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『 生者は死者のために煩わさるべからず 』

 
表題の言葉は

日本の著名な洋画家・梅原龍三郎氏によるものと記憶します。



・・・この言葉を聞けば
おそらく多くの方が(なるほどその通りだ)と頷かれるのではないでしょうか。

たしかに
私が “ 先立つ人間 ” の立場になっても、おそらく同じように考えることでしょう。
特に私の場合は独り身ですので
私が死ぬときに私の兄弟や友人・知人に過分な迷惑をかけることは出来るだけ避けたいと、たしかに思います。


・・・しかし。
葬儀屋さんをさせていただいておりますと、つくづく思います。
現実的に
まったく“ 煩わせない ”というのは無理、だと思うんですよね。
梅原氏が仰った(とされる)ところの
「煩わせる」という言葉がどの程度までのことを指しているのかは分かりません。
でも少なくとも
人が亡くなったとき、その亡骸は間違いなくこの世に残ります。
亡くなられた方のご遺体を死者ご自身で処理できればいいのですが
残念ながらそんなことは出来ないのであります。

そしてもうひとつ。
死者を見送る立場となる方々の思いです。
生前関わりのあった方々の、死者に対する思い。
仮に『煩わさるべからず』という表現が
“ 私の死などで心を煩わせるな ” という意味だとしたら、それもまた無理なことなのかもしれません。

大切な人を亡くせば、人は嘆き悲しみます。
大いに心をかき乱され、悲嘆の淵に突き落とされもします。
死者が何を言い残そうと、私たちはそうなってしまうのです。

悲嘆に暮れながらも
私たちは死者を弔う行為を通して、大切な人の死を受け入れようとします。
そのプロセスこそがグリーフワークであり、お葬式であります。
もちろん、その弔い方は自由です。
しかしどのような弔い方であれ
遺された人間は、亡くなった人の為に心と時間を割くのです。


再度申しますが
『煩わさるべからず』という言葉の指す程度は分かりません。
しかし
私の考えで申しますなら
人は誰でも、死ねば大なり小なり “ 煩わせてしまう ” のです。
そして
私たちはそれを殊更に(申し訳ない)と考える必要はないのだと思います。

弔いとは人間の営みであり、愛の行為なのだと思うからであります。






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by dscorp-japan | 2015-09-08 16:27 | 葬儀 | Comments(2)
Commented by 友人M at 2015-09-09 17:29 x
なるほど。ならば,尚更「おみおくりの作法」観てほしいです。もうレンタルでもあるかな? 感想が聞きたいです。
Commented by dscorp-japan at 2015-09-10 00:02
☀友人Mさん。
思惑通りの展開デス(^O^)/
この記事はまさに『おみおくりの作法』のための前フリだったのでした(笑)
line

これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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