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聖母被昇天のミサに与ってきた

 
・・・ホントは午前中のミサに行くべきだったのでしょうが
“ このところの多忙による疲労蓄積 の為 ” という言い訳を根拠に(笑)寝坊しておりました・・・m(_ _)m

腰とふくらはぎの張り、足首の痛み
そして(持病の)心臓の痛みはホントにあって
昨日はほぼ一日、グズグズとベッドから起き上がったり戻ったり・・・(笑汗)

それでもやっぱり
( ヒマがあるんだから今日くらいはミサに行くか!)

・・・いや、ホンネは
( やァっぱ今日くらい行っとかないとダメかもなぁ )という、半ば強迫観念にかられて行ってみただけ。

            ♢

私の所属するカトリック布池教会では
毎年聖母被昇天のミサは、朝の7時からと9時半から、そして夕方の6時からあります。
だるい身体を引きずって行ったのは、当然夕方6時からのミサ。

英語のミサだということは知っていたんだけど
帰国子女のくせに殆ど英語ミサは分からないんだけど
それでも行かないより幾分マシか~という、信仰の欠片もないオレ(恥)

カトリック中央協議会による聖母被昇天の説明
女子パウロ会による聖母被昇天の説明


・・・でもね
行けば行っただけのことはあるもんなんです。
自分の所属する、慣れ親しんだ教会の聖堂に入ると
自分の普段の所業(=悪行三昧)を見直さざるを得ないし
やっぱり自分の信じる神の家へ行けば、不思議と自分自身の “ 心のチャンネル ” が切り替わるものです。

今日という日がどういう意味をもつ日なのか。
「聖母マリアが肉体を伴ったまま天に上げられた」ことを信仰する意味が何であるのか。

ついさっきまで
くわえタバコでクルマのハンドルを握りながら(あ~メンドクサッ)とか思っていた自分を、ほんの少しだけ恥じる思いも湧きあがってくるってもんです(笑汗)


私たちが祈るときって
大抵は自分自身や身近な人間のことを思い浮かべるものでしょうね。
その祈りの主語は
「私」であり「家族」であり「愛する人」であるのでしょう。

でも
終戦記念日であり聖母被昇天の祝日である8月15日くらいは
いつもよりほんの少しだけ、広い視点で祈ることが求められているのかもしれません。
これはカトリック信徒に限ったことではなくて
もちろんクリスチャンだけに課せられたものでもなくて
今この日を生きている私たち全員が、それぞれの言葉で祈ることが大切なのかもしれません。

人種も
国籍も
宗教も
全部取っ払ったところで
私たちが「皆同じ人間である」という、ただひとつの共通項のうちに
それぞれの言語で
それぞれの祈りの言葉で
それぞれの信じる神に向かって祈る。

平和を望まない人などいない。
幸福を望まない人などいない。
救いを求めない人などいない。

その真理だけを胸に。



・・・と、エラそうなこと書いてますが・・・

のど元過ぎれば何とやら、です。

今日からまた、身勝手で我儘な私に逆戻りするに違いないのです・・・m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2013-08-16 00:00 | キリスト教 | Comments(8)
Commented at 2013-08-16 08:13 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by はち at 2013-08-16 20:53 x
被昇天の祝日に、日本が終戦の日を迎えたことが私はとても意味のあることに思えます。
世界平和のために祈りなさいと3人の子供たちに告げた、ファティマのマリア様を思いながらミサにあずかっていました。
まぁ。。。その後神父様とランチでカンパ〜イとビールを飲んだのは、内緒です(笑)
Commented by フランシスカ at 2013-08-16 23:44 x
お気持ちわかりますわ(^_^;)
偉そうに、私はちゃんと朝ミサへ行ったよなんて言えません。
貴重な連休、本音はゆっくーりお家で寝ていたかったです。
昨年、韓国の友の家へ伺った時、韓国のカレンダーに8月15日が祝日になっていたので何の日かと聞いたら笑顔で話をはぐらかされてしまいました。
後で韓国人神父に聞いたら韓国の「解放記念日」と教えていただきました。
友は私を傷つけないようにと、この祝日のことを言えなかったそうです。
いろんな意味をこめて聖母の被昇天、平和を願いお祈りました。
Commented by m平田 at 2013-08-17 00:45 x
ジョン レノンの「イマジン」は良いですね。しかし、彼はアイルランド系のカトリックの子供。平和と教義を考えて改めて「イマジン」を聞くと考えさせられます。今日はどう、まじめにコメントしているでしょう。小牧のここは僕が居る間に救急車が何回もとうります。守山では考えられない事です。
Commented by dscorp-japan at 2013-08-17 19:34
☀******さん。
ブログの記事、拝読いたしました。
世間では戦争にまつわる諸々について誰(どの国)が悪いとか責任があるとか言われているようですが
個人的には、皆等しく加害者であり被害者であると思っています。
もしもあの時代に自分が置かれていたとしたら、自分は正しく行動できたのか?なんて自信は誰にも無いはずなんだと。
だからこそ、二度とあのような状況を作ってはいけないのだと。
Commented by dscorp-japan at 2013-08-17 19:37
☀はちさん。
私にとっても、ファティマのマリア様は特別な意味があります。
預言の真偽とか関係なく、ただマリア様が三人の牧童に語られた言葉を真摯に受け止めたいと思います。
Commented by dscorp-japan at 2013-08-17 19:42
☀フランシスカさん。
・・・ということは
眠い目をこすって、朝のミサに与られたのですね パチパチ
西神父様の言葉を借りれば
「時間を割いて、睡眠を割いてミサに与ること自体に意義がある」のだそうですから、マリア様もお喜びのことでしょう ♪

それぞれの国側の解釈もあるでしょうが
少なくとも、私たちがひとりの人間として平和を祈ること、そしてそれに向かうことだけに専心したいものです。
Commented by dscorp-japan at 2013-08-17 19:48
☀m平田さん。
『イマジン』の歌詞は、カトリック教会にとってある意味で警鐘的意味合いもあるような気がします。
さらに言えば、今の日本を取り巻く国家間情勢にも。
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


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