでしょうし。

・・・私自身が避難者の皆様の立場になったとき、何を望むだろう。
もちろん
実際に避難者になってみないことには分からないことも多いんだろうけれど
でも、私と同じように暑さに弱い方も、間違いなくいらっしゃるはず。
せめて扇風機とか、団扇とか
そんなものでも、あるだけで違うような気もします。

何か妙案があったらご指導ください。
私なりに出来る限りのことをさせていただきたいと思います。





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by dscorp-japan | 2017-07-11 13:35 | 思うに・・・ | Comments(5)

捨てられなかった

 
葬儀屋さんをさせていただいておりますと
おそらくは他の職種の方々以上に、早くから自分の「死」とその後について考えを巡らせるものだと思います。
私もまたそのうちの一人でして
自分の記憶する限り、今から20以上前の30歳あたりから、ぼんやりとながらも自分の死について考えるようになったと記憶します。
(オレの寿命はどのくらいなんだろ?)
(まァその時はその時だな)

そして、私は独り身です。
(いまオレが死んだら、誰が後始末をしてくれるんだ?)
・・・つまり
私の心配事はこれに尽きるのです。


まァ、いざというときはおそらく
同じ県内に生活する妹の世話になるしかないのだと思います。
(弟もおりますが、彼は北海道なのでちょっと難しい)

妹は結婚しておりますが、DINKsです。
「だから甘えても良いのだ」などと開き直るつもりはありませんが
現実的には、そうせざるを得ないというのが実情かと (^^ゞ

私の場合、お葬式はいいんです。
ウチの会社の人間に、まァ適当にやってもらえば良い。
そのためのお金もすでにキープしてあって
「オレが死んだらこの金で、ちゃんと会社の売上としなさい」と伝えてあります。

問題は、それ以外のこと。
何かといろいろあるわけですが
いちばんの問題は、私の住まい(賃貸マンション)にある私の持ち物。
もちろんその時がきたら好き勝手にしてもらえば良いんですが
妹にしてみれば、どう処理して良いか分からないものがあると困るわけですよね。

家具?
全部処分で良いです。
欲しけりゃあげるけど、要らんでしょ。

オーディオ類?
欲しけりゃ妹夫婦にあげるし、要らなきゃ捨てて良い。

ギター?
さすがに妹は楽器をやらないからなぁ。
捨ててもらっても良いんだけど、結構良いギターもあるしなぁ。
誰かギター弾くヤツに譲ってもらうか。

私の絵と画材?
ンなもん、ポイですよポイ。


・・・問題はですね
手紙とか写真類なんですよ。
もちろん私は全部捨ててもらって良いんですけれど
妹にしてみれば、軽々に可燃物のごみ袋に入れるのを躊躇するかもしれません・・・


手紙とか写真って、なかなか捨てられないものですよね~
特に私の場合
ガッコのセンセ時代の手紙や写真が結構あったりするんですね。
生徒からもらった手紙とか
卒アルとか文集とか
顧問をしてた部活の写真とか。

私が捨てられないものを、妹が簡単に捨ててくれるだろうか・・・


ということで
実は昨日、久しぶりに現場のお仕事が一段落したので『断捨離』をやってみようと思い立ったんです。
手紙と写真の。

・・・出来なかった orz

捨てられなかった。
何か、申し訳なくて。
手紙にしろ写真にしろ
基本的にはどなたかから頂いたものばかりなんですよね。
(私は写真が大嫌いなので、自分で撮った写真など皆無ですから)


・・・そういえば
PCのなかに保存されているデータとか
携帯電話のなかにある各種情報とかも
持ち主が死んだ後って、その処理に困るんでしたよね~

・・・う~ん (><)







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by dscorp-japan | 2017-05-29 00:00 | 思うに・・・ | Comments(10)

書留や小包はすべて「郵便局に取りに行く」で良い(私の場合は)

