D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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携わるということ

 
まァこの話も
すでにここで申し上げていることなんですけどね。
しかし私の考えとしてとても重要なことだと捉えておりますので・・・ m(_ _)m


それなりの期間葬儀屋さんをさせていただいておりますと
友人や知人から、自分の家族の葬儀に関わる相談を受けます。
質問の内容は千差万別ですが
どんな質問を受けた場合でも必ず伝えるようにしていることが、ひとつだけあります。

それは
「葬儀屋さん任せにするな」ということ。
仮に大切な方のお葬式をウチに(≒私に)依頼された場合でも、です。

「葬儀屋さん任せにするな」というのは
「葬儀屋さんの言いなりになるな」という意味だけではありません。
もちろんそれも大切なことなのでしょうが
私が申しあげているのは
「“ 自分でできることを ” 葬儀屋さん任せにするな」ということです。

たとえば。
病院や施設から亡くなられた方をお連れする際。
担架などを使ってご自宅の一室などへお連れするときは、ご自分も担架に手をかける。

たとえば。
当該役所へ死亡届を提出する。
役所への届けを代行してくれる葬儀屋さんも多いです。
でも、自分でやる。

たとえば。
亡くなられた方の衣服を着替えさせる際。
湯灌などを依頼された場合、お着替えの殆どは係員が整えて下さるでしょう。
それでも言ってみる。
「私にやらせてください」

それぞれの葬儀屋さんにもお考えや方針があることでしょう。
「ここは私どもでいたしますので」と言われるかもしれません。
それでも、手を挙げてみていただきたいのです。
「私たちで出来ることは私たちにやらせてもらえませんか」と。


「弔う」「悼む」という行為の意味するところ。
それは、式典としてのお葬式のみを指しているとは考えません。
お葬式が終わればすべて終了、というものでもありません。
大切な方を「弔う」「悼む」ことの本質は
一連の葬送儀礼のプロセスにこそあるのだと思っております。
そしてそのプロセスひとつひとつに
家族として積極的に携わることで「弔うこと」「悼むこと」を実感する。
頭と身体と時間を割いて
亡くなられた方の為に考える。動く。
そこにこそ「弔う」「悼む」ことの本質があるのだと。

誰がやっても同じ、じゃない。
「あなたが」やることに意味があるのだということです。






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by dscorp-japan | 2015-07-23 15:56 | 葬儀 | Comments(2)
Commented by maria at 2015-07-24 18:07 x
祖母が亡くなった時、病院で清拭を経験させていただきました。祖母の身体がまだ温かく、今でもその感触を覚えています。
今までの葬儀では看護師さんや葬儀屋さんが全てしてくださっていたので、亡くなって次に対面した時は出棺前でした。そういうものだと思っていました。

最期に何かしてあげることができて(させてもらえて)良かったと思っています。

Commented by dscorp-japan at 2015-07-24 22:52
☀mariaさん。
>今でもその感触を覚えています
そういう、ひとつひとつの体験やエピソードが
お葬式を終えた後にも私たちの心に刻まれることに「弔うこと」「悼むこと」の意味が隠されているように思うんですね。
line

これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
line
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