D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

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祖父の最期の話

 
私の父方の祖父の、亡くなる直前にあったお話。

今から20年ほど前のことです。
祖父が重篤な病に倒れたとの報せを受けて
入院先である、静岡市民病院へと見舞いの為に行きました。
祖父の病が何だったのか、詳しい病名は忘れてしまいましたが
たしか消化器系の病気だったはずです。
下血したとか何だとか言ってましたから・・・

病室のベッドに横たわる祖父は
寄り添う祖母の看病を受けながら、酸素マスクをつけながらもニッコリ笑って私を迎え入れてくれました。

「・・・おぉ、モリオ(私)・・・」

蚊の鳴くような小さな声ではありましたが
ちゃんと会話もできたんです。


・・・祖父の枕元に腰かけて
しばらくの間、看病についていた祖母と話をしていたときのことなんです。

「オカダさぁ~ん」

“玉の転がるような声” なんて表現は古いかもしれませんが(汗)
病室のドアの方から、若い女性の、とっても綺麗な声が聞こえてきました。

・・・祖父の主治医は、若い女医さんだったんです。
それも、トビキリのキレイな女医さん・・・♪

「オカダさ~ん、お加減はいかがですかぁ~?」

それまで私たちの会話をニコニコしながら聞いていた祖父が
急に咳きこんだりして、辛そうな表情をしはじめたんですね。
私は思いました。
(なんで急に苦しそうになるんだ・・・?)

今考えれば
祖父はその女医さんに、甘えていたんですね・・・(笑)

苦しそうに顔をゆがめる祖父・・・

その時でした。
掛布団のなかに入っていた細い腕をゆっくりと出して
女医さんに向けて、手招きをしたんです。

「なぁに?オカダさん、どうしたの?」

近寄る女医さんに
祖父はなおも手招きを止めません。
キレイな女医さんは
祖父が何かを訴えたいのだろうと、祖父の顔に耳を近づけました。

「なぁに?何でも言って下さい?」

・・・私、たしかに聞きました。
酸素マスクのまま、祖父はその女医さんにこう言ったんです。



「・・・愛してる・・・♡」



「まぁ~オカダさんったら(笑)」
軽くあしらう女医さん。
当然ですよね(笑)
私も
(何言ってんだこのジジイは!?)と
軽く笑ったんですが・・・

傍にいた祖母は違った。
顔面を硬直させて
それまで(それなりに)柔和な顔だったのが、一気にひきつったんです・・・

(ヤバい・・・!)
私は逃げ出したい気分でした。
祖母は、怒ると結構タチが悪かったんですね。


・・・女医さんが部屋を出たあと
病室の空気は、一気にどんよりと沈んだものになりました・・・(汗)
祖母は一切口を利かなくなりましたし
まるで私が来ていることなど忘れたかのように、部屋の片づけをし始めたんです。

祖父も気付いたんでしょうね。
祖母の前で言ってはいけないことを言ってしまったことに。

酸素マスク越しに
祖父は、声を振り絞って祖母を呼びました。

「・・・おぃ・・・」

「・・・おい、ヒデコ(祖母)・・・」

祖母は聞こえないふりをしたままです。

「・・・おい・・・」

なおも声を振り絞る祖父。

いたたまれなくなった私は、祖母を呼びました。

「おじいちゃんが呼んでるよ」

これ見よがしにため息をつきながら
祖母が面倒くさそうに祖父の方に向き直ると・・・

祖父は
口に当てていた酸素マスクを外そうと、ゆっくりと持ちあげだしたんです。

かすかに震える手で
酸素マスクを持ちあげて・・・
そのまま酸素マスクを、額のあたりまでずらしたんです。

そしてそのまま額の上にマスクをポコンと乗せて、言ったんです。


「山伏。」


・・・祖父は
祖母の機嫌を取ろうと、祖父なりのギャグをかましたんです・・・

私は半ば呆気に取られていましたが
祖母は・・・
堪え切れずに、吹き出してしまったんですね・・・(笑)

