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「葬式無用」と仰るけれど

 
俳優の神山繁さんが急逝されたとのニュースをみました。
(ニュース記事はコチラ

記事によれば
ご本人のご意向で、いわゆるお葬式は行わずにお身内だけでお見送りされたとのことです。
献体登録などされていらっしゃらなかったのであれば「火葬のみを行った」
つまり「直葬」をされたということなのでしょう。

            ♢

ここで考えてみたいのですが
そもそも「葬式は不要」と仰る方の「葬式」とは何なのか?ということです。

たとえば
特定の宗教を信じていらっしゃらない方の場合なら、宗教の典礼に則ったお葬式は行わないという選択肢はあります。
その場合は、無宗教葬を行うという手段がありますね。
或いは先にお身内だけで「直葬」或いは「家族葬」などを行い
後日あらためて、宗教色を拝した「お別れ会」を催すという考え方もあります。
これらは、公に典礼としてのお葬式は行わないけれど
生前親交のあった方々との「お別れの場を設ける」という意味合いが強いでしょう。

・・・では
亡くなられた方とのお別れをする時間って「お葬式」ではないのでしょうか?


私個人の定義として申しますと
亡くなられた方とのお別れをする時間すべてが「お葬式」じゃないかと思っております。
火葬までの時間を待つ間
亡くなられた方の亡き骸に寄り添うのも
傍でご飯を食べるのも
一時離れてお風呂に入って故人様を想う時間も
それらの時間すべてが「お葬式」なのだと。

「なら、火葬するまでの時間があればそれで良いんだろ?」

たしかに
日本の法律では「(特別な場合を除き)死後24時間は火葬できない」という法律があります。
それを待つ時間はすべて「お葬式」ということになります。

・・・はい。
最終的にはそういうことだと、私は捉えております。

問題は
その、火葬までの時間をどのように過ごすのかということ。


お亡くなりになられた神山さんは
「亡くなったら、ただのカルシウムだよ」と仰られていたとか。
ご自身のご遺骨をそのように表現されたのでしょう。

でも大切なのは
「ただのカルシウム」になるまでの時間でしょう。

「死体だって、ただの魂の抜け殻だろう」

たしかにそうかもしれないけれど
人は皆、大切な存在を亡くした時
その「ただの魂の抜け殻」の手を握り、寄り添い、声をかけ、別れを惜しむんです。
死者の尊厳を尊び
死者への感謝の気持ちから「ただの魂の抜け殻」の傍らに花を手向けるんです。
そして
ある人はお経を唱え
ある人は祈りの言葉を捧げ
ある人は別れの歌を送るんです。

「ただの魂の抜け殻」を前にして。

これは理屈じゃない。
「心」だと思うんです。
死者を想う「心」が、そうさせるのだと。
それが「お葬式」なのだと。


・・・お葬式を
お葬式の価値を、決して理詰めで考えてはいけないと思う。

            ♢

間違いなく神山さんのご家族は
神山さんのご遺体が荼毘に付されるまでの時を過ごす間、神山さんの亡き骸に寄り添い、感謝の言葉をかけたに違いないのです。

私の価値観で申しますなら
それもまた「お葬式」だったのです。






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by dscorp-japan | 2017-01-17 00:53 | 葬儀 | Comments(4)
Commented by 牧政 at 2017-01-18 01:47 x
>私の価値観で申しますなら
それもまた「お葬式」だったのです。

時間のケジメ。お役所からの


Commented by pga2152 at 2017-01-18 01:54
pga2152です。やはり、葬式は必要です。神山氏の意見には賛成出来ません。葬式は、キチッとやるのが公人だと思います。
Commented by dscorp-japan at 2017-01-20 20:41
☀牧政さん。
仰る通り「時間のケジメ」なのですが
その、限られた時間を如何に過ごすかということです。
それがお葬式の本質なのだと思います。
Commented by dscorp-japan at 2017-01-20 20:43
☀pga2152さん。
私は神山繁さんのことを批判したいわけではありません。
ただ「葬式無用」と仰ったとしても
実のところ、本質的な「お葬式」は行われていたに違いない、と申し上げたかったということです。
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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