D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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有難いこと

 
・・・つまりこのところの私
良いお葬式の担当が続いているということなんです・・・ m(_ _)m



「良いお葬式」

常々申しておりますように
良いお葬式とは、葬儀屋さんがつくり上げるものではありません。
お葬式とは、ご遺族をはじめとした当事者方々の手によるものであり
いや、「手」というよりも「想い」によってつくり上げられるものであります。
葬儀屋さんというのは
その皆様の想いを、葬送儀礼のなかで表現するためのお手伝いをするお仕事です。

(だから私は葬儀屋さんとは黒子に過ぎないのであって、葬儀屋さん “ ごとき ” が軽々に「感動を提供する」などといった文言を口にすべきではないと思っているわけですが)

無論
葬儀屋さんのスキルや経験値は「良いお葬式」のための大切な要素ではあります。
しかしやはり「良いお葬式」には
そこに当事者方々の「想い」が不可欠なのだと確信しております。
それがあってこその「良いお葬式」なのであります。

・・・という持論に照らし合わせてみても
本当に有難いことに、このところずっと「良いお葬式」の担当をさせていただけているなぁというのが実感なのであります m(_ _)m

            ♢

たとえば、先日お手伝いさせていただいたお客様。

もう数ヶ月前からご相談をいただいておりました。
当時ご療養中だったご本人は、私と同年齢(同学年)のご婦人。
ご連絡をいただいたのが、そのご主人様でした。
そしてそのご相談内容は、概ね次のようなものでした。

「私たちはクリスチャンではありませんが
結婚式はカトリック教会で挙げさせていただきました。
おかげ様で本当に幸せな結婚生活を送らせていただきました。
しかし妻の発病後
ここへきていよいよ病状が深刻なものとなってきておりまして。
妻も先が長くないことを自覚しております。
私としては本当に辛くて悔しくて仕方ないのですが、この先のことを妻とも相談しているんです」

電話口から聞こえてくる、ご主人の遠慮がちな言葉のひとつひとつに
まず私は胸が締め付けられる思いでした。

「妻曰く
『私が死んだら、あの教会でお葬式をして欲しい』
と申して居るのですが。
すでに教会の神父様にはご相談させていただいておりまして、ご了承もいただきました。
そこで神父様から御社のことをお聞きしたのですが」

・・・このようなご相談をいただいた時点で
もうすでに「葬儀屋さん冥利に尽きる」わけです。
もしも叶うことなら
このご相談が杞憂に終わることを願うばかりだったのですが・・・

先日の夜半
ご主人からのお電話が入りました。
そして
大切な奥様のお葬式をお手伝いさせていただくこととなりました。

聞けば
ご主人様が私どもにご連絡をいただいた後、奥様は自らの意思でカトリックの洗礼を受けることを望まれたのだそうです。
そしてご療養中に、私の畏友:S神父様が病院で洗礼を授けられたとのことでした。

・・・洗礼式の最中
奥様はずっと泣きながら、感謝の言葉を口にしていらっしゃったとのことでした・・・

・・・こちらの気合が入らないわけないじゃないですか!


奥様ご本人のご希望で
お葬式はもちろん結婚式を挙げられた『カトリック東山教会』で行われ
参列者は、家族と、おふたりの結婚式に参列していただいた方のみとされました。

・・・終始、静かなお式でした。
参列者全員の想いがひとつとなり
それはそれは荘厳なものでした。
(典礼の荘厳さもまた、参列者の想いによって高められるのです)

「私の妻を送るのですから
私が為すべきことはずべて私にやらせて下さい」

遺影写真を選ぶこと。
お棺の中にお納めされるものを探すこと。
役所への死亡届の手続き。
奥様をお棺にお納めすること。

すべて、ご主人自らの手によって行われました。

「私にやらせていただき、本当に有難うございます」

そして、ご出棺前の奥様とのお別れの際。

「大変お恥ずかしいんですが
最後なんで、妻にキスをしてもいいですか」

・・・もうね、こちらが涙をこらえるのに必死でした・・・

            ♢

「良いお葬式」とは、こういうことを言うんです。
いや
このようなお葬式だけが「良いお葬式」なのだとは申しません。
ご遺族様の想いもそれぞれなのですから。

ただこれだけは言えます。
葬儀屋さんの力量が作用することなんて、たかが知れております。
ましてや、葬儀屋さんの余計な演出なんてのは無用の長物なのであります。
そんなもの、ご家族の想いの前では吹き飛ぶんです。

そしてもうひとつ申し上げたいこと。
一部では
「お葬式不要論」なんて考え方があるようです。
そういったお考えの方々には申し上げたい。

「あなたがたは、本当に良いお葬式に参列されたことがありますか?」と。

            ♢

いま、そのご主人様は
大切な奥様の御遺骨をペンダントにして身につけるための準備をされていらっしゃいます。
そして
奥様のために、自らもまた洗礼を受けるための準備をしようとお考えとのことです。

「妻はこれからもずっと、私の妻です」







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by dscorp-japan | 2014-06-10 00:00 | 葬儀 | Comments(2)
Commented by クリスティナ at 2014-06-10 19:15 x
ディーズさん、お疲れ様です。
心から愛する人の最期を送る、本当に素晴らしいご葬儀をご主人自らがつくりあげられたのですね!そして奥様はご主人にとって本当の『永遠』になられたのだと思います。。。
お葬式の要・不要に対しての考え方は人それぞれあると思います。私はそれで良いと思います。私個人としては父の死を通して解ったのですが「自分の為に必要だったのではないか…」と。ひとつひとつの作業を経て、大切な人の死を受け入れる決心をするというか…。様々な事情が重なり、それが出来ませんでした。心を苦しめる事があります…。
Commented by dscorp-japan at 2014-06-10 23:14
☀クリスティナさん。
>お葬式の要・不要に対しての考え方は人それぞれあると思います
まったく仰るとおりなのです。
私は、本当の意味での良いお葬式をご覧になったうえでご判断いただきたいなぁと思うわけです。
「愛すべき大切な誰か」がいらっしゃる方なら、必ず良いお葬式が出来るはずなんですよね。
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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