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『 おみおくりの作法 』 追記

 
昨日の記事に引き続き、思うところを述べさせていただきます。


先日の記事『 生者は死者のために煩わさるべからず 』で申し上げました。
「死者が生者をまったく煩わせないことは無理だと思いますよ」と。
死にゆく人間が(迷惑をかけたくない)と考えるのは当然のことなのでしょうが
実のところ(それが迷惑かどうかはさておき)何らかの形で、生きている誰かのお世話にならざるを得ないというのが実情であります。

そしてこの実情が
映画『 おみおくりの作法 』のなかで詳らかに描かれています。
死後のお世話をしてくれる人がいない死者のため
行政が遺族に代わって、これ(火葬・埋葬等)を遂行するわけです。
その担当者が、映画の主人公であるジョン・メイであるということです。

・・・私たちは
死して尚、誰かのお世話にならざるを得ないというのが実際のところだということです。
これはもう、何人も避けて通ることができないことだということ。


問題は
この「死者のお世話をする誰か」が、能動的に携わってくれるかということですよね。

少なくとも本作では
お役人であるジョン・メイが、まるで死者のひとりひとりを慈しむかのように、自身に出来ることは積極的に遂行します。
家族がいなかったり、家族がいても見捨てられてしまった死者たちを
ジョン・メイは “ お役所仕事 ” 的な対応にとどまることなく
(それこそ私たちなら「煩わしい」と感じてしまうようなことも!)
面倒くさがらずに携わろうとします。

亡くなったご本人にしてみれば
これはまさに「生者を煩わせる」ことに他ならないと感じることでしょう。
(役所がやってくれるのだから当然だ)
などという考えでは済まされないほどに、ジョン・メイのお世話になるのです。
しかしおそらくジョン・メイは
「死者に煩わされている」などという意識は無いのだと思います・・・

            ♢

本作を観て
以前私が担当した、ある生活保護受給者のお葬式に携わっていただいた、ある福祉課の方のことを思い出しました。

お亡くなりになられた方は、在日外国籍の女性。
異国の地である日本で
小さなコーポで、たったひとりで慎ましく暮らしていた方でした。
訃報の第一報は、あるカトリック女子修道会のシスターからでした。
「生活保護を受けていた〇〇さんという方が亡くなられて
いま、名古屋市〇〇区役所の担当の方が付き添ってくださっています」

指定された現場に伺うと
その担当者さん(女性)は、目を真っ赤にしてご遺体のそばにいらっしゃいました。
私は最初、ご遺族がいらっしゃったのかと思ったくらいです。

「お待ちしてました。
私にできることなら何でも仰ってください。
何でもやりますから」

事実その方は
死体検案書の受け取りと警察署への提出
死亡届と生活保護証明書の発行手続き
さらには祖国にいらっしゃるご遺族への連絡
すべてやっていただけました。
役所には私も同行させていただいたのですが
その際、役所の他の係員の対応が芳しくないとみるや、まるで遺族であるかのように窓口でやり合って下さったくらいです。
さらにその担当者さんは
故人様のご納棺にもお立ち合いいただき、自ら手を差しのべて下さいました。
(通夜は省略でしたので)簡単な葬儀へもご参列いただけました。
出棺の際は霊柩車に向かって手を合わせ、深々と頭を垂れていらっしゃったのでした。

(何という心根の優しい方なんだろう)
あのとき私は、大いに心を動かされたと同時に
自分の仕事の持つ重みを、あらためて深く認識したものでした。

今思い返してみると
彼女もまた、ジョン・メイだったように思えてならないのであります・・・







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by dscorp-japan | 2015-09-11 00:00 | 葬儀 | Comments(7)
Commented at 2015-09-13 09:03 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by dscorp-japan at 2015-09-15 22:45
☀******さん。
ご依頼の件についてですが
少なくとも、この場でそれをお伝えすることは出来かねます。
不特定多数の方に個人的な情報をここに提示することは出来ません。
どうかご理解いただきますようお願い申し上げます <(_ _)>
Commented at 2015-09-16 10:37 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 友人M at 2015-09-21 15:45 x
 映画の感想をありがとう。なるほど,君らしい感想です。実際に現場に携わり,クリスチャンでもある君の感想が聞けてよかったです。
 自分はこの映画を観た後,感動すると同時になぜかとても陰鬱な気分でした。もちろん素晴らしい映画であることには間違いありません。でもジョンメイは救われたと思いたいが,生前ようやく春を見つけかけた矢先のあの結末はあまりに悲しすぎるように思えてしまったのです。あんなにいい人なのになぜ彼はひとりぼっちだったのか? もし自分の子どもがあのような孤独な死に方をしたらなんと辛いことか…,凡人の自分はそんなことを考えてしまうのです。
 今夏,父と母の遺骨を京都のお寺に納骨してきました。その時の気持ちは,まさに「無」でした。あまりに悲しい出来事なので,知らないうちに自分の中で「無」にしてしてしまっているように思います。般若心境の「一切は空なり」といった心境とでもいうのでしょうか…。
 今でも父と母は代わる代わる夢に出てきます。この年齢になると早く会いたいなあなんて思う瞬間があります。生と死の区別が夢を通してつかなくなっているようにも思います(苦笑)
 全く支離滅裂なコメントで申し訳ありません。でも,観てくれてありがとう。君のいい加減を装いつつも真摯な生き方,共感致します。これからも見習いたいと思っています。
Commented by dscorp-japan at 2015-09-25 16:53
☀友人Mさん。
お返事が遅くなり、申し訳ありません m(_ _)m

私は時折思います。
「良い人なのに孤独な(或いは孤独に見える)人」っていらっしゃいますよね。
そういう人って “ 超自然的な存在である誰か ” から守られているんだろうなァって思います。
それが守護霊なのか天使なのか神様なのか、私には分かりません。
でもきっと
そういう人って、周りが思うほど孤独じゃないのかもしれない。
この映画のジョン・メイもまた、そうあって欲しいと願わずにはいられません。

>いい加減を装いつつも真摯な生き方
私はそんなカッコいい生き方など出来ておりませんデス。
「いい加減を装いつつ真摯に生きる」というカモフラージュをして、その実態はやはり「いい加減」なのです。
Commented by 友人M at 2015-09-30 18:12 x
はははは,また君らしいお返事!
ジョンメイの生涯が彼にとってよいものであったこと,そして君の健康がこれからも維持されてお仕事も真っすぐに全うされること,心より祈っていおります…
Commented by dscorp-japan at 2015-10-01 23:16
☀友人Mさん。
お返事が遅くなりました m(_ _)m

ジョン・メイの人生は
彼自身にとって、間違いなく良いものだったのだと思います。
彼は最期のとき、微笑んで横たわっていたのですから。
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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