 
先日、こんな記事を書きましたが
今回はこれと同じような意味合いのお話です。


日本郵便を介しての郵送物って、もちろんありますよね。
プライベートなハガキやお手紙もあれば
いわゆるダイレクトメールの類もあります。
これらは問題ないんです。
普通に郵便受けに投函していただければいいのですから。

問題は、簡易書留とか小包の類のものです。

先日の記事と同じ理由なんですが
私、お仕事の関係上、家にいる時間がムチャクチャ不規則なんですね。
ただでさえ独り暮らしなんで
せっかくお届けいただいても、不在のときが少なくない。
(仕事の都合で日中に寝てたりするので、居留守を使うことも・・・)

・・・これって、何気に申し訳ないじゃないですか・・・

郵便局員さんは何も悪くないんです。
(松本人志さんのCM曰く『バカまじめ』ってくらいですから)
せっかく
時間と労働力とガソリンを使ってお届けいただいたのに、受取人の私が不在なんです。
申し訳ないし、勿体ない。

だから思うんですよ。
私のような人間は、予め郵便局に申請しておいて
「〇〇町の〇〇は、普通郵便以外は郵便局まで取りに来るから届けなくてよし!」
みたいなシステムにしたらどうかと思うんですよ。

「配達物があることを知らせる為には不在者伝票が必要だろう。
一旦は配送員が自宅まで行く必要があるじゃないか」

・・・いやいや
だからそこは、自宅の電話なりメルアドなりを管轄郵便局に登録しておいて
留守電なりメールなりでお知らせしていただく感じで良いじゃないですか。
仮に電話代がかかるとしても
実際にお届けいただくコストからすれば、ずっと安価で済むじゃないですか。

実際
私が不在者伝票を持って管轄の郵便局に行きますとね
結構な人数の方が受け取りにいらっしゃってるんですよ。
真夜中なのに、列ができてることもしばしばです。
私と同じような人間って、潜在的に少なくないと思うんですよね・・・

配送物を一定期間保管する場所の問題があるかもしれませんけれど
今だって結構同じような状況になってるような気がするんですけどね~

個人的に妙案だと思ってるんですが、いかがでしょう?






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by dscorp-japan | 2017-04-20 00:00 | 思うに・・・ | Comments(4)

死者とそのご家族に対する、病院のホスピタリティ

 
一昨日
とある神父様と「医療施設における亡くなられた患者さんやご家族に対するホスピタリティ」についての意見交換をしてまいりました。
打ち合わせ相手のM神父様は
小教区としての教会の主任司祭である一方で、あるミッション系の総合病院(名古屋では誰でも知っている病院です)の理事長職にも就かれていらっしゃる方です。
有難いことに
普段からM神父様には、私を含めたウチのスタッフ全員可愛がっていただいております。

本当のところ
今回の打ち合わせの打診は二か月も前にいただいていたんです。
ところがウチの本業があまりにも多忙で、落ち着いてお話させていただく時間が取れないままにお待たせてしていたのでした。


お話の発端は
M神父様の、小さなひとつの疑問でした。

「病院の霊安室ってさ
大体が病院の裏側にあって、お迎えの寝台車が来る場所も何だか薄暗い感じのところが多いでしょ?
僕はどうしても違和感を感じるんだよね」

・・・おそらくそれ
全国の葬儀屋さん誰もが思っていることです ^^;
もちろん一概には申せませんが
特に寝台車を着ける場所について申しますと、病院に出入りする各種業者さんの搬入場所だったりするところが少なくありません。
なかには、病院で出た廃棄物の回収場所と同じだったりするところもあります。
病院によっては
新しく建て替えや増築する際にこの点を改善されるところもあるのですが
なかには、せっかく建て替えたのに全く改善されていないところも・・・

「僕はね
医療機関の責任として、亡くなられた方を送り出すその瞬間まで、施設としてのホスピタリティを充実させたいんだよね」

・・・まったく以て仰る通り!

