D’s(ディーズ)さんのぶろぐ

dscorp.exblog.jp Top

幼児洗礼の効能?


私がカトリック信者であるということについて
よく周りの人間から聞かれます。

「何でクリスチャンになったの?」

私の場合、少々イレギュラーだったりするんですね。

まず
カトリック教会には『幼児洗礼』というものがあります。
読んで字の如し、生まれて間もない赤ちゃんに洗礼を授ける、というものです。
カトリック・スラングで “ボン・クリ” という言葉があります。
これは、ボーン・クリスチャン(Born Christian)を略した言い方、ですね。


私もまた“ボン・クリ” なわけです。
父方の家族がコテコテのカトリックでして
私もまた生まれてすぐに教会へ連れて行かれ、洗礼を授けられたわけです。
つまり、カトリック的な理屈で言えば
私の場合、クリスチャンになったのではなくて
すでにクリスチャンだった、ということです。
(クリスチャンに『仕立て上げられた』ともいう)

ところがここからがイレギュラーなわけでして(汗)
私の父親は
カトリック信者であるにもかかわらず、全く教会へ足を運ぶことが無い人間でした。
信仰が有るか無いかは別として、とにかく教会へは連れて行かれなかったんです。

撒くだけ撒いておいて水を与えられない “種” のようなもんですね・・・

時は流れて、私は高校生に。
いろんな意味で多感な時期です。
私自身、色々と思うところがあって、様々な宗教本を読み漁る時期がありました。
(今考えるとちょっとアブナいパターンか?)

最終的に自分の意思でカトリックを選択したんです。
幼児洗礼の効果が有ったのか無かったのかは分かりません。
ただ
自分としては能動的に選択したつもり、なんですよ・・・

じゃ、選択した『決め手』は何か?

・・・理屈をつけることはいくらでも出来るんですが
最終的には “感性” です。
何となく、自分に合っていると感じたから。
というか
すでに “それ” は私のなかにあって、そのことを自覚したから、という感じでしょうか。
(これもまたひとつの “洗脳” か?)

とにかく
感性だけでここまで来ているので、聖書の勉強なんてロクにやっちゃいねェ(恥)
大体、聖書自体を通読したこともないし(←いいのかァ!?)
(だァってすぐ眠くなるんだもん)

でもネ
葬儀業界に身を置いて、いろんな宗教と関わってきた今
やっぱり自分はカトリックが性に合っていると感じるんです。

(やっぱ、オレん家はここだな・・・)


つまり
これこそが『幼児洗礼』の効能、なのでしょうかね・・・
[PR]
by dscorp-japan | 2011-01-13 23:28 | キリスト教 | Comments(10)
Commented by Maria at 2011-01-14 10:30 x
こんにちは。体調はいかがですか?
この繁忙期を乗り越えられるようお祈り致します(-_-)

宗教と同じというには恐縮ですが・・
両親の影響で私は生まれた時からドラゴンズファンです。
いろんな球団を眺めてやっぱりドラゴンズがいいなと思っています。
これも幼児洗脳でしょうか。すみません。変な話で(^-^;)

私は大学生の頃からカトリック信者になりたいと思いながら
なかなかきっかけが見つかりません。
どうしてなのか自分でも分からず15年が経ちました。
「感性」かどうかは分かりませんが、
何となく前世からクリスチャンだったような気がします。

またお邪魔します☆
Commented by dscorp-japan at 2011-01-14 21:48
☀Mariaさん。
ご心配いただき恐縮です(汗)
おかげさまで何とか持ちこたえております・・・

えっと
私は「洗礼を受けたからカトリック信者」「洗礼を受けていないから未信者」
という図式は違うと思っています。
洗礼を受けなくとも、とっても素晴らしい信仰心の持ち主はいらっしゃいますし、その逆もまた然り・・・です(私のように!)。
洗礼って
時期が来れば、自然と受けたくなるものらしいですよ。
だから全然焦ることなどなくて、自然に暮らしていればいいんですよ♪
Commented by アウグスチノ at 2012-09-27 17:08 x
+ 主の平和
「エクソシスト」のページでも書き込みましたが、私は16歳の時に鹿児島教区で洗礼を受けました。

