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「当事者発信」であること

 
昨日の記事に続いてのお話です)


お葬式における「笑い」に関するお話について、肝心なことをひとつ。

個人的に、お葬式の場面での「笑い」は有りだと思っているのですが
基本的な前提としてその笑いは「当事者発信」であるべし、というのがあります。
お葬式の「当事者」であるご家族から投げかけられた笑いなら、そこには素直に反応していいのだと思うのです。
しかし
その「笑い」を当事者以外の人間(たとえば一般の参列者)が発信するとなると、それはともすると死者を冒涜することにもなりかねませんし
「当事者」であるご家族を傷つける行為にもなりかねないということです。
もちろん、その笑いの質にもよるのでしょうけれど・・・

・・・こんなこと、言わなくても分かりますよね?


でも、ごくたまにいらっしゃるんです。
そこを履き違えていらっしゃる方が・・・(><)

            ♢

「履き違えている」といえば
この(おそらく)学生諸君もまたそうでしょう → ニュース記事

私の個人的な尺度であります「当事者発信」か否かで申しますと
(確証はありませんが)おそらく間違いなく、ご本人の許可は取れていないはず。
つまり「当事者不在」の行為、ということになります。
であるなら
私の尺度で申しますなら、これは大変卑劣な行為であるとしか思えません。
件のお葬式内で読まれた弔辞も読みましたし、その映像も観ました。
(個人的に悪趣味だと思われたので文面や映像のリンクは貼りません)
おそらくご本人の承諾なしに行われたであろう、この生前葬は
部外者のひとりとして見ていても、不快感しか感じられません。

私が葬儀屋さんだから、そう思うだけなのかもしれませんが・・・

            ♢

お葬式とは
亡くなられた方の、人間としての尊厳を尊ぶものだと固く信じております。
そこで行われるあらゆる行為のひとつひとつが
亡くなられた方の尊厳を尊ぶものであれば「笑い」もまた有りだと思っております。
しかしそれは
基本的に当事者から発信されることで成立するものだと思うのです。

百歩譲って
当事者以外の人間がそこで笑いを発信するのであれば
必ずそこに「心」が感じられるべきものでなければならないと思います。







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by dscorp-japan | 2016-11-16 00:00 | 葬儀 | Comments(2)
Commented by pga2152 at 2016-11-16 01:17
pga2152です。笑ってはイケナイと思いながら、少し笑ってしまいました。流石、爆笑問題の太田光だなと思いました。田中裕二もかなり困った顔をしていました。
Commented by dscorp-japan at 2016-11-17 23:03
☀pga2152さん。
そこはきっと、笑っていいんだと思いますよ(^^♪
line

これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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