「そりゃ『100%完璧に』とまではいかなくともさァ
たとえば
お亡くなりになられた方のご遺体を搬送するまでの時間を出来るだけ急かさないとか
寝台車をお見送りする場所も、ひとりの人間を送り出すに相応しい場として改善するとか
そういうことって大切だと思うんだよね」

もォ~120%同意!

・・・もちろん、病院側の様々な事情も分かるんです。
「亡くなられた方には出来るだけ早く出発して欲しい」とか
「寝台車は他の外来患者の目につかない場所に」とか
そりゃもちろんそうなんでしょうけれど・・・

「大体さ
『ホスピタル』という施設がホスピタリティを軽視しちゃいけないでしょ。
そしてそのホスピタリティは、亡くなられた方にもそのご家族にも提供されるべきでしょ」

・・・葬儀屋さんは、常々思っているんです。
私たちはいろんな病院に亡くなられた方をお迎えにあがります。
そこでそれぞれの病院の対応を間近で見ます。
そして
(オレはここの病院にはお世話になりたくねェな)
(オレだったら〇〇病院で死にたいな)
とか、思ってるものなんですよ。

「まずは霊安室の充実。
ある程度の期間、ご遺体を安置できる環境を作りたいんだよ。
そして寝台車のお迎え場所も
それなりにキチッとした環境を整備したいんだ」

・・・ここでお断りしておきますが
M神父様が理事長をされている病院は、今でも結構ちゃんとしてるんです。
ご家族からの評判も、概ね悪くありません。
でも、改善の余地がないわけでもない。


そんなわけで
私たちが葬儀屋さんとして見てきた、様々な他の医療施設の実態などをお伝えしたうえで
今後のより良いホスピタリティの具体的な提案をしてきたというわけでした。

「なんかさァ
あまりにも病院側がいろいろと手を出して、葬儀屋さんサイドの職域を侵してしまうみたいなことって無い?」

全然ございません!
神父様の修道会の掲げる言葉『HOMINIS DIGNITATI(ラテン語で「人間の尊厳」)』は
亡くなられた方にもまた当てはまる言葉だと思います。
どんどん改善していってください!







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by dscorp-japan | 2017-04-03 00:00 | 思うに・・・ | Comments(2)

配送先をコンビニ指定にしてみては?

 
少し前から報道されてるじゃないですか
「宅配物が多すぎて宅配業者さんたちが悲鳴をあげてる」みたいなニュースが。

・・・いまや
宅配業者さんを利用したことが無い方は、まずいらっしゃらないんじゃないでしょうか。

もちろん
ウチの会社も私自身も利用します、それも結構頻繁に。
葬儀で使用する消耗品関係なんかも届けてもらったりしますし
個人的なネットショッピングとかも届けてもらったりします。
ところがウチの職業柄と申しますか
せっかく届けていただいても、お葬式のお仕事が立て込んでいてスタッフ全員が現場に出払っていることが少なくないんです。
すると『不在配達票』みたいなのが投函されていて、再度届けてもらうようにお願いせざるを得ないわけです。
そのため、指定される電話番号に連絡を入れるじゃないですか。

・・・すると電話口の現場配達の方
本当に忙しそうに電話に出られるんですよね・・・

申し訳ないなァと思います。
「それが仕事だから」といえばそれまでなんですけれど
結局は二度手間、三度手間を強いることになるわけですから。


だから私個人のネットショッピングの配送先は
可能な限り、近隣のコンビニを指定するようにしています。
配送先をコンビニにすれば
私が自宅に不在のために再配達してもらうことを避けられますし
私自身も、時間のとれる自由な時間にコンビニに受け取りに行けばいいわけですから。
(私の自宅にゃ『宅配ボックス』なんてシャレたものはござんせん!)

