D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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神様の了見

 
以前にもここで申し上げたことがあります。

「何故カトリックを信仰するようになったのか」

そこには何らの論理的根拠などなくって(笑)
ただ何となく自分の感性に合っていると感じたからです。
たしかに私は生まれて間もなく、カトリックの洗礼を授けられました。
その点でいえば、いわゆる “ ボン・クリ(Born Christian)” ではあります。
でも私の場合
中学を卒業する頃までは殆ど教会へ足を運ぶことなく過ごしてきたわけです。
で、高校生になっていろいろと考えるところがあって
(あくまでも上っ面だけですけど)様々な宗教をかじって
最終的にカトリックに落ち着いた、というところです。

「自分の感性に合っていた」というのが表面的な理由ではありますが・・・
ウマく言葉では言い表せないんですけど
(あぁ、やっぱオレのなかの「神」はカトリックの世界に居るんだなぁ)みたいに感じた、というところでしょうか。

そして
私には、カトリックの神様がいちばん優しかったんです。
・・・はっきり言って都合が良かった(笑)

そりゃ~ネ
カトリックだって突き詰めればいろいろと厳しい面はあるんですよ。
「アレしちゃダメ」
「コレしなきゃダメ」
正直(ウザいッ)って思うこともありますよそりゃ(笑)

基本面倒くさがりだし
努力とは無縁の人間だし
独りよがりだし
他者を思い遣ることが出来ない。
今現在だって、神様に背いていることなんか山ほどあります m(_ _)m


冷静に考えれば
私なんてカトリックの落伍者ですよ間違いなく(汗)


でもネ
私の神様は、決して私のことを見捨てたりしないんです。
こォんなに出来の悪い人間なのに
私の神様は(しゃ~ないなァもォ~)って、赦して下さるんです。

「エエ加減にせいッ」って怒られはしますよ。
もう何百回、何千回怒られたことか。
神様は多分
もう何十年も前から、私のことを呆れ果てながら見ていることでしょう。
いかりやさん風に言えば「ダメだこりゃ!」です(笑汗)

それでも
私の神様は決して私を見捨てたりしない。
何百回、何千回とため息をつきながらも、私のことを見捨てない。


私の信じる神様との間にあるルールはただひとつ。

「神様に絶望しないこと」。

これだけ。


これが
私の信じる神様の了見の広さ、です。

カトリックの神様は
私にとって最高に了見の広い方なんです・・・


「全部オマエの思い込みだろ?」
「ムチャクチャ身勝手やん!」

・・・そうですね。
でも、いいんです。
私が納得してれば。

そんでもって
あとのことはぜぇ~んぶ
一切合切神様に丸投げしておけば良いんですから ♪
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by dscorp-japan | 2013-05-29 00:21 | キリスト教 | Comments(0)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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