「もう、まったくゥ・・・」

            ♢

見舞いを済ませて
私が病院を後にして間もなく、祖父は病状が急変して、そのまま帰らぬ人となりました。

・・・そうなんです。
定かではありませんが
もしかすると、祖父の最期の言葉は「山伏。」だったというお話・・・

ギャグが最期の言葉って・・・(汗)

でも
祖父母は、仲のいい夫婦だったんだなぁ・・・というお話でした m(_ _)m
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by dscorp-japan | 2011-04-18 01:48 | あったこと | Comments(8)
Commented by アメリカのヨハンナ at 2011-04-18 02:11 x
D’sさん

D’sさんのお祖父様、とっても面白いかただったのですね♪
私、これから枝の主日のミサにでかけるところなのですが、
その前にちょっとD’sさんの今日のブログを読んでいこうと
思って開いたところ、お祖父様のお話でした。
亡くなられる直前のお話ということで、笑ってはいけないかなぁと
思いながら、読みながら思わず笑ってしまいました。
ミサの途中で思い出すかもしれないです・・・。
Commented by dscorp-japan at 2011-04-18 02:45
☀アメリカのヨハンナさん♪
どうぞ遠慮なく笑ってやってくださいな(笑)
こんな祖父でしたが、現職の頃はミッション系の学校の校長先生でした。
今頃は天国で
祖父は祖母と再会して、相変わらずの痴話ゲンカを繰り返してイエス様を困らせていることでしょう♪
Commented by もりもり at 2011-04-18 14:31 x
その話何回聞いても面白いな。そして僕の臨終の場面を想像しました。今からシナリオを。遺言書は書いてあるが具体的な終りの場面はそこにないので岡田君頼んだよ。「ドクトル・ジバゴ」の映画化、いや違う「レ・ミゼラブル」でした。「天国どろぼう」で終わりたいと思うがどうかな。葬送行進曲は前に話したようにワーグナー「ニーベルングの指輪」から。
 でも今週はそんな事を考えて過ごして行きます。五月連休明けビールご馳走して。
Commented by dscorp-japan at 2011-04-18 23:44
☀もりもりさん。
・・・たしかに私、以前に結構この話をしましたよね・・・
でも
ある意味では羨ましい最期だったのかな?とも思いますよ。

どうか良い御復活際をお迎えください。
『五月連休明けのビール御馳走』は・・・
・・・う~ん・・・(大汗)
Commented by アメリカのヨハンナ at 2011-04-25 13:23 x
D's さん
主の御復活おめでとうございます。
私も今年は真面目に聖週間を過ごそうと思っていたのですが、
有り難いことに毎日教会にいくことができました。

ところで、あれから、可笑しくてまたひとしきり笑ってしまいました。
女医さんへの告白(!?)も可笑しいですが、
酸素マスクで山伏もホントに可笑しいです。
もしかしたら、お祖父様は学校でも、とても面白い校長先生で
いらしたかもしれませんね♪
Commented by dscorp-japan at 2011-04-25 16:32
☀アメリカのヨハンナさん
御復活おめでとうございます<(_ _)>

えっと
祖父の“山伏ネタ”ですが・・・(笑)
私もいつの日か病の床について酸素マスクが必要な状況となった折には、
是非このネタを披露して失笑を買おうと思っております♪

アメリカのヨハンナさんのご家族皆様の上に
神様の豊かなお恵みと慈しみがありますように!
Commented by アメリカのヨハンナ at 2011-04-26 13:16 x
D'sさん
「ある意味では羨ましい最期だったのかな?とも思う」というのは、読んでいて分かる気がします。それに、お祖母様にとっても、ある意味幸せなお別れだったかもしれないですね(←私の想像ですが)。
(酸素マスクで)山伏が最期の言葉だったら、悲しみも和らぎそうな気がしますから....。思わず泣き笑いしてしまいそうで...。たくさん笑ってしまいましたが、笑いながらも、しみじみいいお話だなぁと思って読ませていただきました。
Commented by dscorp-japan at 2011-04-28 00:42
☀アメリカのヨハンナさん。
「良いお話だ」なんて仰っていただいて、恐縮です m(_ _)m

祖父は今頃、腕組みをしながらしきりに頷いているのかもしれません♪
(分かっておるじゃないか、アメリカのヨハンナ殿は!)
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これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
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