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家族の思い 本人の思い

 
・・・あと数カ月で私も50歳になります(笑汗)

この夏、学生時代の同級生と会う機会などありまして
そこで話されたことはというと「親の介護と自分の老後」。
そしてその延長線にある「親のお葬式と自分のお葬式」となるわけです。

皆それぞれの価値観があって、その意見もまた様々ではありました。

ただ、多くの同級生が口を揃えたのは
「自分の葬式は身内で簡単に済ませてくれればいい」というもの。

「正直、葬式もやらんでいいわ」
「墓なんて要らんし、骨はどっかで撒いてくれりゃいい」

じゃ一方で自分の親や家族のお葬式はというと

「・・・そりゃまァ、それなりのことはしてやりたいわなァ」

となる。


・・・そうです。
これが『 家族の思い 』『 本人の思い 』というやつです。

「自分のお葬式は簡単でいいけど
大切な人のお葬式はそれなりのことをしてやりたい」

話している本人たちが気付いてるかどうか分かりませんが
これってつまり、家族に対する「思い遣り」の表現なんですよね。
もっとはっきり言えば「愛」なのであります。

「・・・いやいや
“ 愛 ” っていうより “ お疲れさん ” みたいな感じだよ」

「オレの場合 “ これまでゴメン ” って詫びの気持ちを・・・なァ(笑汗)」

・・・私に言わせれば
「お疲れさん」も「ごめんなさい」も、こう変換できる。
            ↓
          「感 謝」


・・・で、私は訊くわけです。

「じゃ~オマエらさァ
『自分の葬式はやらんでいい』って家族に遺言残したとして
いざそのときになって家族がそこそこのお葬式をしたら、オマエら怒るわけ?」

「別に~」
「まァ好きにすりゃ良いけどォ・・・」


・・・ね?


私が申し上げたいのはつまり
「自分が死んだときの、家族の思いを否定するな」ってこと。
そして
「本人が遺した遺言は、家族への気遣いなのかもしれない」ってこと。

そこのところを慮(おもんぱか)ることが出来るかどうかって
後悔しないお葬式に大切な要素だと思うんですね。

家族にとってお葬式とは
当然のことながら(亡くなられた)本人のためのものです。
しかし私たち葬儀屋さんからみれば
お葬式とは、本人の遺志とは別のところで「家族の(本人に対する)思いのための時間であり空間である」という考え方もできるんですね。

大切な人を亡くした家族の思いも
家族を思い遣りつつ旅立った本人の思いも
どちらも「愛」なのであります。

そこを分かったうえでどうするのか。
その先にこそ「良いお葬式」「後悔しないお葬式」があるのではないか、と。






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by dscorp-japan | 2014-09-18 00:00 | 葬儀 | Comments(0)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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