いや
はたして、配送先をコンビニにするのが良い方法なのかどうか分かりません。
それはそれで、私たちの及び知らないご苦労とか面倒とかあるのかもしれません。
指定したコンビニさんにしてみれば「いい迷惑」なのかもしれません。
ただ少なくとも
現場の配達員の方が再配達のために時間を取られることは避けられるのかな、と。

でも
ネットショッピングで買うものでも、モノによってはコンビニ指定が出来ない商品があるみたいなんですよね。
たとえば
昨年末に入手したCDプレーヤーも実はネットで買ったんですが、これはコンビニ指定ができませんでした。
仕方ないんだろうなァとは思うんですけれどね。


いずれにしても
今の時代「宅配」って、私たちの生活に欠かせないものだと思うんですね。
ならば私たち消費者側も
何となく、ですけれど、少しでも現場の方の負担を軽くできるように考えてみてもいいんじゃないのかなァなんて思うわけです。

だって
「宅配」が無くなってしまったら困るんだもん。
特に私の場合
好きな音楽CDとかって、普通のCDショップに無かったりするのが少なくないんで ^^;






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by dscorp-japan | 2017-03-04 00:00 | 思うに・・・ | Comments(4)

『 沈黙 』鑑賞後に思うこと

 
前回の記事と内容が重なりますが・・・m(_ _)m


映画『 沈黙 』を鑑賞して以降
私は毎日のようにネット上にある、本作に関連する記事を読み漁っております。
私にとって本作は
それほどまでに衝撃的な映画だったということです。
そんななか
昨日「毎日新聞」に、イエズス会機関誌『チビルタ・カトリカ』の編集長が行ったマーティン・スコセッシ監督へのインタビューが掲載されたという記事を見つけました。

(ネット上の記事はコチラをご覧ください)


思いのままに記事を書き始めたものの
私自身の思いのすべてをここで書こうとすると、どうしても映画のあらすじや結末を明かしてしまうことになります。
本作をこれから鑑賞しようとお考えの方もいらっしゃることを考えると
それはさすがに憚られるところであります。

では、私は何を書きましょう・・・(><)


・・・私はつくづく思うのです。
私にとってキリスト教とは
私自身の不完全さや罪と向き合うための指針なのだな、と。
私の辿ってきた人生なんて人様に自慢できるようなものではありませんが
それなりに悩みもしましたし難局に対峙するようなこともありました。
そのたびに私は
(こういうときイエス様だったらどうするんだろう)と、その答えをキリスト教に求めたりもしたものです。

そんな考え方を本作にあてはめてみると
(イエス様がキチジローの立場だったら)
(イエス様がロドリゴ神父の立場だったら)
そして
(イエス様がフェレイラ神父や井上筑後守の立場だったらどうするのだろう)
などと思いを巡らせるのです。

そして逆に、こうも思うのです。

(イエス様は一体この物語の、誰を責めるのだろう)


原作発行当時の日本のカトリック教会は
信徒たちに対して、極力本作を読まないように勧めたとききます。
それは(映画でいうところの)『転ぶ』まではいかなくとも『躓き』の元になり得るのではないかという懸念があったからのように思います。
「カトリック信徒たるもの、かくあるべし」
といった不文律のような考え方があったのかもしれません。

しかし私は
本作に出てくる登場人物ひとりひとりが、不完全で罪深い私たちの「救い」として描かれているように思えてならないのです。
『躓く』ことが問題なのではなく
(いや、もちろん躓かないことが理想ではあるのですが)
躓いてしまった「後」こそが、私たちにとって大切なのではないか。

その意味において
本作に登場する「キチジロー」の生き様とその(恥知らずな)信仰心に、私たちが学ぶところがあるように思えるのです。・・・

            ♢

どこかの記事にも書かれていましたが
これからこの映画を鑑賞しようとお考えの方は是非、映画鑑賞後に予定を入れられないことをお勧めします。
もちろん映画を観た後の感想は人それぞれでしょう。
しかしおそらく
少なからずの方は本作の鑑賞後、しばし呆然とされるような気がいたします。
「余韻に浸る」というよりも
どうしようもなく胸が締め付けられる思いにとらわれるのではないでしょうか。

