D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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ある先輩から学んだこと

 
このところ
葬儀屋さん的記事がまったくないことに気付きました(汗)

そりゃ毎度毎度お葬式ネタなんか書けるわけじゃないんですけど
そこはやはり葬儀屋さんのブログなわけですし、たまには葬儀屋さん的話題を、ということで m(_ _)m

            ♢

これは私が以前在籍していた葬儀社時代
夜勤の為に会社に泊まっていたある晩の出来事。

たしか夜の10時頃だったかと思います。
夜勤室から出て、私はトイレに行きました。
その会社の社員用トイレの近くには、ご遺体安置用の冷蔵庫を備えた霊安室があったんですね。
当時そのご遺体用冷蔵庫には、ほぼ常に数名の方のご遺体が安置されてました。

そういう状況を「怖い」と思われる方もあるかもしれませんが
私たち葬儀屋さんにとってはこれが日常。
特に意識することは無いんですね。
ということで
いつものようにトイレに入ろうとすると・・・

霊安室から、妙な低い声らしき音が聞こえるんですよ・・・
扉の向こう側から、何やら唸り声のような音が。

・・・あ
私は霊感などの類は一切持ち合わせておりませんので(笑)
こういう状況での「怖い」などという感情は皆無なんです。
ただ
音の正体は遺体用冷蔵庫のモーター音なのかもしれないけれど
もしかして誰かが入り込んでいるのかもしれません。
(葬儀社の社屋って年中無休で人の出入りがあるため
正直、セキュリティは少々甘めだったりしたんです、当時は)
・・・むしろそういう意味で怖いと言えば怖い(笑)

ということで
霊安室の扉に耳をそばだててみると・・・

おや?
もしかして “ お経 ” ・・・?

静かに霊安室の扉を開けると
ある先輩がご遺体用冷蔵庫の前で、ひとり般若心経を唱えていらっしゃったんですね・・・
私よりも20才くらい年上のその先輩は、熱心な曹洞宗の信徒さん。
普段はかなり厳しい先輩でして(汗)
時折は少々理不尽な命令をすることもある、ちょっと煙たがられる(笑汗)先輩ではありました。

「この人は無縁仏だろ。
だァれも気に掛けてやれんのなら
せめてオレが家に帰る前にお経のひとつでも挙げてやろうかと思ってな」


・・・ちょっと衝撃を受けました。
普段は私たちに無理な命令をするその先輩が
身元の分からない方の為、夜遅く独りで霊安室に入ってお経を挙げていらっしゃったんです。
どなたにも見送られることのない孤独な故人様の
魂の安息を願って、せめてものお経を挙げる。
そしてその善行は
私が気付かなければ、社員の誰も知らないままなんです・・・


(あぁ、葬儀屋さんってこういうことか・・・)

当時
すでに私は葬儀業界に足を踏み入れて数年が経っていたはずです。
それなりのノウハウは学んできたつもりでしたし
曲がりなりにも葬儀屋さんのプロとしての自覚もあったと記憶します。

しかしそのとき、私は大いに反省をしました。
私には決定的に足りないものがあったのです。
それは、亡くなられた方に寄り添う姿勢というか “ 寄り添おう ” とする意識。


・・・葬儀屋さんだってただの人間です。
日々亡くなられた方を葬るお仕事に携わっておりますが
ひとたび家に帰れば自分の生活があります。
正直、年がら年中故人様やご遺族様のことを考えているわけではありません。
そんなことしてたら、こっちが参っちゃいます。
結局のところ
当事者の想いは当事者にしか分からないのです。

でも
じゃ、だからと言ってただのルーティンワークで良いはずもありません。
当事者の想いは当事者にしか分からないとしても
せめて、当事者方々の想いに寄り添おうとする意識だけは失くしてはいけない。
先輩のお経が、そういうことを教えてくれたような気がしたんです・・・


そしてもうひとつ。

ごく稀にですが
なかなか波長の合わないお客様の担当をさせていただくことがあります。
こちらが良かれと思ってすることが、お客様に響かないこともあります。

私もただの人間です。
正直、心のなかで愚痴ることが無いわけじゃありません。

(せめて「ありがとう」の一言も言えんのか?)

恩着せがましく考える私もイケナイんですが・・・m(_ _)m


・・・でも
先輩のお経を聞いた以降、私はこう考えるようになりました。

(じゃせめて、亡くなったこの人が喜んでくれることをしよう)

そう考えることで
こちらの気持ちも優しくなれるものなんですね・・・

            ♢

先輩の読経を喜んでくれる人は誰もいません。
少なくとも生きている人は。
しかし
宗教を越えて人間の魂が何らかの形でそこに在ると考えるとき
先輩の読経は、亡くなられた方に大いなる救いをもたらすと思うのです。
読経そのものよりも、お経を唱えようという先輩の想いが、心遣いが、です。

祈りが救いになるって、こういうことなんじゃないかと思うんですよね・・・
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by dscorp-japan | 2013-07-10 00:00 | 葬儀 | Comments(4)
Commented by とんまるき at 2013-07-10 02:52 x
拝読して この世での最後に 全く知らない方に悼んでもらえることは 幸せであると思いました。
新聞やテレビで知った どちらかというと凄惨な亡くなり方をした全く知らない方々を悼むことが 古いですがとりつかれそうに思ってしまう私がいましたが 間違っていたと思います。
Commented by dscorp-japan at 2013-07-11 16:48
☀とんまるきさん。
葬儀屋さんなりの想いというか心遣いを教えられたエピソードでした。

>全く知らない方々を悼むことが 古いですがとりつかれそうに思ってしまう・・・
もしもそんなことがあるなら
私たち葬儀屋さんの多くは、すでに “取り憑かれて” いることでしょう(笑)
Commented by ルビー at 2013-07-11 22:31 x
とても素敵なお話です。ありがとうございます。
日々の暮らしでもそうありたいと・・・・・
Commented by dscorp-japan at 2013-07-12 00:04
☀ルビーさん。
普段は私たち後輩に対して、かなり理不尽なことを要求してくる先輩だったんですけどネ(笑汗)
でもやっぱりそこに「心」があるというだけで、尊敬できる先輩だと思います。
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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