家族や親戚中を見渡しても、キリスト教に縁のない環境で生活していた私が、カトリックで洗礼を受けることになったのは、高校1年生の時に同級生と冗談半分で、教会に行った事がきっかけでした。
当時私が通学していた高校の近くに、カテドラル(あのイエズス会宣教師が、保護の聖人です)があり、同級生と帰宅途中に立ち寄ったのが、そもそもの始まりでした。
その後、シスターからカテキズムを習い始めました。
一年後の聖母被昇天の大祝日に洗礼を受けました。

それから、23年。一時期は、某修道会の修道士として初誓願まで立てましたが、体調を崩し退会。
中学校時代の同級生の父親が開業する病院から、看護学校に通わせていただき、今は、准看護師として働いています。(その同級生の父親は、中学、高校と鹿児島にあるカトリック系某有名ミッションスクールの卒業生で、カトリックに理解がありました。)

神の恵みに生かされて、23年間信仰を守ることが出来ました。
神に感謝!(Deo Gratias!)

Commented by dscorp-japan at 2012-09-28 00:56
☀アウグスチノさん。
何と素晴らしい信仰暦でしょう(私と違って!)
でもきっと
アウグスチノさんがカトリックを選んだのではなくて、神様がアウグスチノさんを選んだのだと思いますよ。
Commented by アウグスチノ at 2012-09-28 18:33 x
+ 主の平和
私も、そのとおりだと思います。
ちなみに、一緒に教会に通っていた友人は公教要理を私と同時に受けましたが、未だに洗礼を受けていません。(教会には、今も通っていますが・・・。)
Commented by dscorp-japan at 2012-09-30 01:17
☀アウグスチノさん。
私は、受洗されることが必ずしも主たる到達点ではないと思っております。
洗礼を受けられずとも、神様の恵みはご友人の上に間違いなく注がれていることと思います。
>教会には、今も通っていますが
つまり、少なくとも私よりはよっぽど信仰を持っていらっしゃいますもの(笑)
Commented by アウグスチノ at 2012-09-30 17:06 x
+ 主の平和
>私は、受洗されることが必ずしも主たる到達点ではないと思っております。

私も、同感です。五年ほど前、以前私が所属していた教会の青年会で、ある受洗したばかりの女性が、まだ洗礼を受けていない青年に対して、「あなたは、信仰を理解していない!」と断罪したのを見て、「洗礼を受けた、受けていないは、二の次でしょ?パウロだって最初から、信者だったわけじゃない。」とコメントしたら、「あなたも、信仰を理解していない!」と切り返されました。

なんだかな~・・・。そうなっちゃうんでしょうね・・・。

「神の哀れみ」は、全ての人の上(無神論者であっても!)に注がれているのに・・・。
Commented by dscorp-japan at 2012-09-30 23:27
☀アウグスチノさん。
いわゆる選民思想的解釈の問題ですネ(汗)
「祈りと謙遜」
誰が何を仰ろうが、それだけは忘れないようにしたいものです(って、傲慢極まりない私が言うことでもないか・・・)
Commented by アウグスチノ at 2012-10-01 23:31 x
+ 主の平和
>いわゆる選民思想的解釈の問題ですネ(汗)

上記の発言をした女性は、今でも求道者に対して「信仰を理解していない」と発言しているようです。(彼女の所属している小教区の、主任司祭談)
私に洗礼を授けてくださった神父様が「祈れば祈るほど、人は謙遜を神から学ぶ」と、おっしゃっていました。(私にとっては、まだまだ道半ばですが・・・。)
祈ることで自分の無力さを知り、祈ることで人の痛みに気づかされたことが私にもあります。

Commented by dscorp-japan at 2012-10-02 00:31
☀アウグスチノさん。
「謙遜とはあらゆる害悪から身を守る鎧である」
と仰った神父様もいらっしゃいました。
line

これでも葬儀屋さんのブログなのだ


by dysmas
line
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30