そのときは是非
その思いを振り払うのではなく、感じたことに素直にどっぷりと浸かってみるのもいいのではないでしょうか。






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by dscorp-japan | 2017-01-28 00:09 | 思うに・・・ | Comments(6)

言い訳でしかありませんが m(_ _)m

 
天気予報によれば
この週末は名古屋・中部エリアでも雪が積もる恐れがあるとのこと。
(すでに大雪が積もっているエリアもあるようですね)

葬儀屋さんのお仕事って、降雪を言い訳には出来ないものではありますが
それでも道路交通がマヒしたりすると、どうしてもいつもより余分に時間を頂かないとならない状況が発生しがちではあります。
私たちの車がスタッドレスタイヤに替えていても
さらに念のため、タイヤチェーンを持参していても
名古屋って、結構そういう対策をしていない車両が少なくなかったりします。
するとお分かりの通り
全体の交通の流れはどうしても遅くなるし
なかには路上で立ち往生してしまう車両がいて渋滞が発生したりします。

これまでにもこのような状況は何度もあったわけですが
有難いことに、こういった状況時にご葬儀のご依頼をいただいた方には充分ご理解を頂いておりました。


一方で
このような天候時にお通夜やお葬式を迎えざるを得ない方もあります。
ただでさえ大きなお悲しみのなかにある関係者方々には
少なからずのご負担やご心配の種となることでしょう。

何の慰めにもなりませんが
どうぞご無理の無きよう m(_ _)m






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by dscorp-japan | 2017-01-13 15:54 | 思うに・・・ | Comments(2)

もう明日がクリスマス、かぁ

 
・・・でも今日の名古屋地方、とんでもない豪雨でしたよ (><)
大雨のなか
ウチのスタッフ、前夜式のあった教会の駐車場整理でビショビショ・・・

            ♢

・・・さて。
そもそもクリスマスとは
イエスを「救い主」と信じる世界中のキリスト教徒が、イエスの誕生(ご降誕)を祝い、賛美し感謝する日であります。


・・・若い頃の私は
いちキリスト教徒として、この本来的な意味合いに強いこだわりを持っておりました。
(大した信仰心も無いくせに!)
たとえば12月24日の夜
若いカップルがクリスマス気分を味わうべく、教会に来てミサに参加して、ミサの長さに耐えきれずに次々と途中で退席するのを見たり
パーティー用の三角帽子をかぶった、酒に酔ったオジサマたちが浮かれて騒ぎたててるのを見たりすると
(オマエらクリスマスを何だと思っとんじゃ!)
などと、心の中で毒づいたりしていたものでした。

特に私の場合
10代から20代の頃は、所属教会の侍者長をさせていただいておりましたので
毎年12月24日~25日は、侍者としてミサのお手伝いがあって、なァンも楽しいことなんかなかったのです。
私の所属するカトリック布池教会カテドラルですから、ミサの回数が多いんです。
今年もそうなんですけれど・・・
12月24日は
①午後8時から司教ミサ
②午後10時からと夜半の0時からミサ
③翌朝7時からのミサ
④午前9時半からのミサ
⑤午後6時からのミサ

・・・と、仮にすべてのミサを手伝うとすると
二日間で6回のミサがあるわけなんですね。

まァ実際のところ
ひとりの侍者がすべてのミサの手伝いをすることはまずないのですが
それにしても、この二日間は結構ハードだったりするんです。
夜遅いし翌朝は早いので
24日、侍者たちは教会に泊まり込んだりするんです。
皆さんがクリスマスのご馳走をお召し上がりいただいているとき
私たち侍者はおにぎりと豚汁だったのです。

侍者長の任を降りた後はというと
今度は教会の周りに立って、クルマの整理です。
寒い冬空の下
約7時間もの間、ひたすら車両の整理にあたるんです。

・・・ほぼ毎年、風邪ひいてました (><)


