D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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鋭意試行錯誤中~(笑汗)

 
お葬式規模の縮小傾向って
もう今から約10年ちょっと前あたりから進んできていると思うんですよ。
つまりウチの会社に照らし合わせた場合、ちょうど起業した頃ですね。


あの当時は
「家族葬」というお葬式のカタチに対する解釈が、今よりも明確だったように思います。
少なくとも、ここ名古屋界隈のお葬式に対する解釈においては。
つまり
「家族・親族(姻族を含む)のみが参列するお葬式」を家族葬と呼称したものでした。
仮に、たとえ数名であっても家族や親族以外の人間が参列するお葬式の場合
これは「家族葬」ではなくて「小規模葬」である、という解釈だったはずなんです。
ところがお葬式に対する皆様の関心が高まるなか
いつしか「家族葬」というキーワードは、自らその言葉の意味をより広義なものにしながら浸透していったようなんですね。

今となっては
「少人数のお葬式=家族葬」
「ご近所にだけ知らせるお葬式=家族葬」
「会社関係の代表者だけお招きするお葬式=家族葬」
・・・とにかく、参列される人数が少なければ(或いは “ 多くなければ ” )これすべて「家族葬」である、と。

言葉もまた生き物です。
時代や社会情勢に即して、その言葉が意味を変えていくことは仕方ないことです。
ただ
「家族葬だから」という一言が、様々な意味でのエクスキューズになっていることもたしか、なんですよね・・・(汗)

            ♢

で、これをキリスト教葬儀に当てはめてみた場合にどうなるのか。

以前にもここで申し上げたかと思いますが
いわゆる当初の解釈としての家族葬を、キリスト教葬儀で行うことはなかなか困難なんです。

典礼としてのお葬式の性格上
賛美歌(聖歌)を奏でるオルガニスト(ピアニスト)が実質的に必要となります。
賛美歌(聖歌)を歌う賛美歌隊(聖歌隊)も要るでしょう。
典礼を補佐する為の役割を担った信徒が必要な場合もあります。
・・・すると
「家族・親族のみの参列」という枠組みに収まらなくなってくるんですね。

実態としても
教会で行われる「家族葬」の多くは、家族親族の他にその教会に所属される信徒の方が参列されるケースが多いわけです。
もちろん
教会サイドの承諾を得たうえで、完全に家族親族のみが参列するお葬式というのもありますが。

こうした実情を踏まえて
現在ウチの会社では「より教会の実情に合った家族葬のための提案」について考察中であります。
つまり
「家族親族と、教会所属の信徒方々のみが参列されるお葬式」に対するご提案を考えてみましょうというわけなんですね・・・

            ♢

この十年間、ウチの会社は一切の価格改定を行わずにやって参りました。
これはひとえに私自身の信念というか拘りでもあったのですが
やはり、お客様の考え方や傾向に対応したご提案を考える必要があるのだろうな、と。

ということで
只今、無い脳ミソをフル稼働しながら鋭意試行錯誤の真っ最中でございます~ m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2013-05-22 00:00 | 葬儀 | Comments(2)
Commented by ゆきたんく at 2013-05-24 05:42 x
「塵」ではなく「肉」であった期間の生き方。
それが葬儀の時に参列していただく信徒の方々の数に比例する(心情的に)というのが理想かなと・・・

 毎日曜日にに典礼で顔を合わせ、時をともにすることが教会(建物ではありません)だということ。
 神が与えたも歌兄弟姉妹・・・

うん、基本はこんなところでしょうか。
現実的には無理であります。
Commented by dscorp-japan at 2013-05-25 22:52
☀ゆきたんくさん。
そういう観点で申しますと
私が死んだときなんて、親族以外の方が果たしてお越しいただけるのかどうか・・・(泣)
まァこれも因果応報というやつでしょうけれどネ(汗)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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