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フィリピンの俗信

 
私がお葬式の担当をさせていただくときは
通夜式(前夜式)や葬儀式が始まる前に、ご遺族様に対してお式の流れや参列上の留意点などについてご説明させていただいております。

たとえばカトリック葬儀の場合で申しますと
・ 葬儀ミサとは何か
・ 聖体拝領における留意点
・ 献花の要領
・ 出棺時の流れ
・・・などについて、簡単にではありますが説明するんです。

もちろんその他にも
携帯電話に関する取り扱いとか
「開式前にお手洗いを済ませておきましょう」とか
そういう御案内もするわけですけど。



で、本題。

先日ご葬儀をお手伝いさせていただいた際のお話。

いつものように
葬儀ミサ開式の30分前あたりでご遺族様に聖堂内へお集まりいただき、お式に関するご説明をさせていただいていたんですね。
説明の中で
出棺時のお願いとして、こう申し上げたわけです。

「皆様の大切な方です。
どうぞ皆様ご自身でお柩に手をかけていただき、霊柩車までお連れいただければと存じます」

・・・以前にもここで申しました通り
私の基本的なスタンスは
「当事者であるご遺族ご親族様には出来るだけ直接携わっていただく」
という方針であります。
葬儀を挙げるのは葬儀屋さんではなく、当事者であるご遺族様方々です。
葬儀屋さんが「サービス」と称して何でもかんでも代行するのではなく
大切な場面においては、ご遺族様方々に動いていただくという考え方です。


で。
「お柩に手をかけて下さい」といった説明を終えたところで
ご遺族代表(=喪主)の奥様が、こう仰ったんです。

「家族が運ぶのはダメでしょ」

・・・喪主様の奥様はフィリピン人でした。
日本人のご主人と、フィリピン人の奥様というわけです。

「フィリピンではゼッタイ
家族は(お柩を)運んだりしないよ」



・・・その話は私も存じておりました。
家族が柩に手をかけないというのはつまり
「家族が運ぶと、運んだ人の魂が(天国に)連れて行かれてしまうから」ということです。

日本でもありますよね、これと似たような俗信が。
「火葬場へ行く際は、行きと帰りの道を変えないと霊が付いてきてしまう」

古より、人は死者の魂を畏れてきました。
そしてそれは
日本のみならず、世界中皆同じのようです。
だからこそ
世界のあちらこちらで、そうした考え方から生まれた俗信があるんでしょうね・・・


一応奥様には申し上げたんです。
「日本のカトリックでは、そんなことを気にする必要はないですよ」と。
「カトリック教会では
死者の魂が生きている人の魂を連れていく、などとという考えはないんですよ。
どうぞご安心ください」と。

しかしどうやら奥様は納得できないご様子・・・


・・・いや
私はこの奥様を責めるつもりは毛頭ないのです。
それが奥様の思いなのですから。

つまりこれは理屈じゃないんですね。
(私たちはそうやって死者の魂を送ってきたのだ)
(これが私たちなりの送り方なのだ)
ということなのでしょう・・・

考えてみれば
人間誰しも、縁起を担いだり俗信を守ったりするという習性があるようです。
そこに何らの根拠がなくとも
それを遵守することで安心できるということが、人間にはたしかにある。
だから人は縁起を担ぐし、占いを信じたくなるものなのでしょう・・・



・・・結局
お柩に手をかけていただいたのは、御親戚の方々でした。
それでご家族の不安が払拭されるのであれば、それで良いのであります。



・・・でもね
その奥様、霊柩車にはご同乗されたんですよね・・・
それも、お柩のすぐ隣の座席に。

内心
(そこは良いんかい!)と、思わずツッコミを入れてしまった私ではありました。

でもま、これも私の身勝手な屁理屈なのでしょう・・・ m(_ _)m







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by dscorp-japan | 2014-02-12 00:38 | 葬儀 | Comments(2)
Commented by はち at 2014-02-12 22:23 x
私の所属する教会では、司式司祭が持つ復活のろうそくと共に、柩はご遺族の皆様と祭壇前に進みます。
そして、ご遺族の皆様で柩に白い布をかぶせ、十字架を置いていただいています。
白い布はキリストを着る新しい者となる。
十字架は故人を守り導くもの。
そこから始まる葬儀ミサはやはりぐっとくるものがありますね。
俗信あふれる世の中ですが、そんな時にもカトリックで良かったなぁと思う瞬間でもあります(笑)
Commented by dscorp-japan at 2014-02-13 02:56
☀はちさん。
>司式司祭が持つ復活のろうそくと共に、柩はご遺族の皆様と祭壇前に進みます
そちらの典礼のことは存じております(西神父から聞かされてマス!)
小さなひとつひとつの所作やプロセスが
人の心を慰め、安心させるということなのでしょうね。
特にカトリックの葬儀では
「人間の尊厳を重んじる」という意味において、深いものがあると思います。
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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