長々と愚痴っぽく書きましたが (^^ゞ
そういうこともあって、世間様がクリスマス気分に浮かれる様を見るにつけ、本来の私のイヤな性格が露呈したわけなんですね~


ところが。
私も歳をとったのでしょうか
最近では、クリスマス気分に高揚する方々を見ても(あぁ~、こういうことがあって良いかもなぁ)と思うようになりました。

クリスマスという、ひとつの “ きっかけ ” によって
家庭では普段は口にすることが少ないご馳走を食べたり
子どもたちはクリスマス・プレゼントを楽しみにしたり
大人たちはパーティー気分で日頃の憂さを晴らしたり
恋人たちはお互いの愛情を確かめ合ったり・・・

そういうのって、別に悪いことじゃないよなァって思うようになりました(ようやく!)。


ただひとつ。
個人的に、これだけは忘れて欲しくないなァと思うこと。

そういう時間を過ごせることへの「感謝」だけは忘れないで欲しいと思うのです。

キリスト教とでもない方々に
「イエス様に感謝せよ!」
などとまでは申しません。

今、この時間を過ごせること。
今という時間を「生かされている」ということ。
素敵な時間を共に過ごせる相手がいること。

恋人に対する感謝でも良い。
親や家族に対する感謝でも良い。

・・・そういう「感謝」の日でもあるのでは、と。


明日
世界中の皆様に、愛に満ち溢れた時間が訪れますように。

・・・え?
私ですか?
明日もお通夜の担当です ^^;





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by dscorp-japan | 2016-12-23 00:00 | 思うに・・・ | Comments(5)

コピー機やプリンターで思うこと

 
年の瀬も近づき
ウチの会社も、何やかんやと印刷のお仕事が増えてきております。

超零細企業ではありますが
それでも一応、プリンターは大小合わせて何台かあります。
家庭用のA4プリンターから
事務用のA3対応のプリンターとか
ファクス・コピー・プリンター・スキャナーの複合機とか。


で。
これはウチの機種だけなのかもしれませんけど
プリンターとかの給紙トレイってあるじゃないですか。
あと手差し用のフォルダーとか。

あそこには大抵「印刷面は上」とか「下」とか書いてありますよね。
あれももちろん必要なわけですけれど
いざ印刷する時、どちらが印刷面の「天」でどちらが「地」なのかとか
どちらが「左」とか「右」とか、そういうのって表記されてないじゃないですか。

そりゃ~ね
用紙を縦長でセットするか横長でセットするかとか
手差しと給紙トレイとでは逆になりますとか
条件は様々だとは思うんだけど
「縦長の場合はこちらが『天』で逆が『地』で」とか、何となく表記しておいてくれても良いのになァって思うんですけど。


たとえばハガキを印刷するとするじゃないですか。
表か裏か、どちらが印刷面かは表記されてるんだけど
じゃ~どちらが『天』でどちらが『地』になるのかって、試し刷りしてみないと分かんなかったりしません?
「ありゃ?
印刷面は間違ってないけど、天地が逆になっちゃったよ」
とか、そんなご経験ってございませんこと? (^^ゞ

そこを間違えるたびに、紙を一枚無駄にしちゃうわけじゃないですか。
特にハガキとかって
試し刷り用の紙とか、勿体なかったりするじゃないですか。
だからウチの場合
失敗したハガキとかストックしてあって、それを試し刷りに使ったりしてるんですけど・・・


再三申しますが
私は(アナログオーディオ機器以外)基本的に機械オンチですので、そこにはれっきとした理由があるのかもしれません。

・・・でもね
やっぱ、勿体ないじゃないですか。
インクも、紙も、消費電力も( ←ケチ!)。

何とか良い方法ってないもんでしょうかね~ ^^;






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by dscorp-japan | 2016-12-11 00:00 | 思うに・・・ | Comments(4)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
line
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