D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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自分のお葬式に人を呼ぶか否か

 
仮に私が今 “ 召された ” として
私のお葬式をどうしましょうかと考えてみます。


無縁社会』などという言葉が言われるようになって、早や数年。
たしかに、私の幼少時と比較すれば
人と人との繋がりが希薄化していることは否めないと思います。
私の家族も、五人全員がそれぞれ別々に暮らしておりますし
親戚にしたって
特に父方の親戚なんて、それこそ「冠婚葬祭のみ」のお付き合いです。

じゃ私の住まいでご近所づきあいがあるかといえば、ほぼゼロ。
賃貸マンションの独居中年ですもの、まァ無いですよ(笑汗)

では社会的な繋がりはというと
まァ一応会社を経営してるわけですから、それなりのお付き合いはあります。
でもその多くは、ビジネス前提と解釈すべきかもしれません。

友人。
それなりには。
学生時代の同級生
以前の会社の同僚
あとは教会関係かな。

そんなもんですよ・・・ (^^ゞ


では仮に私が召されたとして
私のお葬式はどうしましょう。

私が交わりを持たせていただいた方、すべてに連絡してもらいましょうか。
家族は(一応)当然として
親戚は・・・
近くにいる人はともかく
海外にいる親戚や従兄弟なんて
(さすがに迷惑だよなァ)とか考えちゃいますよね、やっぱり。

仕事上のお付き合いも、ねぇ。
まァ業界が業界ですから、隠してもバレるんですけど。

友人は、まァ何となく連絡が回るかなァ・・・


・・・童謡・唱歌の歌詞にありましたよね。

 “ 一年生になった~ら~
   友だち100人できるかな?”

自分のお葬式を考えるとき
100人の参列なんて、到底想定できないなァ・・・

            ♢

・・・と考えてみると・・・

いま、多くの方々が「家族葬」と口にされるお気持ちも分かるというものです。
本来的な意味での家族葬ではないにしろ
いわゆる「小規模葬」を想定されるのは、当然なのかもしれません。

しかァ~し!
ここは敢えて、たとえ小規模葬でも私は連絡を回してもらおうと思います。
何故なら
私のお葬式が、参列者方々にとっての「再会の場」になれば良いと思うから。

もう、死んじまった私のことなんてどォ~でもイイから
お葬式きっかけで集まることで
「やァ~お久しぶり」
「こんなカタチで会うなんてね~」
「ところで最近どうよ?」
「今度またゆっくり会おうよ」

・・・みたいな繋がりが復活すれば、それが本望だから。
私を “ ダシ ” にしてもらって、全然構わない。

だってネ
葬儀屋さんである私でさえ、お世話になった方のお通夜とかに行くと
「ちょっと時間あるなら、どっかで食事して行かない?」とか言いますもん。

亡くなられた方の想いは分かりませんけど
少なくとも私は、私の死をきっかけに皆が旧交を温めることを嬉しく思うでしょうから。






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by dscorp-japan | 2014-11-28 17:19 | 思うに・・・ | Comments(2)
Commented at 2014-12-03 09:14 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by dscorp-japan at 2014-12-05 22:11
☀******さん。
ご来訪&コメントを有難うございます m(_ _)m
また “ その節 ” には、いつもお世話になっております。

私は「お葬式きっかけの再会を喜ぶ」って、決して不謹慎だとは思っておりませんです。
沙汰無しだった人と人との「縁」が復活することは
そのきっかけが何であれ、素晴らしいことだと思います。
ましてやお葬式って
亡くなられた方と遺された方との「縁」に感謝する場でもあるはずですから、そこが再会の場になることって素敵なことじゃないですか。
御父上の魂の安息を、心よりお祈り申し上げます。
有難うございました。
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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