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「是非ご自分で」の理由

 
たとえば
亡くなられた方の衣服をお着替えする際。
亡くなられた方のお顔に死化粧を施す際。
亡くなられた方をご納棺する際。

私たち葬儀屋さんは、できるだけご家族に関わっていただくようにお話します。
ご遺体の状況にもよりますが
私どもはフォローに回って、ご家族主導でこれらを行っていただくように説明します。


以前にも申しました。
これは葬儀屋さんの怠慢などではないんですよ。
正直に言えば
すべて丸投げしてもらった方が葬儀屋さん的にはラク、なのです。
プロなんだから当たり前なんですが
慣れているし、要領も分かっているし、時間の短縮にもなります。

それを敢えてお客様にお願いするのは
「ご家族がそれを行うことに意味があるから」であります。
そしてきっと
亡くなられた方もそれを望んでいらっしゃるのではないかと考えるからです・・・

            ♢

たとえば。

おそらく私はこれまで、何百名もの亡くなられた方の衣服をお着せしたと思います。


そのたびに思うんです。

(この人本当はオレなんかにやって欲しくないだろうに)

いくら葬儀屋さんとはいえ、私はアカの他人です。
亡くなられた方の裸を見るわけですし
状況によっては、下のお世話もするわけです。

・・・見られたくないでしょう、私なんかに。
ホントは触れられるのも本意ではないのかもしれません。
気の知れた、ご自分のご家族にしてもらった方が嬉しいと思うんですよ。
少なくとも、私ならそう思います・・・
(妻も子供もいないけど)

            ♢

一方で
「ご家族がそれを行うことに意味があるから」という、その意味とは。

やってみればきっとお分かりになるはずです。
亡くなられた方のお顔やお身体に触れるとき
ご家族であれば必ず、亡くなられた方にかけられる言葉があるはずなんです。
たとえ声に出さなくとも
心のなかできっと、亡くなられた方に話しかけられる想いが湧きあがるはずなんです。

その言葉は
「お疲れ様」かもしれない。
「ありがとう」かもしれない。
或いは
「ごめんなさい」かもしれない。

思い浮かぶ言葉は何だっていいんです。
亡くなられた方に触れるときに思い浮かんだ言葉は、あなたの本心なんです、きっと。
・・・亡くなられた方に触れながら向き合うとき
心にウソをつける人間がはたしているでしょうか・・・



お葬式って、結構慌ただしいものです。
本当はそうあるべきではないのでしょうが
実際的に言えば
心を落ち着かせて亡くなられた方と向き合う時間って、実はそれほどなかったりします。

だからこそ
衣服をお着せする際
ご納棺する際
ご出棺時にお柩に手をかける際
それが大切な方と向き合う貴重な機会なら、そこは積極的に関わるべきだと思うんです。

「是非ご自分で」
と申し上げるのは、そういうことなのです。








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by dscorp-japan | 2013-12-13 00:16 | 葬儀 | Comments(4)
Commented at 2013-12-13 13:11 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by dscorp-japan at 2013-12-13 21:01
☀******さん。
軽々しく分かったようなことを申し上げるつもりはありません。
でも。
失望はしてもいいですから、絶望はしないで下さい。
こんな言葉は響かないかもしれませんが
神様はいますよ、間違いなく。
Commented at 2013-12-13 22:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by dscorp-japan at 2013-12-15 21:13
☀******さん。
私は
神様は、私たちにとっていちばん「良い」タイミングで、その救いの手を差し伸べて下さるのだと信じております。
今年の流行り言葉じゃありませんが(笑)
常に「今でしょ!」なわけではないのかもしれませんね。
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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