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教会維持費の話

 
私が大学生だった頃
所属するカトリック布池教会の、当時の主任司祭(今の野村司教様デス)から言われたことがありました。

「オカダ君はいいよ、負担しなくても。
その代わりオカダ君には身体で奉仕してもらうから(笑)」

・・・負担とはつまり『教会維持費』です。
私の知る限りにおいて
多くのキリスト教会における教会維持費(簡単に言えば『献金』)は、強制的なものではありません。あくまでも信徒それぞれの自由意思に委ねられるものだと思います。
その額も、各教会によって一応の目安のようなものはあるのでしょうが、これも強制されるものではなくて、それぞれの生活の負担にならない程度で良いとされていると思います。

で、当時の私はというと
やはり学生でしたし親とも別居しておりましたので、毎月教会に献金するほどのゆとりはありませんでした。
だから神父様の言葉に甘えて
ミサ献金の際に100円玉を投げ入れる程度で、それ以外の献金はしておりませんでした (^^ゞ

「でもホントは少しでも負担してくれた方が良いんだけどネ。
金額は少なくても良い。
それこそ、毎月10円でもいい。
負担してくれること自体に意味があるんだよ」


で、時は経ち・・・
私も(一応)社会人の一員として
仕事をさせていただき、その報酬を得られる立場になって思うようになりました。

(あのとき神父様が言ってたことはこういうことだったんだ・・・)

つまり
自分が得た収入の一部を教会に献金することで
教会を、本当の意味で自分の「家」のような存在として認識するようになるということだったんですね。

神父様の仰る通り、金額の多寡ではない。
「自分のお金」で負担することで
たとえば、宗教施設としての教会に対する思い入れが変わるんですね。

(この柱の、ほんの一部分は自分が負担してる)
(このエアコンの電気代の一部はオレが出してるぞ)

・・・このように考える私は低俗な人間なのかもしれませんが ^^;
実際のところ
そう考えることで、教会に対する思い入れが強くなったのは事実なんです。
「ここは “ オレの ” 教会だ!」
というと言い過ぎかもしれませんが
(ここはオレの家でもあるぞ、ちょっとくらいは)
という意識は持っても良いのかなぁと・・・


よく例えられることですが
この関連性は「国民として納める税金と政治に対する関心度」と同じだと思います。
ただひとつだけ違うのは
国や自治体は半強制的に(笑汗)税金を徴収するのに対して
教会は、あくまでも個々の自由意思によって献金を受けるという点。
「自動引き落とし」や「給与控除」とは違うということです。

・・・そこには『能動性』があるということです。
この能動性こそが
信徒個々の、教会に対する意識を強めるのだと思うんですね。


「まるでオマエ
しっかり献金してるみたいに言うなぁ」

・・・献金するようになった一方で
今度はミサに出る頻度が減りまして・・・
つまりミサ献金を出す頻度が激減しているという・・・<(_ _)>






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by dscorp-japan | 2015-06-26 00:00 | キリスト教 | Comments(2)
Commented at 2015-06-29 03:30 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by dscorp-japan at 2015-06-29 23:48
☀******さん。
私が布池を選んだ理由等について
ブログ記事でお答えさせていただきましたので、ご一読いただければと思います。

個人的には
大きな教会の方が緊張せずに入りやすいとは思いますけどネ~(笑)
カトリック平針教会もとても良い教会ですよ ♪
主任司祭のM神父様はとても気さくな方です(私の名前を出していただいても差し支えありませんよ~)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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